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クメール河での戦いを経て、ミーシアン州の内戦もついに終わった。悩みを抱える技術者シンと話をするため、アルスはランベルクへ向かう。一方その頃、領地のカナレでは姿の見えない盗賊団が討伐の兵を襲い、街には東洋風の異国の装いをした三人のきょうだいが姿を現していた。シンとの対話、陽国の王族、そしてさらわれたアルスまで、第30話を振り返る。




第30話 シンとの対話
第30話「フジミヤ」は、ミーシアン州の内戦が終わり、カナレに束の間の平穏が戻ったところから始まる。アルスが向かったのは、技術者シンのいるランベルクだった。「戦に勝って金が入ったから」、「予算が増えてありがたいわ」と上機嫌のシンは、「坊主に空飛ぶでかい飛行船を見せられるのも」、「そう遠くないかもな」と夢を語る。
前回までの戦いでは、シンの技術が勝利を大きく後押しした。アルスはまず「今回の戦ではシンさんの技術に助けられました」と礼を伝える。けれど、あらすじにあるとおり、シン自身はその戦いを経てあることに悩んでいた。自分の発明が戦場で人の命を奪う道具になったことへの戸惑いが、軽口の裏にのぞいているようにも見えた。
技術者として対等に
アルスが切り出したのは、意外にも謝罪だった。初めて会ったとき、家臣になってほしいと頼んだことを詫び、「家臣ではなく技術者として対等に接しなければなりません」と語る。前世の記憶を持つアルスは、技術を制御できなかったために悲惨なことが起きた歴史を知っている。「どんなに素晴らしい技術も」、「指導者が使い方を間違えば」、「時には恐ろしいことになります」、「人が人を殺すのです」。
だからこそ「だから危険だと思ったら止めてください」と頼み、自分が間違っていると思ったらいつでも離れてかまわないと言い切る。技術を使う側が責任を持つという姿勢を、ここまで明確に言葉にしたのは初めてではないだろうか。まだ年若い領主とは思えない覚悟に、思わず背筋が伸びた。
背負う責任
アルスは父の言葉も振り返る。「戦士の顔になれと」。かつては命を奪い奪われる覚悟のことだと思っていたその言葉の意味を、今は「全てのことに責任を取るということ」、「良いことも悪いことも受け止めることだと気づきました」と受け止めている。そして「未来を必ず今より平和にしてみせます」と約束し、「あなたのその重み」、「僕にも背負わせていただけませんか」と申し出る。
「なんでそこまでしてくれんねん」と問うシンに、アルスは「人々の生活を豊かにできると信じているからです」と答え、「失敗のない成功なんてありえません」と言葉を添える。「坊主は最初からわしの味方やったもんな」と笑ったシンが、飛行船ができたら「一番に乗せてやるからな」と約束する場面は、二人の信頼関係が一段深まった瞬間だった。
前回、アルスは平和を守るために皇帝を目指す道を選んだ。その道の先には、今回のように技術や人の力をどう使うかという重い問いが待っている。シンとの対話は、アルスがその問いから逃げずに向き合っていくことを示す、静かだが大切な場面だった。もっとも、別れ際にシンが見せた新しい爆薬の発見には、早くも新たな火種の気配も漂っていたが。
見えない盗賊団とフジミヤ
姿の見えない敵
一方、カナレでは新たな問題が持ち上がっていた。山中に潜む盗賊団を討伐しに出た兵たちが、正体の分からない攻撃に次々と倒されていく。「敵が見えません」。戻ったアルスに届いた報告も、「敵の姿が見えず気づいたら倒されていました」という不気味なものだった。
ファムのような影魔法の使い手なのかと尋ねるアルスに、返ってきたのは「魔法とはまた別のような気がします」という答え。しかも盗賊団は、カナレとの境にある城を占拠しているという。頼りの軍師ロセルは外交で不在。戦を終えたばかりのカナレに、厄介な敵が現れた。
これまでアルスたちが相手にしてきたのは、数で押してくる軍勢や、知略に長けた敵将だった。ところが今回の相手は、そもそも姿が見えない。どれだけ兵をそろえても、狙う相手が分からなければ戦いようがない。大きな戦を勝ち抜いた直後だからこそ、こうした搦め手の脅威がいっそう不気味に感じられた。
異国の三きょうだい
街では、見慣れない格好をした三人組が盗賊団と疑われて騒ぎになっていた。「だから我々は盗賊団とやらではない」と言い張っても、異様な装いと立派な剣のせいで疑いは晴れない。ついには暴れ出しそうになったところを、「お前はすぐに暴れる」と兄がいさめ、きょうだいそろって頭を下げる。
疑われて腹を立てるのも、仲裁に入ったアルスにすぐ謝るのも、どこか育ちのよさを感じさせる。慣れない土地で気が立っていたと素直に詫びる姿からは、ただの乱暴者ではない品のようなものがにじんでいて、この三人が何者なのかという興味が一気に高まった。
アルスが鑑定してみると、三人はそれぞれ尖った才能の持ち主だった。一人は軍師向き、一人は戦場に出れば負け知らずの武勇、そしてもう一人は全ての能力が平均以上の万能タイプ。「三人とも間違いなく優秀な人材」。人材を見抜くことで領地を育ててきたアルスにとって、これほど興味をそそられる出会いもないだろう。「東洋風の格好をしているのはそのせいか」と、隣の大陸の出身であることも見えてくる。
陽国の王族
剣が明かした身分
旅の者だと名乗る三人に、剣の装飾から鋭い指摘が入る。貴重なブルーダイヤモンドは、別大陸の陽国で王族だけに許された宝石。「王族が護衛もつけず旅をしている理由は何でしょうか」と問われ、兄はついに素性を明かす。「旅人などと嘘を言って申し訳ない」。彼は陽国を治めていたフジミヤ家の元当主だった。
一年前の反乱で王家は失脚し、三人は国を追われてサマフォース帝国にたどり着いた。政権を取り戻すために協力者を探しているものの、かつて付き合いのあった相手にも断られている。剣を売ってしまえという声に、兄は「この刀は 陽国当主の象徴だ」、「これがなければ 王である証明がなくなる」と首を振る。王の誇りと、明日の食事にも困る現実。その落差がなんとも切ない。祖国を取り戻すという大きな目標と、目の前の暮らしに追われる日々との間で、三人がどれほど苦しい旅を続けてきたのかが伝わってきた。
それでもアルスは「僕たちにできることは協力させてください」と総督への紹介を引き受け、夕食に招く。「兄上 腹が減った」、「久しぶりのご馳走」と目を輝かせるきょうだいの姿は、王族というより腹ぺこの旅人そのもので微笑ましかった。
国を追われた王族に手を差し伸べることは、カナレにとって新たな火種を抱え込むことにもなりかねない。それでも迷わず協力を申し出るのが、アルスらしいところだ。困っている相手を放っておけない優しさと、優れた人材を見逃さない領主の目。その両方が、この出会いを特別なものにしていく予感がした。
さらわれたアルス
ところが、その宿を姿の見えない襲撃者が襲う。「完全に死角をついたと思ったが」と相手を驚かせるほどの気配の読みで、きょうだいは見えない敵を圧倒していく。「姿を消す魔道具があると書物で読んだことがある」。正体は、姿を消す魔道具を使う盗賊団だった。
しかし盗賊団は一枚上手だった。「武器を捨てろ」と脅し、「思った通り立派な剣だ」と狙っていた剣を奪ったうえ、「奴隷として売らせてもらおう」と人までさらっていく。アルスは身分を隠して商家の若旦那を装うが、そのまま連れ去られてしまう。囚われた先では「アルス様の側近として許されざる大失態です」と詫びる声に、「僕が油断してたのが悪いんです」と返すアルスの姿があった。
異国から来たきょうだいを巻き込んでしまったうえ、自分まで捕らわれの身になってしまう。カナレの領主として、あまりにも痛い失態だ。それでも取り乱さず、身分を隠してその場をしのごうとするあたりに、数々の修羅場をくぐってきたアルスの成長も感じられた。見えない盗賊団の狙いがどこにあるのか、アルスが自分の正体を隠し通せるのかという緊張感が、最後まで途切れなかった。
第30話のまとめ考察
リシアの怒り
アルスがさらわれたという知らせに、カナレの城は大騒ぎになる。ロセルは外交で港に出かけていて作戦を立てる者がいない。そんな中で静かに怒りを燃やしていたのがリシアだった。「もしアルス様の身に傷一つでもつけてごらんなさい」、「一族ごと根絶やしにしてやりますわ」。
声を荒らげるわけでもなく、笑顔のまま言い切るからこそ怖い。リシアにとってアルスがどれほど大切な存在なのかが、この一言にすべて込められていた。
普段はおっとりとした笑顔のリシアが見せた冷ややかな表情は、今回いちばんの衝撃だったかもしれない。「リシア様って普段は温厚なのに」、「アルス様のことになると怖えな」という周囲の反応にも深くうなずいてしまった。精鋭部隊を率いるブラッハムと副官のザットも動き出し、アルスを救い出すための準備が整っていく。
新章の幕開け
第30話は、シンとの対話で示されたアルスの覚悟と、異国から来たフジミヤ家のきょうだいとの出会い、そして見えない盗賊団という新たな脅威を一気に描いた回だった。内戦が終わってもアルスの周りから問題は消えず、むしろ大陸の外にまで物語の舞台が広がりつつある。
国を追われた王族と、平和のために皇帝を目指す若き領主。立場は違っても、どちらも大きなものを背負って歩いている点では重なって見える。鑑定で見抜いた三人の才能が、この先アルスの力になっていくのかどうかも気になるところだ。
そして何より、技術者に対して責任を背負うと誓ったアルスが、自分の油断でさらわれてしまうという展開には、領主としての重みを改めて突きつけられた気がした。仲間たちがどうアルスを救い出すのか、リシアの怒りの行方とともに見届けたい。
振り返ってみると、今回はアルスの鑑定スキルが久しぶりに大きな見せ場を作った回でもある。初対面の三人の才能を一目で見抜き、それぞれの適性を言い当てていく場面は、この作品の原点を思い出させてくれた。戦乱の中で多くの家臣を得てきたアルスが、今度は異国の王族とどんな関係を築いていくのか。人を見る力こそがアルスの最大の武器であることを、改めて感じさせる一話だった。




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