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『てんびん』第11話の副題は「二人、一緒なら」。和菓子店のバイトでミスをした春希は、「二人一緒なら何だって楽しい」と自分に言い聞かせる。その一方で、隼人に対しては「貸しは作っても、借りは作らない」と決めている。そんな春希に、隼人が最後に返したのは、「迷惑なんていくらでも」かけていい、「だけど心配だけはさせないでくれ」という言葉だった。




副題「二人、一緒なら」は、ミスをした日の春希の独白だ
公式のあらすじは、ミスをするところまでを書いている
第11話の副題は「二人、一緒なら」。公式のあらすじは、和菓子店でバイトをすることになった隼人と春希のうち、手際よく仕事をこなす隼人に対して、春希は慣れない接客業に手こずり、ミスをしてしまう、と書いている。副題の言葉は、そのミスのあとで春希の口から出てくる。後半の水着の買い物や、病院の男との再会よりも前に、題名の答えはもう出ている。
「大丈夫か」「怪我は」
店が立て込むなかで春希がミスをすると、隼人はすぐに「大丈夫か」「怪我は」と声をかける。春希の返事は「ないと思う」。隼人が最初に確かめたのは、ミスの中身ではなく怪我のことだった。そのうえで「ほうけてないで、残りも一緒に乗り切っていこうぜ」と、失敗の話を終わらせて仕事に戻している。
「二人一緒なら何だって楽しい」
忙しさとミスを振り返ったあとで、春希の独白は「二人一緒なら何だって楽しい」と続き、「そんなことはもう、7年も前に知ってたよね」で締まる。副題は、ミスをした日の終わりに春希が自分に言い聞かせる言葉だった。7年は、二人が離れていた時間の長さでもある。離れる前から知っていたことを、いまもう一度確かめている。
和装の春希と、姫子の新しい友達
「ちゃんと女の子に見えるよ」
店には姫子がやってくる。和装の制服姿を「その制服すっごくかわいいんだけど」とほめられた春希が「変じゃないかな」と気にすると、返ってくるのは「ちゃんと女の子に見えるよ」「中身がバレなきゃ大丈夫」だ。ほめ言葉のあとに、中身の話がちゃんと一言つく。第10話の終わりで、女の子に見えるかどうかを気にしていた春希への返事のようにも聞こえる。
「あんな完璧な人」
姫子の友達は「二階堂先輩と知り合いだったの」と驚き、春希のことを「あんな完璧な人」と呼ぶ。一方の春希は、その様子を見て「姫ちゃん、もうあんなに友達できたんだ」と言う。周りが春希を見ているとき、春希は姫子の友達の数を見ている。学校での自分の評判より、姫子がこちらでなじめているかのほうが気になっている。
「なんてったって、恋は戦いだもの」
店には「何度も手伝い入ってるしね」という慣れた店員の女の子もいて、春希に「今度のプール誘われてる」と聞き、「一緒にかわいくて似合う水着を選びに行こう」と誘う。「とびっきりの戦闘服」を選んで「意中の相手を仕留めちゃお」、理由は「なんてったって、恋は戦いだもの」。春希は「別に意中の相手とか」と否定しかける。水着の買い物は、最初から恋の話として持ちかけられている。公式のあらすじによれば、後日春希と姫子が水着を買いに行く相手は、クラスメイトの恵麻だ。
「帰るところがない」春希と、「会いたいんです」と言う沙紀
お土産の相談から始まる
そのあと姫子は春希に、あの和菓子屋のことで「月野瀬に帰るとき、沙紀ちゃんへのお土産に買いたいな」と相談する。春希は「オッケー、今度聞いてみる」と引き受け、「姫ちゃんたちは夏休みに月野瀬に帰るんだよね」「僕はその間、バイトに精を出すかな」と続ける。帰省の話を聞いた春希は、自分の夏をバイトで埋めようとしている。その話を聞いていたのが、月野瀬の沙紀だった。
「帰るところがないだろうしね」
沙紀が「春希さんは帰ってこないんですか」と聞くと、春希は「帰るところがないだろうしね」と答える。沙紀はすぐに「私の家に泊まるのはどうですか」と言い、「私、春希さんに会いたいんです」と重ねる。帰る場所がないという答えに、沙紀は泊まる場所で返している。春希も「僕も沙紀ちゃんに会いたいし」と、前向きに考えると返した。
みんなに愛されている子と、記憶の中の声
そのあと春希は「沙紀ちゃんって本当、いい子だな」と思い、「きっと、隼人ともお似合いで、月野瀬ではみんなに愛されてて」と続ける。そこへ記憶の中の声が重なる。「まったく厄介なものを押し付けて」「どんな汚らわしい血が混じっているのだか」。沙紀を思い浮かべた言葉のすぐあとに、自分について言われた言葉がよみがえっている。同じ月野瀬でも、春希の記憶はまるで違う色をしている。
「貸しは作っても、借りは作らない」
春希の独白は「だから、隼人との間に貸しは作っても、借りは作らない」で締まる。店で助けられたばかりの相手に、春希は借りを作らないと決めている。「だから」でつながっているのは、直前の記憶のほうだ。人に面倒を見てもらうことそのものに、春希は引け目を感じているように見える。
「月野瀬に行っても大丈夫かな」と、隼人の「わかんねえ」
夕飯のしたくをしながら
夕飯どき、隼人の「おい春希、夕飯できたぞ」「とんてきももう少しでできる」のあとで、春希は「僕さ、月野瀬に行っても大丈夫かな」と切り出す。隼人の答えは「わかんねえ」。隼人は、大丈夫だとは言わずに、分からないことを分からないと答えている。気休めを言わないところが、いかにも隼人らしい。
「夜逃げ同然だったって聞いてるし」
春希は「だよね」と受けて、「おじいちゃんたち、夜逃げ同然だったって聞いてるし」と理由を話す。隼人は「春希が行けば、みんな興味津々で聞いてきそうだな」と言い、春希が「僕に聞かれても分かんないんだけどね」と返しても「そんなの分かってても、聞いてくる人はいるだろうよ」と続ける。春希も「さすがに僕も、どの面下げてというか」と言う。春希が気にしているのは、行ったあとで聞かれることのほうだ。
ミネストローネを、味噌汁のお椀に
話の途中で、器の話がはさまる。「ミネストローネ、どの器に入れよう」「最悪、味噌汁用のお椀でもいいか」「違和感」。洋風の汁物が、和食の器に入れられようとしている。偶然かもしれないが、よそから来たものが月野瀬になじめるかという話のすぐあとに、この小さなやりとりが置かれているのは面白い。
「周囲がどう思うか分からねえけどさ」
そのあとで隼人は「あのさ、春希」と呼び、「周囲がどう思うか分からねえけどさ」「俺は、春希と一緒に月野瀬に行けると嬉しいから」と言う。周りの反応は分からないと認めたうえで、自分の気持ちだけを言っている。最初の「わかんねえ」と、答え方の筋が変わっていない。公式のあらすじには書かれていない、この回でいちばん静かな場面だった。
一輝の元カノ、佐藤愛梨
「カズキチに友達」
後日、焼肉屋へ向かう途中で、隼人は一輝が女の子に言い寄られているところに出くわす。「ねえ、いいじゃんいいじゃん」「ダメだって」。一輝が「僕は今から、友達と約束してるんだ」と言うと、相手は「カズキチに友達」「なにそれウケるんですけど」と笑う。一輝に友達がいること自体が、相手には笑い話になっている。
「目的は、焼肉食べ放題だ」
相手は隼人に「何が目的なわけ」と探りを入れ、「あのこととか知った上で」と一輝の過去をほのめかす。隼人の答えは「目的は、焼肉食べ放題だ」。続けて「あのことがどのことか分からないし、知らないし」「本人も言いたくなさそうだし」「友達だからといって、俺はそこまで一輝に興味がねえよ」。隼人は、本人が言いたくないことを聞かないまま友達でいる。相手は「なにそれウケる」と笑い、一輝は「隼人君はこういうやつなんだよ」と言う。
「断られたの初めて」
相手は隼人に「君面白いね、連絡先教えてよ」と言うが、隼人は「遠慮しとく」と断る。返ってきたのは「断られたの初めて」。断られることに慣れていない人が、断られて面白がっている。あとから来た伊織が、この相手を「モデルの佐藤愛梨」だと教え、「しかも今売り出し中で大人気のな」と付け加える。
「彼女は僕の元カノなんだ」
なぜそんな子が、という流れで、一輝は「彼女は僕の元カノなんだ」と明かす。「お互い利用し合ってたって感じだったね」「肩書と付き合って」「周囲と比べて優越感に浸っていたいだけだった」「最低だった」。そして「進学と共に関係も解消した」。一輝は、自分の過去を自分でいちばん低く採点している。言い訳をひとつも足さないところが、かえって一輝らしい。
「やっぱり一輝と春希は似てる」
話を聞いた隼人は「やっぱり一輝と春希は似てる」「色々分かったふうでいて、ただただ不器用で」と思う。隼人は、一輝の昔話を聞きながら春希のことを考えている。そのあとで一輝に向けた「バーカ」が、隼人なりの返事だった。
女子の買い物と、病院の男
「これが女子の買い物」
同じころ、春希と姫子は恵麻と水着を買いに来ている。あれこれ勧め合う二人を前に、春希は「これが女子の買い物」「隼人のときと全然違う」と思う。春希が比べている相手は、ほかの女子ではなく、隼人と一緒にした買い物のほうだ。最後は「大収穫だったね」と、買い物は満足のいく結果で終わる。
愛梨のイベントから、一人で離れる
商業施設では、佐藤愛梨のイベントが始まる。春希は「僕ちょっと疲れちゃったからさ、向こうで休んどくよ」と言って一人で離れる。そこに「君は愛梨のところへはいかないのかい」と声をかけてきたのが、公式のあらすじにある、以前病院で春希の腕を掴んできた男だった。男は「今日も君を見つけたのは偶然なんだ」「病院では失礼をしたね」と言う。第10話では人違いだと謝って去った男が、今回はイベント関係者として現れる。
「それはどうも、こういう顔です」
「睨まないでほしいな」と言われた春希は、「それはどうも、こういう顔です」「ナンパならお断りです」と返す。男は「このイベントの関係者でね」と言い、「磨けばすごく光ると思う」「芸能界に興味とか、あったりしない」と誘う。答えは「いえ、まったく、これっぽっちも」。春希は、一歩も相手の話に乗らない。男は「これは職業病のようなもんでね」と笑ってみせる。
女優の名前が出たところで、一人称が「私」に変わる
男はそのあと、ある女優の名前を口にする。春希は「何のことでしょう」「確か、女優さんの名前ですよね」「私、そういうの疎くて」「それに興味もなくて」と答え、「それでは、私はこれで」と立ち去る。直前まで「その関係者さんが僕に何か」と言っていた春希が、この名前が出たところから「私」で話している。知らないふりをするときの春希は、学校で見せる優等生の話し方に戻っている。
「迷惑なんていくらでも」「心配だけはさせないでくれ」
「頭が真っ白になっちゃって」
焼肉帰りの隼人に「何があった」と聞かれ、春希は「焼肉の匂い、ずるい」とはぐらかしてから、「僕もね、よくわかんないんだ」と話し始める。イベント会場で「声をかけられて、訳がわかんなくなっちゃって」、しかも「僕の存在を知ってる人なんて月野瀬の人以外だと限られるはずだしさ」。だから「頭が真っ白になっちゃって」。春希を動揺させたのは、誘われたことではなく、自分を知っている人がいたことだった。
聞き出す代わりに、自分の話をする
隼人はそこで、何を言われたのかを問いただしはしない。代わりに「母さんがさ」「倒れて入院したのって」「2度目だったんだ」と打ち明ける。「命に別状はないんだが」「手先が麻痺まではいかないけど」「うまく動かせないんだ」「前みたいな生活はできないかもしれない」。相手の秘密を聞き出すかわりに、自分の家のことを先に話している。一輝に「あのこと」を聞かなかったのと、同じやり方だ。
「迷惑なんていくらでも」
隼人は「いろいろ大変だとは思う」「でもそういうのは別に構わないっていうか」と言葉を探したあとで、「迷惑なんていくらでも」かけてくれていい、「だけど心配だけはさせないでくれ」と言う。春希が借りを作らないと決めた相手が、迷惑はいくらでもかけていいと言っている。そのかわりに求めているのは、心配させないことだけだ。
「また僕を姫ちゃんと同じように扱ってるでしょ」
春希は「また僕を姫ちゃんと同じように扱ってるでしょ」と言い返し、隼人は「そうだな」と認める。「生まれた年も早生まれで一つ違うしね」には「生意気」。春希が「でもこんなの他の人にやっちゃダメだからね」と釘を刺すと、隼人は「やんねえよ」「春希はその、俺にとって春希だからな」と答える。妹と同じ扱いだと認めた直後に、隼人は春希を誰とも並べない言い方をしている。「なんだよそれ」「なんでもいいだろ」で、話はそこで終わる。
まとめと考察
この回の「一緒」は、隼人の側から出てくる
店での「残りも一緒に乗り切っていこうぜ」、夕飯どきの「春希と一緒に月野瀬に行けると嬉しい」、そして最後の「俺たちも行こうか」。「二人、一緒なら」の「一緒」は、この回ではいつも隼人の側から差し出されている。春希の「二人一緒なら何だって楽しい」は、それを受け取った側の言葉として聞こえる。
貸し借りを数えているのは、春希だけ
春希は「貸しは作っても、借りは作らない」と決めている。けれど隼人のほうは、店では失敗の中身より怪我を気にし、夕飯どきには周りの目より自分の気持ちを言い、最後には迷惑より心配のほうを気にしている。貸し借りを数えているのは春希だけで、隼人は最初から数えていない。
天秤にのせるものが、取り替えられる
この作品の略称は『てんびん』だ。天秤は、左右の重さをつり合わせる道具である。貸しと借りをつり合わせようとしていた春希に、隼人は量るものを迷惑から心配に取り替えさせている。借りがいくら増えてもかまわない、ただ心配だけはさせるな、というのが今回の隼人の答えだったと思う。
一輝と春希は、同じように不器用
隼人は一輝の昔話を聞いて「やっぱり一輝と春希は似てる」と思った。自分の過去を「最低だった」と言い切る一輝と、自分の過去を話さずに「借りは作らない」と決める春希。どちらも、自分の過去を自分だけで片づけようとしている。第7話で、隼人は何も聞いてこないと春希が言っていたころから、隼人はどちらにも踏み込まずにそばにいる。女優の名前の意味も、病院の男の正体も、この回ではまだ語られていない。



































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