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『出涸らし皇子』第11話の副題は「レヴィアターノ、咆哮」。海竜が姿を見せるのは最後の場面で、その前に話を動かしたのは声を張らない言葉だった。帝都に戻ったアルはフィーネに「もっと自分を大事にしてほしい」と伝え、フィーネはトラウゴットに「大切な人を救うのに理由が要りますか」と答える。トラウゴットが報酬に求めたのは、その一言だけだった。




副題「レヴィアターノ、咆哮」は、最後の場面の名前だ
公式のあらすじは、海の上から始まる
第11話の副題は「レヴィアターノ、咆哮」。公式のあらすじは、シーサーペントとの海上戦のさなかにアルノルトがレオナルトと合流し、入れ替わりを解くところから始まる。そのあと、ロンディネと停戦したアルバトロ公国からシルバーが海竜討伐の依頼を受け、ある皇族を巻き込んで戦地へ向かう。副題の海竜が正面から暴れ出すのは、一話のいちばん最後だ。それまでの時間は、ほとんど人と人との話し合いに使われている。
冒頭は、息をひそめてやり過ごすところから
始まりは静かだ。レヴィアターノが近くを通り過ぎるあいだ、アルたちは「静かにするんだ」「逃げるにはもう遅い」「やり過ごすしかない」と身を潜める。気配遮断の結界のおかげで見つからずに済み、「さすがに終わったかと思いましたよ」と息をつく。咆哮の回は、声を殺すところから始まっている。「奴にとって人間は全員敵だ」という言葉どおり、話し合いの通じる相手ではない。
口に出したとたんに、ロンディネが襲われる
息をついた直後、ロンディネがモンスターに襲撃されているという報せが入る。直前にロンディネの心配を口にしていた殿下は、「次からは思っても口に出すのはやめていただけますか」とたしなめられ、「俺のせいにしないでくれ」と返す。重い海竜の話の手前に、軽いやりとりが一つ置かれている。緊張をいったんほどいてから、海の戦いに入る順番になっている。
入れ替わりを解いたあと、アルはもう一度レオになる
アルを演じるレオには、人が動かない
一方、アルのふりをしていたレオは、船の上で指示を出しても通らない。「いえアルノルト殿下は無茶をおっしゃる」「怖いなら部屋に引っ込んでいてください」と返され、「兄さんはいつもどうやって人を動かしてるんだ」とこぼす。出涸らし皇子の顔をしていると、同じ指示でも人が動かない。評判の低さは、演じている弟にもそのまま効いてくる。
「遅いよ」「悪い」で、入れ替わりが終わる
小型のモンスターがアルの船に向かうと、レオは自分から助けに乗り込む。再会の第一声は「遅いよ」「悪い」。アルが「立派にレオを演じてきた」「だから疲れたんだ」と言えば、レオも「僕も兄さんを頑張って演じて疲れたよ」と返す。数話かけた入れ替わりが、船の上の短いやりとりで元に戻る。長い説明を挟まないところに、二人が互いをよく知っていることが出ている。
「頑張って」と言った時点で、アルの真似は外れている
アルは弟の言葉に「俺を演じるのに頑張ってという言葉が出てくる時点で」「お前は間違ってる」と返す。頑張らないことこそが、アルノルトという役の芯になっている。そのまま「あとは任せた」と言い、レオは「僕が全部片付ければいいんだね」と引き受ける。戦いを弟に渡すのが、いつものアルに戻った合図だ。
「船長に任せる」が戻ってきた
アルノルトとして船に戻ったアルは、防衛ラインを聞かれて「船長に任せる」「俺は部屋で寝るから」「どうせレオが全部やってくれる」と答える。すかさず「レオナルト殿下がいない間は少しはまともだと思ったのに」とぼやかれる。まともに見えていたのは、中身がレオだったからだ。第9話でエルナが言っていた、アルなら船長に任せると言うはずだという見立てが、本人の口でそのまま当たっている。
ロンディネでは、もう一度アルがレオになる
ところが、ロンディネ公王との謁見では、またアルがレオの役に戻る。「またアルがレオのフリをするの」と聞かれたレオは、「僕が説明するより兄さんが説明した方が早いでしょ」と答える。海路が塞がれればこの国は立ち行かなくなるという公王に、アルは全権大使レオナルトとして「過去の遺恨は水に流し」「アルバトロ公国と一時休戦し」同盟を組むよう申し出る。入れ替わりは解けても、交渉の席に座るのはやはりアルのほうだ。
「兄さんお見事だね」と「普段からやればいいのに」
公王は「同盟の提案を受けよう」と応じ、艦隊をアルバトロ公国へ出すことを決める。レオの感想は「兄さんお見事だね」、続いて「ちゃんとできるなら普段からやればいいのに」という声も上がる。アルが本気を出すのは、いつも他人の名前を借りているときだ。自分の顔では見事にやらないことが、出涸らし皇子の続け方になっている。
セバスは「あなたも同じでは」と返す
帝都では、また寝込んでいることになっている
アルは一足先に帝都へ戻り、なぜ今日帰ると分かったのかと聞いても「執事ですから」としか答えないセバスに迎えられる。ロンディネ公王は自ら艦隊を率いてアルバトロ公国へ向かい、レオも同行した。アル本人は「俺は船酔いで寝込んでいることになっている」一方で、「エルナは海を怖がって本当に寝込んでいるがな」。表向きの病人と本当の病人が、一人ずついる。そのあいだにアルバトロ公国から正式に海竜討伐の依頼が出て、シルバーが受けることになった。
SS級の依頼と、帝都からの報告
依頼のランクは「SS級になる予定」だという。帝都のほうは、セバスによれば勢力争いも順調で、「リンフィア殿が非常に優秀でした」。アルが南にいたあいだ、帝都の暗躍はリンフィアの手で回っていた。ただし報告には「しかしフィーネ様が少々」という続きがある。
「ご自身を取引の材料にされまして」
フィーネは亜人商会の代表との会談で「ご自身を取引の材料にされまして」、相手がフィーネに見合うものを出せないまま協力を取り付けた。第10話で描かれた交渉が、ここでは報告の一文に縮まっている。結果は成功でも、アルが引っかかったのは差し出したものの中身だ。アルの感想は「困った子だな」の一言だった。
「誰かのために暗躍し」は、アルにも当てはまる
セバスはすぐに「あなたがそれを言いますか」と返し、「誰かのために暗躍し」「自分を顧みないという点では」「あなたも同じでは」と続ける。作品名の「暗躍」が、ここではアルをたしなめる言葉として使われている。フィーネを心配するアルに、同じ心配がそのまま返ってくる構図だ。下の反応は第10話を見た時点の感想で、そのフィーネの交渉ぶりに触れている。
「唯一無二の共有者」と、アルは初めて礼を言う
シルバーの姿で、護衛のリンフィアを下がらせる
アルはシルバーの姿でフィーネを訪ねる。今は護衛を務めるリンフィアに「二人で話がしたい」「どうか時間をくれ」と頼み、フィーネが「シルバー様なら大丈夫です」「私が保証します」と後押しする。リンフィアはまだ、シルバーの正体を知らない側にいる。二つの顔の片方しか知らない人を下がらせてから、話が始まる。
「俺が言えたことじゃないのは分かってる」
アルの切り出しは「俺が言えたことじゃないのは分かってる」「反感を抱くかもしれない」「それでも聞いてほしい」。セバスに言われたばかりのことを、自分で先に認めてから話している。忠告する側が、自分も同じだと先に白状している。そのうえで出てくるのが「もっと自分を大事にしてほしい」「そこまでしなくていい」だった。
役に立てていない、という思い込み
フィーネの答えは「ですけど私はアル様のお役に立てていないので」。第10話で自分を差し出したのは、役に立ちたいという気持ちの裏返しだったことがわかる。アルが止めたかったのは交渉のやり方ではなく、この思い込みのほうだ。だからアルは、やり方を叱らずに、フィーネがいてくれることの意味から話し直す。
「セバスと君しかいない」
アルは「こうやって二つの顔を見せられるのは」「セバスと君しかいない」と言う。セバスは「常にそばにいてくれた親みたいなもんだ」から、他人では「君が初めてだ」。秘密を知っている人の少なさが、そのまま信頼の深さになっている。「この秘密を知った時から」「君は他人じゃない」とまで言い切っている。
弟が唯一無二なら、フィーネは唯一無二の共有者
決め手は「レオが唯一無二の弟なら」「君は唯一無二の共有者だ」「代わりなんていない」。そして「そばにいてくれればそれでいい」「助けられてる」「ありがとう」と続く。役に立つかどうかではなく、そばにいること自体が助けになっていると伝えている。「もっと早くに礼を言うべきだったが」「俺も余裕がなかった」「すまない」まで含めて、アルが自分の不足を認める珍しい場面だ。
「お互いに反省しようか」のあと、フィーネは頼まれる側になる
「お互いに反省しようか」で話が落ち着くと、フィーネはすぐに「私がお手伝いします」と申し出る。アルの狙いを「帝国軍を介入させないようにしたいのですね」と言い当て、残る問題は鍵になる人物の説得だと続ける。アルの返事は「頼めるか」、フィーネは「お任せください」「私が説得してみせます」。自分から差し出すのではなく、頼まれて引き受ける形に変わっている。
トラウゴットの報酬は「このフレーズ」だった
執筆中の第四皇子は「嫌でありますよ」
説得の相手は、第四皇子トラウゴット。最初の返事は「嫌でありますよ」で、「かのブラウメーベの頼みといえど」「無理なものは無理なのですよ」「自分今傑作を執筆中ゆえ」と取り合わない。帝位争いから最も遠い場所にいる皇子が、この回の鍵を握っている。そこへシルバーも顔を出す。
シルバーの狙いは、本人が先に言い当てる
トラウゴットは、自分に頼みが来た理由を先に並べてみせる。海竜を確実に仕留めるには援護が要り、南部には聖剣の使い手がいる。だから皇帝の名代として南部へ行き、聖剣を使う許可を出してほしいのだろう、と。シルバーは「海竜が出現している状況で」軍を送られるのは面倒だと答える。頭の回転は速いのに、動く気がないだけの皇子として描かれている。「いい着眼点ですな」と認めながらも、手が離せないと断る。
「古来より良き文章を書く方は」
フィーネは作家としてのトラウゴットに話しかける。「古来より良き文章を書く方は」「良き経験をした方です」。南部のために立ち上がれば経験も名声も手に入り、「その名声に惹かれて」「多くの文人が訪ねてくることでしょう」。皇子としてではなく、書き手としての欲に向けて話している。帝位争いの理屈を持ち出さないのが、この説得のうまさだ。
「大切な人を救うのに理由が要りますか」
トラウゴットは「帝位争いのためですかな」「それとも別の理由か」と尋ねる。フィーネの答えは「大切な人を救うのに理由が要りますか」。理由を聞かれて、理由はいらないと答えている。駆け引きの言葉を一つも使っていない返事に、トラウゴットは「そんな真っ直ぐで綺麗な答えを返されては」と折れる。
報酬は「このフレーズでよろしいです」
トラウゴットは「動かぬのは文人の恥と言えましょう」と引き受け、「報酬はこのフレーズでよろしいです」と付け加える。第10話で自分自身を差し出したフィーネが、この回では一言だけで人を動かしている。アルに「もっと自分を大事にしてほしい」と言われた直後の交渉で、差し出したのは言葉だけだった。副題の咆哮よりも、この一言のほうがこの回の中心にあると思う。
皇帝は「皇帝陛下だ」と言い直させ、最後に「息子」と言う
会議に飛び込んだ第四皇子は「やかましい」
トラウゴットはそのまま皇帝の会議に飛び込み、「会議中に入ってくるでない」「そしてやかましい」と追い出される。代わりに迎えられるのはシルバーだ。「珍しい客が来たな」と通されたシルバーは、南部を救おうとすること自体には「俺は構わない」と言い、「俺が危惧しているのは」「間違った対処をすることだ」と続ける。何が正しいのかを聞かれても、シルバーは自分で答えない。「それを説明するのは」「後ろの二人の仕事だ」。
「父上」と呼ばれるたびに「皇帝陛下だ」
会議の場で、皇帝は子どもたちに「父上」と呼ばれるたび、「皇帝陛下だ」と言い直させる。フィーネには「元気そうだなフィーネ」「お前ならいつでも会いに来るといい」とやわらかいのに、息子たちには公の呼び方しか許さない。この場では、父親である前に皇帝として座っている。この線引きが、最後の一言の前振りになっている。
「竜を討伐するのには」「数よりも質が重要だからです」
フィーネの案は、軍ではなく名代を送ること。「竜を討伐するのには」「数よりも質が重要だからです」と言い、トラウゴットを名代として送り、エルナに聖剣の使用を許すのが「解決への早道だと考えます」。なぜトラウなのかと聞かれると、「他のお三方では格が高すぎるからです」「聖剣の運搬を任せるなど」「お三方の名声に傷がつくでしょう」。評判が低いことが、そのまま任命の理由になっている。「辛辣ですな」という一言が挟まるのも無理はない。
反対した二人を、エリクがまとめて退ける
帝国だけで南部を救うべきだという声と、この機に南部を手に入れようという声も上がる。皇帝に「エリクお前はどう思う」と振られたエリクは、「フィーネの意見に賛成です」「これが最も無難でしょう」と答え、「ザンドラとゴードンの意見は」「冒険者ギルドとの関係悪化を招くばかりか」「皇帝陛下の器が小さいと」「風聞されかねないかと」と退ける。次期皇帝を名乗るエリクが、ここではフィーネの側に立っている。
「キールではギルドをないがしろにして」
皇帝の判断は「この話はフィーネの案で終わりだ」。「今南部を手に入れる旨味は薄く」、軍を送る理もない。さらに「キールではギルドをないがしろにして」「痛い目にあったしな」と、過去の失敗も理由に挙げる。皇帝は以前の失敗を覚えていて、それを今回の判断に使っている。最後は「今回はシルバーの顔を立てて」「協力してやろう」で決着した。
「トラウを」「息子を頼むぞ」
皇帝はトラウゴットを名代に任じ、「南部に赴き勇者に剣を届けるがよい」と命じる。そしてシルバーに向けて、「トラウを」「息子を頼むぞ」と言い直す。会議のあいだ「皇帝陛下だ」と言わせ続けた人が、最後だけ父親の言葉を選んでいる。シルバーの返事は「かすり傷ひとつなくお返ししよう」。当のトラウゴットは「どうせなら護衛は美少女が良かったでありますが」と、最後まで調子を崩さない。
まとめと考察
敵同士だった二つの国が、同じ民を守ると言う
最後の場面で、ロンディネ公王は「この非常事態」「来ないわけにはいかぬでな」とアルバトロ公国に入り、レオは「帝国全権大使のこの私が同盟成立を見届けました」と宣言する。現れた海竜を前に、ロンディネ公王は「同盟を結んだ以上」、アルバトロ公国の民も自分たちの民と同じだと言って退かない。アルがレオの名前で持ちかけた同盟が、公王自身の言葉になっている。海竜との戦いは、この言葉のあとに始まる。
アルは船にいない
戦いのさなか、レオが兄とエルナの居場所を尋ねると、アルは船に乗っておらず、エルナは陸で避難の手伝いに当たっていると返ってくる。出涸らし皇子の不在は、ここでも誰にも疑われていない。そのあいだにシルバーは、名代のトラウゴットを連れて南へ向かっている。
「自分を大事に」は、フィーネにもアルにも向けられる
振り返ると、この回は自分を大事にしてほしいという話が何度も出てくる。アルがフィーネに「もっと自分を大事にしてほしい」と言い、セバスはアルに「あなたも同じでは」と返す。第10話では、亜人商会の代表もフィーネに同じことを言っていた。自分を差し出す人ばかりの陣営で、互いにそれを止め合う回だった。
評判の低さが、役に立つ
もう一つ目立つのは、評判の低さが使われる場面の多さだ。レオはアルの顔では人を動かせず、アルは自分の顔では見事にやらない。トラウゴットは、ほかの皇子より格が下だから名代に選ばれる。出涸らしという評判は、この作品では弱点であると同時に隠れ蓑にもなっている。アルが船にいないことを誰も気にしないのも、その評判のおかげだ。
咆哮の手前で、話を動かしたのは小さな声だった
副題は海竜の咆哮だが、この回で状況を動かしたのは大きな声ではなかった。アルの「ありがとう」、フィーネの「大切な人を救うのに理由が要りますか」、皇帝の「息子を頼むぞ」。どれも、相手ひとりに向けた短い言葉だ。海竜との戦いが始まったところで幕が下りるので、この言葉を受け取った人たちがどう動くのかを見届けたい。




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