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第11話の副題は「ニャーたち in 京都にゃ」。十一本すべて「ニャー」で始まり「にゃ」で終わる型はそのままに、今回だけ横文字がはさまっている。取材という名目で出かけた京都と奈良で、アパートの面々は旅費は編集部持ちだとやりたい放題に遊ぶ。その裏で、姉を案じる言葉も、留守番の本音も、鹿の王の長い問いかけも、どれもいちばん短い言葉で受け止められて終わっていく。




副題「ニャーたち in 京都にゃ」は、十一本で初めて横文字が入った題だ
十一本すべて「ニャー」で始まり「にゃ」で終わる
第11話の副題は「ニャーたち in 京都にゃ」。第1話から数えて十一本、題はすべて「ニャー」で始まり「にゃ」で終わる形を崩していない。ただし今回だけは、その間に横文字がはさまっている。型を守ったまま、旅行のパンフレットのような一語だけが差し込まれている。
公式のあらすじは「そうだ 京都 行こう」から始まる
公式サイトのあらすじは、見覚えのあるキャッチコピーの形で始まり、アパートの面々が京都と奈良へ出かけると続く。締めは「我々はどこから来たのか、そしてどこへ行くのか」という語りが「唐突に終わりを告げる」というもので、理由は「抗いがたい便意によって」と書かれている。あらすじの側が、この回のいちばん深い話がどう終わるかまで先に明かしている。
絵コンテと演出を一人で持ったのは、十一本で四人目
担当は脚本があおしまたかし、絵コンテと演出が板庇迪、総作画監督が能海知佳と曾品喬。絵コンテと演出を一人が兼ねるのは、第1話の木村拓、第4話の名和宗則、第7話の米田光宏に続いて四人目になる。板庇迪は第5話の演出以来の登板で、コンテを持つのは初めてだ。総作画監督は第10話に続いて松浦力の名前が無く、曾品喬は初登板になる。二話続けて総作画監督の顔ぶれが入れ替わったまま、終盤に入っている。
OPとEDの歌い手が入れ替わっている
公式が出したのは第11話のノンクレジットOP
放送に合わせて公式アカウントが出したのは、第11話のノンクレジットオープニングだった。添えられているのは、ネクライトーキーが「なんもねえ」をカバーしたという説明だけだ。本編の中身ではなく、主題歌の担当が変わったことのほうが先に告知されている。
気づいた人が最初に書いたのもそこだった
視聴者の反応も、話の中身より先に歌のほうへ向かっている。オープニングの声が違うと思ったらエンディングもで、歌い手を入れ替えているという書き方が並ぶ。一話まるごと京都と奈良を回る回なのに、最初の話題は歌の担当だった。
公式が出した映像にも、目の上の線がそのまま入っている
公式アカウントが出したノンクレジットオープニングの一枚目では、タバコに火をつけてもらっている場面で、目の上に黒い線が引かれている。ぼかしの線が入ったままの映像が、そのまま公式の告知に使われている。隠す線ごと見せるのが、この作品の告知の仕方になっている。
妹ちゃんの修学旅行と、京都の改善案
「我ら花の女子高生ゆえ」「寺でテンション上げるのはちょっと厳しい」
回の入り口は修学旅行だ。「我ら花の女子高生ゆえ」「寺でテンション上げるのはちょっと厳しい」と言い、「もうちょいパンチ欲しいんで」「京都の改善案いいですか」と続く。案の中身は「まず各地の寺を一箇所に集めます」で、「こうすることでとある北国の時計台的な」がっかりを薄められるという理屈だった。名所を回る前に、名所の並べ方から作り直そうとしている。
「海外資本入れてパレードしたり」「VR池田屋襲撃とかどうだろ」
案はどんどん大きくなる。「海外資本入れてパレードしたり」、大型のVR施設を作って「VR池田屋襲撃とかどうだろ」まで出る。止めに入る側は「日本の心歴史だよ」と言い、現代人の価値観でねじ曲げるなと返す。ところが言われた側は「まあ価値観でねじ曲げるなと言うけどさ」と前置きして、「あの猫耳」を指す。「足利義満が」「獣人フェチだったらしい」という展示だ。ねじ曲がっているのは歴史ではなく好みのほうだ、と切り返されている。
「路上喫煙」は「罰金千円だって」
話は喫煙所に移る。「なんか京都って喫煙所多いね」「年間何千万人も来る観光地だしな」と言い合い、「路上喫煙」は「罰金千円だって」と読み上げる。そこから「お姉ちゃん連想した」と言葉が続き、「今お姉ちゃんが怪我とか病気とかしたらどうにもできない」「かといってお母さんも」と不安が漏れる。返ってきたのは「せっかくの修学旅行だしさ」「家のことは置いとこうぜ」だった。いちばん本気の心配が、旅行という理由で引き取られずに終わる。
「建て替えた千円帰ったら払え」
その直後、同じ場所に当人がいる。「京都は喫煙所多くて助かるにゃん」と言うヤニねこに、連れは「お前関係ないやろが」「建て替えた千円帰ったら払え」と詰める。妹ちゃんが心配していた相手が、罰金を立て替えてもらった側として画面に出てくる。心配の中身が本当だったことを、すぐ次の場面が証明している。
取材という名目の豪遊
「連載漫画の取材」「締め切りも死ぬ気で片付けた」
旅行の言い出しっぺは達郎だ。「なんで急に京都」と聞かれて「連載漫画の取材」と答え、「締め切りも死ぬ気で片付けた」と胸を張る。「さあ乗りな」と出てくるのは「なのでローンで新車買っちゃった」という一台で、「単行本の印税入ったから大丈夫」と説明される。取材という名目が、ローンと印税の話に一瞬で入れ替わっている。
「旅費は編集部持ちだからみんな何してもいいよ」
誘いの決め手も金の話だった。「ちなみに取材なので」「旅費は編集部持ちだからみんな何してもいいよ」。念のため「領収書はもらってね」と付け足される。取材費という言葉が、そのまま遊びの許可証として配られている。
「今回のテーマは豪遊」なのに牛丼
ところが昼食で「なんで牛丼食べてんの」と突っ込まれる。「いや姉さんが入ったんですよ」「貧乏癖が無意識」で、すぐに「今回のテーマは豪遊」と言い直される。おみくじでは「自分正吉っす」「大吉」と引き比べ、「お守りとかも好きに勝手で」と勧められる。豪遊を掲げた日の最初の一手が、いつもの店に入ることだった。
「私今人生で一番楽しいのに」
羽目の外し方はだんだん危うくなる。「ええんですか」「ほんまにええんですか」と確かめる連れに、「それは本当だから大丈夫だよ」と返る。当人は「おかしいな」「私今人生で一番楽しいのに」「なんでなんでこんなに呼ばれてる気がする」と口走る。楽しさの真ん中で、呼ばれている気がすると言い出している。
アパートに残った一人
「奴らがいないとこんなに快適なんだな」
旅行に行かなかった側の場面が差し込まれる。「奴らがいないとこんなに快適なんだな」と言い、「温めすぎちまった」と手元を直し、「今頃旅館で酒盛りしてんだろうな」と想像する。静かになった部屋の説明が、いない人たちの話から始まっている。
心霊動画の実況を、全部ひとりでやっている
見ているのは「配信者が廃墟を訪れた時の」動画だ。「20年前の殺人現場がこの部屋らしいぞ」「え怖え」と登場人物の声を当て、「今時心霊番組とか珍しいじゃないの」と自分の感想もはさむ。「配信者の一人が部屋の隅に置かれた仏壇へ近づく」「その時」とナレーションまで付けておいて、落ちは「しょうもねえまんまCGじゃねえか」。そのうえで「こんなのでリアクション取らなきゃならん」「出演者も大変」と出演者をねぎらう。役を全部ひとりで引き受けているので、誰もこの実況を聞いていない。
「みんな早く帰ってきてくれ」
締め方が効く。「今夜は誰の部屋の留守番をしようかな」と言い、「よしもう寝よう疲れてるんだな」と自分に言い聞かせる。布団に入ってから出るのが「あいつらがいないとこんなに静かなんだな」「みんな早く帰ってきてくれ」だ。快適だと言い切ったところから、同じ部屋のまま正反対の言葉まで来ている。
獣人の歴史と、鹿の王が言い残したこと
「引くほど迫害されとるな」
資料館の展示は重い。「学校では教わらない」「獣人ちゃんの歴史が盛りだくさんですよ」と案内され、順に見ていった感想が「引くほど迫害されとるな」だった。受け止め方は「でも今は仲良くやれてるから」「雨降って地固まるってね」で、すぐに「人間の都合やないか」と返される。迫害の展示を前にして、まとめ役の言葉のほうが先に出てきている。
「竹槍ばっかじゃん」
武具の展示も並ぶ。「こちらは戦の際に使われた獣人ちゃんたちの武具です」と紹介されるのは竹槍ばかりで、「竹槍ばっかじゃん」と突っ込まれる。「より大きな手柄を立てた獣人ちゃんに贈られた竹槍で」ボタンが付いており、「戦場の悪夢と呼ばれた獣人ちゃんのリーダーの子が賜ったものの」「戦が終わるとどこかへ」消えたという。案内の締めは「なんとこちらコア色が3種類あってアラーム機能も付いてるんですよ」で、返事は「いらない」「いらないから廃棄されただけじゃ」だった。手柄の証として配られたものが、機能の説明だけ残って要らないものになっている。
「じゃあ私たちのご先祖様になるんですか」
血のつながりの話も出る。「戦争でまた数を減らした」一族はどこかに移り住み、「今でもひっそりと暮らしていると言われています」。「じゃあ私たちのご先祖様になるんですか」という問いへの答えは、「彼女らとは別で」「各地で潜んでいた隠れ獣人ちゃんたちが数を増やしたという説の方が強いですね」だった。返ってきたのは「そんな隠れキリシタンみたいな」という一言だけだ。先祖かどうかの答えが、説の強さの話としてさらっと返されている。
「私は鹿の王」「かつて我々は誇り高き生物であった」
奈良では鹿が出てくる。「お辞儀して鹿せんべいねだれね」と教わり、「ほんとだかわいい」「いっぱい寄ってくる」と盛り上がる横で、せんべいをもらっている側が混ざる。そこへ「そのせんべいは我々のものだ」「この汚らしい獣人め」と声がかかり、「私は鹿の王」「ここは我らの縄張りだ」と名乗る。それでも「せんべい欲しいにゃ」と迫られると、「おいやめろ」「それを私の前に」「体が勝手に」と、王のほうが折れる。名乗りのあとに来るのが、せんべい一枚に負ける体だった。
「今ではもう知性を持った個体は私一人」
語りはそこから長くなる。「かつて我々は誇り高き生物であった」「生態系の頂点に君臨できるほどの知性と誇りを全員が持ち」「お前たち獣人と覇権を争っていた時期もあった」。ところが「だが一人また一人と知性を失っていき」「観光客から浅ましくせんべいをねだるだけの」ものに「なり下がった」。「お前たち獣人よりよほど賢かった我々が」「今ではもう知性を持った個体は私一人」で、「それも日ごと曖昧な時間の方が増えていっている」。いま話している当人が、話せなくなっていく途中にいる。
「私たちはどこから来たのだろう」「どこへ行くのだろう」
締めは問いになる。「羨ましい」と言い、「最後の一人になるならいっそ知性など」と言いかけ、「私たちはどこから来たのだろう」「どこへ行くのだろう」と続ける。そして「いかんまた頭が」「意識があいまいになる」と途切れながら、「獣人よ」「お前たちの行く末に祝福は」まで言って終わる。ところが聞いていたはずの相手は席を外していて、戻ってきた本人の報告は「なんかキモい鹿がいたにゃ」だった。作中でいちばん長い語りが、いちばん短い一言で片付けられている。
まとめと考察
「ああ伝え忘れていたんですけど」「次回で打ち切り」
帰り道の電話がとどめになる。「おかげでバシバシアイデアが浮かびました」「京都取材大成功大変満足です」と報告し、「次の展開もいい感じに思いついて」「先祖たちの戦いを描きたいなと」まで話したところで、「ああ伝え忘れていたんですけど」「次回で打ち切り」と返る。資料館で見てきた歴史を描く予定が、その場でなくなる。取材が成功したことと、その取材が要らなくなったことが同じ電話の中で並んでいる。
「いつ死んでもおかしくないからね」
妹ちゃんの土産も同じ形をしている。「お母さんへのお土産」かと聞かれて「ううんお姉ちゃんに」「役除けにいいんだって」と答え、「なんか重いな」と言われると「いつ死んでもおかしくないからね」と返す。言われた側の反応は「そんな澄んだ眼差しで」だけだ。本気の心配が、また受け取られないまま軽口として流されている。
切実な話ほど、最後まで聞いてもらえない
この回は同じ形が何度も出てくる。姉を案じる言葉は「家のことは置いとこうぜ」で流され、留守番の「みんな早く帰ってきてくれ」は誰の耳にも入らず、迫害の展示は「雨降って地固まるってね」でまとめられ、鹿の王の長い問いは「なんかキモい鹿がいたにゃ」で終わる。そして描く予定だった先祖の戦いは打ち切りで消える。最後は車がひっくり返っても「達郎さん全員怪我なかったっす」で片付き、「さっさと働きにゃ」で終わる。誰も冷たくはないのに、切実な話だけが毎回いちばん短い言葉で受け止められている。




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