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第8話「アーティ伯爵家の悲劇」は、第7話で記憶を改ざんされたロベルトが、祖国の実家へ帰り着くところから始まる回だ。父は騎士として断じたうえで「よく生きて帰った」と迎え、本人は「僕は騎士として正しいことをしたはずだ」を三度くり返す。そして記憶が戻るのが処刑の瞬間で、しかも誰も聞かない。第7話の「鐘」が第8話で「のろし」に言い換えられているところまで追う。




父は騎士として断じ、そのうえで父として迎え入れる
荒野で倒れていたところを拾われている
目を覚ましたロベルト・アーティに、使用人のアーニャが伝えるのは「アーティ家のお屋敷です」「荒野で倒れていたところを、行商人が見つけたそうです」だ。帝国に投降したはずの人間が、なぜか祖国の実家で寝ているという始まり方をする。
待っていた父の言葉は容赦がない。「国王陛下の許可もなく勝手に軍を動かした上、帝国領土に侵攻し兵を失い、おめおめ指揮官のみ生き残るとは」から始まり、「もはや貴様に騎士の資格はない」「今日付けで騎士団から除名し、下級兵として編入させた」「一兵卒からその根性を叩き直せ」まで一息で言い渡される。
「だが」で始まる二行目
続く一行がこの回の重さを決めている。「騎士として私は貴様のことを恥じている」「だが」「父としてこれだけは言っておく」「よく生きて帰った」だ。裁く役と迎える役を、同じ人間が順番にやっている。
母も「お父様はあなたのことをとても心配していたのよ」と補い、「あなたならもう一度やり直せるわ」「幸運にも生きて帰ってこられたのだから」「今はゆっくり体を休めなさい」と続ける。アーニャの「家の者は皆ロベルト様を信じております」まで含めて、この家は帰ってきた息子を一度も追い出していない。副題の「悲劇」が指しているのは、ここから先だ。
「正しいことをした」が、三度くり返されている
一度目は建国記念パーティーの回想
回想で示されるのは、フリードがロベルトを使った経緯だ。「エリザベート嬢が俺の可愛いシルビーに嫉妬して陰湿な嫌がらせをしているそうだ」と吹き込み、出どころを問われると「忠実なる民が知らせてくれた」とだけ答える。当のロベルトも「そこまで愚かとは思えません」と一度は疑っている。
それでも「今度の建国記念パーティーの場であの女を糾弾し告発する」という計画に、「お前がやるべきことは分かっているよな」と振られると「もちろんです」「私は殿下に忠誠を誓った騎士なのですから」と即答する。結果として父から「公衆の面前で暴力をもって令嬢を組み伏せ、恥をかかせるのが、お前の言う騎士だと」と詰められ、返すのが「私の剣は殿下に捧げたもの」「騎士として忠誠こそが正義」だ。
二度目と三度目は、独白と弁明で出る
体が回復してからの独白が二度目だ。「僕は騎士として正しいことをしたはずだ」「殿下の暴走を止めるためには帝国に投降するしかなかった」「あれは正しい選択だった」と自分に確認し、「一からやり直そう」「そしていつの日かまた騎士として殿下にお仕えしよう」と結ぶ。裏切った相手のところへ戻る前提で、やり直しを組み立てている。
三度目は牢の中で、フリード本人に向けて出る。「あれは決して私の意思では」と言いかけて「あれだけのことをしておいて、今さら言い訳か」「見苦しい奴め」で潰される。三度とも、言っている中身は同じで、相手だけが変わっている。そして三度とも通らない。
記憶の穴のほうが、先に鳴っている
「部下たちはどこで死んだ?」
妹が「お兄様そろそろ時間よ」「午後のお茶を一緒にしましょうって?」と呼びに来た場面で、ロベルトは自分の中の矛盾に気づく。「僕は部下たちと共に帝国に投降し帝都へ向かったはず」「なぜ今ここにいる」から始まり、「部下が全員死んで自分だけが生き残った?」へ進む。
追いかける問いが「部下たちはどこで死んだ?」「いつどんな風に?」「僕は?」で、最後が「何か恐ろしいことを忘れているんじゃ」だ。暗示にかかっている本人が、暗示の穴を自力でほぼ埋めかけている。この作品が丁寧なのは、記憶を奪われた側をただ操り人形として描かないところにある。
そこへ第7話の詠唱の後半が入る
思い出しかけたところに割り込むのが「赤き雨を降らせよ」だ。第7話でエリザベートがグリモア・アスモデウスに与えた詠唱の後半で、あのとき示された効果も「相手の記憶を改ざんし、強力な暗示を与えることができるわ」だった。起動の合図が、思い出しかけたことそのものになっている。
直後の台詞が「体が勝手に」「な、なんなんだこれは」で、以降ロベルトは自分の体を止められない。公式サイトのあらすじも「頭のなかに響く声に命じられるまま」と書いており、この回で起きたことの主語は最初から本人ではない。それでも罪に問われるのは本人だけだ。
国王の一言が、この国の裁きの基準を説明してしまう
「なかった罪をエリザベートに着せることで」
被害の報告は「ご家族、使用人以外に、市井の民85名、兵士21名、騎士2名が死亡」「その他、重軽傷者が多数出ております」と読み上げられる。動機の調べも「話を聞こうにも支離滅裂でして」「自分じゃない、こんなことをするはずがないと繰り返すだけだとか」で終わり、「不明ということか」で片づく。
そこで国王が父に告げる一言がこの回の急所だ。「建国記念パーティーでフリードが起こした騒ぎは、なかった罪をエリザベートに着せることで、フリードと騎士団長の息子の行いを不問にできた」。続けて「だが、こたびはこれだけ民に被害が出ている」「さすがに恩情を与えるわけにはいかんのだ」「すまぬ」と来る。裁く基準が、罪の中身ではなく被害の規模と、罪を着せられる相手がいるかどうかだったと、王自身が認めている。
父が求めたのは、減刑ではなかった
謝罪を受けた父の返しは「もったいないお言葉」で、そこから「こたびのことは愚息がしでかしたこと」「その責は愚息とこの私にあります」「何卒、厳正な処罰を」と願い出る。王が言い訳の余地を残したのに、家のほうから閉じている。
下る沙汰が「ロベルト・アーティ、大量殺人の罪により死罪とする」だ。その一年前、同じ王家は無実の令嬢に罪を着せて身内を守っていた。同じ制度が、今度は身内を切り捨てる側に回っているという並びになっている。
同じ一年を、王子とシルビアの側から見ると
「最後にその命を使って、俺の汚名を雪いでおけ」
牢に現れたフリードの第一声は「やってくれたな、ロベルト」で、続くのが「貴様がやらかしてくれたおかげで、俺にまで非難の声が上がってるんだぞ」だ。自分に飛んできた火の粉の話しかしていない。「貴様のような極悪人を騎士などに取り立てた俺が間違っていた」「お前には失望した」と重ねる。
最後に「まだ何か言いたいことがあるのか?」と促されて、ロベルトが口にするのは自分の弁明ではなく「シルビア嬢は」だ。返ってくるのが「シルビーをこんなところに連れてくるわけがないだろ」で、締めが「最後にその命を使って、俺の汚名を雪いでおけ」。死ぬ直前まで用途を割り当てられている。
「ほとんどあの人のこと知りませんもの」
場面が変わり、フリードがシルビアに「そういえば、ロベルトとは親しかったのか?」と尋ねる。答えが「ほとんどあの人のこと知りませんもの」で、フリードも「そうか」「そうだろうな」で流す。
ところが同じ回に、学生時代の回想が置かれている。エリザベートに完敗した直後のロベルトへ剣術の練習を申し出る声がかかり、「構わないけど」「君、名前は」と返した相手が「私はシルビア」と名乗る。先に声をかけたのはシルビアのほうだった。二つの場面を同じ回に入れているのは、明らかに読ませるためだ。
思い出すのが、処刑台の上だった
直前の独白は、終わりを望んでいる
刑の宣告を聞いたロベルトの独白が「これでやっと終わりにできる」から始まる。「愛する妹や母」「家族同然の使用人たち」「守るべき民を」「この手で殺してしまった」と数え、「誇り高い騎士を夢見たはずなのに」で止まる。この時点では、自分がやったことだと信じたまま死のうとしている。
そこへ届くのが「最後くらい役に立ってね」「騎士モドキさん」だ。第7話の締めと同じ台詞で、公式のあらすじにも明記されていた一行が、ここで解除の鍵として戻ってくる。
「僕の話を聞いてくれ!」に、誰も応じない
戻ってくる記憶の順番が細かい。「なぜ忘れていたんだ?」から「簡単に破壊された大切な神器」へ飛ぶ。第7話でエリザベートに一撃で砕かれたクレスト・オブ・ナイツのことで、失った物のほうを先に思い出している。そこから「そうだ」「何もかも」「あの女」「エリザベート・レイストンが」「仕組んだ」と繋がる。
叫ぶ言葉が「僕の話を聞いてくれ!」「あの女!」「エリザベート・レイストンが!」で、返ってくるのは「おとなしくしろ!」だけだ。取り調べで「自分じゃない」と繰り返したときに支離滅裂で片づけられた人物が、答えにたどり着いた瞬間に刑を執行される。真相を知っている状態がいちばん短く、いちばん届かない。
まとめ|「鐘」は「のろし」に言い換えられている
エリザベートの側にも代償がある
冒頭に戻ると、帰宅したエリザベートの腕には傷がある。隠しきれずに「代償よ」「神器を使うための」と認め、「結構痛みもあるのよ」とも言う。ミレイの「あまり無茶はなさらないでください」に「ええ」とだけ返す。報復の側も無傷では進んでいない。
もう一つ挟まるのが夢の場面だ。かつて婚約者の相手に礼儀を教えていた頃の記憶で、「殿下のおそばにいるのなら、ふさわしい在り方を教えてあげないと」に対し、侍女が「お嬢様がなぜ殿下の浮気相手の世話まで」と漏らす。答えが「構わないわ」「これも私の務め」で、目覚めての一言が「うんざりな夢ね」だ。世話をしていた相手が、いまは「ほとんどあの人のこと知りませんもの」と言う側に立っている。
「私が始める報復の」で第8話が閉じる
処刑の報を受けたエリザベートの言葉は「騎士モドキが死んだみたい」「時間と手間をかけた分、王国での騒ぎは大きなものになったでしょうね」で、ミレイが「それよりも、エリー様の腕が元に戻って安心いたしました」と返す。結果の確認より先に、身内の心配のほうが口に出るのがこの主従だ。
締めはルーカスとの会談で、「帝国に下ったはずのロベルト・アーティがなぜか王国内で大量殺人を起こし処刑されたそうだ」「詳細はわからんが君の仕業だろ」に対する答えが「彼にはのろしとなってもらいましたわ」「私が始める報復の」だ。第7話でこの役目は「報復の始まりを知らせる鐘を鳴らすのよ」と告げられていた。鐘は音が消えるが、のろしは遠くから見える。言い換えたぶんだけ、狙いが祖国の外にも向いていることになる。




















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