この記事の作品:
『うしろの正面カムイさん』第10話の副題は「高女/山姥」。高女の話を持ち出したのは、転校生に友達を取られそうになった子だった。その高女は、嫉妬から生まれたと説明される妖怪である。後半の山姥も、旅人をもてなしてから食うという言い伝えのとおりに、数日をかけていた。二体とも、言い伝えの手順を省かないまま、説明されたとおりに出てくる回になっている。




嫉妬から生まれた妖怪の話を、嫉妬した子が持ち出す
怪談が始まる直前に、何が起きていたか
教室に現れた転校生は、キスキル・リリーと名乗る。「ねえ 私も一緒していいかな?」と輪に入り、さん付けで呼ばれると「リリーでいいよ」と返し、「私も静かって呼んでいい?」まで一息で進めてしまう。
見ていた側の感想が「距離を詰めるのが早すぎる」「さすが外国人 グイグイ行くな」だった。この直後に、怪談が始まる。言い出したのは、輪の外へ押し出された側である。
「こうなったら」と言って出す名前
オカルトマニアのイナガワが「うううう… こうなったら」と唸ってから口を開く。出てくるのが「ねえ 高女って 知ってる?」という一言である。
またオカルトかと呆れられると、返ってくるのが「だって このままじゃ 耳塚さん 取られちゃう」「もう私とは 一緒に遊んでくれなくなる」だった。怪談を持ち出した理由が、友達を取られたくないという嫉妬だとその場で言われている。
高女の説明が、そのまま動機と重なる
そこへ入るナレーションが「高女 異様な長さの体を利用して 建物の外から屋内を覗き込む妖怪」。続けて由来が読み上げられる。
その一行が「嫉妬深く醜い女性の怨念から生まれ」である。嫉妬した子が持ち出した名前が、嫉妬から生まれたと説明される妖怪だった。狙う相手も「美女を驚かす」と言われていて、教室にいるのは転校生と、その隣にいる子である。
友達だと言われている途中で、怪談へ戻る
イナガワの不安に対して「大丈夫だよ」「私たちは ずっと友達…」となだめる声がかかる。ところがその言葉は最後まで言い終わらない。
途中に「高女の話 してもいい?」がかぶさってくる。安心させる言葉を遮って、怪談のほうが続けられる。取られたくないと言った子が、話を手放さない形になっている。
怪談の中身が、二階の窓の話だった
語られるのは「隣のクラスの子が見たんだけど」で始まる話である。部活の帰りに廊下を歩いていたら、窓の外に女の人が立っていた。気味が悪いのでそのまま通り過ぎて外に出た。
そこで気づく。「女の人を見たのは 2階の窓だったことと その女がまだ 2階の窓を じーっと覗き込んでいることに」。締めが「まるで 獲物を待ち伏せているみたいに」だった。覗く側と覗かれる側の高さが、あとから入れ替わる語り方になっている。
放送前後の投稿を並べておく。
いちばん怪異を見ている子が、いちばん現実的な説明をする
話し終えた直後に、窓の外に人が立つ
「じゃあ 高女って こんな感じのお化けってこと?」という確認の途中で、実際に窓の外に人影が入る。怪談を聞いた直後に、怪談と同じ画が出てくる。
とっさに出るのが「この人は たまたま外に…」という否定と、「でも ここ2階の…」という言いよどみである。話を聞いたばかりの頭で、同じ景色を見せられている。
転校生は、迷わず妖怪だと言う
ここで「高女だよ」と断言する声が出る。来日したばかりで、この学校の怪談を今日はじめて聞いた側が、いちばん早く結論を出している。
対して「きっと 足場の上に立ってるんだよ」という説明が返る。怪異の助手をしている側が、足場という現実的な答えを出す。順番が逆になっているのが面白いところである。
「人をお化け扱いしちゃあ」
結局その人影は、外にいたカムイだった。妖怪だと言った側にかかるのが「ダメだよ リリーさん 人をお化け扱いしちゃあ」という注意である。
返事は「だから リリーでいいってば」で、呼び方の話に戻ってしまう。怪異を人と間違えるのではなく、人を怪異と間違えている。この作品でこの向きの間違いが起きるのは珍しい。
気配に敏感な体質が、転校生には効かない
リリーが輪に入ってきた場面で出ていたのが「私に気配を感じさせないとは さすが」という言葉だった。返しが「なんだよ それ」で、まともに取り合ってもらえない。
憑かれやすい体質で気配には人一倍うるさいはずの側が、転校生の接近だけは読めていない。怪異は見えるのに、隣の席に座った相手は読めないという形になっている。
山姥の説明が、そのまま数日ぶんの本編になっていた
宿へ行った理由は、勉強合宿だった
場面が変わって、一行は宿にいる。「宿も雰囲気あるなあ」と言いながら着くなり教科書を広げるので、「つくなり勉強なんて 正気なの」と突っ込まれる。
返事が「お前が 次のテスト ヤバいって言うから 勉強合宿することにしたんだろ?」だった。怪異退治ではなく、テスト対策で山へ入っている。目的が完全に日常側にあるのがこの回の作りである。
初日から、料理が豪華だった
膳を見た側が「豪華な料理 いいんですか?」と遠慮する。宿の女将の返事が「若いお客さんは 久しぶりだから 張り切っちゃってね」「いっぱい食べんさい」である。
気前の良さの理由が、若い客が久しぶりだからだと本人の口から説明されている。普通に読めば歓迎の言葉で、あとから読むとまるで別の意味になる。
数日ぶん、きちんと泊まっている
この宿はその日限りではない。ナレーションが「それから数日 宿でみんなと勉強したり おいしいご飯を食べたり」と、まとめて時間を進めてしまう。
続くのが「カムイさんの修行を遠目に見守りながら 楽しい日々を過ごしました」である。楽しい日々として要約された数日が、そのまま前置きになっていた。
最後の日に出てくる一言
「宿も 今日で終わりか?」という区切りの直後、女将の様子が変わる。出てくるのが「ああ 待ちわびたわい」「ようやく 赤い肉が食える」だった。
待っていたのは客ではなく、客が滞在を終える日のほうである。もてなしの数日が、待ち時間だったと言い直される。
言い伝えを、あとから読み直す形になる
ここで入るナレーションが「山姥 山の奥深くに住む老婆の妖怪」。そして「旅人へ親切に食をもてなすが 深夜に寝静まった後 その旅人を喰らうと言われている」である。
前半の高女と同じで、説明されたとおりのことが、説明が出るより前から進んでいた。二体そろって、言い伝えの手順を省略せずになぞっている回だった。
食べる話が、この回だけで四つ重なる
転校生だけが食べない
お菓子を勧められたリリーの返事が「ああ 私はいいの ありがとね」である。理由が「実は 日本の食べ物がおいしくて つい食べ過ぎちゃって 今 食欲はちょっとないの」だった。
勧めた側は引き下がらず、「じゃあ また今度 おいしい食べ物を紹介するね」と次の約束にしてしまう。断られた話が、断られたままで終わらない。
好きな食べ物を聞かれて、汁物と答える
宿での雑談で本人が明かすのが「私 すっごい偏食で」という一言である。そこで好きな食べ物を聞かれる。
返事が「汁系?」「スープとか」と、汁物の側に寄っている。この一言が、最後の場面まで効いてくる。雑談として流れるので、その場では何でもない会話に見える。
宿は、食べさせる側だった
一方の宿は、食べさせるほうに徹している。膳が豪華で、女将が張り切っていて、「いっぱい食べんさい」と勧めてくる。
好意として出されたものが、言い伝えのほうでは手順の一部だった。同じ振る舞いが、片方では歓迎で、片方では下ごしらえになる。
食う側が、途中で入れ替わる
正体が割れたあと、応戦する側から出るのが「馬鹿 今夜は違う」「俺が山姥を喰らう」という宣言である。返ってくるのは「最低」の一言だった。
食べさせる、食べない、食う、という並びに、食う側を横取りする形がもう一つ足される。この回の言葉が、ほとんど食べることに寄っている。
締めは、水を汲みに行った話だった
最後の場面で、探しものをしていた理由が明かされる。「うん えっと リリーちゃんに 清水でお味噌汁をと思って」だった。
返事が「わ 私に?」である。食欲がないと言った子のために、汁物が用意されようとしている。宿での雑談を覚えていた側が、山の水まで汲みに来ていたことになる。落ちは、その水で水浴びをしようとした人が思いとどまる一言だった。
放送後の反応も並べておく。
修行の理由が、強くなりたいではない
滝を割って、岩を貫く
山で修行しているカムイの様子は、付き添っているお市の口から伝わる。「旦那はんの 修行やら 何にお付き合いや?」と言いながら、成果を見せてくれる。
滝が割れるのを見せて「すごいやろ?」と胸を張るのだが、返ってくるのは「局所的すぎない?」という感想だった。派手さの割に使い道が狭いという突っ込みで、修行の場面が笑いのほうへ寄っている。
倒された日のことを、覚えていない
修行を始めた理由は、本人の口から語られる。「覚えているか? あの日 俺は何者かに倒された」という切り出しに、相打ちになったのではなかったかという確認が返る。
返事が「かもだ」で、続くのが「実は あの日の記憶が曖昧でな」である。負けたことは覚えているのに、何に負けたのかがはっきりしない。
気になっているのは、力より人のほうだった
そのうえで並べられるのが「それに あの時 一緒にいた娘の行方も気になる」という一言である。思い出せないことと、いなくなった相手と、二つが並んでいる。
結論が「とにかく 俺には さらなる力が必要だ」だった。力が足りないから鍛えるのではなく、思い出せないから鍛えている。動機の順番が普通と逆になっている。
修行の成果は、見た目に出た
数日たって現れたカムイに向けられるのが「カムイさん 短期間で見た目変わりすぎてません?」という一言である。修行の成果が、まず外見の話として扱われる。
山ごもりの結果を強さで測らず、見た目で測っている。この作品らしく、成果の確認が一番くだけたところから入る。
相手のほうも、姿を変えてくる
その一言を受けた側の返しが「言うじゃないか 若造」だった。そのうえで持ち出すのが「ならば わしも全盛期の姿で相手になるかね?」である。
見た目が変わったと言われた直後に、相手も見た目を変える。同じ回の中で、鍛えた側と老いた側が、そろって姿を作り直している。
通じないのは、妖怪の名前ではない
変身した姿に対して出るのが「そっちのヤマンバ 最近の若者には分からんのか?」という突っ込みである。全盛期という言葉が、妖怪としての盛りと、かつて流行した装いの盛りとで二重になっている。
つまり通じなかったのは山姥という妖怪ではなく、同じ音で呼ばれていた流行のほうだった。公式あらすじにある「普通じゃ無いことが普通になっていく」という一行と、方向がよく揃っている。何を当たり前とするかが、立場でも世代でもずれていく回だった。
公式サイトの表でも、九話続いた順番が崩れている
演出は、三人で回していた
公式サイトの各話スタッフを第1話から並べると、演出の欄に載る名前は三つしかない。金元会、小野田雄亮、中山敦史である。
しかも順番が決まっている。第1話が金、第2話が小野田、第3話が中山。そこから第9話まで、この三人がまったく同じ順序で回している。
九話ぶん、一度も乱れていない
実際に並べると、金、小野田、中山、金、小野田、中山、金、小野田、中山となる。第4話から第9話まで、飛びも入れ替わりもない。
三話ひと組が三周、きれいに続いていた。この表を見てから第10話を見ると、次は金の番だと分かる。
十話目だけ、順番が飛ぶ
ところが第10話の演出は小野田雄亮である。順番でいえば一つ手前に戻っている。
九話ぶん守られてきた回し方が、十話目で初めて崩れた。副題が二本立てに戻ったのも、同じ回である。
絵コンテのほうも周期が縮んでいる
絵コンテと演出をひとりで担当する回は、第2話、第5話、第8話ときっちり三話おきに来ていた。この並びなら、次は三話先になる計算である。
ところが第10話に前倒しで来ている。演出の順番が飛んだのと、同じ一回で起きていることになる。
作画監督が、この組では初めて入れ替わる
もうひとつ変わったのが作画監督である。第2話・第5話・第8話は三本とも山本正嗣で固定されていたのに、今回だけ石堂伸晴になっている。
この作品は回によって作画監督が海外スタジオの連名になることが多く、名前がひとつだけ載る回は限られている。その限られた枠の中で、担当まで入れ替わった。学校と山奥を両方進めて、修行の場面まで入る回である。
副題は、四回ぶりの二本立て
副題を並べると、二本立ては第1話・第3話・第4話・第6話の四回。そこから第7話・第8話・第9話と、三回続けて一体だけの回になっていた。
第10話は四回ぶりの二本立てで、しかも高女と山姥はどちらも女の妖怪である。十本の副題を通して、男とはっきり分かる名前は一つも出てこない。二体とも女で揃ったのは、今回が初めてだった。




関連作品:




























コメント