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『領民0人スタートの辺境領主様』第10話の副題は「辺境領主様と息子と娘たち」。ディアスに血のつながった子はいない。息子と娘たちは、ディアスを兄貴や父さんと呼んで育った孤児たちである。その村に、幼いディアスを知る伯父のベンが、叱るつもりで遠くからやって来る。そしてディアスも、子どもたちに向かって、何歳になっても親として叱ると言う。




副題が、初めてディアスとの続き柄で相手を呼ぶ
十本目で、呼び方が変わる
第10話の副題は「辺境領主様と息子と娘たち」。これまでの副題は「蒼角の乙女」「奇妙な行商人」「お隣の領主」「新たな領民たち」のように、辺境領主様と並ぶ相手を、その人の立場や肩書きで呼んできた。
十本目で初めて、並ぶ相手がディアスとの続き柄で呼ばれている。前回の「結婚式」は領民どうしの門出だったが、今回はディアス本人が親の側に置かれている。
血のつながった子はいない
ディアスに実の子はいない。公式のあらすじが書くとおり、訪ねてきたのは「ディアスが面倒を見ていた孤児たち」と「伯父のベン」である。
つまり副題の息子と娘たちは、血縁ではなく、育てた側と育てられた側の関係でそう呼ばれている。この回は最後まで、その呼び方がどこまで本物かを確かめるように進む。
神殿という言葉が三度出てくる
冒頭の報告では、ディアーネは「反省の色が見られず遠方の神殿に移送されるようです」と伝えられる。中盤ではディアスの両親が東の大神殿の神官長だったと明かされ、終盤ではベンが神殿には戻らないと言い切る。
第8話で王命を振りかざした王女の行き先も、ディアスの出自も、ベンの人生を変えた争いも、どれも神殿という言葉につながっている。この作品の奥にある組織の輪郭が、少しだけ見えた回でもある。
兄貴と呼ばれ、父さんと呼ばれる
「母親は誰だ」
村に着いた一行は、ディアスを「兄貴」「父さん」と呼ぶ。「こんなに大きな子がいたのか」「母親は誰だ」と驚かれて、返ってくるのが「いないわ」「私たちは孤児だから」だった。
説明は「孤児院なら育ての親は先生って呼ぶんだけど」「俺たちは親しみを込めて」「兄貴とか父さんって呼んでるんだ」。先生と呼ばずに兄貴や父さんと呼ぶところに、ディアスとの距離がそのまま出ている。
「私はディアスの妻だ」
「あなたも父さんに育てられてるの」と聞かれたアルナーの答えは「私はディアスの妻だ」。孤児たちから見れば、父さんの妻は母親の位置に来る。アルナーからすれば、自分より年上の子どもたちがいきなりできたことになる。
孤児のギルドと、読み書き
ディアス自身も孤児で、まっとうに働いていたことで一目置かれ、そこへ孤児たちが集まってきたという。「読み書きとか真面目に働くことの大切さとか」「全部父さんが教えてくれたの」。
「兄貴のおかげで悪さをする孤児が減って」「町の人たちから信用されて」「いい仕事を回してもらえるようになった」。「みんなで助け合って生きる孤児のギルドを作ったのも父さん」で、その結果が「俺たちは特別な絆で結ばれた家族になれたんだ」「私たちが結婚できたのも父さんのおかげね」だった。
領民0人から村を作ってきたディアスは、王国にいた頃にも、何もないところから人の輪を作っていたことになる。題名の「領民0人スタート」は、実は二回目だったのかもしれない。
コミカライズ側の告知でも、この場面が紹介されていた。
叱りに来た伯父
「勝手に殺すでないわ」
もう一人の客が、伯父のベンである。ディアスの第一声は「ベンおじさん、生きていたんですか」「てっきり死んだものだとばかり」。返事は「勝手に殺すでないわ、このバカもんが」で、続けて「お前は大人になっても相変わらずか」「バカのままか」。
三十代半ばの領主が、会った瞬間に子ども扱いされている。ディアスが言い返さずに受けているのが、この人との関係をよく表している。
死んだと聞かされていた理由
ディアスの説明では、ベンは「私の父の兄」で、幼いディアスに様々なことを教えてくれたが、「突然行方知れずになって、両親からは死んだものと聞かされていた」。ベンの感想は「お前もバカだが」「両親は輪をかけた大バカ者だな」。
ディアスが覚えている両親は「優しい人たちだった」で、仕事は「神殿で雑用をやっているとか」。ところがベンの口から出るのは「お前の両親は東の大神殿の神官長だぞ」だった。
旅に出た伯父と、消えた家
ベンによれば、ディアスが生まれる前から神殿は、旧来の教えを守る古道派と、教えを都合よく解釈して利用する側とで内輪もめをしていた。「争いを解決するには聖地に赴いて神に教えを乞うしかない」と考えたベンは、ディアスの両親に後を任せて旅に出る。
戻ってみると「弟夫婦の家はなくなっていた」。古道派も消え、神殿はすっかり腐り果てていた。ディアスがベンを死んだものと聞かされていたあいだ、ベンの側では、ディアスの家族のほうが消えていた。
殴って叱るつもりで来た
ようやくディアスの消息をつかんだら、「よりにもよって戦地で人殺しに励んでいたと聞かされた」。だから「何としてもその馬鹿面を殴って叱ってやらねばと考えてここに来た」という。
ところが実際に来てみると、「こうして嫁をもらい、それなりにまっとうな暮らしをしておったようだし」「勘弁しといてやろう」。叱るために遠くから来て、叱る理由がなくなれば引っ込める。この伯父の叱り方は、親のそれである。
おじさんで構わん
ベンはアルナーに「お前さんもこの馬鹿が旦那じゃ苦労するだろうが、どうか面倒を見てやってくれ」と頼む。アルナーが「妻としてよろしくお願いします」「義理のおじ上殿」と返すと、「そんな他人行儀な呼び方をするな」「おじさんで構わんよ」。
公式のあらすじの「アルナーたちを家族として認めた」は、この呼び方の直しのことだろう。家族と認める手続きが、呼び名を一段くだけさせることで済んでいる。
妻を名乗るエリーと、受け止めるアルナー
20年前の指輪の約束
孤児たちの中にいたエリックは、自分をエリーと呼んでほしいと言う。そしてアルナーに向かって「この人の妻は私」「私と結婚するって20年も前から決まってるのよ」と言い放つ。
根拠は「私が大人になったら指輪を買ってくれるって」。ディアスの記憶では「今は金がないから大人になったら買ってやると言った覚えはあるが」で、エリーは「それってプロポーズでしょ」、ディアスは「なんでだ」。同じ一言が、言った側には誕生日のなだめ文句で、言われた側には20年守ってきた約束になっている。
魂の形
驚く周囲に対して、「あの子は魂が女の形をしているようなので、女の心を持っているのでしょう」という説明が添えられる。この作品には魂を見る魔法があり、それが人をそのまま受け止める根拠として使われている。
怒らないアルナー
エリーは「あんたなんか絶対に認めないからね」「あんたじゃ若すぎるって言ってるのよ」「お父様の妻にふさわしくないわ」とたたみかける。アルナーの返事は「お前にとってディアスは大切な人なんだな」「その気持ちはよくわかるぞ」だった。
そのうえで「今はまだ至らないことも多いだろう」「だがディアスを思う心は誰よりも深い」「私の生涯をかけてそれを証明してみせよう」。若すぎるという指摘を否定せずに受け入れ、気持ちの深さのほうで向き合っている。
「私も女だ」
拍子抜けしたエリーが「私にこれだけ言われて、なんで怒らないの」と聞くと、アルナーは「私も女だ」「お前を責める気持ちなどあろうはずがない」と答える。続けて「その激情もディアスへの思いの深さゆえだろう」「私たちはみんなディアスの家族だ」「共にディアスを支えていこう」。
恋敵として現れた相手を、同じ人を思う家族として迎え直している。「私も女だ」の一言が、そのままエリーを女性として受け止める言葉にもなっているのがいい。
勝負どころのドレスと、メーアの歌の勝負
ドレスは勝負どころで着るもの
何日かたって、アルナーや双子は王国風のドレスを着る。「きらびやかだがこれでは仕事しづらいな」という感想に、「働く服じゃないからね」「ドレスはね、ここぞという勝負どころで着るものよ」と返され、アルナーは「勝負どころか、覚えておく」。
草原で狩りも見回りもしてきたアルナーが、ここで初めて、働かない日のための服を覚えている。
群れが二つ、長も二人
一方、ベンたちと一緒に来た6頭のメーアは、「王国の悪漢たちに誘拐され」「ひどい暮らしを強いられていた」ところを逃げ出し、「人間とメーアが共に暮らすこの村の噂を聞いて」「はるばるやってきた」のだという。
村のメーアの長はフランシスで、新しく来た群れにも長がいる。二つの群れに長が二人いてもいいのではと言いかけたディアスは、「なるほど、安易な落とし所を言ってしまい申し訳なかった」「互いに譲れないのだな」と引き下がる。
長を決めるのは歌
メーアの長を決める方法は、歌である。「歌には群れをどう導いていくかという思いが込められているそうで」、群れの者たちはそれを聞いて、「ふさわしいと思う側について合唱する」。選挙でも決闘でもなく、どちらの歌に声を重ねるかで長が決まる。
第6話の双子の祈りの歌に続いて、この作品はまた、言葉より先に歌で気持ちを伝える場面を大事にしている。
身重のフランソワは、すぐには夫につかない
ディアスが不思議がったのは、フランソワが真っ先にフランシスを支持しないことだった。ベンの説明は「指導者としての優劣は全く別の話だ」。「あの羊っ子はこれから子供が生まれるんだろう」「だったらなおのこと、子供のためにも旦那のためにも」「良い指導者を選ばなきゃならない」。
ディアスは「群れの今後を左右する選択に身内びいきはできないということか」と受け止め、さらに「フランソワはあえて最後まで待っていたのかもしれない」「いきなり妻が味方については、逆にフランシスにとって良くないだろうと」と考える。
夫婦だから味方をする、ではなく、親になるから選ぶ。この回の親たちは、みんな身内びいきをしない。
負けた長に名前がつく
長い歌の勝負は、最後に相手の長が歌を止めてフランシスに声を合わせる形で決着する。ディアスの評は「立派だったじゃないか」「諦めずに戦い抜き」「最後には相手を認めて」「大した奴だ」。
そして「そういえばまだ、お前たちに名前をつけてなかったな」と、負けたほうに名前を贈る。「お前は今日からエゼルバルドだ」。ほかのメーアが全員その妻だったと分かると、ディアスは「なんという甲斐性だ」と感心している。
引き止めない親、何歳になっても叱る親
引き止める親がどこにいる
しばらくして、孤児たちは自分の町に帰ると言い出す。「少しは引き止められると思ってたんだけどな」と言われたディアスの答えは、「お前にはお前の家と仕事がある」「子供が立派に独り立ちしてるのに、引き止める親がどこにいる」だった。
会えてうれしいことと、引き止めることを分けている。独り立ちを褒めることが、そのまま別れの言葉になっている。
叱り飛ばしていたところだ
続けて「もしお前が責任を投げ出してここに残りたいなんて言ったら」「一切の手加減なしで叱り飛ばしていたところだぞ」。言われた側は「この年でそれは嫌だな」と笑う。
ディアスの結論は「私はお前たちが何歳になっても、何かあれば親として叱るつもりだ」。前半で、三十代半ばのディアスを叱りに遠くから来たのがベンだった。叱られる側だったディアスが、同じ回のうちに、何歳になっても叱る側に立つと言っている。
応えないことが、親であること
エリーの気持ちについても、ディアスははっきりしている。「エリックの思いに応えないのも」「お前たちの親であり続けるためなんだよ」「応えてしまったら、私はもうその子の親ではなくなってしまう」「だからそんなことは絶対にできない」。
断る理由が、相手を嫌うことではなく、親でいることを守るためになっている。そのうえで「鬼人族の村では、エリックのような魂の形でも、いい人を見つけて幸せに暮らしているそうだ」「エリックもそういう相手を見つけたらいい」と、その先の幸せまで考えている。
世界は思っているより狭い
別れ際には「世界は思っているより狭いし」「時間は思っているより早く過ぎる」という言葉が交わされる。ベンは「わしは戻らんぞ」「余生はここで羊っ子の世話をして過ごすと決めた」と村に残り、エリーも残って「今後は私が交渉担当するから」と言う。
帰る者と残る者に分かれても、送り出す言葉は「ああ、達者でな」、返ってくるのは「父さんもね」だった。
白馬の王子と、ごくつぶしの長男
孵る卵、孵らない卵
孤児たちが帰ったあとの村では、アルナーが卵を仕分けている。「どれも魂が入っていなかったんでな」「夕食行きだ」。エリーは「孵る卵と孵らない卵を魔法で見分けられるなんてすごいわね」と感心する。
その朝もヒナが孵り、親の後を追いかけるヒナを、セナイとアイハンとディアスが夢中で追いかけている。親の後を追うヒナの後ろを、村の親子がそろって追いかけているという絵が、この回の副題によく似合う。
男気と、いい女
「その程度のことでディアスの男気はみじんも下がらない」と言うアルナーに、エリーは「女の子の場合でも男気があるって言うのかしら」と聞く。アルナーの答えは「いや、働き者とかいい女あたりだろうな」。
アルナーは「普通の女がやらないような狩りや見回りの仕事にも手を出していたから」「男気があると皮肉を言われたものだが」と振り返る。男気という言葉を皮肉として向けられていた人が、今はディアスを褒めるのに使っている。
ごくつぶしの長男
生活が苦しかった理由を、アルナーは実家の長男のせいだと話す。「ごくつぶしという言葉では足りないほどのひどすぎる有様でな」「稼いだ金を外の女にすべて貢いで」「挙句、実家の財にまで手を出して借金を作るような男だ」「幼い妹や弟が飢えているのに平気な顔でそれをやるから手に負えん」。
そして「今はディアスのおかげで家族が飢えることもなくなった」「あんな男のことはもうどうでもいい」。孤児たちから兄貴と呼ばれて家族を作った男と、弟や妹を飢えさせた実の長男が、同じ回で並べられている。
白馬の王子様
エリーは「最初からなぜかアルナーちゃんを憎めなかったのは」「孤児だった頃の私たちと境遇が似ていたからかも」と打ち明け、「アルナーちゃんもきっと、お父様という白馬の王子様に救われた一人なのね」と言う。
白馬の王子を知らないアルナーは「突然現れた運命の人って意味のたとえよ」と教わって、「いいな、とてつもない男気を持ってそうだ」。返事は「そりゃそうよ、お父様だもの」。恋敵だった二人が、同じ人に救われた者どうしとして並んでいる。
同じころ、別の場所では
ちょうどそのころ、「アルナーはどこだ」と探し回る男がいて、「悪徳領主め、よくもアルナーを」と息巻いている。アルナーが「獣にでも食われて死んでいればいいんだが」とまで言った話のすぐあとに、この声が差し込まれる。
誰なのかは、この回ではまだ名乗られない。けれど、白馬の王子の話をしていたところへ、自分こそ助けに来たと思っている人物が向かってくるという並べ方は、次の騒ぎを十分に予感させる。
まとめ:叱りに来た伯父と、何歳になっても叱ると言う父
親の形がいくつも並ぶ
この回には親の形がいくつも並んでいた。叱るために遠くから来て、叱らずに済ませたベン。引き止めずに送り出し、何歳になっても叱ると言ったディアス。子どものために、すぐには夫を選ばなかったフランソワ。
そして反対側には、弟や妹を飢えさせた長男がいる。親かどうかを決めているのは血ではなく、叱るべきときに叱り、身内びいきをせず、相手のために断れるかどうかだと、回全体で言っている。
叱られる側から、叱る側へ
ベンが最初に投げた言葉は「お前は大人になっても相変わらずか」だった。ディアスが最後に子どもたちへ約束するのは、何歳になっても叱ることである。大人になっても叱られる側だった人が、大人になった子どもを叱る側に立つ。一話のうちに、叱る役目が一代ぶん受け渡されている。
領民0人の、二回目
王国にいた頃のディアスは、孤児のギルドを作り、読み書きと働くことを教え、「特別な絆で結ばれた家族」を作っていた。辺境でゼロから村を作っている今の姿は、その二回目にあたる。
題名の「領民0人スタート」は、ディアスにとって初めての経験ではなかった。だからこそ、息子と娘たちが訪ねてきた回が、村の今をいちばんよく説明していたのだと思う。




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