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第23話の副題は「シン」。完成した真の覇皇帝をまとった凱は、はじめ鎧の重さに動けず、「誰かの力になりたい」という言葉のあとで立ち上がる。インメイは自分を礎として差し出し、破壊の神ヤトゴジンが目を覚ます。ヤトゴジンは凱に「余とサグメの子よ」と告げ、凱は「俺の親父は羅真我だ」と返す。くじけかけた凱たちに届いた声は、凱の中にいる十勇士のものだった。




副題「シン」と、動かない真の覇皇帝
公式あらすじは「最終形態となったインメイ」から始まる
第23話の副題は「シン」。公式サイトのあらすじは「最後の水晶を取り込み最終形態となったインメイは無情にも凱とサグメの親子の再会の時間を奪った」と始まり、「自身の出自と母の愛を思い出した凱は覇業の盾を装備し、真の覇皇帝を完成させる」「インメイは破壊の神・ヤトゴジンを復活させ、真の覇皇帝を巡る最後の戦いの幕が開ける」と続く。第22話で母の思いを知った凱が、ついに完成した鎧を身につけるところから、この回は動き出す。
カタカナの「シン」
副題はカタカナのまま置かれていて、どの字を当てるのかは作中で示されない。この回には「真の覇皇帝」の「真」も、ヤトゴジンを指す「神」も出てくる。「真の覇皇帝」を着た凱が「神の子」と告げられる回なので、どちらの字を当ててもこの回の中身に重なる。
「鎧が重くて動けねえんだよ」
完成した真の覇皇帝を前に、「それが真の覇皇帝」「震えが止まらない」「覇皇帝は私のものだ」と、それを欲しがる側の声が上がる。ところが鎧をまとった凱は動かない。「おい何してんだ」「この期に及んで笑い取ろうとしてんじゃねえ」とせかされて返ってくるのが、「ちげえよ」「鎧が重くて動けねえんだよ」だ。待ちに待った完成形が、最初は着た本人を縛りつける重りとして描かれる。
「貴様には荷が重かったようだな」
動けない凱に向けられるのが「貴様には荷が重かったようだな」という一言で、そこへ天業が浴びせられる。「くそ」「なんで動かねえんだよ」と焦る声だけが続く。鎧の重さが、そのまま凱にこの鎧を背負う資格があるのかという問いとして突きつけられている。
「誰かの力になりたい」で、鎧が動き出す
「怒りや憎しみじゃ強くなれねえ」
身動きのとれない場面で出てくるのが、「怒りや憎しみじゃ強くなれねえ」「誰かの力になりたい」「誰かを助けたい」「そういう思いが大切なんだ」という言葉だ。鎧の重さへの答えが、腕力ではなく、何のために戦うのかという心の置き場所として示される。
「それ真田さんの受け売り」
言い終わるとすぐ「それ真田さんの受け売り」と突っ込まれ、「くせえ」「そこはスルーしろ」とやり合いになる。真田遼は、第18話でも「大事なのはお前がどうしたいかだ」と若い世代に説いていた教官だ。いちばん大事な言葉が、仲間内の軽口にくるまれたまま手渡されている。照れ隠しの笑いがあるから、説教くさくならずに届く。
第16話のサスケの問いにもつながる
第16話では、十勇士のサスケが戦いのさなかに「俺の怒りや憎しみは、どこへいったんだ」とつぶやいていた。怒りや憎しみを手放した先で強くなる、という筋道は、十勇士の側でも先に描かれていた。この回の後半で十勇士の声が凱たちに届くことを思うと、冒頭でこの言葉が出てくるのは、あとの場面への下ごしらえにも見える。
「待たせたな」「今度はこっちの番だ」
「貴様らはもう用済みだ」と言われたところで、「待たせたな」「今度はこっちの番だ」と声が返る。そこから「激アツじゃねえか」という声が上がり、「戦闘力が増していく」「あれほど強かった」「インメイが」「すごい」と驚きが続く。重さで動けなかった鎧が、言葉のあとではインメイを圧倒する側に回っている。
「凱が遠くに行ったような気がして」
勢いに乗った場面では、「俺がサムライトルーパーの真髄を」「ビシッとバシッと教えてやったおかげだな」と胸を張る声も出る。その一方で、「どうした」「いや」「凱が遠くに行ったような気がして」という短いやり取りが挟まる。強くなった凱を喜ぶ輪の中に、一人だけ距離を感じている声が混ざっている。直後にインメイは「無念」「かくなる上は」と言い残して姿を消し、凱が先にそのあとを追う。
インメイは「礎」だった
「凱の精神に触れたことで」
取り残された側は「凱君がどこに向かったか」「なんとなく分かる」と言い、その理由を「凱の精神に触れたことで」「感覚を共有できるようになったのかもしれない」と考える。第22話で凱の精神世界に落ちたことが、ここでは凱の居場所をたどる手がかりとして効いてくる。
「最後の相手は私じゃない」
追いついた先で「ラスボスが逃げるなんてみっともねえな」と挑発されたインメイは、「勘違いするな」「最後の相手は私じゃない」「私は礎に過ぎない」と返す。第15話から凱たちの前に立ち続けてきた相手が、自分はただの土台だと言い切る。そのうえで呼びかけるのが「お目覚めください」「ヤトゴジン様」だ。
「この身を使って」「本懐を遂げてください」
目を覚ましたヤトゴジンに、インメイは「残念ながら」「覇皇帝の奪取はかないませんでした」と報告し、「ですが」「この身を使って」「本懐を遂げてください」と自分を差し出す。覇皇帝を狙い続けたインメイの最後の役目は、奪うことではなく、自分を器として渡すことだった。
「ヤトゴジン本来の姿だ」
姿を変えた相手を見て「インメイの野郎」「また進化しやがった」と言う声に、「違う」「あれは」「ヤトゴジン本来の姿だ」と返される。強くなったインメイと見るか、別のものが目覚めたと見るかで、凱たちの側でも読みが割れている。ヤトゴジンの第一声は「気に食わぬ」「人間ごときが天導界へ足を踏み入れるとは」「断じて気に食わぬ」だった。
四獣士は、切り分けられた神の一部だった
「四獣士は元々余の一部に過ぎぬ」
「四獣士」「どうなってるんだ」と戸惑う凱たちに、ヤトゴジンは「何も知らずに命を賭すとはな」と言い、「冥土の土産に」と前置きして明かす。「四獣士は元々余の一部に過ぎぬ」「余を恐れた他の神々が」「その力を分散させるために作った傀儡だ」。凱たちの前に立ちはだかってきた四獣士は、別々の敵ではなく、一柱の神を切り分けた欠片だった。
「余は力を奪われ」「記憶を消され」
続けて「余は力を奪われ」「記憶を消され」「その姿を竜に変えられた」と語られる。第22話の記憶の場面で「あれがヤトゴジン様ですよ」と示されていた竜は、ほかの神々に力と記憶を取り上げられた姿だったことになる。破壊の神として恐れられた存在は、同時に、神々から力を削がれた側でもあった。第16話では、天導界の方針がほかの大陸の神々の意向で変わったことも語られていた。
「インメイが記憶の一部を呼び覚ましたのだ」
「どうして元の姿に」という問いには、「インメイが記憶の一部を呼び覚ましたのだ」「余の光を浴びて」と答えが返る。第17話でインメイは、羅真我と戦ったときに光を浴びて「天啓を授かった」と語っていた。あのとき中身が明かされなかった天啓の出どころが、ヤトゴジンの側から語り直されたように聞こえる。
「真の覇皇帝を狙っていたのか」
凱たちの側はそれを受けて、「インメイは四獣士を取り込んで」「真の覇皇帝を狙っていたのか」「ヤトゴジンを復活させるために」と筋道を組み直す。覇皇帝を奪うことそのものが目的だったのではなく、神を起こすための手段だったと並べ直される。
「いい刀だ」「だが使い手が未熟よ」
戦いは二手に分かれる。「俺たちが四獣士を食い止めてる間に」「ヤトゴジンを倒せ」。ヤトゴジンに向けられた刀には「いい刀だ」「だが使い手が未熟よ」と返される。武器は認めても使い手は認めない、というヤトゴジンの物差しは、このあと覇皇帝にもそのまま向けられる。
天導界に行けない人間界は、白炎を送り出す
「遼兄ちゃんたちが全力を尽くしてくれたおかげだね」
人間界では「都内の住人の避難はなんとか完了しました」と報告が入り、「みんな無事でよかった」「遼兄ちゃんたちが全力を尽くしてくれたおかげだね」と続く。第18話で「人間界は何があっても俺たちが守る」と凱たちを送り出した約束は、ここで守られている。天導界に行けない側の戦いが、避難の完了という形でひとまず結果を出している。「まだ油断は禁物だ」と、救助の範囲はさらに広げられる。
「白炎なら行けるかもしれない」
白炎が何かに気づき、「おそらく天導界へ通じている」ことが分かる。けれど「俺たちは行けないんだろう」「うん」と、第22話で「天導界に行けるのは選ばれし者だけ」と言われた壁にまたぶつかる。そこで出てくるのが「白炎なら行けるかもしれない」「白炎を通してなら」「天導界の様子ももっとよく分かるはずだ」。自分たちが行けないなら、行ける者に託すという発想に切り替わっている。「俺たちは白炎にこれまで幾度となく助けられてきた」という言葉が、その信頼の根拠になっている。
「力になってあげて」
送り出すときの言葉は「あいつら生意気だけど」「みんなのために必死に戦ってくれてるんだ」「力になってあげて」。第22話でサグメが魁人たちに残した頼みも「私の代わりに凱の力になってあげて」だった。凱の力になってほしいという願いが、母から仲間へ、人間界から白炎へと、同じ言い方で受け渡されていく。
「試してみたいことがある」
白炎が天導界に着いたあと、人間界の側は「みんなボロボロじゃないか」「あんなになるまで必死に戦って」「俺たちが天導界に行けていれば」と悔しさを口にする。そこへ「行けなくても彼らの窮地を救えるかもしれない」「試してみたいことがある」という声が上がる。行けないことを嘆く場面が、行けないままできることを探す場面へと変わる。何を試すのかは、ここではまだ明かされない。
「余とサグメの子よ」と「俺の親父は羅真我だ」
「覇皇帝は余のために作られた鎧」
ヤトゴジンは凱の鎧を見て「覇皇帝は余のために作られた鎧」「なぜ貴様が」と問い、凱は「関係ねえだろ」と突っぱねる。ヤトゴジンの評価は厳しく、「貴様のせいで鎧が未完のままだ」、「これで完成じゃねえのか」と聞き返されても「本来の輝きとは程遠い」「今の貴様に覇皇帝は身に余る」と言い切る。公式あらすじが「完成させる」と書いた真の覇皇帝を、元の持ち主は未完だと切り捨てている。天業を受けて「覇皇帝が消えた」。
「貴様が」「余の息子か」
倒れた凱に「大丈夫か」「凱」と呼びかける声で、ヤトゴジンは相手の名を知る。「貴様」「凱と申すか」、そして「貴様が」「余の息子か」。ヤトゴジンは凱の名を聞いたところで、目の前の相手が自分の息子だと気づく。
「俺の親父は羅真我だ」
凱が返すのは「俺の親父は羅真我だ」。ヤトゴジンは「笑わせるな」「貴様は正真正銘」「余とサグメの子よ」と重ねる。血のつながりを突きつけられても、凱が最初に口にする父の名は、自分を育てた羅真我のほうだった。第22話の記憶の場面で、羅真我は「俺が育てる」「一人前にしてみせる」と言っていた。
ヤトゴジンが語るサグメ
ヤトゴジンの説明では、「サグメがお前を産んで間もなくして」「余は竜に変えられた」。「余の力をサグメが使えたのは」「契りを結んだからに他ならない」。そして「あの女は余を出し抜こうとした」「だから」「あのような末路を辿ったのだ」「神の使者といえど元は人の子」「結局は低俗で愚かな生き物に変わりなかったということ」と切り捨てる。第22話でサグメは「全てを投げ打ってでも守ろうと思った」と語っていた。同じ一人の女性の生き方が、息子を守るための選択としても、神を出し抜こうとした愚かさとしても語られている。
羅真我が覇皇帝を使えなかった理由
「誰が信じるか」という声に、ヤトゴジンは「まだ分からぬか」「余のために作られた覇皇帝を扱えるのが」「余の血を受け継いでいる何よりの証」と言う。見ていた側からは「確かに」「凱と羅真我に血縁関係がないなら」「羅真我が」「覇皇帝を使えないことにも納得がいく」。第22話で魁人たちが引っかかった、親の羅真我が発動できないのに凱にはできるという食い違いに、ここで答えが出る。
「神だろうと関係ねえ」
「じゃあ凱君は本当にヤトゴジンの子供」と驚く声、「それって神の子ってことか」と続く声のあとで、返ってくるのは「神だろうと関係ねえ」だ。出自の答えが出た直後に、その答えを戦う理由から外してしまう一言が置かれている。
どこからか届く声は、十勇士だった
「我が子でも覇皇帝の輝きを取り戻せなかったか」
ヤトゴジンの力の前に、「ヤトゴジンの力がここまでとは」「気合でどうにかなる話じゃねえ」「どう考えても無理ゲーだよ」と弱音が出る。ヤトゴジンは「やはり」「我が子でも覇皇帝の輝きを取り戻せなかったか」と言い、ふたたび天業を放つ。公式あらすじの「圧倒的な力を前にくじけかけた」は、この場面に当たる。
「凱じゃない」「これは妖術だ」
そこで攻撃を防ぐ壁が現れる。「凱がバリアを」という声に「でも気絶したままだよ」と返り、「凱じゃない」「これは妖術だ」と見抜かれる。助けは、倒れたままの凱の中から来ていた。
「何情けねえつらしてんだよ」
聞こえてくるのは「何情けねえつらしてんだよ」という声だ。「なんだなんだ」「その声は」「十勇士」。公式あらすじの「どこからか凱たちに声が届く」は、ここで十勇士の声として姿を現す。「今のバリアはお前たちが」と聞かれて「お前たちじゃなくて俺のバリアだ」と張り合うところまで、いつもの十勇士のままだ。
「若の精神世界を共にしたことが」
「どうして十勇士の声が聞こえるの」という問いには、「おそらく若の精神世界を共にしたことが影響しているんでしょう」と答えが返る。第22話で凱の精神世界に落ちたことが、この回では二度目の意味を持つ。一度目は凱の居場所をたどる感覚として、二度目は凱の中にいる十勇士の声を聞く耳として働いている。
「サイゾウさんが若に十勇士の魂が入っちゃう妖術をかけちゃったから」
「じゃあみんなは凱の中にいるのか」「そうそう」。理由は「サイゾウさんが若に十勇士の魂が入っちゃう妖術をかけちゃったから」で、本人たちは「結果オーライでしょう」と軽い。第21話で倒れた十勇士は、消えたのではなく凱の中に移っていた。
「苗字組」と「鬼に金棒」
「こうして苗字組とも再会できたんですから」「その苗字組っていうのはやめろ」「まあまあ」「久々にそろったんですから」。第16話で、凱の中に苗字組が生き続けていることは分かっていた。凱の中で、十勇士が久しぶりにそろう。そこから出てくるのが「というわけなので私たちも力を貸しますよ」「我々が手を組めば鬼に金棒」だ。
「支えることもできなかった」から「全力でお前を支える」へ
「人間の僕たちが神様なんかに勝てるわけない」
十勇士に「おいヤマト」「ムサシ」と呼ばれた北条大和と北条武蔵のほうからは、「人間の僕たちが神様なんかに勝てるわけない」「凱ほどの力があれば」と弱音がこぼれる。凱が神の子だと知った直後だけに、人間と神の差が、そのまま戦えない理由になってしまっている。
「助けることも支えることもできなかった」
さらに「こいつがどんなに傷つけられても」「助けることも支えることもできなかった」という言葉が続く。倒れた凱のそばで出てくるのは、敵の強さよりも、自分たちが何もできなかったという悔しさのほうだ。
「なんだよ」「らしくねえな」
それを十勇士の声がさえぎる。「なんだよ」「らしくねえな」「お前らはいつも乗り越えてきたじゃねえか」「どれだけ相手が強くても」「どれだけの困難に見舞われても」「力を合わせて歯を食いしばって」「最後まで諦めずに戦ってきたじゃねえか」。さらに「我々はあなたたちの絆の強さに負けました」「そしてあなたたちの心根の強さに救われた」。かつて敵として戦った側が、凱たちの戦いぶりをいちばんよく覚えている。
「若はお前たちがいるから何度も立ち上がれるんだ」
決め手になるのが「若はお前たちがいるから何度も立ち上がれるんだ」「お前たちが信じてやらねえで」「誰が信じてやるんだよ」だ。支えることもできなかったと言う仲間に、凱を支えてきたのはお前たちだと、凱の中にいる者が言い当てている。
「お前が何者かなんて関係ない」
立ち上がった仲間の言葉は「お前が何者かなんて関係ない」「俺たちが全力でお前を支える」「お前は心置きなく」「ヤトゴジンをぶっ潰せ」。「十勇士のみんなもついてるよ」「何があっても」「俺たちは一緒だ」と続く。少し前の「支えることもできなかった」が、ここでは「俺たちが全力でお前を支える」に言い換えられている。
「骨の髄まで気に食わぬ」
ヤトゴジンの「気に食わぬ」は、この回で三度強まる。最初は「断じて気に食わぬ」、次は「腹の底から気に食わぬ」、最後は「その希望に溢れた感情を」「骨の髄まで気に食わぬ」。神がいちばん強く拒むのは、人間が天導界に踏み込んだことでも歯向かったことでもなく、希望を持ったことだった。返ってくるのは「上等だ」「今の俺たちは誰にも負けねえ」。
まとめと考察
三度の「関係ない」
この回には「関係ない」が三度出てくる。鎧の持ち主を名乗る神への「関係ねえだろ」、神の子だと言われたあとの「神だろうと関係ねえ」、そして凱へ向けた「お前が何者かなんて関係ない」。最初の二つはヤトゴジンを突っぱねるために、三つ目は凱を丸ごと受け止めるために使われている。同じ言葉が、向きを変えるだけで拒絶にも受容にもなる。
血で着る鎧、思いで動く鎧
ヤトゴジンは、覇皇帝を扱えることを「余の血を受け継いでいる何よりの証」と言った。けれど回の冒頭で、鎧は「誰かの力になりたい」「誰かを助けたい」という言葉のあとで動き出している。鎧を着られる理由が血だとしても、鎧を動かしてきたのは、誰かのためという思いのほうだ。ヤトゴジンの言う「本来の輝きとは程遠い」は、血の側から見た物差しにすぎないのかもしれない。
父を名乗る神と、父と呼ばれる羅真我
「俺の親父は羅真我だ」は、第22話でサグメが凱に向けた「あなたはヤトゴジンにはなれない」「なぜならあなたはあなただから」の続きとしても読める。血の上では神の子でも、凱は自分が誰の子なのかを、自分の言葉で選んでいる。羅真我が凱を道具として育てようとしていた面も、第22話で見えている。それでも凱が父と呼ぶのは羅真我のほうだ、というところに、この親子の割り切れなさが残る。
凱に力を貸す手が増えていく
サグメの「私の代わりに凱の力になってあげて」、冒頭の「誰かの力になりたい」、人間界から白炎への「力になってあげて」、十勇士の「私たちも力を貸しますよ」。この回は、凱に力を貸す手が次々に増えていく回だった。天導界に行けない人間界も、体をなくした十勇士も、それぞれのやり方で凱のもとへ届いている。
決着はまだ先
「上等だ」「今の俺たちは誰にも負けねえ」と構え直したところから戦いは最後の局面に入り、決着はつかないまま回が閉じる。くじけかけた凱たちが、もう一度そろって神の前に立つところまでが、この回の到達点になっている。凱が何者であっても一緒に戦う、と仲間が言い切ったことが、次の戦いの土台になる。




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