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『かけ恋』第9話「ひとり」は、失くしたはずの栞が戻り、そこに書かれていた願いが読めてしまう回だった。ただし並んでいた六つは、この作品が第1話から一つずつ通ってきた道でもある。それを読んで「できてないじゃん」と泣いた人こそ、その全部の場に居合わせていた。そして屋上では、今年いっぱい命が持つ確率が5%だと告げられている。副題の一語が指しているのは、ひとりでは叶わない願いを、ひとりで書いていたという事実のほうだ。




屋上で渡された数字は、死ぬ確率ではなかった
聞いたほうと答えたほうで、5%の意味が正反対だった
今回の口火を切るのは、病院の屋上で煙草に火をつける主治医である。「言っとくけどここ喫煙スペースだからね」に空野が「君がいる方が悪い」と返され、副流煙を持ち出せば「じゃあ少しの間息を止めてくれると助かるね」といなされる。会話の主導権は最初から向こうにあって、空野はただ質問する側に置かれている。
そのうえで空野が絞り出すのが「冬月のがんは治るんでしょうか」だった。返ってきたのは「5%ってとこかね」。ここで空野は確認する。「死ぬ確率ですか?」。医師の答えは「いや」で、そのあとに置かれるのが「今年いっぱい命が持つ確率」である。同じ5%でも、聞いたほうが想定していた意味と、返ってきた意味は正反対だった。悪いほうに構えていた人間が、それよりずっと悪いものを受け取っている。
この医師は一度も慰めていない
数字を置いたあとに続く一言が「まあ治すけどね」で、そこで煙草を消して立ち去る。言い方は最後まで軽いのに、内容は一度も甘くない。5%と言った本人が、その5%の側に立つと宣言している形でもある。この短い場面で、この作品はようやく病状に数字を与えた。
第8話の時点では、視聴者に見えていたのは「もう3回目ですからね」「あと2週間ぐらいしたら病室から出られなくなります」までだった。残り時間の長さは誰も口にしていない。それが今回、当人のいない屋上で、当人以外に向かって告げられる。順番として最初に受け取ったのが家族でも本人でもなく、数か月前に振られたばかりの同級生だという配置が、この回のねじれの起点になっている。
なお今回は病院内の描写そのものについても指摘が集まっている。喫煙の場所、マスクの有無、点滴の扱いなど、実際の病棟を知る人ほど引っかかる要素が多い回だった。
記憶の欠落に、医学の外側から説明がつく
第7話が置いた答えを、第9話の医師が取り下げる
空野の質問は「そもそも癌で記憶がなくなったりするものなんですか?」だった。答えは脳に転移があればゼロではない、というものだが、そこに但し書きが付く。「ただ冬月さんの場合、癌の転移先は肝臓」「本来記憶を失うことはまずないね」。第7話で明かされた頭の腫瘍と網膜への転移に、ここで三つ目が足された。第8話の「もう3回目ですからね」という数え方が、これでようやく埋まる。
続いて医師が挙げるのがケモブレインである。「抗がん剤治療を始めると記憶が混濁することがある」「昨日のことが思い出せない」「頭がぼーっとする」。この語は第7話の回想の最後に本人の口から出ていて、視聴者はそこで説明を受け取ったつもりでいた。ところが医師は「冬月さんの場合、ケモブレインの症状とは違うんだよね」と続ける。七話で配られた答えが、九話で作品自身の手によって取り下げられている。
医師が勧めているのは治療ではない
代わりに出てくるのが「病気や薬が原因ではないと思うんだ」「何か精神的なもの」「自分で記憶に蓋をしてるとでも言うのかな」である。そして最後に置かれるのが「記憶を刺激したら何か起きるかもって感じかな」「試してみるかい?」だった。専門家が差し出したのは処方ではなく、素人にできる実験の提案である。空野の返事は「教えてください」で、この一言から今回の行動が全部起動する。
見方を変えれば、これは医療の側が匙を投げた場面でもある。原因が病気でも薬でもないなら、医師にできることはない。だから患者の同級生に向かって「試してみるかい」と言った。責任の所在があいまいなまま、いちばん動機のある人間に鍵が渡されている。
何も知らない人が、いちばん話を前へ進める
事情を知らないまま、解決策の名前を先に言う
大学のテラス席で抜け殻になっている空野に声をかけるのが琴麦先輩である。「なんとか先輩」と呼ばれて「ずいぶん曖昧だな」と名乗り直すあたりから、この人の距離感は最後まで変わらない。事情を聞いて「彼氏だったらそばにいてあげなよ」と踏み込み、「振られました」と返されても引かず、「泣きそうになるからやめてくれ」と言われたところで話題を変える。その変え方が「辛い時は花火だよ」だった。
空野の反応は「何の話だよ」である。当然で、この人は冬月の病気も記憶のことも何ひとつ知らない。それでも、この回の後半で空野が選ぶ答えの名前を、いちばん先に口にしたのはこの先輩だった。知らない人の雑談が、知っている人の行き詰まりを外から動かしている。
制度の愚痴が、そのまま設計図になる
続くのはキャンセル料でもめている話だった。花火師は作ったものを全部買い取れと言い、学祭実行委員会は使い回せるのだから設置費用しか払わないと言う。第5話で雨に流された花火は、まだどこにも行かずに残っている。そのうえで打ち上げの許可の話になり、抜け道が具体的に語られる。2号玉50発、3号玉15発、4号玉10発、途中にナイアガラや仕掛け花火を挟んで計3分、総数75発ぶんの火薬量までなら無申請でできる、と。
この回でいちばん実務的な情報が、いちばん関係のない雑談から出てくる。しかもそれは板挟みの愚痴として語られていて、本人は誰かを救う気で喋っていない。第5話で一度も上がらなかった花火を、もう一度上げられるかもしれない条件が、こうして机の上に置かれる。
栞は、ずっと拾われて持ち歩かれていた
帰ろうとした空野を止めるのが「これってさ、君の彼女さんのじゃないの」だった。第3話で強い風に飛ばされて建物の向こうへ消えた黄色い栞が、研究会のプレハブ前に落ちていた。「点字のしおりって、あの子のかなって」「見かけたら渡そうと思ってたけど、入院しているなら君に渡しておくよ」。落とし物は、落とした本人が忘れた後もずっと誰かの手の中にあった。
空野の反応は先輩に抱きつくほどで、「マジ感謝っす」と叫んで走り出す。第3話の冬月は、飛ばされた栞について「書いてあったこと覚えてるからいい」と平然としていた。あの平然さの中身が何だったのかを、いま初めて他人が読める状態になっている。
図書館で一文字ずつ読んで、「できてないじゃん」と泣く
冗談として流していた一言を、思い出す
図書館に駆け込んだ空野が探すのは点字の辞書である。走って注意され、書架を見渡し、検索用のパソコンにたどり着く。その最中に蘇るのが、かつて冬月が言った「死ぬまでにやりたいことリスト」と「人間いつ死ぬとも限りませんよ」だった。空野の受け止め直しがはっきりしている。「あれは多分冗談じゃなかった」、そして「もしかしたら冬月は不安と戦っていたのかもしれない」。
机に辞書と栞を並べ、ノートに一文字ずつ書き写していく。人が減り、日が傾き、それでも手は止まらない。見えない人が書いた文字を、見える人が辞書を引いて読むという逆転が、この回でいちばん静かな山場になっている。第3話の時点では読める人がどこにもいなかった紙が、数か月遅れで読まれる。
並んでいたのは、どれも特別ではない願いだった
解読された項目は、飲み会に行く、サークルに入る、友達を作る、買い物に行く、花火をする、恋をする、の六つである。世界を救う願いも、目が見えるようになりたいという願いも、ひとつも入っていない。書かれているのは、同じ年の学生なら誰でも一年目に済ませてしまうようなことばかりだった。
読み終えた空野は机に突っ伏し、静かな図書館に泣き声を響かせる。そこで出るのが「できてないじゃん」だった。続けて第5話のテラス席が思い出される。「自分たちで打ち上げ花火とかできたら素敵だろうなって思うんです」「特別な日になるだろうなって」「一生の思い出というか」。そこから立ち上がって「叶えてやればいいじゃん」「諦める必要なんてないじゃん」と言い、電話をかけながら「花火をしよう」で決まる。
リストの項目は、この作品がすでに通ってきた道だった
六つのうち、四つはもう画面に映っている
ここが今回いちばん残酷な仕掛けである。飲み会に行くは、二人が出会った第1話の新歓コンパそのものだ。友達を作るは、入学式で出会って以来ずっと隣にいる早瀬がいる。買い物に行くは第4話で済んでいて、しかも本人がそれを「デート」と呼び直している。恋をするに至っては、第6話でキスをして告白動画まで届いており、第8話の副題が「恋心」だった。リストの半分以上は、視聴者がすでに見届けた出来事である。
残る二つも、まったく手つかずではない。サークルに入るは第6話で「あのサークル入りたいな」と口に出し、「一緒に入ろうか」「約束ですよ」まで進んで止まっている。花火をするだけが、第4話で花火を買い込んだのに第5話の学祭で雨に流され、はっきり未達のまま残った。六つのうち本当にできていないのは、花火ひとつだけだと言っていい。
「できてないじゃん」と泣いた人が、その全部に立ち会っていた
そして四つの現場には、全部この人がいた。コンパで声をかけられ、買い物に連れ出され、サークルに誘い、キスをされている。叶ったことを証言できる人間が、いま図書館で叶っていないと言って泣いている。自分の一年をそのまま読み上げているのに、それが答え合わせだと気づいていない。
気づけない理由もはっきりしている。書いた本人が、その一年ぶんを覚えていないからだ。叶えた側と叶えられた側の両方がそろって初めて、あれは叶ったと言える。片方が記憶をなくした瞬間に、済んだはずの項目は未達に戻る。空野が選んだのが残った一つの花火だというのは正しい選択なのだが、彼はそれを「まだ何も叶っていない」という前提で選んでいる。
母は、ひとりで笑うと決めている
読み聞かせの筋書きが、この回の願望そのものになっている
病院のキッズルームで読まれるのは、お姫様が果実を一口食べて涙を流し、魔法が解け、ようやく王子様に大好きですと伝えられる、という話だった。解けてほしい魔法と、伝えられていない気持ちが、そのまま子供向けの物語として読み上げられている。その横でピアノの椅子に座っている冬月は、つらそうに肩で息をしている。空野が「大丈夫?」と聞き、「大丈夫です」と返ってくる。翌日から彼女は来なくなる。
この場面に重なる空野の独白が「僕は人に依存しないと思っていた」「それは自己防衛に似た諦めに近くて」「その根っこにあるものが、こんなにも必要だったのかと自分でも驚いている」である。第6話で明かされた両親の離婚と、第8話の「人に執着のなかった僕が」の続きにあたる。執着しない性格ではなく、そういう構えをしていただけだった、と本人が言い直している。
記憶の蓋は、空野にだけ向けられたものではなかった
病室の前で鉢合わせた母親と、談話室で話すことになる。空野が名乗って同じ大学の同じ学科だと言うと、母は前のめりになって「やっぱりあの子大学に通ってたわよね」と確かめる。理由が重い。「あの子入院してから、私は大学なんか通ってないの一点張りで」「私の方がどうかしちゃったのかしらって」。第8話で空野が言われた「私、大学行ってませんよ」は、まったく同じ形で母にも向けられていた。
これは大きい。記憶の欠落を空野への拒絶として読むこともできたが、この一言でその線は細くなる。娘は自分を育てた人にも同じ答えを返していて、しかもその結果、母のほうが自分の正気を疑いかけている。蓋をされているのは特定の誰かではなく、大学という時間ごとらしいと分かる。
頼まれたのは、治すことでも励ますことでもない
「辛くないですか、お母さんこそ」と聞かれた母の答えが、この回の芯のひとつになっている。「辛いですよ」「なんで強い体に産んであげられなかったんだろうって、悔やまなかった日はないです」。そのうえで続くのが「けど、私が辛い顔してたら、あの子が可哀想じゃないですか」「どうせ乗り越えなきゃいけないことなら、隣で笑ってあげないと」だった。辛くないとは一度も言わず、辛いまま笑うと決めている。
そして依頼が来る。「あの子のそばにいてあげてほしいの」「辛いかもしれないけど、笑ってそばにいてあげてほしいの」。注文されているのは、治すことでも希望を持たせることでもなく、笑って隣にいることだけである。空野は「分かりました」と答える。この回の終わりに彼がやることを思うと、この安請け合いは効いてくる。
髪を切る理由が、もう自分のためではない
切って捨てるのではなく、寄付する
母の膝の上にあったハサミの説明が続く。「髪の毛を切るんですって」「そろそろ薬の影響で抜けちゃうからって」。空野が「長くて綺麗な髪だったのに」と惜しむと、母は「けど、切って捨てるんじゃないのよ」と受けて、ヘアドネーションの説明をする。病気で髪を失った子供たちのために、ウィッグを作って無償で配る活動がある、と。抜ける前に自分から切るという判断が、そのまま誰かへの贈り物に変えられている。
ここで空野が言うのが「だったら自分用のウィッグにすればいいのに」で、母は首を横に振る。「小春も昔髪が抜けて悲しかったから、そんな子供たちのために髪の毛を送りたいって」。自分のぶんを作らないという選択を、経験者が経験を理由にして選んでいる。空野の受け止めも素直で、「確かに、確かに冬月さんはそんなこと言いそうですね」と返し、母は「言うのよ」「親バカかもしれないけど、よくできた娘だと思う」と締める。
その髪が無くなった姿を、本人だけが見られない
この会話が効いてくるのは、少しあとの病室である。次に空野が入ったとき、冬月の髪はもう短くなっている。切ったあとの自分を確かめられないのは、寄付を決めた本人だけだ。美談として置かれた選択が、そのまま次の場面で本人の痛みに接続する組み方になっている。
母の側から見れば、娘が娘らしいことをしたという話でしかない。実際そう語られているし、そこに嘘はない。ただ、その髪を誰かのために送ると決めた日と、抗がん剤で抜け始めると告げられた日は同じ週の中にある。よくできた娘だと言う声と、鏡の代わりが手触りしかない人の不安が、隣り合わせで置かれている。
病室に入ったのは、誰の役割だったのか
本人が自分でストーカーだと言っている
病室の場所を知っている理由が、そのまま独白で明かされる。「この前、ふらついている冬月が心配で、声をかけないまま病室までついていった」「ストーカーになったみたいで、自分で自分が怖くなったけど」「冬月の部屋がわかる」。この作品は主人公の行動をきれいに見せず、本人の口で名前をつけさせる。第8話の「人に執着のなかった僕が」と同じやり方である。
今回の入室そのものは、母の「今小春寝てるかもしれないけど」「入る前にマスクと手の消毒お願いね」「小春をよろしくね」を受けてのものだった。手続きとしては母の許可がある。ただし、この病室の主から出ている最後の意思表示は、第8話の「私を忘れてください」である。家族の許可はあるのに、本人の許可だけがない。
最初に伸びた手はナースコールだった
眠っている顔を見て「白雪姫みたいだ」と思い、「この安らかな時間が、ずっと続けばいい」と願い、窓を閉めた音で起こしてしまう。目を覚ました冬月はまず「お母さん、窓を開けてていいよ」と言い、返事がないので「すみません、看護師さんですか」と続ける。空野が名乗ると、手はナースコールへ伸びる。名乗られるまで、部屋にいる誰かは不審者でしかない。この一手が、見える側と見えない側の非対称を一瞬で見せる。
続くやり取りも噛み合わない。「なんで勝手に入っているんですか」「最近顔を見せないから心配しただけだよ」「この前もう忘れてくださいって言ったのに」「いいじゃんお見舞いぐらい」「お母さんに頼まれてるし」。断られた人が、断っていない人の名前を出して居座っている。そして「どうしたら忘れてくれるんですか」が返る。
自分がどうなっているか、手触りだけで想像する
体調の説明は容赦がない。「きついですよ」「最近水を飲んでも吐いちゃうんです」「だから点滴してもらっていて」。副作用の中身も自分から並べる。「白血球の数とか少なくなって、口内炎だらけになりますし」「来週くらいには髪の毛が抜け始めるんじゃないかって先生が」。そのうえで背を向けて言うのが、この回でいちばん重い一言だった。「それが一番嫌なんですよね」「私、目が見えないから、自分がどうなっているかわからないんです」「手触りだけで想像するのって」。
見える人なら鏡で確かめて、ひどい顔だと笑うこともできる。彼女にできるのは指先で輪郭をなぞって想像することだけで、想像は実物より悪いほうへ膨らむ。しかもその髪は、見ず知らずの子供のために送られる予定になっている。他人のための決断と、自分についての不安が、同じ髪の上で重なっている。
泣き出した背中に、空野は一度手を伸ばして止める。ためらってから「大切に思う人が目の前で泣いていて、何もしないのは嫌だ」と決めて、ベッドの縁に座って背中をさする。第6話で「障害があるからって無理だって言うの?」と叱られ、「いきなり迫ったりしたらそれこそ恐怖じゃん」と答えた人の、その後の手つきである。触れる前に一拍置くようになったこと自体は、確かな前進だった。
「あと2ヶ月ちょっと」と言えてしまう距離
子供のための企画ということになっている
図書館の解読から一週間後、空野が電話をかけた相手は早瀬だった。理由は「打ち上げ花火なら学祭委員の早瀬だなって」で、早瀬のほうも「小春ちゃんのためなら空野君に頼まれなくったってやるけどさ」と即答している。琴麦先輩も動いていて、「普段ひょうひょうとしてるくせに、まさか子供花火を実現しようとしてくれるなんてね」と評される。雑談として語られた花火の余りと制度の抜け道が、一週間で企画の形になっている。
キッズルームでは子供たちが花火の絵を描き、鳴海が関西弁で型物花火の説明をして反応を持っていかれる。早瀬の「この子たちにも素敵な花火の思い出、作ってあげられるよね」に空野は「うん」と答え、続く「小春ちゃんの記憶、戻るといいね」にも「うん」と答える。そして独白が入る。「この花火で冬月の記憶の蓋とやらが外れてくれれば」。子供のための企画ということになっているが、発案者の目的は最初から一つしかない。
屋上で数字を聞いた人が、2か月後の予定を差し出す
病室での提案は丁寧に始まる。「大学でさ、子供花火って企画があるんだ」「病院ボランティアの一環で、子供たちの絵を花火にしようって」「そこで相談なんだけど、冬月も絵を描かない?」。そこまでは誘いだった。壊れるのはその次である。「今日子供たちが描いた絵を花火会社に送るんだけど、いろいろ準備が必要で打ち上げは9月末なんだ」「だからさ、だから頑張ろうよ」「あと2ヶ月ちょっと」「それまでには体調良くなるぞって目標にしようよ」。
同じ回の冒頭で、彼は今年いっぱい生きている確率が5%だと聞いている。それを聞いた人間が、2か月先の日付を目標として差し出した。言った側には希望でも、言われた側にはただの期限になる。しかも相手は第8話の時点で「あと2週間ぐらいしたら病室から出られなくなります」と自分で申告していて、いまその予告どおりに病室から出られなくなっている。冬月の返事は「なんで」「なんでそんなこと言うんですか」だった。
ここから彼女は初めて声を荒らげるのだが、その先はエンディングの音に重なって聞き取れなくなる。副題が出るのはその瞬間である。最後の言葉を最後まで聞かせないまま、この回は題名だけを見せて終わる。
ひとりでは叶わない願いを、ひとりで書いていた
六つの項目に共通するもの
副題は「ひとり」である。栞に並んでいた六つを見返すと、飲み会も、サークルも、友達も、買い物も、花火も、恋も、ひとつとして一人では成立しない。相手がいて初めて叶う願いばかりが、誰にも読めない点字で、一人きりで書かれていた。目が見えなくなってから書いたものだとすれば、書いている間ずっと、その紙は本人以外の誰にも読めなかったことになる。
そして今回、その紙をようやく読んだ人間が出た。読めるようになった代わりに、書いた本人が読んだ日々を覚えていない。叶えた記録は残っているのに、叶ったと言える人が片方しかいない。副題の一語は、孤独の描写というより、この状態の名前として置かれているように見える。
全員が一人ずつ動いていて、誰とも合わせていない
この回の人物は、みな一人で何かを引き受けている。主治医は屋上で一人で煙草を吸いながら数字を告げ、母は一人で辛いまま笑うと決め、冬月は一人で髪を切って一人で記憶に蓋をし、空野は一人で図書館にこもって泣く。向いている方向は全員同じなのに、誰も相談していない。だから善意がそのまま噛み合わず、いちばん動いた人がいちばん相手を追い詰める。
母が頼んだのは「笑ってそばにいてあげてほしいの」だった。空野がやったのは、目標を立てさせることである。同じ日に受けた注文と、実際にやったことが、そもそも別の種類だった。花火という選択自体は正しい。本人が書いた願いで、まだ叶っていない唯一のものだからだ。間違っていたのは中身ではなく、それを「2ヶ月頑張る理由」として渡したことのほうである。
第8話の副題が「恋心」で、この回が「ひとり」だった。気持ちの量は増える一方なのに、二人の距離は開いていく。栞が戻ってきて、願いが読めて、花火の当てまでついたのに、当の相手には届いていない。手札が揃った回であることと、いちばん遠い回であることが、同時に成立している。




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