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第42話のサブタイトルは「桜の友情」。ここから最終章となるアスカ編が始まる。久しぶりにアスカに会いたいと言い出したキョウを連れて、トモロウは見舞いに向かう。道中で語られたのは、キョウとアスカが同じ施設で育った間柄だったという過去と、クーガモンが生まれた日の出来事だった。そして病院で二人を待っていたのは、アスカがすでに転院させられていたという報せである。




五行星にしていただきたい
岸和田と申します
第42話はアバンから不穏だった。王会長の前に見慣れない男が進み出て、「岸和田と申します」と名乗る。手にしていたのは一つの器で、男はそれを差し出しながら「黒潮ソウジの手を経て、すでに準備は整っております」と続けた。前回まで暴れ回っていた男の名前が、ここで思いがけない形で出てくる。
王会長の問いは「知っているのか、シロのコアが何か」。岸和田の答えは「会長に献上をいたしたく」だった。「何が望みだ」と重ねられて返ってきたのが「五行星にしていただきたい」。そばに控える者は「こんな得体の知れない男をそばに置くのは」と渋るが、王会長は「そのためにお前がいる。違うか」で押し切り、「いいだろう」と取引を結んでしまう。
裏で通じていたのではなく、どこにも属していなかったことのほうに驚いた、という受け止めが出ていた。たしかに、外から来た男が手土産一つで最上位の席を要求し、それが通ってしまうのだから異例である。目的が読めないまま懐に入り込んだ、という一点だけがはっきりしているのが不気味だった。
ローズのコールドハートは解けたんでしょう
場面が変わると、前回までの後始末が進んでいた。捕らえた黒潮ソウジについては「黒潮ソウジは何も喋らない」。そのうえで「ローズのコールドハートは解けたんでしょう」と確認が入り、「ああ、そのようだ」と返る。
病室では、目を覚ましたローズが枕元に語りかけていた。「そんな顔しないの、ライラモン」、そして「あなたの中のサポタマに私のe-パルスが残っていたから、目覚めることができたの」。締めが「ありがとう、守ってくれて。いずれ返すわね」である。
これでキョウにかけられていた疑いも晴れ、懸賞金も取り下げになった。「一件落着ね」「よかった」と、シェルターの空気がようやく緩む。前回まで賞金首として追われていたことを思うと、この数行の軽さがありがたい。
重い話が続いた直後に、こういう明るい後片付けを一度挟んでくれるのは親切な構成だと思う。ローズが目を覚ましたこと自体が、キョウの潔白を証明する唯一の手段だったわけで、彼女の回復はそのまま物語の解決でもあった。
久しぶりにアスカに会いたくなった
じゃあ行くぞ、ゲッコーモン
トモロウが動き出す。「じゃあ行くぞ、ゲッコーモン」「どこ行くんですか」「お見舞いだ」。昏睡したままの兄のもとへ、いつものように向かうところだった。
そこへキョウが「俺も行っていいか」と声をかける。トモロウの「珍しいな」に返ってきたのが「久しぶりにアスカに会いたくなった」で、トモロウは「兄さんも喜ぶと思う」と受けた。この短い三往復が、今回の入り口のすべてである。
「お見舞い」がまるで別の言葉に聞こえた、という反応が出ていて笑ってしまった。キョウのほうから兄に会いたいと言い出す、という一点がこの回の起動スイッチになっている。普段は自分から踏み込まない人なので、この申し出だけで何かあるなと身構えてしまう。
アスカのおじいさんが園長をしてた施設だよ
道中、トモロウが素朴に聞く。「キョウっていつから兄さんと知り合いなんだ」。答えが「まだこいつが生まれる前だ」。「どこで」と重ねると、「アスカのおじいさんが園長をしてた施設だよ」が返ってきた。「ってことは俺のじいちゃん」とトモロウが目を丸くする。
「施設って何」への答えが、この回でいちばん大きな前提だった。「トモロウのじいさんは、お前が生まれた頃、狩野島消失事件で孤児になった子供を引き取って面倒を見てたんだ」、そして「そして俺もそこにいた」。キョウが天涯孤独になった事件と、トモロウの家は、最初から一本の線でつながっていた。
弟がまったく知らない場所で、兄と兄貴分はとっくに出会っていた。トモロウにとっては家族の歴史の空白がいきなり埋まる場面でもあって、歩きながら聞かされるにはあまりに重い話だと思う。
いつもいつもお前はやりすぎなんだ
やられたからやり返しただけ
ここから回想に入る。子どもの頃のキョウは、今からは想像しにくいほど手が出るほうだった。アスカの「いつもいつもお前はやりすぎなんだ、キョウ」に対し、キョウの言い分は「やられたからやり返しただけ」。「だからってケガまでさせる必要は」と続くあたり、力の加減を知らない子どもだったことがよく分かる。
面白いのは、二人の役回りが今とほとんど同じことだ。先に手が出るキョウと、それを止めて理屈を通そうとするアスカ。止める側と暴れる側という関係が、子どもの頃から固定されている。
一気に話が進んだ、という感想がそのまま当てはまる回だった。ただしこの回想部分だけは意識的にゆっくりで、後半の急展開との落差が、そのまま感情の落差になる設計になっている。
じいちゃん、こっちだ
回想が動くのは、キョウが呼び出される場面からだった。「キョウ、ちょっと顔貸せよ」から始まり、待ち構えていた側が「来たなキョウ」「こないだの借り、返させてもらうぜ」と凄む。キョウの返しは「できんの、おめーらに」「できるのは卑怯なことだけ」で、まるで引かない。
数で押されて捕まり、「捕まえたぜ」「このままボコボコに」と追い込まれる。そこを助けたのがアスカだった。「じいちゃん、こっちだ」と大声を上げて相手を散らし、キョウの「園長は?」に「嘘だよ」と種明かしをする。キョウの「ありがとう」が、二人の関係のいちばん最初の記録である。
腕っぷしで勝てない場面を、頭で引っくり返してみせたのがアスカだった。力で解決しようとするキョウの隣に、別のやり方を持っている相手がいた。サブタイトルの「友情」は、たぶんこの一回から数え始めるものだと思う。
そんなものに頼りすぎちゃだめだぞ
これ発明したのじいちゃんだって
同じ回想の中で、さらりととんでもない情報が置かれる。園長が二人に「二人とも、そんなものに頼りすぎちゃだめだぞ」とたしなめ、「なんで?」と聞き返されたところに、アスカが横から口を挟む。
「だいたいこれ発明したのじいちゃんだって、父さんと母さんが」、そして「じいちゃん昔科学者だったんだって」。当の園長は「もう忘れた」ととぼけるが、サポタマという仕組みそのものを作ったのが、アスカとトモロウの祖父だったことになる。しかも作った本人が、それに頼るなと言っている。
サポタマ役の声優本人が、今回はいつもより表情豊かに演じたと振り返っていた。道具として置かれてきたサポタマに、はっきりと作り手の意思が乗った回でもある。頼りすぎるなという忠告が、後半の展開への伏線として効いてくるのがうまい。
俺はクーガモン
穏やかな時間は長く続かない。アスカが戻らず「遅いな」と待っていたキョウの前に現れたのは、あの手合いだった。「それアスカのサポタマだろ」「アスカは?」「ここにいるぜ」。呼び出しに応じたキョウが叫ぶ「アスカを返せ」に、相手は「返してほしければ、わかるよな」と条件を突きつける。
そこでキョウの感情が振り切れた。相手側が「なんだ、てめえ」「お前、なんなんだ」と後ずさるほどの何かが現れ、その口から返ってきたのが今回の核心である。「俺はクーガモン。キョウ、お前の感情から生まれたんだ」。キョウの「どうして俺の名前を」という問いが、そのまま視聴者の問いでもあった。
パートナーが与えられたのでも選んだのでもなく、怒りそのものが形を取って出てきたというのが、この作品らしい生まれ方だった。公式のあらすじが言っていた「クーガモン誕生の秘密」は、誰かに授けられた話ではなく、キョウ自身が生み出してしまった話だったわけである。
バグなんかじゃない
さあ、サポタマをこちらに
騒ぎを聞きつけて現れたのが、国民保護省を名乗る大人たちだった。「異常が起きている。君のサポタマを回収しに来た」と言い、クーガモンについては「あれはホログラム、サポタマのバグが生み出したものだ」と断じる。そのうえで「新しいものと交換してあげよう」「さあ、サポタマをこちらに」と手を差し出した。
キョウは折れなかった。「嘘だ。こいつは俺の感情から生まれたって言った。バグなんかじゃない」。「君は混乱している。早くサポタマを」と迫られても渡さず、クーガモンを呼んでその場を離れる。そして現在のキョウの語りが被さる。「こうして施設を飛び出した俺は、その後クーガモンと一緒にクリーナーとなり生きてきた」。
大人の言い分を信じていれば、キョウは施設に残れたし、孤独にもならずに済んだかもしれない。それでも目の前の相手を作り物だと言われて頷けなかった、という一点で人生が決まった。デジモンをデリートし続けた男の出発点が、デジモンをかばう選択だったというのは重い。
転院されてますけど
語り終えて病院に着いた二人を待っていたのは、事務的な一言だった。「天馬アスカさん、転院されてますけど」。トモロウの「は?」がそのまま観ているこちらの声になる。
食い下がっても答えは出てこない。「兄さんはコールドハートされてる。一体誰が」「誰がと言われても、記載されてなくて」、「転院先は?」「えっと、それも」に対して「記載されてないのかよ」。意識のない人間が、記録を残さずどこかへ運ばれていた。
キョウの過去話でひとしきり温めた直後に、この冷たさを持ってくる。会いに行くという行為そのものが不可能になったことで、回想パートが丸ごと痛い記憶に変わってしまう。構成の意地の悪さが見事だった。
いよいよシャングリラ計画が発動する
あの神の如き力があれば
ここから王会長の語りで、これまでの前提が一気に明かされる。「21年前のあの日、狩野島に発生した複数のデジモンが、お互いのe-パルスを食らい合い、融合した姿」、「あれこそ究極の力を持つ存在だった」。その力が「狩野島を消失させ、湾岸部を海に沈めた」という説明である。
動機もそのまま口にされた。「神の如き力があれば、理想郷、永遠のシャングリラを実現できる」。「ですが、その力は失われた」と続いたあと、「4年前、あの究極の存在に匹敵するデジモンが存在していた」という報告が入っていたことが語られる。そのデジモンは「自らをシロのコアに変え、姿を消してしまった」。そして「行方の知れなかったシロのコアは、今ここにある」。アバンで岸和田が差し出した器が、ここでつながった。
最終章だから情報を小出しにする必要はない、という指摘に完全に同意する。事件の正体も、敵の目的も、その手段までまとめて開示された回だった。隠し続けてきた設定を惜しまず出してくるのは、残り話数を考えると正しい判断だと思う。
ヘリオスボアモンに意思はありません
計画は目の前で実行される。「これには天馬アスカのe-パルスが収められています。これを使い、ヘリオスボアモンを目覚めさせ」、そして「e-パルス移行開始」。現れた姿に王会長が漏らすのが「なんと美しい」だった。ただし報告は容赦がない。「蓄積された黒いe-パルスの影響で、ヘリオスボアモンに意思はありません」。
続けてもう一つの器が使われる。「あれは天馬アスカ本来のサポタマ。中のe-パルスを使い、天馬アスカのコールドハートを解除します」。「コールドハート解除しました」の直後に告げられたのが、「黒いe-パルスが流れ込んだことにより、天馬アスカにも意思はありません。我々の思うがままに」である。次の狙いはヘリオスボアモンを究極体へ進化させることで、それが「シャングリラ計画の礎となる」。手段を問われた王会長の答えが「最後のピースは、天馬アスカ自身が見つけ出すでしょう」だった。
ヘリオスボアモンがアスカのパートナーだった、という読みがそのまま当たった形になる。目覚めさせる鍵も、進化させる鍵も、すべてアスカ本人から取り出されているのがたちが悪い。眠っていた兄は救われる対象ではなく、計画の部品として起こされてしまった。
「桜の友情」まとめと考察
兄さん、目が覚めたんだ
締めは再会の場面だった。手がかりがつかめないまま「お兄さんの手がかり、何にもなかったの」と沈む仲間に、「トモロウさん、心配でしょうね」と言葉がかかる。そこへ現れたのが、目を覚ましたアスカである。トモロウの「兄さん、目が覚めたんだ」には、この回でいちばん素直な喜びがあった。
だが警告が先に飛ぶ。「あいつ、とんでもなく嫌な感じがするってな」。そして兄の第一声が「よこせ。お前のe-パルスが必要」だった。何十話も追いかけてきた再会が、操られた兄に襲われるという形で果たされてしまう。ちなみにアスカを演じるのは中井和哉で、声だけ聞けば頼もしいはずの兄が、感情の抜けた調子で弟に手を伸ばしてくる。
キョウとアスカの友情が良かった、という感想の直後にこの幕切れが来るのがつらい。前半で二人の絆をたっぷり見せてから、その片方を人形にして返してくるという順番が、そのままこの回の設計だった。回想が温かかったぶん、最後の一言の温度が下がって聞こえる。
サポタマを作った家と、サポタマから生まれたデジモン
整理すると、この回は一本の線でつながっている。サポタマを発明したのはアスカとトモロウの祖父で、その祖父は狩野島で孤児になった子どもを引き取り、その中にキョウがいた。キョウは祖父が作った仕組みからクーガモンを生み出し、それを取り上げられそうになって施設を出た。そして今、その祖父の孫であるアスカが、サポタマを使って意思を奪われている。一つの発明が、この物語の登場人物をほぼ全員つないでいることになる。
もう一つ効いているのが、園長の忠告だった。「そんなものに頼りすぎちゃだめだぞ」と言った本人が、その道具の発明者だった。サポタマに人の感情を預けすぎるとどうなるかを、この回は二通りの形で見せている。感情から生まれたクーガモンと、感情を抜き取られたアスカである。同じ仕組みが、生み出すことにも奪うことにも使えるという対比が、そのまま最終章の主題になりそうだ。
残る謎は二つある。一つは岸和田が何を狙って五行星の席を求めたのか。もう一つが「最後のピースは、天馬アスカ自身が見つけ出すでしょう」の中身で、王会長は意思を奪ったはずのアスカに、まだ何かを期待している。自分から動いて探させるつもりなら、アスカの中には完全には消せていないものが残っていると読むこともできる。
兄が敵側に回るのでは、という予想はもう予想ではなくなってしまった。ただ、前回キョウが救われた道筋を思い出すと、操られた側を呼び戻す方法を、この作品はすでに一度描いている。サブタイトルが「桜の友情」だったことも含めて、今回積み上げられた過去は、取り戻すための材料として置かれたのだと思いたい。




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