ここ俺アニメ

『ここ俺』第12話(最終回)「これからの10年もその先も俺に任せろ」感想|一人で背負う話が終わる コメディ

『ここ俺』第12話(最終回)「これからの10年もその先も俺に任せろ」感想|一人で背負う話が終わる

『ここ俺』第12話(最終回)「これからの10年もその先も俺に任せろ」の感想です。自らを犠牲にしようとしたフィリーを止める場面から、大聖堂前の三人が覚悟を入れ替える流れ、急所を撃つための合わせ技、墓地の約束、そして一人だった屋敷の最後までを順に追います。
『ここ俺』第11話「10年戦ったから魔神は余裕で倒せる」感想|知りすぎた娘と、知り尽くした男 コメディ

『ここ俺』第11話「10年戦ったから魔神は余裕で倒せる」感想|知りすぎた娘と、知り尽くした男

『ここ俺』第11話「10年戦ったから魔神は余裕で倒せる」の感想です。エリックは妻の加護のマントで侯爵夫妻を守り、大聖堂ではゴランたちが王妃を守ります。鏡の向こうでは、ロックが剣を捨てて拳でハイロードに挑み、呼び出された魔神たちも片づけていきます。
『ここ俺』第10話「敵陣突入」感想|裏口から入られた家に、正面から入る コメディ

『ここ俺』第10話「敵陣突入」感想|裏口から入られた家に、正面から入る

『ここ俺』第10話「敵陣突入」の感想です。消えた奉公人をつないだのは、正門ではなく通用口という一点でした。段取りを組んだ夜に侯爵邸のメイドが襲ってきます。そして裏口から入られていた屋敷へ、二人は正面から入っていきました。ミルカの推理が光る回でした。
『ここ俺』第9話「闇に潜む魔獣たち」感想|弁償を断られたことが証拠になった コメディ

『ここ俺』第9話「闇に潜む魔獣たち」感想|弁償を断られたことが証拠になった

『ここ俺』第9話の感想です。国王に頼まれた内偵の正攻法は初日で全部空振り。事態を動かしたのは下水道の掃除と、救出のついでに起きた想定外の大爆発、そして弁償を断られたという返事でした。使えないと説明された魔法が切り札に変わる流れも追いかけます。
『ここ俺』第8話「10年ぶりにパーティが揃った」感想|4人目は王妃だった コメディ

『ここ俺』第8話「10年ぶりにパーティが揃った」感想|4人目は王妃だった

ここ俺 第8話の感想と考察。伝説のパーティーは第5話ですでに顔を合わせているのに、今さら「10年ぶりにパーティが揃った」なのは、ヒーラーをひとり数えていなかったからでした。その4人目は王妃になっていて、しかも王宮の壁を拳でぶち抜いて登場します。
『ここ俺』第7話「侵入者と秘密の通路」感想|制度は消え、抜け道だけが残った コメディ

『ここ俺』第7話「侵入者と秘密の通路」感想|制度は消え、抜け道だけが残った

罠にかかっていたのは下水道から迷い込んだ少女ミルカで、そこから見つかった隠し通路の出口が、よりによって国王の寝室の隣だった。見どころは、先々代国王と男爵夫人の関係が屋敷そのものの由来だったという種明かしと、廃止されたはずの奴隷売買に抜け道が残っていたという後半の裏返しである。締めは「ここは弟子の私に任せて」という、作品名をそのまま引き受ける一言だった。
『ここ俺』第6話「10年たったら家族ができた」感想|敵はルールごと持ち込んできた コメディ

『ここ俺』第6話「10年たったら家族ができた」感想|敵はルールごと持ち込んできた

ヴァンパイアハイロードとの決着から、褒賞にもらった屋敷へ全員で引っ越すところまでを一気に駆け抜けた回だった。敵が張ったのは強い者ほど動けなくなる昏き神々の加護で、ロックは自分の体をマリオネットで無理やり動かして踏みとどまる。そして戦いのあとに増えたのは、霊獣の狼ガルヴという家族と、王都の結界に空いた穴という宿題だった。
『ここ俺』第5話「10年たって先に行けと言われた」感想|今度は言われる側になった コメディ

『ここ俺』第5話「10年たって先に行けと言われた」感想|今度は言われる側になった

ヴァンパイアがついに王宮へ届いた。侵入経路は銀の盆に仕込まれた転移魔法陣で、運び込んだのは侍女のロアーナだった。ロックはルッチラの幻術で第八位階に化けて敵から情報を吐かせ、そのまま拠点へ乗り込んで第六位階を討つ。そして10年ぶりに三人が揃い、ハイロードの本拠地へ。
『ここ俺』第4話「10年たったら絵本にまでなっていた」感想|守られた側が自分の足で立った コメディ

『ここ俺』第4話「10年たったら絵本にまでなっていた」感想|守られた側が自分の足で立った

ゲルベルガ様の保護とハイロード討伐へ動き出す第4話。作戦会議で明かされたのは、神鶏の血をハイロードが吸えば次元の扉が開いてしまうという最悪の設定だった。預け先は元勇者エリックの王宮。そこでロックを待っていたのは絵本『ラックの大冒険』と舞台劇にまでなった自分の伝説、そして旧友からの「人生の宝」という感謝だった。