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京師で家を借りることにした桃夭たち。その離れには、仏門に入ることを望みながら、なぜかいつも出家がかなわない陳白水という男が住んでいた。料理上手で穏やかなその老人が語り始めたのは、若き日の取り返しのつかない過ちだった。磨牙への頼みと夜の侵入、蓮のために道を踏み外した若き日の過ち、そして願いがいつも真逆になる理由まで、第3話を振り返る。




第3話「非非(上)」
『百妖譜 第3期【京師篇】』第3話「非非(上)」は、京師で家を借りることにした桃夭たちが、離れに住む陳白水という男と出会う回だった。仏門に入ることを望みながら、なぜかいつも不幸に見舞われて出家がかなわない男。その願いの裏には、若き日の取り返しのつかない過ちが隠されていた。にぎやかな新生活の始まりと、一人の男が語る報いの物語を、場面ごとに振り返っていく。
庭園つきのお手頃物件
冒頭は、家主のおかみさんによる熱心な物件紹介から始まる。広々とした室内、日当たり抜群の寝室、都のど真ん中という立地に、風水までばっちり。柵の向こうに広がる荒れ地も、手入れをすれば見違える庭園だからおまけにつけてあげるという。あれのどこが庭園だ、牛や馬の放牧地だろうというツッコミに、牛や馬なら放牧地、花を植えれば庭園になると返すおかみさんの商売上手ぶりが楽しい。
こんなぼろ屋に住む気はないと上等な宿を目指そうとした一人は、財布の中身がいつの間にか空っぽになっていたことに気づく。食事代をずっと立て替えていたから全部使っちゃったという言い分に、また何か企んでいるなと疑いの目が向けられる。お金にがめつい桃夭たちのやりとりは、この作品らしいにぎやかさにあふれていた。結局、隣人もいてにぎやかだからと、一行はこの家を3か月借りることに決める。
和尚になりたい男
離れに住んでいたのは、陳白水という男だった。おかみさんによれば、昔よそから来た変わり者で、毎日働きもせず和尚になりたいと寺を渡り歩いているという。受け入れてくれる寺はあるのに、儀式の前日に住職が倒れたり、寺が火事になったりと、なぜかいつも出家がかなわない。妙な話だというおかみさんの言葉が、この回の謎の入り口になっていた。偶然にしてはあまりに不運が続きすぎている。
その夜、台所では食事をめぐる大騒動が起きていた。料理がまずい、卵の汁物も作れないくせにと言い合い、マントの取り合いまで始まる始末。これからは僕が料理するからと仲裁に入った磨牙の言葉に、精進料理は断ると即答が返ってくるのもおかしい。そこへ現れたのが陳白水だった。台所を燃やしかけていたようなので、多めに作ったからよろしければと差し出された料理に、一行はすっかり胃袋をつかまれてしまう。
叶えられる願い
この腕前ならどこの店でも料理長になれると褒められた陳白水は、もう年で無理はできないと首を振る。あなた方がうらやましい、時間も機会もあって、叶えられる願いもたくさんある。今の私は仏門に入れたらそれでいい。穏やかな口ぶりの中に、長い年月の重さがにじむ言葉だった。肉を召し上がらない方がいるでしょうと、磨牙のために精進料理を用意していた気遣いも含めて、この時点の陳白水はどこから見ても人のよい老人だ。だからこそ、この後に明かされる過去との落差が、いっそう大きく感じられる。
そして陳白水は、蜀から来たという磨牙に頼みごとをする。どうしても仏門に入る願いが叶わない、だからご住職への推薦状を書いて、願いを叶えてくれないか。けれど磨牙は、自分の寺は遠く険しい場所にあり、高齢の陳白水に行かせるのは忍びないと断ってしまう。やはり仏と縁がないのかと肩を落とす陳白水に、全てはご縁なのだから、もう少し頑張れば機会が来るかもしれないと励ます声がかけられる。
夜の侵入者
その夜、磨牙の部屋に何者かが忍び込み、荷物を漁り始める。泥棒と叫ぼうとした磨牙の口をふさいだのは、陳白水だった。大声を出したら永遠に黙らせるとすごむ陳白水は、出家した証となる書状を出せと迫る。けれど磨牙は、そんなものは持っていないと答えるしかない。出家を望む方がこんなことをするのは仏の教えに背きますと諭され、陳白水は我に返って手荒なことをしたと謝る。
陳白水が知りたかったのは、磨牙がどこの寺の者かということだった。寺の名前がわかれば、磨牙の力を借りずとも推薦状が書ける。それだけのためにと驚く磨牙に、夕食のときに断ったじゃないかと返す陳白水。これが人生最後の願いなのだ。私のように何一つ思い通りにいかなかったら、仏にすがってご加護を求めるしかないだろう。そう語る陳白水に、磨牙は悩みがあるなら話してほしい、一緒に方法を考えましょうと寄り添う。首を絞められかけた直後だというのに、まず相手の怪我を気づかい、話を聞こうとする磨牙の優しさが際立つ場面だった。
若き日の過ち
これは報いなのかもしれない。そう前置きして陳白水が語り始めたのは、若かりし頃に道を踏み外した過去だった。書生だった陳白水は、蓮という娘との縁談を望んでいた。蓮の父親が出した条件は、一年で百貫の金を貯めること。けれど蓮は、それは陳白水を追い払うための口実で、自分には別の縁談が進んでいると打ち明ける。それでも陳白水は、金を貯めると心に決めた。
手っ取り早く稼ぐために陳白水が選んだのは、山賊の砦に加わることだった。結婚するために金が欲しいという理由に、山賊の頭はあきれながらも、三つの試練を越えれば仲間にしてやると受け入れる。こそ泥まがいの仕事から始め、半年もたたずにまとまった金が手に入った。全てが順調だった、あの日までは。愛する人を迎えるための金が、彼を取り返しのつかない道へと引き込んでいく過程が、静かに、しかし重く描かれていた。
誰一人生きて帰すな
ある日、金銀財宝を運ぶ商人の一行を襲う計画が持ち上がる。これが終わればお前もついに結婚できるなと言われ、陳白水も襲撃に加わった。誰一人生きて帰すな、顔を見られたら面倒なことになる、残らず始末しろ。もうすぐ帰れる、彼女を迎えに行くんだと自分に言い聞かせる陳白水の前で、生き残った者が誰の荷物に手を出しているのかわかっているのかと叫ぶ。
陳白水は、その場から逃げ出してしまった。貯めた金は砦にあるが、戻れば罰として足を切り落とされる。名前を偽って安宿に潜み、私待ってるからという蓮の言葉だけを胸に耐えていた。やがて山賊たちは役所に捕らえられ、しばらくして砦に戻ってみると、そこはすでに廃墟になっていた。全てが水の泡。手元のわずかな宝で蓮に求婚しようとしたが、彼女はすでに。役人に追われ、素性を隠して細々と生きるしかなかったという。
蓮を迎えに行くために始めたことが、結果として蓮を失い、人生そのものを狂わせてしまった。あと一歩なんだと自分に言い聞かせながら山道を駆けた若き日の陳白水の姿は、愚かでありながらも、どこか哀れでならない。もしあのとき別の道を選んでいたらという後悔が、五十を過ぎた今もなお、彼を仏門へと駆り立てているのだろう。
願いは全て真逆の結果に
その後の人生も、思い通りにはいかなかった。番をすれば居眠りした隙に盗みに入られて給金で弁償し、宝石を売る商売では欲に目がくらんで偽物を売り破滅した。猫を飼えば、腹いっぱいになって長生きしてほしいと思っただけなのに、餌をやりすぎて死なせてしまった。五十まで生きて悟ったのは、自分が心から願うことは全て真逆の結果を招いてしまうということ。これが報いというものなのだろう。だからこそ、磨牙の書状を借りてでも出家がしたかったのだと。
話を聞いた磨牙は、自分が書状を持っていない理由を明かす。自分がいた寺はもう存在しない。何年も前に寺の者は皆亡くなり、自分だけが生き残ったのだと。私は仏に許されない定めなのだなと嘆く陳白水に、磨牙は仏は慈悲深いのできっと許されるかと応える。磨牙自身の過去にも触れるこの告白が、物語にもう一つの奥行きを与えていた。
いつもやり方を間違える
そして磨牙は、一つ聞いてもいいかと問いかける。愛する人のために金を稼ごうとして、盗賊になり人を殺めようとした。生計を立てようとして偽物を売った。猫を長生きさせようとして餌をやりすぎた。そして今宵も、寺を知りたかっただけなのに、荷物を漁った上に首を絞めて殺そうとした。願いはどれも良いものなのに、いつもやり方を間違える。それはなぜでしょうか。
原因は私自身だったのか。そうつぶやいた陳白水に、願いが叶わないのは全部あんたのせいでしょうという声が重なる。そして呼びかけられた非非という名とともに、物語は後編へと続いていく。
第3話のまとめ考察
報いか、それとも自分自身か
第3話は、陳白水という一人の男の人生を通して、願いと報いの関係を問いかける回だった。結婚したい、生計を立てたい、猫に長生きしてほしい、仏門に入りたい。陳白水の願いはどれも、それ自体は決して悪いものではない。けれど、そのたびに選ぶ方法が間違っていた。磨牙の問いかけは、不幸を呪いや報いのせいにしてきた陳白水に、初めて自分自身を見つめ直させるものだった。
一方で、冒頭の物件探しや台所での騒動など、桃夭たちのにぎやかな日常パートは相変わらず楽しい。お金にがめつく、言い合いばかりしながらも、どこか息の合った一行のやりとりがあるからこそ、陳白水の過去の重さがいっそう際立っていた。料理上手で穏やかな老人と、若き日に人を殺めかけた山賊。そのどちらもが同じ一人の人間だという描き方に、この作品らしい人間への眼差しを感じた。
磨牙が語った、寺の者が皆亡くなり自分だけが生き残ったという過去も気になるところだ。陳白水の願いが叶わない本当の理由とは何なのか。そして最後に名前が呼ばれた非非とは、どんな存在なのか。後編でこの物語がどのような結末を迎えるのかを見届けたい。
第1話と第2話の封無楽の物語が、深い後悔とその赦しを描いていたとすれば、今回の陳白水の物語は、後悔を抱えたまま間違い続けてしまう人間の姿を描いているように思える。百妖譜をなくした桃夭たちが京師で出会う人々は、それぞれに消えない過去を抱えている。妖怪を通して人の心の奥を映し出すこの作品の魅力が、京師篇でもしっかりと息づいていた。




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