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『骸骨騎士様』第10話の副題は「非情の掟! 涙を抱きて義兄を追う」。黒巨人を誘導していたのは、アンデッドになった六忍のサスケだった。チヨメは、あの目は兄さんではありません、と言い切り、自分たちの手で止める覚悟を決める。同じ回で、アークは名無しの獣にシデンという名前をつける。そしてタジエントに現れた敵は、サスケを「その人形」と呼んだ。




副題「非情の掟! 涙を抱きて義兄を追う」は、兄を名前で呼ばない
公式サイトのSTORYと公式アカウントの告知で、第2期第10話の副題は「非情の掟! 涙を抱きて義兄を追う」と出ている。公式のあらすじは、黒巨人(ジャミアント)の赤子を撒き餌にして虎人族を襲わせていた犯人を、六忍の一人・サスケだと明かしている。
追う相手は「義兄」と書かれる
本編のチヨメは、相手をずっとサスケ兄さんと呼んでいる。副題は名前を出さず、血のつながらない兄を指す「義兄」という一語で相手を書いている。第9話の副題が再会の相手を書かなかったのに続いて、この回も名前を伏せたまま相手を指している。
掟は、六忍の名と一緒に渡される
副題の「非情の掟」は、本編ではチヨメの口から説明される。六忍の名を拝命した時から、僕たちには他の者が堕落した時に見送る役目があるのです、という掟だ。名前を継ぐことと、その名を持つ仲間を見送る役目が、最初からひとまとめになっている。
スタッフには、第6話と同じ組み合わせがある
公式サイトのスタッフ欄では、脚本が根元歳三、絵コンテが石平信司、演出がサイ インガイ、作画監督が李少雷、総作画監督が髙市彩加になっている。演出のサイ インガイと作画監督の李少雷の組み合わせは、第2期では龍王の泉を描いた第6話とこの回の二本だけだ。絵コンテの石平信司は第9話から二話続けての担当で、脚本の根元歳三は第2期でこれが五本目になる。
あの目は、兄さんではない
前半は、サスケの正体をどう受け止めるかの話になる。アークは理屈で残る可能性を探し、チヨメはそれを自分で閉じにいく。
子供を撒き餌にしていたのは
冒頭で、子供を殺して撒き餌代わりにするなんて、一体誰が、と怒りの声が上がる。死の穢れをまとってるし、間違いないわね、と相手の正体が確かめられ、前回からの続きの場面では、あれはもうサスケじゃない、アンデッドよ、と止める声が入る。第9話で探していた犯人と、チヨメが兄と呼ぶ人が、ここで同じ一人になる。
デネル村のアンデッドとは違う
サスケで間違いないわね、どうしてアンデッドなんかに、しかも他のアンデッドたちを従えてるみたいだった、と話が進む。あのペンダント、ドラムスコやヤコフが持っていたものとよく似ていたな、デネル村では、何者かがアンデッドを作り出す実験をしていたわ、と、これまでの事件ともつながっていく。アンデッドを操る道具と、アンデッドを作る実験が、同じ線の上に並べられている。
意識が残っているのではないか
アークは、デネル村のアンデッドは本能だけで動いてるみたいだった、主人に命令され、意味もわからず暴れているだけのように見えた、と比べる。だが、サスケ殿には行動に知性を感じたし、忍術も使った、もしや、自分の意識が残っているのではないか、と続ける。アークの見立ては、サスケの中にまだ本人が残っている可能性を、理屈で拾い上げている。
あの目は、兄さんではありません
チヨメは、そんなことはありません、と打ち消す。技は確かに兄のものだったと認めたうえで、でも、僕には分かります、あの目は、兄さんではありません、と言い切る。技が兄のものであることは認めながら、目だけを根拠に、兄ではないと自分で決めている。うちもそう思うわ、もはやただのアンデッドよ、という同意も重なる。
第9話の安心が、ここで覚悟に変わる
第9話では、アンデッドだから兄ではない、という理屈が、チヨメを一度安心させていた。この回のチヨメは、同じ「兄ではない」を、兄を止めるための理由として自分から口にしている。
死者を蘇らせるのは、神の領域だった
チヨメが最後に確かめるのは、アンデッドを元に戻す方法があるかどうかだった。その答えが、覚悟の引き金になる。
元に戻せるものは、ないでしょうか
チヨメは、アリアン殿、エルフ族やアーク殿の魔法に、アンデッドを元に戻せるものはないでしょうか、と尋ねる。答えは、死者を蘇らせるのは神の領域、残念だけど、そんなことは不可能だわ、アークもできないって言ってた、だった。最後に残っていた望みが、はっきり閉じられる。
それを聞いて、覚悟が決まりました
チヨメは、そうですよね、と受け、いえ、ありがとうございます、それを聞いて覚悟が決まりました、と返す。望みを断たれたことに礼を言い、それを覚悟のきっかけにしている。
二人の手で止めるほか、道はない
続けて、うちたち二人の手でサスケを止めるほか、道はない、という言葉があり、チヨメが、そうですね、それが六忍である我々の掟ですから、と受ける。掟とは何かと聞かれて、六忍の名を拝命した時から、僕たちには他の者が堕落した時に見送る役目があるのです、と説明する。見送る、というやわらかい言い方の中身は、仲間を自分たちの手で止めることだった。
僕は六忍のチヨメなので
説明の締めは、僕は六忍のチヨメなので、だった。兄を慕う一人の少女としてではなく、六忍の名を持つ者として役目を引き受ける言い方になっている。副題の「非情」は、本人がみずから選び取った立場として出てくる。
名無しの獣に、シデンという名前がつく
重い話の合間に、アークが連れている獣の話が入る。ここで起きるのは、この回でいちばん小さく、いちばん温かい出来事だった。
名無しのままなのも味気ない
出発の準備で、アークは、頼んだぞ、シデン、と獣に声をかける。シデン、何ですって、と聞き返されて、シデンだ、名無しのままなのも味気ないからな、と答える。アークは、名前のなかった獣に、自分から名前を渡している。
お座り、お手
いつの間に名前なんか、と驚かれると、名前だけではないぞ、と、お座り、お手、をやって見せ、シデンは賢いな、と撫でる。名前と一緒に、呼べば応える関係まで作ってしまっている。ほら、シデン、やめんか、とじゃれつかれるところまで含めて、アークはすっかり飼い主の顔になっている。
情が湧いちゃっても知らないから
そこへアリアンが、情が湧いちゃっても知らないから、と釘を刺す。アークが連れているのは、第9話で、乗りこなして虎人族に返すことを条件に借りた獣だった。副題が「非情の掟」を掲げる回に、名前をつけることは情を移すことだ、という一言が置かれている。チヨメが情を断つ覚悟を決めた同じ回で、アークは情を移すほうへ進んでいる。
名前をつける側の話
名前を持つことで役目を負う六忍と、名前を与えられて呼ばれる獣が、同じ回に並んでいる。この回の「名前」は、つける側によって、掟にもなれば、情にもなる。
黒巨人に襲わせていた先は、タジエントだった
中盤では、黒巨人の動きの狙いが地図の上で明らかになる。サスケを追う話が、囚われた仲間を救う話と重なっていく。
襲われた集落の先にある街
これはこの辺りの地図でな、この×印がついているところが、ジャミアントに襲われた集落だ、と地図が広げられる。アンデッドは子供の死体を使い、ジャミアントを誘導していると考えられます、襲われた集落を辿っていくと、その先にあるのは、タジエント、と続く。黒巨人をけしかける道筋が、一つの街に向けて引かれていた。
獣人族の大陸で、人族が治める唯一の街
ここ、南の大陸は、獣人族が治めるファブナッハ大王国がその領土の大半を占めている、タジエントはその中で唯一、人族、西の帝国、レブラン大帝国が治める街だ、と説明される。そこには我らの仲間が大勢捕らえられている、だが、強固な壁に覆われ、守りは固く、救出作戦を実行できずにいた、と続く。敵が起こそうとしている混乱が、救出の側にとっては絶好の機会になる。
救う側と、止める側
タジエントに着くと、俺たちは救出作戦を決行する、私たちはサスケさんを探しに、と二手に分かれる。いいか、余計な人族に手を出すな、同胞を解放することに専念し、という指示も出る。同じ街に入りながら、片方は生きている仲間を救いに行き、片方は死んだ仲間を止めに行く。
命を救われ、忍術を教わった
出発の前、本当に大丈夫、無理をしなくても、と気づかわれたチヨメは、僕はサスケ兄さんに命を救われました、里に入ってからは忍術を教わって、と語り、妹のように可愛がってもらったと続ける。だからこそ、自分の手で決着をつけたいという覚悟は、恩を受けた相手に向けたものだった。
ヒルク教は、死への恐怖からの解放を説いていた
中盤には、サスケを動かしている側の場面も入る。ここで語られる教えと、この回で起きていることとの食い違いが目を引く。
この世界に混沌を
玉座のある広間で、そろそろ始めるとしよう、という声のあと、この世界に混沌を、それがヒルク教なのです、と宣言される。説教では、死への恐怖からの解放を、我らが神は与えてくださります、祈り信じましょう、と説かれる。死の恐怖からの解放を説く教えの側で、死者をアンデッドにして操る実験が進んでいる。
神の言葉って言えば
裏では、楽なもんだよね、信者たちは毎日いろんなものを貢いでくれるし、神の言葉って言えば何でも思い通り、という本音が漏れる。アリアンが神の領域と呼んで踏み込まなかったところを、こちらは神の言葉として道具にしている。
実験体と、崩壊劇
やっぱり滅ぼすなんてもったいないな、という声に、教皇様の命に異議を申すのですか、と返される場面もあり、報告では捕らえた者の数が合わないとも言われる。なかなか優秀な実験体のようですね、崩壊劇の幕開けです、これも教皇様のお導き、と続く。人も獣人も、ここでは数や実験体として数えられている。
兄は「人形」と呼ばれ、敵は名前を言わされた
終盤、タジエントの混乱の中で、チヨメたちはサスケを動かしている相手に行き着く。この回の「名前」の話は、ここで裏返しになって締めくくられる。
ああ、その人形ですか
見つけましたよ、と現れた相手に、お前がサスケをアンデッドにしたの、と問いが飛ぶ。返ってきたのは、サスケ、ああ、その人形ですか、だった。チヨメが兄と呼び続けてきた人を、相手は名前でさえ呼ばず、人形と言い換えている。
あなたに興味が湧いちゃった
教会の方かしら、ただの神父様とも思えないけど、と探られた相手は、貴様らごときに答えるとでも、と突っぱねる。そこへ、そんなこと言わないで、教えてほしいわ、あなたに興味が湧いちゃった、ねえ、一体どこのどなた、と迫られる。力ずくではなく、相手に話させる形で問い詰めている。
我が名はパルルモ
相手は、我が名はパルルモ・アウアーリティア・リベラリタス、ヒルク教会、七枢機卿の一人、と名乗ってしまう。最近、人族の間で広まっている宗教ね、獣人やエルフを汚れた存在と考えているそうですよ、と、その教会の中身も確かめられる。サスケを人形と呼んだ本人が、自分の名前と肩書きを、言うつもりのないまま差し出している。
なぜだ、なぜ私は今
しかし、貴様らごときにと言っていたわりに、やけにあっさり教えてくれたな、と言われて、相手は、なぜだ、なぜ私は今、とうろたえる。問い詰めた側は、さてと、次は何を教えてもらおうかしら、と続ける。名前を奪った側が、今度は自分の名前を取られる番に回っている。
名前をつける、名前を取り上げる
アークは名無しの獣にシデンと名前をつけ、六忍は名前と一緒に掟を背負い、敵はサスケから名前を取り上げて人形と呼んだ。この回は、名前をどう扱うかで、登場する者たちの立ち位置がくっきり分かれている。チヨメが最後まで兄さんと呼び続けていることが、その中でいちばん重く残る。




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