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『ホタルの嫁入り』第3話は、遊女屋のいせ吉で働くことになった紗都子が、初めての客として警視総監の息子・新渡戸と向き合う回だった。誠実に見えた相手が隠していたのは、酒で目を覚ますもう一つの人格だった。誠実に見えた新渡戸からの求婚、酒で現れたもう一つの顔、そして身請け話を断る紗都子の誇りまで、第3話を場面ごとに一つずつ振り返っていく。




第3話 遊女屋いせ吉での初仕事
『ホタルの嫁入り』第3話は、天女島から出るために遊女屋のいせ吉で働くことになった紗都子が、初めての客として警視総監の息子・新渡戸と向き合う回だった。誠実に見えた相手が隠していた、もう一つの顔。そして、身請け話を前にした紗都子の選択。場面ごとに振り返っていく。
吹っ切れた紗都子
遊女になってほしい、という進平の頼みを受け入れた紗都子は、迷いを振り切っていた。「自分の置かれた状況が分かって 吹っ切れたわ」、「もっと情報や協力者を得るために 尻込みしてなんかいられない」。案内されたのは、飛び込みでも雇ってくれる最下級の遊女屋。本当に身請けができるほどの男性が来るのかと驚く紗都子に、進平は大丈夫だよと笑う。
店の人たちからは慕われている進平だが、遊女たちからは歓迎されていない様子。この男はいったい何者なのか、と紗都子が改めて考える場面も印象的だった。前の晩、紗都子は桶を投げつけたり、布団に入れなかったりしたことではなく、一晩中見張りをしてくれたことを謝る。そんな紗都子に、気にしてない、そんな照れ屋なところも好きだからと返す進平。相変わらずかみ合わない二人のやりとりが、序盤の空気を軽くしている。
第2話で、自分には生き抜く力がないと思い知らされた紗都子が、ここでは自ら遊女屋に飛び込む。家の中で守られてきた令嬢が、島のいちばん底から出口を探そうとする姿には、無力さを受け入れたうえで前に進む強さがあった。誰かに助けてもらうのを待つのではなく、自分で道を開く。その決意が、この回全体を貫いている。
花魁姿と一回きりの作戦
身なりを整えて現れた紗都子に、進平はすっごく綺麗だよと見とれる。そして、今から他の男のもとに行かせるなんて心が痛い、「一生俺が紗都子を独り占めしたい」とまで口にする。それでも二人の将来のためだと、客のもとへの挨拶へ向かう。
相手は警視総監の息子の新渡戸。ただ、島のほとんどの遊女屋から出入り禁止をくらっているという。酒癖が少し悪いだけで、酒は出さないようにしていると進平は言うが、今日は一回きりの作戦で、失敗したら終わり。いい客など滅多に来ない最下層の店で、紗都子は一度きりのチャンスに挑むことになる。気に入られなければ、隠れながらこの島で一生暮らすしかない。それも悪くないかも、常に危険にさらされることで紗都子にとって必要不可欠な存在になれる、とつぶやく進平の歪んだ愛情も、相変わらず怖い。
邪魔しないで
打ち解けることから始めようと、紗都子は相手の事情を想像する。警視総監の息子なら、普段の生活でも縛りや制約が多いはず。精神的な負担をお酒で発散しているのかもしれない。そんな作戦を練る紗都子に、気が乗らなくなってきた、やっぱりそいつを殺して、と言い出す進平。紗都子はついに声を上げる。
あなたが身請けされろと言ったんですよ。「何でも力で解決しようとせず」、「もっと自分の言葉に 責任を持ってください」。今回は私に任せて、あなたは邪魔しないで。「私は必ず生きて この島を出る」、「そして 結婚するの」。進平に頼り切るのではなく、自分の力で道を開こうとする紗都子の芯の強さが、はっきり見えた場面だった。
誠実な新渡戸と求婚
緊張していたのは相手のほうだった
いざ部屋に入ると、新渡戸は「美人を前にすると緊張してしまって」と照れる、思いのほか誠実な人物だった。普段は制約の多い仕事で、この場所が唯一の癒やし。だからこそ遊女にも、自分といる時間を楽しく過ごしてほしい。まともに女性と恋仲になったことがなく、酒を飲むうちに変な振る舞いをして煙たがられているのだろう、と恥ずかしそうに語る。
出入り禁止になるような人には想像がつかない、と紗都子は思う。自分も男性と話すことに慣れていないけれど、今の言葉で少し楽になった、と打ち明ける紗都子。不器用な者同士の会話が、少しずつほぐれていく様子が丁寧に描かれていた。
紗都子が相手の立場や心の負担を想像し、会話で距離を縮めていく様子は、第1話から描かれてきた分析好きな一面そのものだ。力で解決しようとする進平とは対照的に、紗都子は言葉で相手を理解しようとする。二人の戦い方の違いが、この場面でくっきりと浮かび上がっていた。
私が身請けしよう
高貴な香りがする紗都子に、なぜこの店で働こうと思ったのかと新渡戸は尋ねる。警察の仕事をしていると聞いた紗都子は、事情を打ち明ける決意をする。けれど、この島で起きたことは警察組織も手出しできないという。身請けされる以外に、女性が島から出る術はない。
そこで新渡戸が口にしたのが、私が身請けしよう、という申し出だった。しかも身請け代を返す必要はない、私の正式な妻になってもらいたい、一目惚れしてしまったようだ、と。体が弱いことを伝える紗都子に、国中の医者に診てもらおう、「私の手で君を守りたいんだ」。これほどの家柄なら父もきっと喜ぶ。断る理由が見つからない求婚だった。
屏風の裏のネズミ
ところが、ふと見ると屏風の裏に進平がいる。驚いた紗都子は、とっさに「ネズミがいました」とごまかし、屏風の裏にネズミが、と新渡戸の目をそらす。心配だよ、男と二人きりなんて、と言う進平を外へ追い出すやりとりは、緊張の中に笑いを挟むこの作品らしい場面だった。お願いお願いと食い下がる進平を、気が散るんですと突っぱねる紗都子。殺し屋と令嬢という物騒な組み合わせなのに、このやりとりだけ切り取ると、まるで姉と弟のようで微笑ましい。
それでも進平は、これだけは覚えておいてと言い残す。「紗都子を守る役は新渡戸じゃない」、「俺だから」。結婚の話は生き延びるための方便で、進平は大悪党だと割り切ろうとしながらも、助けてくれた人を放っておいていいのかと迷う紗都子の心の揺れも、さりげなく描かれていた。
酒で現れたもう一つの顔
すり替えられた水と酒
本題に戻ろう、と新渡戸が言いかけたところで、事態は一変する。水と酒をすり替えたのは、いせ吉の遊女たちだった。この程度なら料理番のしくじりで通る、酒であっちの人格が出たら、あの新人は朝まで部屋から出てこられないだろう。新入りを陥れようとする遊女たちの悪意が、あまりにも冷たい。
酒を口にした新渡戸は、さっきまでの雰囲気とは別人だった。親に厳しく育てられ、酒も女も知らないまま大人になった結果、欲望の発散の仕方が分からず、二人目の自分を作り出したのだという。周りが彼をしっかりさせすぎた結果という言葉には、新渡戸自身もまた家に縛られてきた人間であることがにじむ。
欠陥品という言葉
もう一つの人格は、紗都子の手術痕をあざけり、女として致命的だと言い放つ。さらに、この店は訳ありの遊女のたまり場で、「欠陥品ばかりでうんざりだ」と、遊女たちまで見下してみせる。身請け話をほのめかせば誰でもすり寄ってくる、そんな人たちを島から出したら風紀が乱れる、とまで言う姿に、見ていて胸が悪くなった。
一方で、新入りを陥れるために酒をすり替えた遊女たちも、この島で身請けを待ちながら生きてきた人たちだ。訳ありとひとまとめにされ、欠陥品と呼ばれる彼女たちの境遇を思うと、ただの意地悪では片づけられない重さも感じる。天女島という場所が、そこにいる人たちの心までむしばんでいるようだった。
警視総監の息子と、桐ヶ谷伯爵家の娘婿。どちらの肩書きも手に入れれば、もっと好きに動ける。結婚してやると言う新渡戸の前で、紗都子は考える。肩書きさえ良ければ父を安心させられる、どんな人であれ結婚しようと思っていた。けれど、「お父様はきっと望まない」、「こんな男との結婚を」。
第3話のまとめ考察
身請けを断る誇り
「身請けのお話は お断りさせていただきます」。今すぐここから出られるんだぞと迫る新渡戸に、紗都子はきっぱりと告げる。「桐ヶ谷家の名に下衆を連ねるわけにはいきませんので」。島を出る唯一の手段を自ら手放してでも、家の名と自分の誇りを守る。手術痕をあざけられても、紗都子は決して自分を安売りしなかった。
逆上した新渡戸の前に、闇の中から進平が現れる。「助けに来たよ」。「まずはその汚い手をどけろよ」。紗都子の言うとおり、こいつはもうやめにしよう、と身請けの作戦を手放した進平は、「妻を傷つける悪党はやっつけなきゃ」と新渡戸に向き合う。殺してはだめだと止める紗都子の声も含めて、二人の関係が少し変わった瞬間だった。これまで力で何でも片づけようとしてきた進平が、紗都子の言葉に従って作戦を手放したことには大きな意味がある。紗都子の言葉に責任を持てと言われた進平が、自分で口にした妻を守るという言葉を、行動で示そうとしていた。
第3話は、結婚を何よりの目標にしてきた紗都子が、初めて自分から結婚を断る回だった。父が望む相手と結婚することがすべてだった紗都子が、父ならこんな男との結婚は望まないと考え、家の名と自分の誇りで判断する。結婚への決意の中身が、ここで大きく変わり始めている。
一方の進平は、傷を負いながらも紗都子のもとに駆けつけ、もっと好きになってもらえる機会を手にする。殺し屋としての危うさと、紗都子への重すぎる愛情。その両方を抱えたまま、進平は紗都子を守る役は自分だと証明してみせた。
新渡戸の二面性は、厳しく育てられた人間が抱える歪みとして描かれていたが、それでも遊女たちを汚物のように扱う言葉は許されるものではない。誠実に見えた人が裏で人を見下していたという怖さと、殺し屋なのにまっすぐな進平。表と裏の顔をめぐる対比が、この回のテーマになっていたように思う。身請けという手段を失った紗都子が、これからどうやって島を出るのか、見届けたい。島を出る方法がまた一つ消えたいま、二人の次の一手がますます気になる。紗都子と進平の関係がどう変わっていくのかにも注目したい。




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