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旅費が底をつき、来月の家賃にも困った桃夭は、街の人たちに止められながらも、生きた閻魔と恐れられる司家で馬番として働き始める。前任の丁三四と馬の世話をするうちに見えてきたのは、言葉を口にできない彼女が司家の次男・狂瀾に寄せる想いだった。その夜、馬場の木の上には翼をなくした妖怪がいた。噂と違う司家の素顔、丁三四の秘めた恋心、そして翼をなくした雲陽の願いまで、第5話を振り返る。




第5話「雲陽(上)」
第5話「雲陽(上)」は、旅費が底をついた桃夭が、生きた閻魔と恐れられる司家で馬番として働き始める回だった。前任の丁三四と一緒に馬の世話をするうちに見えてきたのは、言葉を口にできない彼女が心の奥にしまっている、司家の次男・狂瀾への想い。そして夜の馬場に現れた、片方の翼をなくした妖怪・雲陽。新しい出会いが重なっていく第5話を振り返っていく。
家賃が払えない
物語は、桃夭が何かを数えている場面から始まる。「静かにしてよ数えてるんだから」。旅費の残りかと思いきや、「今まで直してきた妖怪の種類を数えてるの」。そこへ妖怪の数より百妖譜のほうを気にしたらどうだと突っ込まれ、捜しものの手がかりは「さっぱり手がかりなし」。それでも「ゆっくり探せばいいわ」と構える桃夭に、「だが来月の家賃すら払えないぞ」という現実が突きつけられる。
鶏の世話をめぐる小言や、「ぐんぐん、肉は食べない約束だろ」という一幕も含めて、一行のにぎやかな暮らしぶりが伝わってくる冒頭だった。百妖譜を捜す旅の途中とはいえ、都で暮らす以上はお金がなければどうにもならない。「明日仕事を探しに行くそれでいい」と言い切る桃夭の切り替えの早さが、いかにも彼女らしい。妖怪を診る腕は確かなのに、暮らしのお金にはまるで無頓着。そのちぐはぐさが桃夭という主人公のかわいげで、第3期に入ってからの都暮らしにも、旅の途中とは違う生活感が出てきているのが面白かった。
生きた閻魔の司家
街に出た桃夭が目にしたのは、たくさんの求人の札。その中に、誰も近寄ろうとしない募集があった。「雑用係一名、男女問わず」、「飼育が得意な者を優遇、好待遇」。条件は悪くないのに、街の人たちは口をそろえて止めにかかる。「生きたエンマが2人もいる」、「いいところなわけがない」。
兄弟2人で取り仕切っていること、「命知らずの荒くれ者が出入りしていて物騒だ」ということ、「役所からも恐れられてるって話だ」ということ。噂だけを聞けば、たしかに近づきたくない家だ。それでも桃夭が気にするのは「お金持ちなの?」の一点だけ。さらに「兄も冷たくてご飯も着るものもくれない」、「家から追い出すって言うのよ」と、その場で身の上話までこしらえて道を聞き出してしまう。このしたたかさには思わず笑ってしまった。
竹林を抜けた先の屋敷は、噂とは裏腹に静かだった。迎えた執事の話では、応募してきたのは「お嬢さんだけだ」。「みんなうちの若さま方を恐れているのだろう」、「少々変わり者でね」と言いながらも、給金については「うちの若さまはきちんと支払う」。金額を聞いた瞬間に「やりますやります」と即答する桃夭がおかしい。半年の契約、10日ごとの休み、住み込みで食事付き。「人生に光が射してきた」とまで言うほど、桃夭にとっては願ってもない仕事だった。ただ、屋敷を出るときに何かの気配を感じ取り、「なんだか面白そうね」とつぶやいたのは見逃せない。ただの働き口では終わらない予感が、ここでしっかり置かれていた。街の人たちの怯えようと、実際の屋敷の静けさとの落差も、どこか不思議な印象を残す。
馬番の仕事と丁三四
任されたのは、若さまが各地から集めてきた名馬の世話。「どの馬も若さまの宝物なので」、「心を込めてしっかり世話をしてほしい」。これまで馬を見てきたのは、言葉が不自由な丁三四と、その父親だった。「10年以上父親と働いている」、「二人が世話した馬は面倒を起こしたことがない」。けれど丁三四に縁談がまとまり、親子で故郷へ帰ることになったため、後任を探していたのだという。
丁三四の父親の指導は厳しい。「馬にも好みの味というものがある」、「しかもそれぞれ微妙に違う」。甘い味が好きな馬、薄い塩味が好きな馬、濃い塩味が好きな馬。「さっさとしろ!」、「餌の時間が過ぎちまうぞ!」、「もたもたするな!」と急かされ、「お馬様じゃないの」とこぼしたくなる桃夭の気持ちもよくわかる。それでも「いいのいいの 新米だし特訓しなきゃ」と前向きに受け止めるあたりに、桃夭の芯の強さを感じた。
一馬一馬に好みの味まで覚えさせるほど、司家の馬は大切にされている。それを10年以上支えてきたのが丁三四親子なのだと思うと、2人の仕事ぶりの確かさがよくわかる。言葉を口にできなくても、丁三四は馬場のことを誰よりも知っている。桃夭が彼女を頼りにしながら仕事を覚えていく流れが、2人の距離を自然に縮めていった。口数の多い桃夭と、言葉を持たない丁三四。正反対の2人が並んで馬の世話をしている姿は、それだけで見ていて温かい。会話がなくても通じ合えるものがあるのだと、2人の様子から伝わってきた。
秘められた恋心
一緒に働くうちに、桃夭は丁三四の様子が気になり始める。ずっと馬場にいて、外へ遊びにも行かない。「馬の世話をしないと若さまが不機嫌になる」という話に「若さまも理不尽ね」と返したものの、若さまのことをあまりにもよく知っている丁三四に、桃夭はぴんとくる。「若さまのことなんでそんなに知ってるの」。
そして初めて目にした司家の2番目の若さまは、「姿も顔立ちもほんと整ってる」、「噂されてるようなエンマには見えない」。その姿を見つめる丁三四に、桃夭はまっすぐ言う。「好きなんでしょ」、「好きなら好きでいいでしょ」、「恥ずかしいことじゃない」。けれど返ってきたのは、「私はふさわしくないし」、「何も望んでない」、「出会えただけで十分」という言葉だった。
縁談が決まり、もうすぐ故郷へ帰る身。だからこそ想いを伝えるつもりはない。その控えめさが切なくて、心に残る場面だった。桃夭は縁談の相手が「いい人なの?」と確かめたうえで、「だったら目に焼き付けなきゃ」、「見るだけなら減るもんじゃないんだし」と背中を押す。「あなたを手伝いたいの」、「仕事で助けてくれたからそのお礼よ」。若さまをよく見られるように足場まで工夫する桃夭のおせっかいは、照れくさいほど優しい。それなのに最後は「若さまはほんと目の保養になる」、「いや30杯いけそう」と自分まで楽しんでいるのが桃夭らしくて、しんみりした空気をほどよく和らげていた。相手の気持ちを否定せず、かといって無理に告白させようともしない。残された時間で、せめて悔いのないように見届けさせてあげたいという桃夭の気遣いが、とても自然に描かれていたと思う。友達になったばかりとは思えない、まっすぐな優しさだった。
翼を落とした雲陽
その夜、桃夭は木の上にいる妖怪に気づく。「僕を知ってるのか?何者だ」と驚く相手は、雲陽だった。どこでも木の上に住みたがる雲陽は、片方の翼をなくしていた。「秋になると羽が抜ける」、「木の葉が落ちるみたいにね」。けれど翼まで落ちてしまったのは、修行のためにこの馬場の上を毎日10周飛び続け、「ある日飛びすぎて翼が片方落ちたんだ」という理由からだった。
思わず笑ってしまう桃夭に、「医者のくせに弱ってるやつを笑うなんて」とむくれる雲陽。落とした翼はネズミの妖怪にすみかにされ、毎日奪い返しに行っても取り戻せずにいる。春になれば生え変わるはずなのに、「間に合わないんだ」。「今月中に翼を取り戻せないと」、丁三四は一生若さまとおしゃべりできないのだという。「翼を取り返したいのは彼女のため」、「もう10年以上」。
ここで、昼間の恋心の話と夜の雲陽の話が一本につながる。言葉を口にできない丁三四と、彼女のために翼を取り戻そうとする雲陽。10年以上そばにいたという雲陽の言葉と、「あの日」、「僕はもう死ぬかと思った」という最後の一言が、2人の間にまだ語られていない過去があることを感じさせて、第5話は幕を下ろした。
第5話のまとめ考察
噂と素顔の差
第5話でいちばん印象に残ったのは、噂と実際の姿の差だった。生きた閻魔と呼ばれ、街の人たちが関わるなと口をそろえる司家。けれど屋敷は静かで、執事は丁寧に条件を説明し、給金もきちんと払うという。初めて見た若さまも、噂のような恐ろしさは感じさせなかった。馬を宝物のように大切にし、好みの味まで細かく分けて世話をさせる家が、ただ恐ろしいだけの場所だとは思えない。
人がどう噂しているかと、その人が本当はどんな人なのか。桃夭はその差を、噂ではなく自分の目で確かめようとする。もちろん一番の動機はお金なのだけれど、それでも先入観なしに飛び込んでいく軽やかさが、今回の物語を動かしていた。誰もが怖がって応募しなかった仕事に、桃夭だけが手を挙げた。その一歩がなければ、丁三四の想いにも雲陽の願いにも、誰も気づかないままだったはずだ。
言葉にできない想い
そして丁三四の恋心。言葉を口にできない彼女は、想いを伝える手段を持たないまま、縁談を受けて故郷へ帰ろうとしている。「出会えただけで十分」という言葉は、あきらめのようでいて、10年以上同じ場所で若さまの馬を世話してきた日々を大切にしている気持ちの表れにも聞こえた。だからこそ、桃夭の「好きなら好きでいいでしょ」という一言がまっすぐに響く。
雲陽が翼を取り戻したいのは、丁三四がおしゃべりできるようにするためだという。翼と丁三四の声にどんな関わりがあるのか、2人は10年以上前に何があったのか。第5話はまだ問いを置いただけで、答えは何も語られていない。ただ、言葉を持たない丁三四のそばに、彼女のために必死になってくれる存在がずっといたことは確かだ。そのこと自体が、少し救いのように感じられた。昼の場面では桃夭が丁三四の背中を押し、夜の場面では雲陽が丁三四のために翼を求めている。誰かのために動く者たちの姿が、第5話全体をやさしく包んでいた。
妖怪専門の医者である桃夭が、この先どう関わっていくのか。馬番として働きながら見届けることになる丁三四の想いと雲陽の翼の行方を、じっくり見守りたい。




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