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第7話「リストアド・メモリー」は、この作品の前提が二つまとめて外れる回だった。第1話から続いてきた「ダストが少ないから弱い主人公」という設定は、少ないのではなく毎晩使い切っていたからで、その使い道が妹の記憶の書き換えだった。そして外へ出たいと言い続けてきた人の家には、外から来た子が最初からいた。




第7話「リストアド・メモリー」で起きたこと(要点だけ)
公式サブタイトルは第7話「リストアド・メモリー」。第6話までの、町の中で日常が続いていく感じが一気に壊れる回だ。まず起きたことだけ並べておく。
- 新小岩の一件のあともアラキは好調で、「いつもより笑顔が多い」と言われている
- 一方でステラの様子がおかしく、練習中も上の空になる
- ステラは風邪だと言って休み、オルガと二人でアラキの部屋を探る
- 出てきたのは鍵のかかった箱。アラキがこの家に貰われてきた日から持っていたもの
- 団地の雑談でアラキは自分の親について「覚えてない」「顔もどんな人だったかも」「写真はない」と答える
- ステラたちはアラキを問い詰める。「ダスト、なんでいっぱいあるの?」
- ステラは、新小岩の外で過ごした子供のころの記憶を毎日思い出していると打ち明ける
- 代わりに、五歳より前のアラキと過ごした記憶のほうが出てこなくなっている
- 自分の名前の書き方が違うこと、名字が別にあることも見つけていた
- アラキの能力は他人の記憶の書き換えで、ダストがいつも少なかったのは毎晩それに使っていたからだった
- アラキは「とにかく元に戻りたいんだ」と言うが、誰にも受け入れられない
- 落ち込むアラキにクルスが接触し、「二人でいれば外に行けるんだ」と連れ出す
- 最終盤、ポリスホッパーは五人で試合に臨む。そこへ相手チームが「新メンバー」を紹介する
「リストアド」は、復元された、という意味
英語の restored、つまり復元された記憶という題だ。ただしこの回で復元されるのは主人公の記憶ではない。妹の側に、消されていたはずのものが戻ってくる。しかも戻ってくると同時に、これまで本物だと思っていた記憶のほうが出てこなくなる。上書きされていたものが剥がれると、上書きしていたものが消える。題としてはこれ以上ないくらい正確だ。
鍵のかかった箱を、この家に来た日から持っていた
風邪だと言って休み、兄の部屋を探る
ステラは風邪ということにして練習を休み、オルガと二人で家探しを始める。先に探すのはスマホで、「ダメ、スマホなかった」「こっちも」「あとは? アラキの部屋だけ」という順番だ。妹が兄の部屋を荒らすところから後半が始まる。
出てくるのが鍵のかかった箱で、ステラが「覚えてる。この家に貰われてくる時、アラキが持ってたやつだ」と言う。この一言だけで、二人が松明家に貰われてきた側であることと、その日をステラが覚えていることが同時に置かれる。後半まで見てから戻ると、ステラがその日を覚えていること自体が、すでにおかしい。
「開けるなっていう警告か、早く開けろっていう警告か」
二人がためらう場面の言葉がいい。「開けたらもう戻れないかもしれない」「どこに? 今の自分に? 頭の中に?」。戻れなくなる先として、場所ではなく「今の自分」と「頭の中」が並ぶのがこの作品らしい。
そして箱の中から音がしている。「開けるなっていう警告か、早く開けろっていう警告か」「共犯なるよ」「ってもう鳴ってたか」。この時点でもう、この回の後半で起きることが全部言われている。警告は結局、両方の意味で正しかった。
団地の雑談が、そのまま証拠調べになっている
全員が、自分の家族について何か言える
中盤に、事件と関係なさそうな雑談が長めに置かれている。買い出しの相談から始まって、前に住んでいた人と息子の大喧嘩の思い出(「学校を勝手に辞めて働き出した時のやつ」「団地中声響いてたもんな」「このバカ息子アホーって」)、そこから「母さんが何を考えてるのか色々分かったし」という総括まで出てくる。別の子は「母ちゃんうるさい」から姉の人数ぶん文句を並べ、「おばあちゃんは?」に「一番強い」と答える。
全員が、自分の家族について具体的に何かを言える。そのうえで話がアラキに向く。「アラキんとこは一緒に暮らしてるの親戚の人だもんな」「ステラだけでも残ってくれててよかったな」「親御さんどんな人だった?」。返事が「覚えてない」「顔もどんな人だったかも」、「写真は?」に「ない」。
書き換える側が、自分の親を覚えていない
いちばん和やかな場面で、この人のところにだけ何も出てこないことが確認される。そして後半で分かるとおり、この人は他人の記憶を書き換えられる。書き換える力を持っている人間が、自分の親を一つも覚えていない。
第7話はここを説明しないまま終わる。妹の記憶を上書きした犯人であることは明かされるのに、その人自身の記憶が誰にも触られていない保証は、この回のどこにも出てこない。疑ってよい場所として置かれたと考えるほうが自然だと思う。
主人公が弱かった理由が、そのまま隠していたことだった
ダストが少ないのではなく、毎晩使い切っていた
この作品の主人公は、第1話からずっと「ダストの総量が少ないので戦力としては弱い」という設定で来ていた。自信がなく、引っ込み思案で、劣等感を抱えている理由の土台がそこにある。
第7話で分かるのは、その前提のほうが嘘だったということだ。問い詰める側の台詞が「ダスト、なんでいっぱいあるの? 本当は私たちと同じくらいあるの?」で、種明かしが「だからダストの残量もいつも少なかったんだよ。毎晩みんなが寝てる間にやってるから」。少ないのではなく、毎晩使い切っていた。七本かけて積み上げてきた「弱い主人公」の弱さが、そのまま隠していたことの請求書だったことになる。
第2話で判明した能力の、下にもう一段あった
この作品は第2話で、アラキの能力は「ダストの動きを誰よりも早く、少し先まで見る」先読みだと説明していた。第6話でも、逃げたまりもの居場所を掴むのにその力を使っている。ところが第7話で足されるのが「他人の記憶を書き換えられるなんて、相当すごいよな」だ。
しかも書き換えは一回では終わらない。問い詰められたときのアラキの反応が「え? なんで? ちゃんと毎晩やってたはずだ」で、これは否定ではなく自白になっている。能力の使い方ではなく、毎晩それを続けてきたという運用のほうが露見している。
一日休んだだけで、全部ほころびる
起点は、一日だけ休んだ日
ほころびの起点も本人が特定している。独白が「やっぱりあの日、寝ちゃった日」「休まずに、これまで通りやってれば」。第5話でアラキは部屋から出てこず、夜の招集にも顔を出さなかった。力を使い切って眠ってしまった、その一日である。たった一晩休んだだけの穴が、そのまま何年ぶんもの上書きを崩している。
この作品はここまで、アラキの善意をきちんと描いてきた。第6話は、水が苦手なまりもの逃亡を追う側ではなく手伝う側で通した回だ。その善意が、ここで全部裏返る。人のために動く姿を積み上げてきた相手が、その裏で妹の記憶を書き換え続けていたという構造になっている。
「俺にも分からないんだ」しか出てこない
問い詰められたアラキの言い分がこうだ。「俺にも分からないんだ。なんでこうなっちゃったのか。ずっとこのままでいるはずだったのに」「なんで、どうしてって、そういうことばかり考えちゃって」「とにかく元に戻りたいんだ」。返ってくるのは「絶対嫌」の一言だ。
ここが読んでいていちばんきつい。加害の自覚がないのではなく、動機の説明を本人も持っていないという描き方になっている。そのうえで出てくるのが「元に戻りたい」で、元に戻すというのは、妹の記憶をもう一度書き換えるという意味にしかならない。本人はたぶんそこまで考えていない。だから「自分がやったことがどれだけ悪いことなのか分かってないの」と言われる。
「この写真は私が撮ったの」とステラが突きつけたもの
五歳より前が、全部別のものになっている
ステラの側の訴えは具体的で、だからきつい。「新小岩の外で過ごしてる子供の頃の記憶を見るの。隣には知らない男の人と女の人がいて、アラキはいないの」。そして「これまで思い出せてたアラキと過ごしてた子供の頃の記憶が思い出せなくなってるの」「何にも出てこないんだよ!」「五歳より前のアラキとの思い出、それが全部、別のものになってるの」。
決め手として出すのが、自分の名前だ。「私の名前は、星に光って書いてステラ」「本当はこう書くんだよ」と書いて見せ、名字が別にあったこともずっと忘れていたと言う。書き換えられていたのは思い出だけではなく、自分の名前をどう書くかまでだったことになる。
兄妹に出会いの日があること自体が、証拠になっている
そのうえで写真を突きつける。「この写真は私が撮ったの! だから私は写ってないの」「この人たちは誰なの」「どうして私は懐かしい、会いたいって思うの」。写っていないことが、そこにいた証拠になるという言い方だ。
いちばん静かに刺さるのは「どうしてアラキはこれをくれた日、私のことを知らなかったの」だ。回想で流れるのは「君も好きなんだね、飛行機」「これあげる。二つ持ってるから」という、ただの出会いの場面である。兄妹に出会いの日があること自体が、証拠になっている。ステラの結論が「兄弟どころか、私はこの街の人間でもなかったし」で、周りの反応が「どんな事情でも、よその子を自分の妹にするなんてやっちゃダメでしょ」「父ちゃん母ちゃんのこと忘れたくないよ」。
この回で理由を訊かなかったのは、クルスだけだった
何があったかを訊く前に、怒る側に回る
全員に拒まれたアラキのところへ来るのがクルスだ。第一声が「どうしたの、ひどい顔。何かされた、言われた。誰だよアラキをこんなに落ち込ませたやつ。僕がやっつけてやるよ」。何があったかを訊く前に、怒る側に回っている。
アラキの問いが「クルスは何でいつも俺のことを構ってくれるの。俺、お前に嫌な顔ばかりしてるのに。嫌いになるだろ普通」。返事が、友達になりたいと思うことに理由なんて要るのか、という反問と、「僕にとってはそれがアラキだったんだ。それだけ」。
この回、アラキに理由を求めなかったのはこの人だけだ。妹も、幼馴染も、チームの仲間も、全員が「どういうつもり」「どんな事情でも」と理由を問うている。問われた本人が「俺にも分からないんだ」としか言えない場面のすぐあとに、理由を一度も訊かない相手が現れる。順番として、これほど効く配置もない。
「二人でいれば外に行けるんだ」
そのうえでクルスが出す申し出が、この作品の一番の願いに直接触れてくる。「でも二人でいれば外に行けるんだ」。根拠も本人なりに説明される。「アラキもこれ持ってるでしょ」「持ってるはずだよ、頭の中に。だから、特殊なラムスが備わってるはずだ」「僕、アラキにはずっと共鳴するものを感じてたんだ」「理屈は知らないけど、この欠片があれば、僕たちは一緒に外に行けるんだ」。
アラキは第1話から町の外に出ることを夢見ている人物だった。その願いに対して、七本かけて誰も答えを出していない。研究者は力の実験をし、出資する側は「ダストを町の外へ持ち出せるようにする」ことを期待している。大人が事業として狙っていたことを、一番遠ざけられていた子どもが先に実演してみせたことになる。
外に出られない町は、実在の町でできている
ここで効いてくるのが、この作品の舞台の作り方だ。第6話のサブタイトルは「シン・シンコイワ」、第5話までの試合会場には亀有の立体駐車場が出てくる。視聴者が実際に歩いて写真を撮れる程度には、この町は地図の上にある。
だからこそ「外に行けない」という設定が奇妙に響く。電車で一駅の距離が、この子たちにとっては越えられない線になっている。そして今回いちばん重い事実が、その線の外から来た子が、ずっと隣に住んでいたということだ。外へ出たいと言い続けてきた人物の家に、外から来た人間が最初からいた。しかもその記憶を消していたのは本人である。
まとめ|「おいでよ」が、二度目に鳴る
「私も外に行くって決めたんだし」が裏返る
冒頭のステラの台詞を拾っておきたい。様子がおかしいのを心配されたときの返事が「ごめん、ちゃんとする。私も外に行くって決めたんだし」だった。この時点では、チームの目標に自分も乗るという意味でしかない。ところが回の終わりに分かるのは、この人はもともと外から来たということだ。外に行くと決めた人が、実は外にいた人だった。一本の中で、同じ言葉の意味が裏返っている。
この回で「外」という言葉は三回、別の意味で使われる。ステラの決意としての外、ステラが思い出した「新小岩の外」、そしてクルスが言う「二人でいれば行ける外」。同じ一語が、目標から出自を経て誘いに変わる。副題が記憶の復元である以上、この並べ方も意図的だろうと思う。
五人で始めた試合に、六人目が出てくる
締めは試合の場面だ。「どうする、今日くらい休ませてもらっても」に対して「私はやりたい」、そして「もう五人なんだよ、このチーム」。欠員のまま始めることを、言い訳ではなく宣言として言っている。相手は、クルスのいるディアボリック・ゴースト。
「これで? 一人足りなくない?」「足りなくない、始めてください」で試合が始まりかけたところに、相手側が「うちに新メンバーがいるんだ。紹介するね。おいでよ」と割り込む。出てくるのがアラキだ。
この「おいでよ」は二度目である。一度目は、絆が軋んだ夜にクルスが言った「僕なら大事にしてあげられる。一緒にいればすごい力を出せるんだ。だから、おいでよ、僕のところに」だった。あのときは断られている。同じ言葉が、今度は勧誘ではなく紹介として使われる。断られた台詞が、二度目には通っている場面から次回が始まる。弱い主人公という前提を外し、妹という関係を外し、最後にチームまで外して、ようやく八本目に入る。




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コメント
使い切って寝てしまったのは5話ですよ
ありがとうございます(‘ω’)ノ
確認して書き直しますね