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『きみを愛する気はない』第10話の副題は「ユリウスの願い事」。人の名前が副題に入るのは、第9話「ヤルモの誓い」に続いて二話連続だ。出張先でユリウスは「休暇も兼ねている」と三度言い直し、来賓席の誘いまで断って妻と二人になる。願い事は、仕事の形をして持ち込まれていた。その裏では第9話の仕込みが善意の話として語られ、視察に来た当人が席を外したあとで次の票が決まる。




副題に人の名前が入るのは、二話続けてになった
第10話の副題は「ユリウスの願い事」。公式サイトの各話ページで十本を並べると、第1話「みせかけの結婚」、第2話「……ありがとう」、第3話「カフスボタンとオルゴール」、第4話「微笑みの裏側」、第5話「遠い雨音」、第6話「夜会にひそむ罠」、第7話「思いがけない贈り物」、第8話「誤解と不実」、第9話「ヤルモの誓い」、そして第10話となる。人の名前が入っているのは最後の二本だけだ。
誓いは他人に立てるもの、願い事は自分の内に置くもの
二本続けて人名が入ったといっても、後ろに付いている語の性質はまるで違う。誓いは相手がいて初めて成り立つ。第9話でヤルモが「今に必ず我がパルニラ家を優位に立たせてみせましょう」と口にした相手は、育ての父である伯父だった。
願い事のほうは誰にも聞かせなくていい。片方は差し出す言葉で、もう片方は隠しておける言葉だ。同じ形式で並べておきながら、名前の持ち主の立ち位置が正反対になっている。
副題が指しているものが、あらすじには一行も書かれていない
公式のあらすじはこう締められている。「その夜、一つの部屋を用意された二人。ユリウスは眠れぬ夜を過ごす。互いを気遣いながらすれ違う二人。翌日そこにヤルモが訪れて……。」
願い事という語は、ここに一度も出てこない。副題が名指ししているものだけが、あらすじから抜かれている。第9話のあらすじがヤルモの生い立ちを最初から説明していたのと比べると、扱いの差がはっきりしている。
脚本は三周ちょうど、絵コンテはこの回で初めて崩れた
公式の各話ページには脚本から作画監督補佐まで載っている。脚本を第2話から順に見ると、金春智子、森田眞由美、吉村愛の三人が、第2話から第10話まで一人も飛ばさずに三周している。第10話は三周目の締めで吉村愛だ。
動いたのは絵コンテのほうだった。第2話以降は前澤大樹、木下大悟、中川聡、前田基匡の四人が二周していて、第9話が二周目の最後にあたる。ところが第10話も前田基匡で、八話ぶん乱れなかった並びが、ここで初めて同じ名前を二回続けた。総作画監督も第9話と同じ杉本幸子とJIN ZHENYINGで、この顔ぶれが二回続くのは第4話と第5話に次いで二度目になる。演出の前園文夫は初登板だ。
第1話の言葉が、九話ぶりに公式あらすじへ戻ってきた
第10話のあらすじには、こう書かれている。「地元の領主の家で子供たちと楽しく過ごすエルサだったが、その反面、心が苦しいのは「きみを愛するつもりはない」というユリウスの言葉があったから。」タイトルにもなっている台詞が、あらすじの本文に現れている。
十本のあらすじで、この台詞が本文に出るのは二回だけ
第2話から第9話までのあらすじを読み直すと、この言葉はどこにも書かれていない。仮面夫婦、形だけの夫婦、といった言い換えは出てくるが、台詞そのものは置かれない。本文に引かれているのは第1話と第10話の二回きりだ。
九話ぶんの間隔を空けて同じ台詞が戻ってくる形になっている。しかも戻ってきた場所が、いちばん距離が縮まって見える回のあらすじだというのが効いている。
第1話には「一切」が付いていた
第1話のあらすじでは「きみを愛するつもりは一切ない」と書かれている。第10話では「きみを愛するつもりはない」で、二文字が抜けている。
実際に本編で言われた形がどちらだったかはここでは問題ではない。公式が書き写すときに、強さを示す語だけが落ちている。エルサの中で残っている言葉の形として読むなら、九話ぶんかけて削れた二文字ということになる。
副題は夫の名前なのに、あらすじの主語は妻のほうだ
第10話のあらすじを主語で追うと、「ユリウスの出張へ同行するエルサ」「地元の領主の家で子供たちと楽しく過ごすエルサ」と続き、ユリウスが主語になるのは「ユリウスは眠れぬ夜を過ごす」の一行だけになる。
名前を副題に置かれた側が、あらすじの中ではほとんど動いていない。第9話が「ヤルモは昔の夢を見る」から始まって最後までヤルモを追いかけていたのとは逆の作りだ。
エルサが数える「初めて」を、ヤルモも同じ日に持っている
領地へ向かう場面はエルサの言葉から始まる。「私にとって初めての他の貴族領地への正式訪問です」「そして初めての旦那様との旅行です」。到着前のやり取りも「思っていたよりも自然の良い場所だな」で、実家の風景に似ているという返しが続く。
到着してすぐ、二つの「初めて」が並ぶ
一つ目は貴族としての初めて、二つ目は妻としての初めてだ。同じ旅程に二種類の初めてが同時に乗っている。公務として来たのに、本人の中では旅行として数え直されている。
この数え方が、あとで効いてくる。仕事と休暇のどちらとして数えるかは、この回でずっと揺れ続ける。数えているのがエルサだけではないところが、この回の作りの細かいところだ。
視察は初めてかと聞いたのは、ヤルモのほうだった
翌日に合流したヤルモが「エルサ様はこのような視察には、よくいらっしゃるんですか」と尋ねる。返ってきたのが「いえ、初めてです」「今回はご一緒できてとても新鮮です」で、ヤルモは「なるほど、私と一緒ですね」と受ける。
初めてであることを、その場で共有物にしてしまっている。エルサが夫と数えていた初めてが、別の男との共通点として言い直された形になる。第4話から続いている、ヤルモが言葉を一つずらして返す癖がここでも出ている。
「父の代理」という名乗り方
ヤルモは自分の来訪をこう説明する。「今回は父の代理として来たのですが、一人で遠出することはあまりなかったもので」。祭りの貴賓として招かれていて、公務ではなく顔として呼ばれている。
第9話で明かされたとおり、パルニラ伯爵はヤルモの実の父ではない。伯爵の弟の子として引き取られた立場だ。血の上では父ではない相手を、外向きにはためらいなく父と呼んでいる。第9話の副題が誓いだったことを思い出すと、この名乗りは誓いの続きとして読める。
苦手なものの扱いが、子どもと大人で逆になる
領主の家では、娘のニーナがエルサに懐く。庭を見せてもらい、バターやチーズの話になり、エルサの実家でも両親がバターを作っていたという話が出る。台所へ移ってからの一連が、この回でいちばん静かな山場になっている。
苦いと言った子どもと、下処理を教えた妻
ニーナは野菜が嫌いで、菜の花も苦いと言う。エルサの返しは「下処理すれば、美味しく食べられるんですよ」で、続けて「許可がいただけたら、一緒にやってみましょうか」と誘う。
嫌いなものを食べろとは一度も言っていない。苦手を消すのではなく、扱い方のほうを渡している。第7話から続けてきた子どもの家での立ち位置が、そのまま他家の食卓に持ち込まれている。
隠して出すつもりだった皿を、忘れていた
料理が食卓に並んだところで、エルサの側にひやりとする瞬間が来る。「ユリウス様の苦手なお野菜は」「ポタージュにしてお出ししようと思っていたのを忘れておりました」。
つまり夫の苦手も把握していて、形を変えて出す準備までしていた。気遣いの手順が用意されていたのに、楽しさのほうで頭がいっぱいになっていた。二人で作った時間がそれだけ濃かった、という書き方になっている。
「そのようなことは」で、嘘のほうへ回る
食卓では菜の花が苦手だという話が出て、ニーナの「ニーナは食べられるよ」が重なる。そこへユリウスの「美味しいな」が入り、菜の花が嫌いなのかと確かめられて「そのようなことは…」と濁す。
子どもは苦手だとはっきり言い、大人は苦手ではないことにする。同じ皿の前で、正直さの向きが真逆になっている。この回のユリウスは、このあとも自分の状態を言い換え続けることになる。
部屋が一つしかない夜、二人とも相手のために離れようとする
宿は小さな町の宿で、王都のような豪奢な造りではないが、行き届いた良い宿だと説明される。渡された鍵は一つだった。公式のあらすじが「その夜、一つの部屋を用意された二人」と書いている場面だ。
鍵が一つだと分かった時点で、どちらも先に相手の体裁を考える
エルサの側は、部屋を分けてほしいと申し出れば新婚夫婦として不自然に見える、と考えて黙る。ユリウスの側も「すまないエルサ」と切り出し、夫婦として訪れているのに今から部屋を別にと頼めば疑問に思われるだろう、と説明して、確認を怠った自分の落ち度だと言う。
二人とも、自分の都合ではなく外からどう見えるかを先に処理している。気まずさの理由を、揃って第三者の目のせいにしている。すれ違いというより、同じ方向の遠慮が二重にかかっている。
慣れていますと言う側と、平気じゃないと言う側
エルサは「私、人と寝るのにも慣れていますから大丈夫です」と返す。理由は、両親や弟と一緒に寝ていたからで、「寝相は良いと自負しておりますが」まで付ける。ユリウスの返事が「エルサ、俺は平気じゃないんだが」だった。
そのうえで「俺はソファで休む」と引き、さらに夜通し仕事をするとまで言い出す。距離を取る提案を、断られるたびに一段ずつ深くしている。第5話で植物園でうまく立ち回れなかった人物が、ここでも同じ崩れ方をしている。
翌朝、平気ではなかったのは二人ともだった
朝が来ると、エルサのほうが先に起きている。「なんだか早めに目が覚めてしまいました」「眠っていらっしゃるところを見るのは久しぶりですね」と続き、そのあとに「一緒に眠るのは平気ではなかったかもしれません」という言葉が置かれる。
ユリウスは寝過ごしていて、寝付けなかったと言う。エルサの返しは「大丈夫ですよ」「ちゃんと眠れて良かったです」だった。平気じゃないと口に出したのは片方だけで、実際には両方が同じ状態だった。公式あらすじが眠れぬ夜を過ごしたのはユリウスだと書いているぶん、もう片方の一行が本編にだけ残っている形になる。
工事が遅れていた理由が、現地では善意の話になっている
視察の目的は風車の整備だ。現地で確認して出てくるのが「工事がずいぶん遅れているな」という一言で、そこから説明が始まる。ここが第9話の続きにあたる。
遅れの理由として並べられた三つ
挙げられたのは、天候に恵まれなかったこと、町の人間だけでは人手が足りず労働者をよそから招く必要があったこと、そのために費用がかさんだことの三つだった。そのうえで「ですが有志からの支援や、仕入れ先の見直しなどで、近いうちに工事再開できる見込みです」と続く。
どれも土地の事情として筋が通っている。説明のどこにも、誰かの意図は入っていない。聞いている側からすれば、天災と人手不足でつまずいた工事という話にしかならない。
第9話で、視聴者だけが先に見せられていたもの
第9話の会議では、二つの地方は順調で「となるとやはり気になるのはクレーサ地方だな」「なぜこんなに進捗が遅れているんだ」となり、そこで「ユリウス、一度視察を頼む」と決まっていた。その直後に映るのが、この土地の領主からパルニラ家へ宛てた礼状だ。
文面には「お約束どおり次期議長選の際は必ずパルニラ伯爵を支持させていただきます」とあった。遅れは事故ではなく、票と引き換えに作られていた。第10話で語られる善意の説明が、そのまま裏返しの証言になっている。
視察に来た当人が席を外したあとで、票が固まる
現地の口から出てくるのが「パルニラ伯爵家にもご支援をいただきまして、大変ありがたく思っております」だった。支援は事実で、感謝も本物だ。ただしその支援は、遅れを作った側から出ている。
回の終わりでは領主が「パルニラ家の志は素晴らしいものだと思います」と述べ、次の議長選での協力を約束する。パルニラ家の側から返ってきたのは「ぜひよろしくお願いします」だけだった。視察に来た当人が来賓席の誘いを断って帰ったあとに、この会話が置かれている。
「休暇も兼ねている」と、彼は三度言い直す
この回のユリウスは、自分がここにいる理由を何度も言い換える。仕事として命じられて来ているのに、口から出るのは毎回別の名前だ。数えると三回ある。
珍しいですねと聞かれて、最初の言い換えが出る
合流したヤルモが「部下ではなく、ユリウス自ら視察とは珍しいですね」と突く。宰相補佐官が地方の工事を自分で見に行くのは、確かに順序としておかしい。
返ってきたのが「休暇も兼ねているだけだ」だった。仕事だと認めたうえで、理由の半分を休暇に振り替えている。二回目は宿へ戻ってからで、まだ仕事をしようとするエルサに「エルサ、ここには休暇も兼ねてきたと言っただろう」と告げる。
来賓席の誘いを断って、二人だけになる
三回目は祭りの誘いに対してだった。領主から「お祭りの来賓席へご案内するのですが、よろしければユリウス様とエルサ様もご一緒にいかがですか」と誘われる。来賓席にはヤルモがいる。
ユリウスの答えが「今回は半分休暇のようなものなので、ここで解散とさせていただこうと思います」だった。三度目の言い換えは、そのまま人払いとして使われている。半分という語まで足して、断る根拠にしている。この判断のおかげで、来賓席で交わされた会話は彼の耳に入らないままになる。
呼び方が変わったのは、その先だった
公式アカウントは放送後に「ついにユリウスを名前呼びしたエルサ。」と書いている。ついに、という語が公式の側から出ているのが大きい。これまでエルサが夫に直接呼びかけるときの言い方は「旦那様」で通っていて、名前を使うのは他人へ説明するときだけだった。
祭りの場面については、視聴者の投稿でも夜のボートの場面を挙げる声が並んでいる。公務として来て、休暇と言い張って人を払い、最後に呼び方が変わる。副題の願い事が何だったのかは、この順番そのものが答えになっている。第9話のヤルモが誓いを他人に向けて立てたのに対して、こちらは最後まで誰にも申告されないまま叶っている。


























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