この記事の作品:
雨の中、夜通しでヒューズ様の愛犬エーデルを探し続ける生朗とコシバ。諦めの言葉を漏らすコシバに食い下がる生朗へ、コシバは自分の過去を静かに語り始める。そして後半では、初めてホテルを予約した殺し屋に、コンシェルジュたちが心からの最高のおもてなしを差し出す。コシバの過去、バラの散歩道、そしてファースト・ゲストの願いまで、第17話を振り返る。




第17話 エーデルを探す雨の夜
第17話は、前回から続くヒューズ様の愛犬エーデルの捜索と、初めてホテルに泊まりに来た殺し屋のおもてなしという、二つのエピソードで構成された回だった。雨の中で諦めるか諦めないかをぶつけ合う生朗とコシバ、静かに語られたコシバの過去、そして最高のおもてなしの先に待っていた意外な結末まで、第17話を振り返っていく。
諦めるか、諦めないか
雨の中、夜通しでエーデルを探し続ける生朗とコシバ。けれど、この雨では頼みの綱の匂いもたどれない。あと1時間で夜が明けるという頃、コシバは「そろそろ最悪の事態を想定しておくか」と口にする。エーデルは心臓が悪く、投薬を欠かせない。時間がたつほど、無事に見つかる可能性は低くなっていく。
ヒューズ様にとってエーデルは、ただのペットではなく伴侶と呼べる存在だ。前回、エーデルと一緒にいる時間だけが生きる意味だと語っていたヒューズ様の言葉を思えば、時間との勝負の重さがよくわかる。二人が雨の中を走り回る姿には、依頼を超えた必死さがにじんでいた。
それは諦めるということかと問う生朗は、「俺はまだ、諦めたくない」と食い下がる。返ってきたのは「出たよ、お得意の独りよがり」という冷ややかな言葉だった。前回、生朗の仕事を甘いと切り捨てたコシバらしい反応だが、ここから語られる言葉には、ただの皮肉ではない重みがあった。
「不可能を可能にはできないんだよ」。見つけられなかったら、それで終わりなのか。そうではなく、間に合わなかった時、最悪の時に、「死を受け入れる手伝いだって」、「僕たちの大事な仕事だろ」。コシバの言葉は冷たく聞こえるが、その実、お客様の悲しみにどう寄り添うかまで見据えたものだった。
そしてコシバは、コンシェルジュの心得を語る。「コンシェルジュはどんな依頼にもノーを言わない」。それは奇跡を起こせるからではない。「常に奇跡に変わるものを提供し続ける」、「その責任を背負ってるってことだ」。前回は生朗を一方的に否定していたように見えたコシバが、実はコンシェルジュという仕事に誰よりも真剣に向き合っていたことがわかる場面だった。
奇跡を約束するのではなく、奇跡の代わりになるものを差し出し続ける。この考え方は、生朗の甘さとは正反対のようでいて、根っこにあるお客様への思いは同じなのかもしれない。二人の衝突は、どちらが正しいかではなく、同じ思いをどう形にするかの違いなのだと感じた。
コシバが割り切れる理由
それでも生朗は割り切れない。なぜそんなふうに考えられるのかと問われたコシバは、自分の過去を語り始める。自分を捨てた親は、結局現れなかった。捨てられたのか、はぐれたのかもわからない。今となってはどちらでもいい、「強がりじゃないよ」と。
運よくホテルに拾われ、そのまま生かしてもらえた。「どれだけあのホテルが社会の秩序からはみ出していようと」、「僕にとっては命を守ってもらった場所なんだ」。だからこそ、コシバという名前は、ホテルに拾われた自分を表す誇りの名なのだという。前回明かされたあだ名の由来に、こんなにも重い背景があったとは思わなかった。
コシバは続ける。写真の笑顔に応えられないこともあるし、バラのような美しいエンディングを迎えられないこともある。それは人が作り出す甘い理想の物語だと。「物語と違って人生は続くんだ」、「どんなに苦くて美しくなくても」。迎えに来なかった親を待ち続けた経験があるからこそ、コシバは最悪の結末を受け入れる強さを身につけたのだろう。
生朗の甘さを否定していたのは、その甘さが叶わなかった時にお客様も生朗自身も深く傷つくことを、身をもって知っているからなのかもしれない。コシバの厳しさは、優しさの裏返しでもあるのだと思えた。
二人の考え方の違いは、それぞれが背負ってきたものの違いでもあるのだ。
バラの散歩道
生朗が見つけた手がかり
ところが、コシバが説教をしている最中に、生朗が突然「バラだよ」と騒ぎ出す。ヒューズ様が渡してくれた写真は、お気に入りの散歩道で撮った、何でもない日の一枚。そこに写っていたのはバラだった。いつも一緒に歩いていたバラの散歩道。もしかしたらエーデルは、バラが植えられた場所の近くにいるかもしれない。「安心する匂いの場所にいるんじゃないかって」。
生朗のひらめきは見事に当たった。エーデルを抱きしめたヒューズ様の「もうどこにも行かないでね」という言葉に、胸が熱くなる。コシバが言うように、すべての依頼が美しい結末を迎えられるわけではない。けれど今回は、生朗の諦めない甘さが、確かに一つの命を救ったのだ。
写真に写っていた何でもない日の一枚が、エーデルを見つける鍵になる。ヒューズ様にとってかけがえのない日常が、そのまま答えを指し示していたという展開がとても美しい。お客様の思い出に寄り添おうとする生朗だからこそ、写真の片隅のバラに気づけたのだろう。
イギリスでは6月から7月が旬のバラが、気候の差で秋の日本で咲いていたのは幸運だった。そして雨の中でも、超一流のライディング技術を持つコシバが一緒にいたことも。生朗のひらめきだけでなく、コシバの腕があってこその成功だったと、さりげなく二人をたたえる言葉が温かい。「まったく、イライラした夜でしたよ」という悪態も飛び出すが、そこには前回ほどのとげとげしさは感じられなかった。
キャンセルされた殺しの依頼
そして明かされたのは、ヒューズ様が殺しの依頼をキャンセルしていたという事実だった。沙羅はずっとヒューズ様のそばについていたが、ヒューズ様は自分もエーデルを探しに行くと言い出し、「自分の命を懸けてても」エーデルの命を選びたいと決めたのだという。「たとえ一生続くリスクを背負ってでも」。
前回、ヒューズ様は、お金を対価にたくさんの人の命を奪い続けながら、たった一つの命を助けてほしいと語っていた。殺し屋として仕事を放り出せば、自分の身に危険が及ぶかもしれない。それでも愛犬を選んだヒューズ様の決断は、殺し屋である前に、ひとりの人間としての選択だったのだと思う。
殺し屋たちが集うホテルで、殺しをやめてでも守りたいものを選ぶお客様がいる。この作品は、殺し屋という存在の中にある人間らしさを、何度も丁寧にすくい上げてきた。今回のヒューズ様の決断も、その積み重ねの上にある温かなエピソードだった。
長い一日を終えて、生朗、コシバ、沙羅の3人はバーでぐったりと疲れを口にする。帰国早々新人の世話でくたくただとこぼすコシバ、先輩に殺されかけてから急な仕事だった生朗、殺されかけた同僚を助けてから夜通しヒューズ様のアフターフォローをしていた沙羅。それぞれの苦労を言い合う3人の姿に、ようやく同じ職場の仲間らしい空気が生まれていた。
ファースト・ゲスト
引く手あまたの殺し屋
後半は、ホテルに初めて宿泊の予約を入れてきた殺し屋の物語だ。今夜空いている部屋はあるかという電話に、泊まったことはない、初めてだと答える男。迎えに出向いたコンシェルジュに、男は「今週は特に忙しかった」と語り、さっきので4人目、次の週も3人やると誇らしげだ。「依頼が途切れたことがねえんだ」。
ホテルに着いた男は、豪華なホテルだと聞いていたと感心し、武器のメンテナンスやカスタマイズまで受け付けていると知って興味を示す。コンシェルジュの髪留めまでもが「カスタムナイフとなっております」と聞かされ、次の殺しに考えてもいいかもなと面白がる姿は、いかにも仕事熱心な殺し屋といった様子だった。
他の凡庸な殺し屋どもと違って、癒しを必要とするほど自分は軟弱じゃない。そう言いながら、自分ほどの殺し屋が泊まればホテルにも箔がつくと胸を張る。強がりにも聞こえるその言葉が、のちの展開を思うと少し切なく響いてくる。
癒しなど必要ないと言い切る男が、わざわざ豪華なホテルに初めて泊まりに来た。その矛盾に、男の本当の目的がにじんでいる。忙しさを誇る言葉の一つひとつが、終わりを決めた者の最後の強がりだったのだとすれば、なんとも胸に迫るものがある。
死ぬのにぴったりな場所
チャペルもあると聞いた男は、見てみたいと言い出す。普段は殺し屋様の挙式や、信心深い殺し屋様の祈りの場として使われているという美しいチャペル。そこで男が口にしたのは「綺麗だな」、そして「死ぬのにぴったりじゃねえか」という言葉だった。
「最後に何かお望みはございますか」。コンシェルジュのこの問いかけで、男の本当の願いが浮かび上がる。依頼が途切れないと誇っていた男は、実は自分の死に場所を求めてホテルにやってきたのだ。ファースト・ゲストとして迎えられた男にとって、最高のおもてなしとは、静かに最期を迎えられる場所を用意してもらうことだったのだろう。
生きるためのおもてなしではなく、最期を迎えるためのおもてなし。ホテル・インヒューマンズでなければ描けない、静かで切ない結末だった。
第17話のまとめ考察
救う甘さと見送るおもてなし
振り返ってみると、第17話は救うことと見送ることの両方が、コンシェルジュの仕事として描かれた回だった。前半では、生朗の諦めない甘さがエーデルの命を救った。後半では、死に場所を求める殺し屋に、コンシェルジュたちが最期のおもてなしを差し出す。コシバが語った死を受け入れる手伝いという言葉が、そのまま後半の物語につながっているのが見事だった。
奇跡を起こせる時もあれば、起こせない時もある。それでも、どんな依頼にもノーを言わず、奇跡に変わるものを差し出し続ける。生朗の甘さとコシバの厳しさは、どちらもホテル・インヒューマンズのコンシェルジュに欠かせないものなのだと思う。対立から始まった二人の関係が、この一件を経てどう変わっていくのか。新たな仲間を迎えたホテルの物語が、さらに深まっていきそうだ。




関連作品:













コメント