この記事の作品:
子どもをかばって命を落とした29歳の優秀なサラリーマン、八神彰。目を覚ますと、彼は異世界でゴブリンになっていた。寿命わずか7日の種族の中で、なぜか彼だけが「人間80年」のスキルを持っている。仲間を見送り、スキルを受け継ぐ日々、魔王から託された弱肉強食、そして村を救うための騎士団との交渉まで、第1話を場面ごとに一つずつ丁寧に振り返る。




残業の夜と、子どもをかばった最期
『転生ゴブリンだけど質問ある?』がついに始まった。主人公は、仕事のできる29歳のサラリーマン、八神彰。子どもをかばって命を落とした彼が目を覚ますと、そこは異世界で、自分はゴブリンになっていた。第1話は、前世の最期からゴブリンとしての暮らし、そして村の危機を救う人間との交渉までを一気に描く、密度の高い幕開けだった。
「新人は失敗して当たり前」
物語は、夜のオフィスから始まる。後輩の失敗のせいで遅くまで残業することになった八神は、謝る後輩に「新人は失敗して当たり前」と声をかける。大事なのは、そこから学んで同じ失敗を繰り返さないことだ。叱るよりも先に、次につながる言葉をかけるところに、彼の人柄がよく出ていた。
後輩がこの日、彼女の誕生日と付き合い始めて1周年の記念日を迎えていると知ると、八神は「お前もう帰れ」と言い切る。残りは自分一人のほうが早い。そんな日に彼女を一人にするな、と。部下の失敗を引き受け、私生活まで気づかう先輩という姿が、たった数分で印象に残った。
その夜、後輩の彼女と後輩がお詫びにやってくる。差し入れを受け取った八神は、二人の邪魔をしないよう、理由をつけて別の道から帰ろうとした。その気づかいが、結果的に彼の運命を変えることになる。
「80までは行きたかったな」
帰り道、トラックの前に飛び出した子どもを、八神はとっさにかばった。子どもは無事だったが、八神は助からない。薄れていく意識の中で、彼は自分の人生を振り返る。見送られるよりも見送るほうがいい。自分のことで誰かに悲しまれるのはつらい。そう考えるところにも、最後まで他人を思いやる性格が表れていた。
「まだ29だぜ」。日本の平均寿命は80歳。せめて「80までは行きたかったな」。そして、死んだら仕事で身につけたスキルが全部無駄になってしまうことを惜しみ、後輩の高橋にスキルを渡せたらと願う。生きたかった時間と、残したかったもの。この二つの心残りが、転生後の彼の力にそのまま結びついていく構成がうまい。
次に目を覚ましたとき、八神の肌は青くなっていた。周りにいるのはゴブリンたち。空から降ってきたのだという。トラックにはねられて死に、ゴブリンになった。自分の状況を飲み込んだ彼の一言が、作品の題名につながっていくのも楽しい。
ゴブリンとして生きる日々
ゴブリンに転生して1か月。周りはゴブリンだらけだが、自分もゴブリンなので、同じ社会の一員として何の問題もなく暮らしていた。
寿命7日の種族と「人間80年」
この1か月で、八神はゴブリンという種族についていくつものことを知った。繁殖力がとても高い一方で、寿命はわずか7日間ほどしかない。めちゃくちゃ産んで、めちゃくちゃ短命。彼はそれを「ウサギとセミを掛け合わせたような種族」とたとえる。言い得て妙だと思わず笑ってしまった。
さらにゴブリンは、生まれつき一つのスキルを持っている。そして自分が死ぬとき、そのスキルを看取ったゴブリンに託すことができる。ただし、どれだけ受け継いでも、次に託せるのは自分が生まれたときに持っていた一つだけ。仲間に囲まれ、楽しく過ごせて幸せだったと笑って逝くゴブリンの姿は、短い命を受け入れた種族の死生観をよく表していた。
八神が生まれ持ったスキルは「人間80年」。文字どおり、寿命が80年になるスキルらしい。7日で寿命を終える仲間たちを見送り続けた結果、受け継いだスキルは200を超えていた。前世で願った80年の寿命と、誰かにスキルを渡したいという思いが、ゴブリンの体で形を変えてかなえられている。
それでも、死んで渡せるのは人間80年だけ。もったいない気もするが、それは80年後に考えればいいか、と八神は前向きだ。ゴブリンは眠る必要もなく、味覚も人間だったころとほとんど変わらない。森に囲まれた村で、彼はすっかりこの体に慣れていた。
森の散策で果物をかじりながら、のんびり過ごす八神の姿は、夜遅くまで残業していた前世とは対照的だ。仲間に囲まれ、慕われる穏やかな日々。けれどその日常は、ある出会いをきっかけに大きく動き出す。
魔王から託された「弱肉強食」
森の中で、八神は深い傷を負った男を見つける。すぐに、受け継いだスキルの一つ「ヒール」で治療を始めた。男は自分を恐れないのかと問うが、八神は怪我人に魔王も何もないと返す。その男は、本物の魔王だった。それでも態度を変えずに治療を続けるところが、いかにも八神らしい。
けれど、全力でヒールをかけても傷はふさがらない。魔王は、自分の怪我は誰にも治せない、そういう生き物なのだと語る。八神のスキルが277もあると知った魔王は、それだけのスキルを持つなら器も大きくなっているはずだと考え、他の種族からもスキルを受け継げるかもしれないと持ちかけた。
八神はこれまで276回、ゴブリンたちを見送ってスキルを受け取ってきた。それは生半可な気持ちでできることではない。そして魔王が、最期の瞬間をゴブリンに託そうとしている。ゴブリンだろうが魔王だろうが本質は同じで、自分が生きた証を残したいのだと八神は理解し、受け取ることを決めた。
魔王が残したスキルは「弱肉強食」。モンスターが自分より強い者に従う性質を絶対のものにし、一度倒した相手は何があっても裏切らなくなるという。名もなきゴブリンに託すと言い残し、魔王は息を引き取った。数百年にわたって猛威を振るった魔王の死に、世界は歓喜に包まれる。けれど人間たちは、その脅威が完全には去っていないことをまだ知らない。
見送ることが日常になっていた八神にとって、魔王の最期もまた、一つの命を見送る場面だった。種族も立場も関係なく、相手の思いを受け取ろうとする姿勢が、この作品の芯になっていくのだろうと感じた。
人間との交渉に挑む
穏やかだった村に、突然の危機が訪れる。村のゴブリンが、人間を殺してしまったのだ。
「会って話をしてみるよ」
薪を集めていたところを急に襲われ、とっさに抵抗した結果だった。八神は、それなら抵抗するのは当然だと受け止める。けれど人間たちは、すぐに報復の兵を差し向けてきた。その数はおよそ50人。スキルがあっても、ゴブリンは決して強くない。繁殖力が高いのは、そうしなければ種を維持できないか弱い種族だからだ。
パニックになる仲間たちに、八神は落ち着くよう声をかけ、自分がなんとかすると言う。そして「会って話をしてみるよ」。人間を相手に戦うのではなく、まず話し合いを選ぶところに、元サラリーマンらしい発想が光っていた。力ではなく対話で問題を解こうとする主人公は、異世界ものの中でも新鮮に映る。
しかし、騎士団はゴブリンの話など聞こうとしない。斬りかかってくる騎士たちに、八神は受け継いだスキルで応戦する。体を硬くして攻撃を防ぎ、石の魔法で相手を退ける。これなら殺さずに済みそうだと考えながら戦う姿に、相手の命まで奪いたくないという彼の思いが表れていた。
カレンとの取り引き
騎士たちを退けた八神は、責任者らしき女性に話し合いを持ちかける。まずは、今回の件を謝罪した。正当防衛だったとしても、殺すまではなかったと思う。けれど、このまま村に攻め込ませるわけにはいかない。相手の非を認めつつ、自分たちの守るべき一線もはっきり示す。交渉の基本を押さえた切り出し方だった。
八神が提案したのは、人を殺したゴブリンを村で裁くこと。7日間閉じ込めるという条件に、相手はふざけるなと怒るが、すぐにその意味に気づく。ゴブリンの寿命は7日。つまり、実質的には終身刑なのだ。檻に閉じ込めて、人間と共同で監視してもいい。7日間なら監視する側の負担にもならない。ゴブリンの短い寿命を逆手に取った提案が見事だった。
部下たちが反発する中、弱肉強食の効果で、一度倒された騎士たちは八神に従ってしまう。その様子を見た責任者は笑い出し、面白いゴブリンだと条件を受け入れた。檻を森の外に置き、街の人間にも見せること。それが彼女の出した答えだった。名を聞かれた八神は、ゴブリンになってから呼ばれることもなかったと気づき、「アキラ」と名乗る。彼女は治安監督官のカレンだった。
「上が納得しなかったのか」
村は救われ、ゴブリンたちは大喜びする。八神は、檻に入ることになった仲間に謝るが、その仲間はこれでみんなが助かるのだと笑って受け入れた。仲間の覚悟に、八神の交渉が報われた瞬間だった。そして八神は、この一件で村長にさせられてしまう。
やがて、カレンが再び村を訪れる。約束は果たされたはずなのに、どこか歯切れが悪い。その様子を見た八神は、すぐに察する。「上が納得しなかったのか」。現場で最善だと思って調整しても、上司の一言でひっくり返ることなどざらにある。まあ組織とはそういうものだと、前世の経験から語る言葉に妙な説得力があった。
カレンは、上を説得するために一緒に来てほしいと頼む。村はまだ危機を脱したわけではない。村長になった以上、見捨てることもできない。八神は「行こう」と答え、人間の世界へと向かうことを決めた。
まとめと考察
第1話は、仕事のできる元サラリーマンがゴブリンに転生し、その知恵と経験で村の危機に立ち向かうまでを描いた回だった。テンポのいい展開の中に、命を見送り、受け継ぐことへのまなざしがしっかりと込められていた。
見送る者から、託される者へ
前世の八神は、見送られるより見送るほうがいいと考えながら死んでいった。そして転生後の彼は、7日で命を終える仲間たちを何度も見送り、そのスキルを受け継いできた。見送る者としての生き方が、ゴブリンの世界ではそのまま力になっている。この設定の組み立てがとてもきれいだと思う。
魔王までもが、最期に自分の生きた証を八神に託した。受け継いだスキルの数だけ、彼は誰かの思いを背負っていることになる。その重みをどう使っていくのかが、これからの物語の軸になっていきそうだ。
元サラリーマンの交渉術
騎士団との交渉では、謝罪、提案、相手の負担の軽減と、八神の社会人としての経験が存分に生かされていた。上司の一言で現場の判断がひっくり返ることを知っているからこそ、カレンの立場にも共感できる。剣と魔法の世界で、組織の論理を知る主人公がどう立ち回るのかは、この作品ならではの楽しみだ。
人間とゴブリンという、本来なら相容れない種族の間に立つことになったアキラ。村長として、そして交渉役として、彼がこれからどんな関係を築いていくのか。ゴブリンの村の行方とともに、見守っていきたい。




関連作品:














































コメント