この記事の作品:
第11話の副題は「獣(ビースト)」。配信台で向き合った美緒と藤宮亜里沙の試合は、最後のセットの最後のラウンドまでもつれ込む。亜里沙は試合の前から「孤独だからこそ私は強い」と自分に言い聞かせている。一方の美緒は、ゲームを一人で楽しんできたから強いのだと語られる。同じ「一人」が、片方では鎧になり、片方では遊び場になっている。そして亜里沙が本当に全てをぶつけたかった相手は、美緒ではなかった。




副題「獣(ビースト)」と、ゴングの前の言葉
副題は「獣」の一字に「ビースト」と読ませる
第11話の副題は「獣(ビースト)」。公式サイトのあらすじページでは「獣」の一字に「ビースト」とルビが振られていて、公式アカウントのエンドカード告知も同じ副題を載せている。漢字一字で書いて、読みだけを外来語に振っている。この回に出てくる二人のうち、どちらがこの呼び名にふさわしいのかは、試合を追っていくと簡単には決まらない。
公式のあらすじは「破壊衝動のままに」と書く
公式のあらすじは、禍腐餌悪霊との対戦がSNSで話題になり、美緒の次の舞台が配信台になったところから始まる。相手は夕に勝った藤宮亜里沙で、「破壊衝動のままに試合に挑む亜里沙に対し、美緒も闘志を燃やして応える」と続く。あらすじの段階で、亜里沙の側にだけ「破壊衝動」という強い言葉が置かれている。第10話の終わりに運営が告げた「配信台に変更になるそうなので」が、ここで大舞台として形になる。
亜里沙の挑発は、第7話より一段強い
試合の前、亜里沙は美緒に向かって「誰でもいいから」「それがお前でちょうどよかった」と言い放つ。第7話では「二度とレバー握れないようトラウマ植え付けて引退さしてやるよ」と脅していたが、この回は「引退じゃ生ぬるい」と言い、それよりひどい負け方をさせてやると続ける。相手は誰でもよかったと言いながら、言葉の強さだけは前よりも上がっている。
美緒は、恥ずかしいのはそっちだと返す
美緒の返事は「いいんですか」から始まる。「そういうこと言えば言うほど」「負けた時尋常じゃなく恥ずかしいとは思いますけど」。第7話で脅されたときは「同じく」の一言で返していた。今回は相手の言葉を受け止めたうえで、その言葉が負けたときに自分へ跳ね返ると言い返している。売り言葉に買い言葉のようでいて、美緒の側は相手の負けを具体的に想像している。
客席は、まだ美緒を「謎の美少女」と呼ぶ
舞台に上がった美緒を見て、客席からは「あれが白百合様」「謎の美少女」という声が上がる。「壇上でこんな注目されてたら」「あの女緊張でレバーも握れないのでは」と心配する声まである。第8話で美緒自身が「めちゃくちゃ緊張してきました」と言っていたことを思えば、この心配は的外れではない。第10話で「彼女は一体何者なんだ」と言われた相手は、配信台に上がってもまだ謎のままだ。
試合の前、美緒は「楽しみです」と言う
配信台へ向かう前、夕に「白百合氏はどう思ってるの」と聞かれた美緒は、まず「不思議なんです」と答える。何度もぶつかってきた相手で、「イラっときたのは確かなんです」と認めたうえで、最後に出てくる言葉が「楽しみです」だ。腹を立てたことと、戦うのが楽しみなことが、美緒の中では矛盾していない。第7話の「むしろ拳を交えたことで逆に興味が湧いてきました」から、気持ちはまっすぐ続いている。
「孤独だからこそ私は強い」は、同じところを回る
実況は「物騒なワード」と受け流す
試合前の言い合いは、そのまま配信に乗っていた。実況は「いやー物騒なワードを全世界に発信してましたね」と笑い、「因縁がありそうというか」と付け足す。当人たちには本気の言葉でも、配信の上では盛り上げの材料として扱われている。亜里沙の荒れ方は、外から見ると大会の見どころの一つにすぎない。
「楽しくワイワイやってんじゃねーよ」
亜里沙の胸の内は、試合の前から荒れている。「楽しくワイワイやってんじゃねーよ」と、美緒を仲間とつるんで遊んでいる側に置き、「そんなもんだろ」「お前にとっての格ゲーなんて」と決めつける。第7話で昼食の誘いを「慣れ合う必要は全くない」と断ったときと、同じ線の上に立っている。
強い、正しい、強い
続く言葉が「孤独だからこそ私は強い」「そう私は強い」「強いのだから私が正しい」「正しい私は強い」「私が勝つべきだ」だ。強いから正しい、正しいから強いと、理由と結論が入れ替わりながら同じところを回っている。出発点に置かれているのは技術でも経験でもなく、「孤独」という一語だけだ。自分を励ます言葉のはずが、出口のない輪になっている。
第9話で夕に貼ったラベルと同じ形
第9話で亜里沙は、負かした夕に「別に格ゲーなんてなくても生きていけるやつの遊びのプレイ」と言った。この回に美緒へ向ける言葉も、ほとんど同じ形をしている。相手を遊んでいる側に置くことで、自分を本気の側に立たせている。裏返すと、亜里沙は誰かと楽しく遊ぶことを自分に許していない。
第10話の「強くならなきゃいけない」の続き
第10話の回想は「強くならなきゃいけない」で締めくくられ、「どこまで進めば」「許してもらえるだろう」と自分に問う形で終わっていた。この回の「私が勝つべきだ」は、その問いに答えが出ないまま、結論だけを先に言っている。勝つべき理由の中に、回想で離れていった友達の姿は出てこない。
第1セット、開幕の30秒はどちらも前に出ない
どちらが先に飛ぶかの我慢比べ
第1セットは弾の撃ち合いから始まる。解説が「これはどちらが先に裏切って前飛びするかという駆け引きになりますね」と言うそばから、「前飛びする気ねえだろこいつら」「まるでお前が先にどけとでも言ってるような」と声が上がる。「お互いに一歩も引かない引く気がない」まま、「開幕位置での異常な打ち合いで30秒が経過だ」と実況が告げる。
溜めが要る分、弾の回転で勝る
亜里沙の使うキャラクターは溜めが要るタイプで、「事前に溜めておかないと弾が打てないしよ」と説明が入る。その代わり弾の隙が短く、撃ち合いの回転では有利だという。第9話でも実況は、亜里沙が「必要最小の溜め時間である45フレジャストを体で覚えているな」と評していた。撃ち合いを30秒続けても崩れないこと自体が、亜里沙の積み上げの証明になっている。
先に動いたのは亜里沙
均衡を破ったのは亜里沙のほうだ。「近距離戦へシフトするぞ」「踏み込みが深い」と実況が追いかけ、美緒は画面端に押し込まれる。「さあ生き地獄の始まりだ」「まだまだ終わらない画面端」。「このまま気絶すれば即座に最大コンボ」という、あと一押しで終わる状況まで美緒は追い詰められる。
あの状況で、レバーを前に倒す
そこで美緒は前に歩いて投げる。「前歩き投げ」「なんで歩いた」「画面見てないのか」と見ている側が驚く。解説によれば、亜里沙は美緒が無敵技で割り込んでくると読んで一歩下がっていた。「その冷静さが裏目に出たな」「あの状況でレバーを前に」。第10話で「無意識にレバーを左へ倒した」美緒が、ここでもいちばん危ない場面で前に出ている。
「あと1秒あったらやられていた」
美緒はそこから投げを重ね、「面白いほど攻撃が通っていくぞ」と実況が沸く。けれど亜里沙も画面端を抜け出し、「体力的にも優位に立たれた」状況で「残り時間は17秒」。第1セットは亜里沙が取る。それでも勝った亜里沙の胸の内に出てくるのは、「あと1秒あったらやられていた」「こんなふざけたやつに」だ。解説も「もうわずか1秒あれば結果は変わっていたでしょう」と同じことを言い、亜里沙は「もっと殺意を」と自分に言い聞かせる。
美緒の読みは、相手への「信頼」でできている
解説の振り返りでは、美緒は亜里沙なら「ラッシュに反応して必ずコパンで止めてくるはず」と見ていた。「そう信頼して」、あえてラッシュで小技を誘い、そこからSAを狙ったのだという。「いやー素晴らしい読みでしたね」。美緒の読みは、相手が正しく反応できる腕を持っていることを前提にしている。「孤独だからこそ私は強い」と言う亜里沙の強さを、いちばん当てにしていたのは対戦相手の美緒だった。
第2セット、「昇竜である必要なくないですか」
第2セットも、また撃ち合いから
第2セットも開幕は同じ形になり、「息ぴったり」と言われるほど二人の弾がそろう。第1セットで30秒続いた我慢比べを、二人ともまったく同じ形で繰り返している。ただし今度は、先に形を崩す手が亜里沙の側から出てくる。
「スト2の頃からある対策」
亜里沙は弾の合間に、リーチの長い打撃を混ぜる。「これを弾打ちに混ぜ込むことで」「弾に対して踏み込んでガードしようとする相手に刺さる」という狙いで、見ていた側は「スト2の頃からある対策」と評する。踏み込んでガードする相手を狩る手は、第10話の回想で幼い亜里沙が「なんでこの人せっかく踏み込んだのにガードしてるの」と気づいた動きへの答えでもある。自分が見つけた技術を、いまは自分が潰す側に回っている。
そこへ、ピンポイントの昇竜
打撃が出たところへ、美緒の昇竜拳が刺さる。「そこへ白百合様がピンポイントで昇竜拳」「なぜ」。実況も「そこへ昇竜をぶち込まれた」と続ける。亜里沙が対策として出した一手が、そのまま美緒の狙いどころになっている。対策を知っている側ほど、その対策を出す場面が読まれやすい。
見ている側は、理屈が分からない
客席の反応は称賛より困惑に近い。「そこへぶち込むの」「昇竜である必要なくないですか」「ガードされた時のこと考えてねーのか」。当たった結果より先に、外れたときの危なさのほうが語られている。第8話で美緒の弾打ちが「シックスセンス、オカルトスキル」と呼ばれたのと同じく、ここでも美緒の手は理屈の外に置かれる。
試合は最後のセットまでもつれる
第2セットの行方は、後の実況の一言ではっきりする。「この試合もフルセット」。第1セットを落とした美緒が第2セットを取り返し、勝負は最後のセットに持ち込まれる。美緒は第10話までの禍腐餌悪霊との対戦でも、最後のセットまで戦ってから勝っていた。
「なのに強い」ではなく「だから強い」
「配信台の試合すげーな」
試合の合間に、見ている側の会話が入る。「配信台の試合すげーな」という感想に、美緒の強さを説明する声が応じる。「それはきっとあいつがゲームを一人で楽しんできたから」。亜里沙が「孤独」を強さの根拠にしたのと同じ回で、美緒の強さも「一人」から説明されている。
正解を見に行かない
説明は具体的だ。「あいつは上手い人のプレイをネットで見て参考にみたいなことをしない」「自分で考えるのが楽しいという」たちで、「気持ちよさとか面白さを平気で優先したプレイしてくる」。勝つための近道を知らないのではなく、最初から近道を探していない。そして「そのくせして妙に強い」と続く。
「だから強いなのかもしれない」
ここで説明が一度ひっくり返る。「そう思ってたんですよ」「でも実際は」「なのに強いじゃなくて」「だから強いなのかもしれない」。楽しさを優先しているのに強いのではなく、楽しさを優先しているから強い、と読み直している。第6話で綾が「その中で同じ行動ばっかりするのはナンセンス」と欠点に数えた振る舞いが、第10話で勝ち筋になり、この回では強さの理由として語り直されている。
最短距離と、寄り道
説明は時代の話に広がる。「なんでもネットで正解が見られる時代」「それは格ゲーも例外じゃない」。「強いとされる行動を取り入れ」「勝てるプレイを構築する」遊び方がある一方で、「そんなことして意味あんのってこともやり込む」遊び方もある。「まるで気ままな寄り道のような」「道なき道を行くような」「ガラクタの山から宝を見つけ出すような」。そんなやり込みの末のプレイは、「よくわからんが強い」としか言いようがない。
亜里沙が教わったのは、最短距離のほうだった
第10話の回想で、亜里沙は友達から「それよりもどうしたら勝てるか考えることが大事なわけさ」と教わっていた。勝つために考え抜くという教えは、ここで言う「最短距離」の側に近い。亜里沙はその教えを誰よりも忠実に守り、その結果として友達を失っている。美緒は同じゲームを、寄り道のほうから強くなってきた。
憧れていたのは、放課後の友達の家
「どんなふうに格ゲーしてきたって言うんですか」と聞かれて、最初に返ってくる答えは「よくわからん」だ。それでも言葉を探して、「あいつは多分」、「放課後友達の家で」わいわい遊ぶようなことに「憧れてたんだと思うんですよ」と言い、すぐに「いや憧れより」と言い直す。一人で遊んできた美緒が本当に欲しかったのは、友達と遊ぶ時間だったと語られる。
最終ラウンド、「なんでお前なんだ」
「フルラウンドで」「決着の時が迫る」
最後のセットも最後のラウンドまでもつれ、「決着の時が迫る」と実況が告げる。三つのセットをすべて使い切り、勝負は最後の1ラウンドに入る。直前には美緒のSAが亜里沙の弾を貫く場面もあり、どちらにも決め手がある状態で最後の打ち合いが始まる。
「なんでお前なんだ」
最後のラウンドが始まってすぐ、亜里沙の胸の内に出てくるのは「なんでだよ」「なんでお前なんだ」だ。続けて第10話の回想の友達の名前を呼び、「こんなふうに」その相手に「私の全てをぶつけたかった」と言う。試合の前に「誰でもいいから」と言っていた亜里沙が、本当はたった一人の相手を望んでいた。
約束の相手は、ここにいない
第10話の回想で、友達は「もしアリサが強くなったら対戦してみる」「私の家で」と約束していた。亜里沙は強くなり、配信台で全世界に向けて戦っている。けれど対戦しているのは約束の相手ではなく、友達の家に憧れていたと語られた美緒のほうだ。「どうしてお前」という言葉は、目の前の相手への怒りというより、そこにいない相手への呼びかけに聞こえる。
亜里沙は、美緒の手を読み尽くす
画面端を背負った亜里沙は、美緒の次の手を順番に数える。「こいつはガードされるまでずっと」「昇竜を撃ってくるつもりなのかもしれない」「もしくは私が昇竜を警戒して」「ガードを固めると読んでる投げか」、さらに「ディレイで昇竜を打ち込んでくる」「というのもこいつならあり得る」。第10話の回想で見つけた「相手の気持ちを想像する」やり方を、亜里沙はいちばん大事な場面で使っている。
答えは、読んだどの手でもない
美緒の手は「昇竜じゃない」。「置き攻め昇竜でも投げでもなく」、亜里沙が並べた選択肢の外から来る。解説は「相手をムカつかせる才能ありますね」と笑い、そこへ「いい加減気づきな」という声が飛ぶ。読みを尽くすほど、読みの外にある一手がよく刺さる。
「へえ珍しいな」
終盤、弾への反応をめぐって「見てから無理だろ」「読みで置いてたんか」と見ている側がざわめき、「見てから抜けた」と結論が出る。そのあとに挟まるのが「へえ珍しいな」だ。対戦中の亜里沙が、いら立った顔をしていない。試合の前から荒れていた亜里沙の表情が、最後のラウンドで静かになっている。
トンネルの独白が、もう一度流れる
回の終わりに、第10話の最後と同じ独白が戻ってくる。「どこまでも進んでいく」「どこまで進めば」「許してもらえるだろう」。決着がつかないまま、亜里沙は同じ問いを抱えて最後のラウンドを戦っている。勝敗は次の回に持ち越される。
まとめと考察
同じ「一人」が、鎧にも遊び場にもなる
この回は、二人の強さを同じ一語で説明している。亜里沙は「孤独だからこそ私は強い」と自分に言い聞かせ、美緒の強さは「ゲームを一人で楽しんできたから」だと語られる。亜里沙にとって一人は身を守る鎧で、美緒にとって一人は好きに遊べる場所だった。同じ条件から、正反対の強さが育っている。
二人とも、誰かと遊ぶ時間を欲しがっていた
美緒は放課後の友達の家に憧れていたと語られ、亜里沙は約束の相手に「私の全てをぶつけたかった」と胸の内で言う。一人で強くなった二人が、どちらも本当は誰かと遊ぶことを望んでいる。配信台の上で向き合っているのは、同じものを欲しがった二人だとも言える。
副題の「獣」は、どちらのことか
公式のあらすじが「破壊衝動」と書くのは亜里沙のほうだ。一方で、理屈の外から昇竜を撃ち込み、「よくわからんが強い」と言われるのは美緒のほうだ。副題の「獣」は、どちらか一人に決めるより、理屈を越えたところで戦い始めた二人を指していると読むほうが収まりがいい。最後の亜里沙が静かな顔をしていることも、その読みを支えている。
決着の前に、亜里沙はもう変わり始めている
試合前の亜里沙は、相手は「誰でもいい」と言い、「私が勝つべきだ」と言い切っていた。最後のラウンドで出てくるのは、「なんでお前なんだ」という問いと、いら立ちの消えた顔だ。勝敗がどちらに転んでも、亜里沙が戦いながら何かに気づき始めていることは、この回のうちに描かれている。「いい加減気づきな」という一言が、誰に何を促しているのかは、次の回で確かめたい。


























コメント