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『ここ俺』第9話「闇に潜む魔獣たち」で内偵を進めたのは、探偵仕事のどれでもなかった。ギルドの帳簿も街の聞き込みも初日で空振りしている。代わりに効いたのは、下水道の掃除という地味な依頼と、救出のついでに起こしてしまった想定外の大爆発、そして壊した分を弁償させてくれと謝りに行ったことだった。その申し出が断られた、という返事そのものが、この回でいちばん強い証拠になる。




内偵の初日、正攻法はことごとく空振りしている
依頼は「秘密裏に調べてほしい」から始まった
第9話は、前話の終わりに国王から託された宿題をそのまま引き継いで始まる。「エリックおじさまから事件の内偵を?」というセルリスの確認に、ロックが「ああ、カビーノの後ろにいる貴族が誰なのか、秘密裏に調べてほしいそうだ」と答える。悪徳商人を捕まえて終わりではなく、その商人を守っていた側へ手を伸ばす段階に入ったということだ。カビーノ本人は「重要な証人」として身柄を移す手配が済んでいる。
シアはそこへ一段深い読みを足す。「カビーノ以外にも、儀式のための生贄を調達している下っ端がいるかもしれないでありますよ」。ロックも「複数の手足を使っている可能性は否定できないな」と認める。この時点で三人は、敵を一人の商人ではなく手足を何本も持つ組織として見ている。だから調べ方も分担になった。シアはギルドへ、セルリスは街へ、ロックは屋敷で連絡を待つ。「くれぐれも目立たないよう、慎重にな」という送り出しの一言が、この回の方針をきれいに言い表している。
帳簿にも街にも、失踪人は出てこない
ところが日が暮れるころ、二人の報告はどちらも空だった。「失踪人探しの依頼は出ていなかったでありますよ」。セルリスのほうも「家出なのか失踪なのか微妙なのが多いわね」で、手がかりと呼べるものは出ていない。ロックが「目の付け所は悪くないと思ったんだけどな」と引き取り、シアが「まだ始めたばかりでありますよ」と返す。
短い場面だが、ここは後半のために置かれていると思う。正規の手続きで探せるものは、この日ぜんぶ探し尽くされている。それでも何も出なかった、という事実がまず確定する。だから終盤で同じギルドから答えが出てきたとき、それは調べ方が甘かったせいではないと分かる。空振りを先に見せておくのは地味な段取りだが、あとから出てくる証拠の重さを決めるのはここだ。
そのころ屋敷では、世界を救った魔法が食料庫になっている
一方のロックはというと、屋敷で食料保存庫を作っている。掃除のときに見つけた収納スペースにプリザベーションとエクスパンションを重ねがけして、「簡単に言うと長期保存ができて大容量の保存庫にしたって感じだ」と説明する。買い出しから帰った側が「買いすぎたかと思ったんですけど」と驚き、本人は「どんどん入っちゃうぞ」と得意げだ。
この場面でいちばん笑ったのは、「一応秘密だが、俺は凄腕の魔法使いでもあるのだ」という一言だった。伏せているのは正体のはずなのに、秘密として持ち出されるのは腕前のほうになっている。世界を救った魔導士の技術が真っ先に食料の保存に使われるのも、この作品らしい落とし方だ。街を歩けば伝説として語られている男が、家では棚を作っている。
使えないと説明された魔法が、そのまま切り札になる
下水道の仕事は「街の衛生上必要な仕事」だった
聞き込みに出たシアが街で再会するのが、冒険者のアリオとジニーだ。以前ロードを討伐したときに協力してもらった二人だとシアが紹介すると、アリオのほうは「協力って、シアさんとロックさんがロードを倒したんじゃないか」と手柄を押し返す。自分の関わりを大きく言わない人物として最初に置かれるのが、この二人の紹介のされ方だ。
セルリスを紹介されたときの反応も同じ調子で、「それほどの人が、Fランクのロックさんの弟子なんですか?」と素直に驚く。セルリスが「ロックさんがFランクっていうのが不自然なのよ」と混ぜ返し、この回でもお約束は消化される。そして二人がこれから向かう先が、下水道の魔鼠退治だ。アリオはそれを「地味な仕事だけど、街の衛生上必要な仕事だからな」と言う。何気ない一言に見えて、これがこの回の骨格そのものになる。
火属性が使えない理由を、先に説明してしまう
救出に向かった三人が下水道でまず驚くのは数のほうだ。「いくら王都の下水道とはいえ、普通は二、三十匹程度だ」という基準が示され、目の前の群れはそれをはるかに超えている。ロックは一掃しながら「あの数じゃ、ファイアーボールしか使えないアリオは苦労するな」とこぼす。
セルリスが「ファイアーボールなら一網打尽じゃないの」と当然の疑問を挟むと、返ってきた答えは逆だった。「ガスの発生でただでさえ酸素の薄い下水道の中だ。そんな密閉空間で、酸素を必要とする火属性の魔法を使ってみろ」。セルリスが「酸欠になるわね」と引き取り、シアが「アリオさんはそういうケースも考えて、マジックアローの勉強もし始めたと言っていたであります」「戦術が広がるからと」と補う。ここまでで、ファイアーボールしか使えないことははっきり弱点として提示される。ついでに勉強熱心さのほうが、いかにも伏線らしい顔をして置かれる。
同じ弱点を、逃がす道を作って裏返す
ところが数分後、ロックが出す指示は「アリオ、俺が合図したら最大出力のファイアーボールを撃て」だった。アリオが「そんなことしたら酸欠に」と当然の抗議をすると、返ってきたのは「炎は俺が上に逃がす」の一言だけ。セルリスには巨大な個体を誘導させ、腹をこちらへ向けさせる。合図と同時に放たれた一撃は、ロックの壁に導かれて上へ抜けていった。
見事なのは、ここで新しい武器が一つも出てこないことだと思う。勉強中のマジックアローは使われず、決着をつけたのは「使えない」と説明されたばかりのファイアーボールで、変わったのは炎の逃げ道が用意されたかどうかだけだった。生き延びていたアリオとジニーの側も同じで、助かった理由は新しい魔法ではなく「狭い側道に逃げ込んでやり過ごしてたんだ」という判断のほうだ。この回の勝ち方は、どこも新装備に頼っていない。
責任は俺が取る、と言った人が本当に取りに行く
撃たせた側が、その場で引き受ける
爆発の規模は明らかに想定を超えていた。セルリスが「可燃ガスが溜まってたのかしら」と言うくらいで、下水道は原形をとどめていない。真っ先に青ざめたのは撃った本人で、「ど、どうしよう、ロックさん。俺のファイアーボールでこんなことに」と震えるアリオに、ロックは「俺が撃てと言ったんだ。責任は俺が取るよ」と答える。
指示を出した側が、結果が出た直後に引き受けを口にする。台詞としてはありふれているし、この時点では気休めにも聞こえる。ただこの回は、この一言を最後まで実行に移してしまう。そこが今回のいちばん効いた仕掛けだった。
セルリスへの指示は、10年前の相方への指示だった
巻き添えを食ったのは屋敷だけではない。誘導役を押しつけられたセルリスは髪も服もぼろぼろで、「先に言ってよ!」と当然の抗議をする。ロックの弁解が良かった。「ゴランのやつと組んでた時の勢いで、つい」。無茶な指示が出たのは彼女を軽く見たからではなく、父親と組んでいたころの感覚が出てしまったからだという説明だ。
面白いのは受け取り方のほうで、セルリスは「それって、パパみたいに頼りになるってことよね!」と即座に読み替える。ロックが「いや、違う!」と否定してもまるで届かない。謝罪をそのまま褒め言葉として回収してしまうのがこの人物の強さで、しかも完全な誤読とも言い切れないのが厄介だ。シアの「あの程度で済んでいるとは、さすがセルリスさん」も、皮肉と評価が半分ずつ混じっていて良かった。
弁償を申し出に行く、という一手
そして責任の取り方が実行に移される。ロックは夜分に爆発地点の真上へ建つ屋敷を訪ね、「先ほど下水道で大きな爆発がありまして、こちらの屋敷に被害が出たと思うのですが」と切り出す。捜査ではなく謝罪として行っているのが重要で、用件も理由も隠していない。
国王の注文が「秘密裏に」だったことを思えば、下水道を吹き飛ばして玄関先に立つのは真逆の振る舞いに見える。それでもこの訪問だけは怪しまれる余地がない。壊した人間が謝りに来ただけなのだから、断る理由も、警戒する理由もないはずなのだ。ないはずなのに、と続けられるのがこの回の作りだった。
弁償を断られたことが、いちばん強い証拠になった
「当家に被害は出ておりません」
応対に出た人物の返事は徹底していた。「当家に被害は出ておりません」「お引き取りください」。食い下がっても取り合わない。屋敷へ戻ったロックが「それが、被害は出てないって言うんだよ」と報告すると、「え? そんなわけないだろ?」と当然の反応が返ってくる。
セルリスは合理的な解釈を出してくる。「国内でも指折りの大貴族だから、ちょっとの被害くらい多めに見てくれたんじゃないのかしら」。ロックの「ちょっとの被害かなぁ、あれ」がすべてで、あの規模の爆発が真下で起きて無傷なはずがないからこそ、否認のほうが異常になる。想定を超えた爆発は事故だったが、結果としてこれ以上なく精度の高い物差しになった。屋敷が何かを隠していることを、屋敷自身の口から言わせている。
取り下げられた依頼は、取り下げたこと自体が情報だった
決定打はギルドから出る。受付が思い出したのは「依頼自体は出てたのよ」「同僚が3人、行方不明になったって」という話で、しかもその出所がマスタフォン家だった。「ただ、次の日すぐ依頼者側から取り下げたので、今は依頼としては残ってないの」。
ここで昼の空振りが効いてくる。「出ていなかった」という報告は嘘でも手抜きでもなく、本当に残っていなかったのだ。シアはすかさず「取り下げたのはあくまで依頼者でありますから、失踪者の生存は確認されたわけではないでありますよ」と釘を刺す。見つかったから取り下げた、とは誰も言っていない。そして「その事実が逆に敵の正体を暗示しているであります」と続く。消された記録は、消されたという形で残っていた。
見分けがつかない相手を、手続きの形で見分ける
シアの推理はこうだ。捜索依頼が出たことを知った黒幕が、依頼者本人を操って取り下げさせた。「そんなことができるのは、ヴァンパイアしかいないであります」「魅了にかけられた人間は、見分けがつかないでありますから」。ロックが「ロアーナもそうだった」と受けるとおり、この作品はすでに、操られた人間を外見では判別できないという制約を置いている。
だから今回の探し方は理にかなっている。人を見ても分からないので、人がした手続きのほうを見た。依頼者本人が自分の意思で取り下げた以上、書類の上では何一つ不備がなく、ギルドも介入できない。その完璧さこそが不自然だった、という組み立てだ。当主が先月から体調を理由に城へ出ていないという補足まで並ぶと、屋敷がいつごろ落ちたのかまで輪郭が見えてくる。
下水道に住んでいた子が、下水道から出てきたものを組み立てる
破片は魔鼠の腹から出てきた
戦闘の後始末で見つかったのが、異臭を放つ何かの破片だった。「魔力の残滓を感じるな。何かの魔道具か?」というロックの見立てに続けて、魔鼠たちが巨大化した原因もこれではないかと疑われる。手がかりが人からではなく、掃除の対象そのものから出てきたわけだ。
ここで挟まれるロックの一言が鋭い。「下水道をねぐらにしていたミルカが襲われていない」。巨大化がずっと前からの現象なら、下水道で寝起きしていた子が無事でいられるはずがない。つまり異常が始まったのはごく最近で、破片が持ち込まれた時期もそこから絞れる。物証の新しさを、目撃証言ではなく生き残った人間の側から逆算しているのが面白かった。
パズルを解いたのは、家事をしている子だった
屋敷へ持ち帰った破片は、「どうも、元々一つだったものを砕いたようにも見えるな」という形をしていた。「まるでパズルね」と言われて組み立てにかかったセルリスは、「これ難しいなぁ」「ああ、イライラする」とすぐ音を上げる。ロックの「ゴランは、どちらかというと壊す側だからな」という援護にならない援護が、また父娘の話を持ち込んでくる。
そこへお茶を運んできたミルカが、「座ってなよ、セルリス姉さん。俺が配るから」と言った流れのまま、ついでのように破片を組み上げてしまう。手間取っていた大人たちの横で、ひと呼吸で像の形が出る。ロックの「驚いたな、これは大したもんだ」は素直な感嘆で、この家に来たばかりの子が、この家の誰にもできなかったことを一つやってのけた場面になっている。手を動かす仕事をしている人が細かい造作に強い、という筋も通っていて気持ちがよかった。
服を褒める台詞が、二日続けて出てくる
もう一つ、冒頭の何気ないやり取りも拾っておきたい。ロックが「昨日の服も可愛かったけど、その服もとても似合ってるぞ」と声をかけ、ミルカが「セルリス姉さんがたくさん服をくれたんだ」と答える。前の日の服を下げずに今日の服を褒めるという言い方をしていて、しかも用意された服が一着ではなかったことまで同時に分かる。
そして終盤、ロックはこうも言う。「もしあの日、ミルカがこの屋敷に侵入してなかったら、犠牲になっていた可能性もある」。空き家と思って忍び込み、罠にかかって捕まったあの一件が、結果としてこの子を下水道から引き上げていた。いちばん運が悪かった日が、いちばん命を拾った日だったことになる。拾われた側が今度は手がかりを組み立てる側に回っているのだから、この家の入れ替わりは早い。
加護だった「昏き神々」が、召喚される側に回る
像は元々ひとつだった
組み上がった像について、ロックは「呪いのようなものは感じないな」と言う。少なくとも触れて危ない品ではないらしい。だが正体を知っていたのはシアのほうで、「邪神を召喚する際に使うという像に似ているであります」「昏き神々、その柱の一つであります」と告げる。
この名前は初出ではない。これまでは敵がまとう力の名として、加護という形で出てきていた。それが今回、加護を受ける対象から、呼び出される対象へと位置を変える。しかも像は砕かれて複数の破片になっていた。そのうちの一つが下水道に落ちて魔鼠を巨大化させたのだとすれば、残りがどこにあるのかという問いがそのまま宿題として残る。
相手も、同じ夜に動き出している
見落とせないのが屋敷の側の反応だ。訪問者を追い返した直後、屋敷にいた何者かが「もうここを嗅ぎつけたか、ロック」「奴を調べろ」と指示を出している。こちらが屋敷に気づいた夜に、向こうもこちらに気づいた。あの爆発は、双方向に正体を教え合ってしまったことになる。
引きで語られるのは、「お前たちは、この私の眷属であると同時に、昏き神々の加護を受けた特別な眷属である」「さあ、狩りの時間だ。我が猟犬たちよ」という宣言だ。内偵は初日で相手に見つかり、次に来るのは調べる時間ではなく狩りの時間だと予告されている。副題が魔獣を複数形で呼んでいるのも、下水道の群れだけを指しているとは限らないのだろう。
荒っぽい手が、いちばん静かに効いた
まとめると、この回の内偵は正攻法では一歩も進まなかった。ギルドの帳簿は空、街の聞き込みも空。動いたのは全部、後片付けの側からだ。街の衛生のための地味な依頼、生き埋めになりかけた仲間の救出、その巻き添えで起きた大爆発、そして壊してしまったから謝りに行く、という当たり前の行動。秘密裏にという注文に対して、実際に効いたのは下水道を吹き飛ばすというこれ以上なく荒っぽい手だった。
それでもいちばん静かだったのも、たぶんこの手だと思う。ロックは一度も探りを入れていない。弁償させてくれと言っただけで、断られた。相手に嘘をつかせるのに、こちらは一つも嘘をついていないのだ。異常な大きさの魔鼠は一目で異常だと分かるが、屋敷の中にいるものは「当家に被害は出ておりません」としか言わない。闇に潜むという意味なら、後者のほうがずっと徹底している。そしてその徹底が、今回はそのまま尻尾になった。






















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