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第3話は通算第43話にあたり、サブタイトルは「BLOOD FOR MY BONE」。霊王の力を吸収したユーハバッハは夜の間も覚醒できるようになり、全知全能を持たないまま世界そのものの脅威と化していた。それでも一護と織姫は引かず、雨竜もまたハッシュヴァルトの未来視に苦しみながら勝機を探し続ける。一方その頃、第一枝街では巨大化したジェラルドを倒すために死神たちが集結していた。




私はすでに世界そのものとなったのだ
力の全てを吐き出し尽くして死ね
第3話は前回の続きから、休みなく始まる。真世界城の最上階でユーハバッハが放つ「力の全てを吐き出し尽くして死ね、一護」が、そのまま今回の一行目になった。公式のあらすじによれば、霊王の力を吸収したユーハバッハは夜の間も覚醒できるようになり、全知全能を持たないまま全てを凌駕する脅威と化しているという。
そこへ割って入ったのが織姫だった。「私は拒絶する」という宣言に、ユーハバッハは「拒絶の力か」と応じつつ、「しきれまい。私の力の中には一護と同じものが流れている。貴様はそれを無意識のうちに受け入れてしまう」と返す。一護の血の出どころを盾に、織姫の力そのものを否定してくるのがいやらしい。
3話でもまだ全然進まない、という感想に笑ってしまった。たしかに事態はほとんど動かないのだが、この作品の終盤は台詞の一行ごとに前提がひっくり返るので、進んでいないように見えて濃度が高い。今回もその型だった。
傷つけば私が守る
ユーハバッハの言葉は容赦がない。「女よ、光栄に思え。ただの人間の分際で、身の程もわきまえず、この場に来られたことを」。戦力として数えるどころか、その場にいること自体を施しだと言い切っている。
それに対する織姫の返事が良かった。「傷つけば私が守る」、そしてもう一度「あなたを私は拒絶する」。守ることと拒むことを同じ口で言い切っていて、この人の力はもともと防御ではなく、起きた出来事そのものを認めない力なのだと思い出させてくれる。そこへ一護の「あんたは俺が斬る」と月牙天衝が続いた。
能力が弱い、戦いに性格が向いていないと散々言われてきた人が、それでも諦めなかった。原作の同じ場面より織姫の出番が増えているという指摘の通りで、彼女の意思がはっきり形になる時間が確保されていた。ここを丁寧にやってくれたのは大きい。
だけど黒崎ならこう言うだろうね
これが陛下の半身である私の力だ
場面は雨竜とハッシュヴァルトへ。今回まず明かされたのは、力を預かっている側の事情だった。「陛下の力を受け継いでいる時、私は私の意思で自在にその力を行使できる。これが陛下の半身である私の力だ」。借り物ではなく、預かっている間は完全に自分のものとして振るえるということである。
そのうえで放たれるのが「石田雨竜。本当にお前が陛下のアウスヴェーレンを生き残ったというのか」、続けて「私の力を前にもう一度生き残ってみせろ」。生き延びたこと自体を疑い、もう一度やってみせろと迫る。演じるのは梅原裕一郎で、怒鳴らずに温度だけを下げていく喋り方が、この役にとてもよく合っている。
映像も音楽も物語も最高だ、という声が出ていたが、終盤の見せ場を音の圧で押し切らず、静かな会話の場面にきちんと時間を割いているのが今期の良さだと思う。戦闘の合間に置かれた問答こそが、この作品の本体である。
そんなことは百も承知さ
ハッシュヴァルトの追い込み方は理屈だった。「お前たちの戦いは初めから矛盾している」、「この世界がいかに脆い均衡の上にあり、いかに絶えやすく揺らぐかを」、そして「霊王と一体になった陛下を殺すということは、この世界に引導を渡すことと何ら違いはない」。倒せば勝ちではなく、倒せば世界が終わる。だから戦うほど負けに近づく、という論法である。そこに「無様だな」まで付けてくる。
だが雨竜は動じなかった。「ユーハバッハを倒せば世界が崩壊する。そんなことは百も承知さ」。そして続けたのが今回いちばん好きな一行だった。「だけど黒崎ならこう言うだろうね」。ここで場面が一護に切り替わり、「俺はこの世界をずっと守ってきた奴らを知っている。その人たちが守りたいものをあんたは踏みにじるんだ」、「それが世界を斬るってことになるならそれでいい」と続く。雨竜の予告した通りの答えが、別の場所からそのまま返ってきた。
雨竜の一護に対する理解度が異様に高い、という指摘がまさにこれである。しかも本人は隣にいない。離れた場所で同じ答えに辿り着いていることを、演出が交互に見せて証明してみせるという贅沢な作りで、この二人の関係を説明する台詞は一つも要らなくなっていた。
不可能を可能にしてこその奇跡
砂中の蟻を踏むに等しいな
もう一つの戦場が第一枝街だった。巨大化したジェラルドの前に立っていたのが仮面の軍勢である。だが手応えはまるでなかった。「護廷十三隊隊長格といえど、我が奇跡の前ではこんなものか」、「霊圧すら小さすぎて、もはやほとんど感じ取れぬ」、そして「まったく、砂中の蟻を踏むに等しいな」。
この物言いが厄介なのは、煽りではなく本当にそう見えているらしいことだ。怒りも憎しみもなく、視界に入った小さいものを踏んだだけという口ぶりで、相手を敵として認識していないことがそのまま圧力になっている。
仮面の軍勢の活躍がついに見られると期待していたのに瞬殺されて涙が出る、という嘆きに同意しかない。久々に揃って前に出た面々が、勝負にすらならないまま退場していくのはさすがにつらかった。ただ、それだけの相手だと最短で伝わったのも事実である。
なんやねんその返し。真面目か
それでも軍勢は食い下がる。「もはや不可能に近い」と言いながら「だからこそ見つけ出せる」と踏み込むが、返ってきたのが「不可能ならば見つけ出せぬと思ったか。不可能を可能にしてこその奇跡」だった。こちらの理屈を、そのまま自分の看板の説明に使われてしまう。
重い場面のなかに笑いが差し込まれるのがこの作品らしいところで、「うちが前の話聞いてへんのに、いきなり奇跡や言われても何言うてんのか分からへんわ」という関西弁の突っ込みが飛ぶ。そこから罵倒が飛んで、ジェラルドが大真面目に「我はハゲてなどおらぬ」と否定し、「なんやねんその返し。真面目か」で締まる。天地がひっくり返る技を受けて「全部逆さまや」と叫ぶ場面も含めて、絶望的な戦力差の中で軽口だけは死んでいない。
原作より出番が増えたのに大した活躍もないまま一掃された、という受け止めが出ていた。たしかにその通りなのだが、増やした出番が全部無駄に見えるほど強い、という描き方でもある。次に出てくる面々への前振りとしては、これ以上ないくらい効いていた。
ここで永久に凍ってろ
落とさせるわけにはいかねえな
痺れを切らしたジェラルドが物騒なことを言い出す。「やれやれ、こんな調子ではキリがないな。そうだ、このあたり一帯、こやつらごと落としてしまおう」。戦っている相手ごと地形を落とす、という規模の話になってしまった。
そこを止めたのが「落とさせるわけにはいかねえな」と「ここで永久に凍ってろ」である。「何者だ」と問われて返ってきたのが「護廷十三隊十番隊隊長、日番谷冬獅郎」。対するジェラルドも名乗りを返し、「仲良くしに来たわけじゃねえ」の一言のあとに卍解、大紅蓮氷輪丸が続いた。ジェラルドの評価は「稚拙な答えだ」である。
一枚絵になるとこのチームがいちばん映える、という感想に納得してしまった。真面目な二人組に更木剣八が加わる並びが、絵として単純に強い。仮面の軍勢が一掃された直後だからこそ、隊長格の登場が効いている。
死神たちが集結し
公式のあらすじが第一枝街の状況を「巨大化したジェラルドを倒すべく、死神たちが集結し、激闘を繰り広げていた」と書いている通り、ここからは総力戦になる。一護とユーハバッハの一騎打ちと並行して、こちらは数で押し返す絵作りになっていた。
面白いのは、両方の戦場で同じことが起きていることだ。片方では世界そのものになったと言い張る相手に、もう片方では奇跡を名乗る相手に、それぞれ格下が食い下がっている。勝てないと分かっている相手に、それでも刃を届かせようとする話が二本同時に走っている。
放送直後にゲーム側の実装を期待する声が出るのも、この作品ならではの光景だった。日番谷の登場の仕方が、それだけ気持ちよく決まっていたということでもある。凍らせる一手で場を止めてから名乗る、という順番がとにかく格好よかった。
兵主部一兵衛の見据える平和
お前は人間であり、死神であり
戦いの合間に、ユーハバッハが一護の正体を語り始める。「闇より生まれし我が息子よ。お前は何も知らずに、本能で全てわかっているな」、「全てわかっているからこそ、私を倒すことをためらわない」。そして畳みかけるのが「奇跡だ。お前は人間であり、死神であり、虚であり、フルブリンガーであり、クインシーなのだ」だった。これまで別々に描かれてきた力の出どころが、一行で並べ直される。
さらに踏み込んだのが色の話である。「考えることなどなかったろう、お前の力の本質を。なぜお前は黒をまとうのか」、「黒とは混沌の色。混沌とはすなわち霊王の力だ」、「黒という色なき色こそ、霊王の霊圧に他ならない」。主人公の見た目という、何十話も当たり前に見てきたものに理由が与えられてしまった。演じる森田成一が、ここではほとんど言い返さずに聞かされ続けるのも効いている。
先行して3話まで観たので心の準備はできている、という声があった。裏を返せば準備なしで観ると受け止めきれない量の情報が置かれた回ということでもある。終盤に入ってから、隠していた前提を惜しまず開ける姿勢がはっきりしてきた。
それがどうしたってんだよ
話は霊王へ向かう。「兵主部一兵衛。お前は奴に言われたはずだ。霊王を守れと」。回想では、力を分け与える側が「すまんのう」と繰り返しながら、「注がれた血を、力の大きさに耐えうる器か、砕ける茶碗か」と値踏みし、最後に「霊王を守ってくれ」と託していた。
その言葉の裏を、ユーハバッハがひっくり返す。「その真意を教えてやろう。兵主部一兵衛は、お前を次の霊王に据えるつもりだったのだ」、「お前を、三界を保つためだけの偶像に仕立て上げ」、「死神を頂点たらしめる世界を保つ。それが兵主部一兵衛の見据える平和」、そして「お前にとってそれは死と同義だろう」。守れと言われていたものに、自分が据えられる予定だった。
返事は一行だった。「それがどうしたってんだよ」。しかも同じ瞬間、離れた場所の雨竜が「それがどうした」と口にしている。ハッシュヴァルトの「何」に対する答えが「いや、黒崎ならそう言うだろうと思ってね」で、この回二度目の先回りだった。一護自身の言葉も揺るがない。「俺が霊王になるとかならねえとか、そんなことが何だってんだ。今俺に分かってるのは、お前を倒さない限り、俺は何も守れねえってことだ」。
放送中に感想で埋まるのも当然の密度だった。出生の秘密も、次の霊王という運命も、本人にとっては目の前の相手を倒す理由を一つも変えない。重い設定をまとめて浴びせられて、一行で押し返すのが黒崎一護という主人公だった。
「BLOOD FOR MY BONE」まとめと考察
何か理由があるんだと思ったの
今回いちばん静かで、いちばん効いたのが織姫の回想だった。「掴んだだけだったのに、黒崎くんは止まってくれた」、「振り返った顔は、我を忘れてる顔なんかじゃなかった」、そして「何か理由があるんだと思ったの」。止められたのは自分の力が強かったからではなく、相手が自分の意思で止まったのだ、という受け止め方をしている。
この回想が置かれる意味は大きい。暴走に見えるものにも理由があると信じる、という一点が、そのまま今回の一護の虚化を受け止める姿勢になっているからだ。「ありがとな、井上」という短い一言も、これがあると重さが変わる。
主題歌がおしゃれすぎて3話連続でフルで観てしまう、という声もあった。戦闘の圧が強い回ほど、入りと締めの数十秒が休憩所として効いてくる。今期はそこの作りが丁寧だと思う。
骨のための血、という副題
副題の「BLOOD FOR MY BONE」は原作の第675話から取られている。血と骨という言葉を並べたときに、今回の中身が全部そこに乗るのが見事だった。ユーハバッハが繰り返し持ち出したのは血の話で、「私の力の中には一護と同じものが流れている」も「闇より生まれし我が息子よ」も、すべて血統を根拠にしている。
対する一護の答えは、一度も血の話をしていない。守りたい人がいる、倒さないと守れない、それだけである。血で決められた役目に対して、自分の骨で立つと言い返していると読むと、副題がそのまま今回の主題になる。雨竜が二度も答えを先読みできたのも、この人の芯が血や設定ではなく、行動の原理に置かれているからだろう。
残る問いは虚化のほうだ。この期に及んでなぜ、という疑問はもっともで、本編でも「クインシーの霊圧を打ち込んで叩き起こしたい奴がいたんだ」という説明が置かれている。ただし誰の狙いだったのかまでは、まだはっきりとは示されていない。人間と死神と虚と滅却師を全部持っているという直前の宣告と、そのすべてを引き出しにいく行動が、同じ回に並んでいるのは偶然ではないはずだ。
宇宙を生き延び隕石を斬った男が次に斬るのは奇跡か、という一文が最高だった。第一枝街に集まった顔ぶれには、それを本当にやりかねない実績がある。一護が霊王になるのかどうかという線と合わせて、残りの話数で回収されるものがまだ山ほど残っている。




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