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『本好きの下剋上 領主の養女』第20話の副題は「ゲオルギーネの来訪」。公式あらすじは叔父の墓参りに来ると書いているのに、本編ではその墓が無いと告げられる。重罪人として処刑され、実家からも受け取りを拒まれていた。来訪の本当の理由は、来た本人ではなく迎える側の口から名指しされる。そして歓迎のために用意された衣装が、その相手方の影響力の歴史そのものだった。




墓参りに来たのに、その墓は無い
公式あらすじは、墓参りだと書いている
公式サイトの第二十章の紹介文は「叔父である前神殿長のお墓参りにやってくる」と書いている。来る理由が先に一行で示されている形である。
ローゼマインもそう受け取っていて、宴のあとに「お墓参りに来られてよかったですね」と言う。紹介文どおりの受け止め方をしているのは、この時点では本人だけではない。
「前神殿長の墓はない」
返ってきたのが「前神殿長の墓はない」という一言だった。あまりに短いので、聞いた側も「え?」としか返せない。
理由が続けて説明される。重罪人として処刑されたこと、そして実家からも受け取りを拒まれたことである。来る理由として示された場所が、そもそも存在していなかった。
拒んだのは、身内のほうだった
断り方の言い分が具体的である。何十年も前に神殿へ入った者など関係ない、というのが実家の側の答えだった。
処刑という外からの罰と、身内からの線引きが重なっている。罪で失われたのは命だけではなく、墓を置いてもらえる場所のほうでもあった。
「もとより墓参り自体が口実であろう」
締めが「もとより墓参り自体が口実であろう」だった。墓が無いことを知っている側からすれば、最初から成り立たない用件である。
紹介文の一行が、本編の一言で全部崩される。この作品はあらすじで中身を伏せることがあるが、今回は伏せるどころか、書いてあることのほうが嘘になっている。
本当の理由は、迎える側の口から出る
では何をしに来たのか。答えも同じ場面で出る。旧ヴェローニカ派と交流を深めることであろう、と言い切られる。
来た本人は一度もそう言っていない。終始おだやかに振る舞う相手の目的が、迎える側の推測として先に置かれる形になっている。
放送直後の投稿を並べておく。
歓迎の衣装と、敵の派閥は出どころが同じ
もてなしのために、相手方の風習を着る
宴の日に用意されるのが「歓迎の意を表して アーレンスバッハの風習を取り入れた衣装だ」というものである。相手の出身地に合わせた装いで迎える。
もてなしとして、いちばん分かりやすい形になっている。ところがその風習の来歴が、そのまま説明されていく。
ベールは、昔この地で流行していた
説明によれば、その風習を持ち込んだのはアーレンスバッハから嫁いできた先々代の妻である。「あの頃はベールをつけるのが エーレンフェストで流行したのですよ」と語られる。
流行として一度この土地に入り、根づいていた。外から来た装いが、いつのまにか地元のものとして扱われていたことになる。
幽閉されている人も、同じ風習を守っていた
さらに、幽閉されているヴェローニカも同じ風習を踏襲していたと添えられる。歓迎の衣装は、その人が好んでいたものと同じ系統である。
今いちばん名前を出しにくい人と、今いちばん機嫌を損ねたくない人が、同じ装いでつながっている。
代々の妻が、同じ領地の関係者だった
ローゼマインの受け取り方が早い。「代々領主の妻はアーレンスバッハの関係者なのですね」と言うと、その縁でゲオルギーネも嫁いだのだ、と返される。
婚姻が一代の話ではなく、繰り返されてきた線として説明される。血の行き来と風習の行き来が、同じ経路で続いている。
最大派閥の成り立ちが、まったく同じ道筋だった
後半で旧ヴェローニカ派の説明が入る。アーレンスバッハから嫁いだ祖母に同行した側近たちの、子や孫によって形成されたエーレンフェストの最大派閥だという。
つまり歓迎の衣装と、警戒している派閥は、出どころがまったく同じである。もてなしの支度が、そのまま相手方の影響力の年表になっている。この重なりは誰も口に出さない。
声についての投稿も多かった。
かばうために出した事実が、そのまま攻撃材料になる
笑顔なのにこわい
対面の場面は終始おだやかである。幼い頃のジルヴェスターによく似ていること、と言われたヴィルフリートが「私は父上に似ているのですか?」と喜び、「ええ とてもよく似ていてよ」と返される。
それを見ているローゼマインの内心が「笑顔なのにこわ」だった。言葉の内容ではなく、温度のほうが先に伝わっている。
礼の言葉が、そのまま弟への嫌味になる
手紙を出したのがローゼマインだと分かると、礼を言われる。「知らせてくださって 助かりましたわ」から始まって、弟は昔からこうだ、という話に移っていく。
締めが「あなたが教えてくれなければ 私はずっと知らずに過ごすことになったでしょう」だった。感謝の形をした一文が、そのまま身内への責めになっている。
かばったつもりの一言が、拾われる
苦労しているのではないか、と気遣われたローゼマインは養父をかばう。「いろいろと考えてくださっています」「フェルディナンド様を後見人につけてくださいましたし」と具体例まで出してしまう。
すると返ってくるのが「まあ 他の者に養い子の後見をさせるなんて」である。かばうために出した事実が、その場で攻撃材料に切り替わる。
「フォロー失敗 ごめん父様」
続くのが「自分では何もせずに周囲に何もかもを任せるところが 幼い頃から全く変わっていないではありませんか」「本当に困ったこと」だった。
ローゼマインの内心が「フォロー失敗 ごめん父様」である。善意で言葉を足したほうが、状況を悪くしている。この場では、黙っているのが唯一の正解だった。
紹介されていない、という切り出し方
次に持ち出されるのが「それで後見人のフェルディナンドというのは 私 紹介されていなくてよ」という言い方である。会いたいとは言わず、こちらの手落ちとして提示する。
引き合わされた側の顔を見て、ローゼマインが思うのが「こんな笑顔初めて見た」だった。そのうえで「すごくいい笑顔なのに すごく嫌そうに見える」と続く。放送後にいちばん反応が集まったのもここである。
対面の場面への反応も並べておく。
葬儀に出られなかった話が、自分の話にすり替わる
一度だけ見かけたことはある
相手のことをどれだけ知っているか聞かれたフェルディナンドが「いや 一度だけ見かけたことはある」と答える。場所が先代領主の葬儀だった。
ところが続きが「だが遠目に見た程度で 挨拶さえかけたことはありません」である。同じ場にいながら、挨拶をする立場になかった。
青色神官は、挨拶をする相手ではなかった
理由の説明が淡々としている。先代が亡くなる少し前に神殿へ入っていたので、青色神官の一人が挨拶をするような相手ではなかった、というだけである。
本人はこれを事情の説明として言っている。不満の形にすらなっていないところが、聞いている側には引っかかる。
怒っているのは、本人ではない
声を荒げるのはローゼマインのほうである。「父親の葬儀に 親族として出られなかったってことじゃないですか」と言い、「そうだが」と返されて「そうだがじゃないですよ」と重ねる。
根拠の示し方が具体的だった。家族との関係が薄いこの人が父上と呼ぶのだから、その相手は間違いなく大事な家族のはずだという理屈である。だから怒って泣く権利があるのに、と続く。
「いずれ私も」
「なぜ君が怒る 君には関係ないであろう」と言われたところで、話の向きが変わる。「だってそんなのすごく悲しいし 寂しいじゃないですか」のあとに出るのが「いずれ私も」だった。
他人の葬儀の話をしているうちに、自分の番のことを言っている。下町の家族とは契約で会えない立場である以上、この続きは説明されなくても分かる。だから「私にだって怒って泣く権利くらい」で言葉が途切れる。
慰め方は下手なのに、涙は止まる
返ってくるのが「今は泣くな 泣き晴らした目で出て行かれると 外聞が悪いのだ」である。ローゼマインの反論が「今気にするところは外聞ですか」だった。
そのうえで「まったく君はめんどくさい これで良いのであろう」と雑にあやされ、「優しさのかけらが見当たりませんし 慰められている気が全くしません」と返される。それでも「涙が止まったようなので それで良い」で片づけられてしまう。手つきは最悪なのに、結果だけは出ている。
エンドカードにも反応があった。
第三夫人から第一夫人へ、という一行が全部をつなぐ
冒頭の違和感は、席次だった
話の入り口は報告漏れである。姉が来ると聞いていない、と詰められたローゼマインが謝るのだが、そこで別の疑問が出る。
「なぜ第三夫人の彼女が領主会議にいたのだ」という一点だった。答えが「第一夫人に繰り上がったということか」である。相手の立場が変わったことを、こちら側は誰も把握していなかった。
手紙を報告しなかった理由
ついでにもう一つ漏れが出る。前神殿長の遺品にあった手紙のことも報告していなかった、という話である。
理由が「恋文だと思ったのです 報告は必要ないかと」だった。返ってくるのが「犯罪者相手に勝手な忖度をするのではない」「共犯者にされたいのか」である。中身が私的だから伏せた、という判断がいちばん危ないと叱られている。
お茶会では、それが断り文句になる
旧ヴェローニカ派のお茶会の場面では、ローゼマインとフェルディナンドへの非難が並ぶ。前神殿長を陥れ、ヴェローニカにまで罪が及ぶよう画策したのだ、という筋書きである。
そこへゲオルギーネが返すのが「私はアーレンスバッハの第一夫人ですから」だった。冒頭で気づかれた繰り上がりが、ここでは断るための理由として使われている。
断ってはいるが、否定はしていない
続きが「いくらあなたに協力したくとも エーレンフェストへの過度な干渉は 避けなければいけないのです」である。
協力したい気持ちがあること自体は、少しも打ち消していない。断りの言葉の中に、立場さえなければという但し書きが残っている。
終盤、それが警戒の理由になる
エルヴィーラの説明では、次期領主の座を弟に奪われ、それが原因で婚約を解消され、第三夫人として嫁がされたことが屈辱だったはずだ、と語られる。「お気持ちは分かるのです」と前置きしたうえで、幼いジルヴェスターに向ける憎悪はひどいものだった、と続く。
締めが「第一夫人として権力を振るえるようになったことを 警戒するべきでしょうね」だった。冒頭の小さな違和感が、そのまま警戒の理由になって戻ってくる。ジルヴェスターが子どもたちを会わせたがらない理由も「我が子に同じ思いをさせたくないからだ」と、政治ではなく反復を避ける話になっている。
先代領主夫人についての投稿もあった。
条件を全部のんだ人が、いちばん取りたいものを取る
会いたい、と切り出す
遺品を受け取った場面で、母に会いたいという話が出る。「歓迎の宴にいらっしゃらなかったので 不思議に思っていたのですけれど」という言い方から入る。
知らなかったという体裁で、いちばん聞きにくいことを聞いている。返答は「母上はおじ上と同じ罪で 白の塔に幽閉だ」「面会はさせられぬ」だった。
「一目見るだけで良いのです」
引き下がらずに出てくるのが「一目見るだけで良いのです」である。会話も接触も求めない、と要求を最小まで下げている。
断りにくい大きさまで、自分から削ってみせている。頼み方としては、これ以上ないほど控えめな形になっている。
条件が二つ付く
許可の出し方にも条件が付く。魔術を封じる枷をはめること、そして「言葉を交わさないならば許可する」ということだった。
返事が「ええ よろしくてよ」で、まったく渋らない。出された条件を、その場で全部のんでいる。
全部のんだうえで、本音が漏れる
続けて出るのが「お手を煩わせて申し訳ないわ」という詫びである。そのすぐあとに「でも中に入れるのは 領主一族の中でも限られた人間だけですもの」と付け足される。
欲しかったのは面会ではなく、中に入れる人間として扱われることだったと、本人の口から漏れている。条件を全部のんだのは、条件が目的の邪魔になっていなかったからである。
一方的に呼ばれ続けて、一言も返さない
中でヴェローニカが訴えるのは長い。ここから出すよう弟に言ってほしい、弟はフェルディナンドに操られている、助けてほしい、と続く。愛称で何度も呼びかけられる。
ところが返事は一つもない。言葉を交わさないという条件が、そのまま守られている。約束を破らないことと、母を突き放すことが、この場面では同じ形をしている。
来年の再訪が、一言で決まる
見送りの場面で、ヴィルフリートが「次はおば上とゆっくりお話ししたいです」と言ってしまう。返ってくるのが「では来年の今頃こちらに参りましょうか」だった。
断れる流れではなくなり、歓迎いたします、で話が閉じる。ローゼマインの説教が「教えられた挨拶以外の勝手な行動はしてはなりません」「どのように利用されるかわからない状況で 隙を作ってはならないのです」である。用件の無い相手に、来年の用件を作らせてしまった。締めが婚姻を真剣に考えたほうがよさそうだ、という話になるのも、この流れの続きだった。
締めの場面にも反応が集まっていた。




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