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第6話のサブタイトルは「おかえり」。前回シーナが送り出すときに口にした「怪我しないで帰ってきて」の答えが、保健室に届けられた袋という形で返ってくる回だった。言葉を失って泣くしかないシーナのすぐ隣で、大人たちは戦力を増やすしかないという話をしている。そこで名前の挙がったのがセイランで、戦闘実力試験の相手に指名されたのは、ほかならぬミミだった。




「怪我しないで帰ってきて」の答え
保健室で語られる、この学校の基準
第6話は、前回の見送りをそのまま引き継いで始まる。「昨夜、戦帰りの先輩たちが廊下を歩いてたよ」という情報に、シーナが「ミミちゃんも帰ってきて、大丈夫だったのかな」と反応し、教科書を預けて保健室へ向かう。待つ側の一日が、この作品ではいつもこうして始まる。
先に映るのは、フランが別の生徒を診ている場面だ。傷を見せられて返した言葉が「こんなの、かすり傷じゃないの」「こんな可愛い怪我で修復魔法は使えないよ」。冷たいのではなく、この保健室ではそれが基準になってしまっている、という描き方だった。本当に魔法を使うべき相手は別にいる、と言外に示されている。
そこへ「あの、ミミを迎えに来たんですけど」とシーナが顔を出し、「じゃあ、奥の部屋で待ってて」と通される。この時点ではまだ、迎えに行けば会える、という前提で動いている。その前提が数十秒後に崩れるので、何気ないやりとりの一つ一つが後から効いてくる作りになっていた。
「いつもの届け物ですが」
奥の部屋にいるあいだに、上級生担当の教師が保健室へ入ってくる。口にしたのが「フランさん、いつもの届け物ですが」。フランは治療で手が離せず、応対したのがシーナだった。
教師はシーナを見て「もしかしてお前、トツキ・シーナか」と名前を確認し、「いつも通りに回収してきた、とフラン先生に渡してくれ」と言い置いていく。回収、という単語がここで一度だけ使われる。そしてシーナの手に残ったのが、血のにじんだ袋だった。
この受け渡しの仕方が、今回いちばん残酷な演出だと思う。誰も悪意を持っていない。教師は業務として届け、フランは別の患者を診ているだけで、この学校では、それが本当に「いつも通り」なのだという事実だけが残る。ミミがどう扱われているのかを、説明ではなく手続きで見せてきた。
袋の中身と、シーナの涙
言葉が出ないまま
袋の中にいたのは、血まみれのミミだった。公式のあらすじがそのまま「その姿に言葉がでないシーナは、涙が溢れてしまう」と書いている通りで、この場面には台詞らしい台詞がほとんど無い。泣き声と、それを見上げるミミの顔だけで進む。
前回シーナが送り出すときに言ったのは「怪我しないで帰ってきて」だった。その願いに対する答えが、これである。願いが叶わなかったのではなく、そもそも叶う種類の願いではなかったと突きつけられる形になっていて、シーナがこれまで目を逸らしてきたものが一度に押し寄せてくる。
そして泣いたのはシーナだけではなかった。自分の状態には何も感じていないはずのミミが、シーナが泣いているのを見て、つられるように涙をこぼす。痛みではなく、相手の悲しみのほうに反応している。この子の中で、シーナだけが特別な位置にいることがよく分かる場面だった。
同じ部屋で、大人たちが話していたこと
その裏で進んでいた会話がまた重い。「15クラスからも一名、重傷者が出ました」「しかも戦線は拡大。敵も戦力を次第に増強しています」という報告が上がり、「フラン先生、ミミだけに頼っているわけにもいかないようですね」「戦力を増やすしかないかと」と続いていく。
そこから出てくるのが「戦場に出せる生徒はいますか」という一言だ。答えは「可能性のある生徒は何人かいますが、現時点でどのくらいの力があるかはなんとも」で、だから実力を測る試験をしようという話になる。ところが「試験をしようにも、最上級生は実戦で手一杯」という壁にぶつかる。
泣いている生徒のすぐ近くで、次に誰を出すかの相談が進んでいる。しかもその相談の結論が、このあと友人の身に降りかかる。感情の場面と事務の場面を同じ空間に重ねる作りで、この学校では悲しむ時間が業務を止めないということが、台詞ひとつ使わずに示されていた。
サボった午前と、戦場へ持っていく花冠
「授業をサボるなんて初めてだ」
帰ってきたミミを連れて教室へ向かおうとしたところで、すでに授業が始まっていることに気づく。「今、何の授業?」「数学かな」というやりとりのあと、二人が選んだのがお昼までどこかで時間を潰すことだった。
ここでシーナがこぼす「授業をサボるなんて初めてだ」が、地味にとても良い。続けて「セイランにノートを借りなきゃ」と言うあたりも含めて、この子はどこまでも真面目な生徒である。その真面目な子が、初めて規則を破る理由がミミだったという並びに意味がある。
重い場面の直後にこういう時間を置いてくるのが、この作品はとにかくうまい。戦場と日常の落差ではなく、戦場から帰ってきた子と、教室をサボった子が、同じ午前を過ごしているという地続きの描き方になっていて、だからこそ落ち着かない。
「楽しいこと思い出すから」
向かったのは中庭だった。「好きな花、摘んできていいよ」と言われたミミが作ったのが花冠で、そこにカスミソウを足していく。見ているだけなら、ただの穏やかな場面である。
ところが会話がそうさせてくれない。「どうして持っていったの?」と聞かれたミミの答えが「入れておくとね、楽しいこと思い出すから」で、シーナが返したのが「戦場で?」。つまりこの子は、花を戦場に持ち込んでいた。
誰にも教わらずに、自分で見つけた工夫だというのが一番つらい。血まみれで袋に入って帰ってくる日々の中で、楽しいことを思い出すための道具を、自分で用意している。その事実は、この子が何も感じていないのではなく、感じたうえで自分なりに対処してきたのだということを意味していて、だから花を「できるだけ長く、元気に咲いててください」と願う声が重かった。
戦闘実力試験と、指名された相手
「戦場に出るだけの実力があるかを測る試験です」
呼び出しを受けたのは、セイランとミミの二人だった。オミ先生が告げたのが「次の休日、あなたの戦闘実力試験を行うことになりました」。戦闘、という単語に戸惑うセイランへの説明が「戦場に出るだけの実力があるかを測る試験です」で、確認は「よろしいですね?」の一言だけ。返事は「はい」だった。
拒否権があるようには見えないのに、形式としては本人の同意を取る。この学校のやり方が短いやりとりに出ていて、選ばせているように見えて、選択肢は用意されていない。冒頭で大人たちが交わしていた「戦力を増やすしかない」の結論が、こんなに早く目の前の生徒に落ちてきた。
続く説明も丁寧だった。この試験は最上級生と一対一で決闘し、実力を測るのが通例である。ところが今回は「17クラスの生徒は都合がつきませんでした」という。都合がつかない、という言い方の中身は、冒頭の報告を聞いていれば察しがついてしまう。
上級生役を務めるのはミミ
そこで告げられたのが「今回はカガリさんに、上級生役を務めてもらいます」だった。セイランが「え? ミミ?」と声を上げ、オミ先生は「彼女なら実力も申し分ありません」とだけ返す。
問題は、当のミミがこの話をまったく重く受け取っていないことだ。試験要項を渡されて交わす確認が「ねえ、つまりどういうこと?」「つまり、決闘するの。あなたと、私が」で、説明している側が、何を意味するのか本当に分かっているようには見えない。
ここまでの流れを並べると、配置の意地の悪さが際立つ。戦場から袋で帰ってきたばかりの子が、今度は学内の試験のために、クラスメイトと戦う役を割り当てられた。休ませるという選択肢が最初から検討されていない。実力も申し分ない、という言い方が、そのまま便利に使われている理由になっている。
「私は望んでこの試験を受けるんだ」
食堂の温度差
この知らせが最初に広まったのは食堂だった。遅れて来た二人を待っていた仲間が理由を尋ねると、ミミが「聞いて聞いて、ミミ今度セイランと決闘するんだよ」と、嬉しい報告と同じ調子で口にしてしまう。
当然、テーブルは騒然となる。「決闘? 戦うってこと? ミミと」と食い下がる声に、セイランは「さっき先生に言われたの。それで私の対戦相手はカガリさんだって」と落ち着いて答えるのだが、周囲からは「でもかわいそう」「まだ14歳なのに」「先生にうまく乗せられたんじゃ」という言葉が出てくる。
それを遮ったのが「私は望んでこの試験を受けるんだ」だった。同情されることを、この子は一番嫌がる。笑いながら報告するミミ、心配する仲間、そして受けると決めているセイランの三つの温度が同じテーブルの上で噛み合わないまま並ぶ場面で、見ていていちばん落ち着かない数分だった。
「それがここと私たちの約束」
食後、シーナがミミに聞かれる。「セイランって、戦争が好きなの?」。これに対するシーナの答えが、この回の背骨だった。
「そんなことないよ」「言葉が強いから誤解されやすいけど、セイランは優しい、すごく優しい人だもん」と前置きしたうえで、「戦うために戦場に出たいわけじゃなくて、役に立って恩返ししなきゃって思ってるんだよ」と説明する。根拠が「この施設は身寄りのない私たちを受け入れて、教育まで受けさせてくれてる」という一点だ。
そして最後に付け足されたのが、いちばん怖い一言だった。「セイランだけじゃない。私たちは戦うことで恩返しするしかないんだ。それがここと私たちの約束」。自分も含めた全員の話として語っている。救ってもらった以上は返さなければならない、という理屈だけで子供が戦場へ出ていく構造が、ここで初めてはっきり言葉になった。しかもそれを、疑問を持っているはずのシーナ自身が説明しているのが重い。
シーナが気づいてしまったこと
「私、それ嘘だと思う」
話が広まったあと、シーナはセイランと二人で話す。切り出したのが「セイランの相手がミミちゃんになったのって、上級生の都合がつかなかったから。オミ先生はそう言ってたけど」、そして「私、それ嘘だと思う」だった。
根拠として挙げたのが「成績優秀なあなたが、どうして今まで招集されなかったんだと思う?」。そこから、いつも教師が言っている「戦場では何の感情も交えず、敵を殲滅することに集中せよ」を引き、「セイランに弱点があるとしたら、そこに迷いが生まれることだと思う」と結ぶ。
結論が容赦なかった。「試験で試されるのは、毎日一緒にいてご飯を食べるクラスメイトであっても、一度敵となったら、感情を交えず、殺す気で戦えるか」。つまりミミが相手に選ばれたのは、都合ではなく設計だという読みである。平凡だと自分で言い続けてきたこの子が、大人の意図をいちばん正確に読んでしまったという形になっていて、気づいたところで何もできないぶん、余計に苦しい。
それでも受ける、という選択
セイランの答えは変わらなかった。語られたのが「スラムで死にかけていた私を、あの日、先生が見つけてくれなかったら、私は無知で無力のまま、子供のまま、一人ぼっちで死んでた」という過去だ。そこに「ここでアリにも出会えなかった」と続く。
そのうえで「今の自分があるのは学校のおかげなの。だから役に立ちたい。恩はきちんと返したいの」、「だから、そのためなら、相手が誰だって戦う」と言い切る。利用されている、という指摘そのものは否定していない。それでも自分の意思で受けると決めている、という順番になっている。
そして「シーナのことも、カガリさんのことも嫌いになったわけじゃないよ。私の気持ちの問題だから」と付け加え、ミミには「お互い、正々堂々全力で戦おう」「遠慮しないできてね」と伝える。この申し出が、この子の誠実さであると同時に、相手が何であるかを知らないがゆえの危うさでもある。見ている側だけが、その頼み方の意味を知っている。
「おかえり」まとめと考察
サブタイトルが指しているもの
第6話を通して見ると、「おかえり」という言葉が一度も気持ちよく響かないように作られている。帰ってきたのは袋であり、受け取ったのは待っていた本人であり、そのあとに待っていたのは、次に誰を送り出すかという相談だった。
それでも、この回でシーナが手にしたものは確かにある。授業をサボり、中庭で花冠を作り、戦場に花を持っていく理由を聞いた。帰ってくる場所を用意するという役割を、この子は自分で引き受けた。力もなく、成績も平凡で、戦うこともできない子にできるのはそこだけで、だからサブタイトルがその一語なのだと思う。
同時に、この回はこの学校の仕組みを言葉にした回でもあった。救われた恩を戦って返す、という約束。感情を交えずに殺せるかを測る試験。そして、それを子供の真面目さのほうから引き出そうとする運用。どれも新しい事実ではないのに、今回初めて登場人物の口から説明されたことで、逃げ場がなくなった。
「どっちも応援してる」
終盤、セイランは毎日魔法の特訓に励む。「練習だからって手加減しないでよ」と相手に頼み、その姿はどこまでも真剣で、全てをかけているかのようだったと語られる。一方でミミのほうは、練習の必要すらない。この非対称が、決闘の結果をほとんど先に見せてしまっている。
そのうえで最後に置かれたのが、「ミミのこと、応援してくれる?」という問いだった。シーナの答えが「どっちも応援してる」。優柔不断な返事に見えて、この状況では唯一まともな答えでもある。どちらかを選ぶということは、どちらかが負けることを望むという意味になってしまう。
気になるのは、この試験が誰のために行われるのかという点だ。セイランを戦場に出すためであることは間違いないが、測られているのが「感情を交えずに戦えるか」なのだとしたら、この試験でいちばん試されているのはミミのほうかもしれない。相手が友人であっても手を止めない、と確認できてしまったとき、その結果を見せられるのはシーナである。次回、正々堂々という言葉がどんな形で回収されるのか、想像したくないぶん、目が離せなくなった。




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