この記事の作品:
中学受験のために塾通いを続ける小学4年生の枝里子は、何をするにもみんなより遅い自分を残念な子だと思い込んでいる。駅でつまずいた枝里子を助けたのは、背の高い女性だった。ある日の暗い塾帰り、母親へのメールを送りながら歩いていた枝里子は、またもつまずいて転んでしまう。そこへ怪しげな影が迫る。残念な子の悩み、夜道に迫る影、そして優しさのお返しまで、第18話を振り返る。




第18話 残念な子・枝里子
第18話の主人公は、殺し屋でもコンシェルジュでもない、小学4年生の女の子・枝里子だ。今回の副題にはアフター・フォローの名が見える。中学受験に向けて塾通いを続ける毎日の中で、枝里子は自分のことをこう語る。「私は結構残念な子だ」、「だっていろんなことがみんなよりも遅いから」。準備も、食べるのも、走るのも、勉強も。「これでも頑張ってるのにな」というつぶやきが、子どもなりの切実な悩みとして胸に刺さった。
枝里子の家は、看護師として夜勤に出る母親との二人の時間が中心だ。「ママは笑い声が大きくて明るくて大好き」という言葉からは、母親への素直な愛情が伝わってくる。忙しい母親に心配をかけたくない気持ちと、うまくできない自分へのもどかしさ。その両方を抱えながら、枝里子は今日も一人で電車に乗る。
夕焼けラジオと塾の日々
枝里子の日常には、いつも夕焼けラジオが流れている。番組の最後に告げられるラッキーアイテムは、「今日のラッキーアイテムは紫のマフラー」。持っていないと分かっても「大丈夫アンラッキーはいつものこと」と受け流すあたりに、うまくいかないことに慣れてしまった枝里子の性格がよく表れている。
小さな失敗を積み重ねるうちに、いつの間にか自分を残念な子だと決めつけてしまう。大人から見ればささいなことでも、子どもにとっては世界のすべてのように重い。そんな心の動きを、ラジオの明るい声と対比させながら丁寧に描いていく導入が印象的だった。
駅で助けてくれた人
駅の段差につまずいた枝里子を支えたのは、背の高い女性だった。「ここのタイル、剥がれかけて怖いよね」、「気をつけてね」、「危ないこといっぱい隠れてるから」。とっさのことで言葉が出ず、「お礼ちゃんと言えなかった」、「お礼言うのも遅いなんて」と、枝里子はまた自分を責めてしまう。
電車の中でも、枝里子はその女性に目を留める。「あの人変な本読んでる」。毒草の図鑑のような本を熱心に読む姿は、たしかに少し変わって見える。ここで描かれる違和感が、のちの展開へとつながっていく仕掛けになっていた。
電車の中の大人たち
ピヨピヨの子ども
いつもの電車、いつもの車内。枝里子は乗り合わせる大人たちを観察するのが習慣になっている。白い杖をついている人、会社帰りらしいスーツの人、そして「あの人はいつも爽やかな大学生さん」。「いろんな大人がいる」、「私の知らない駅まで行く人たち」、「私と同じ駅で降りて生活する人たち」。
そして自分のことは「私はピヨピヨの子供」と表現する。大人の世界をのぞき見ながら、まだそこには届かない自分を自覚している言葉だ。毎日同じ電車に乗るだけの関係の中にも、それぞれの人生がある。そんな当たり前のことを子どもの目線で見つめる場面に、どこか懐かしさを覚えた。
振り返ってみると、この車内の観察には後の展開へつながる伏線がいくつも紛れ込んでいる。爽やかな大学生として紹介された男も、変な本を読む背の高い女性も、枝里子の目にはただの見慣れた乗客にすぎない。子どもの目に映る世界と、その裏で動いている大人たちの思惑。そのずれが、のちに大きな意味を持ってくる。
別の日のラッキーアイテムは、人気作品のストラップ。偶然それを持っていた背の高い女性と目が合い、枝里子は「変な子だと思われた」とうろたえる。それでも、どこかで会ったことがあるような気がしてならない。「私この人に電車以外で会ったことある」という引っかかりが、物語の最後で鮮やかに回収される。
空欄の解答用紙
塾の組み分けテストの日。母親からは「ママ応援してるよ」とメッセージが届いている。志望校の制服を見かけては「いいなあの制服」、「私も着られるようになるかな」と憧れる枝里子だが、結果は空欄だらけの解答用紙だった。
休憩中の母親がその結果を見ているだろうと思うと、気持ちはどんどん沈んでいく。「私 どうして他のみんなよりもできないことが多いんだろう」、「勉強だけじゃない」、「考えるのも動くのも全部」。そして「帰るの嫌だな」。自分を責める言葉ばかりが積み重なっていく枝里子の姿が、見ていてつらかった。
夜道に迫る影
いつもの大学生さん
塾帰りの暗い夜道。母親への連絡を忘れていたことに気づき、歩きながら携帯を操作していた枝里子は、またつまずいて転んでしまう。声をかけてきたのは、電車でよく見かける大学生だった。ところが、なぜか枝里子と同じ駅で降りている。「ねえ家まで送るよ心配だから」、「そんなに遠慮しないで」。名前まで呼ばれ、枝里子の胸には不安が広がっていく。
頼みの携帯は、「電源切れちゃってるね」。そして男は「僕が殺し屋だって言ったら びっくりする」と問いかける。冗談めかしながらも、「何か嫌なことでもあったのかな」、「周りにちゃんと気を配らなきゃ」、「危ないこといっぱい隠れているんだから」と説教じみた言葉を重ねていく。駅で女性がかけてくれた言葉と同じ内容が、まったく違う響きで聞こえてくるのが恐ろしかった。
通りすがりの女性
そこに割って入ったのが、駅で枝里子を助けた背の高い女性だった。「私はただの通りすがり」、「電車でよく見る子が涙目だったからさ」。男に何者かと問われても、「私もこの子を心配してるだけ」と動じない。そして「あなたさっき殺し屋とか言ってるの聞こえたけど」と切り込んだうえで、「あたしインフルエンザかも」と男に詰め寄り、「いいんですよ出るとこ出ても」と追い返してしまう。
驚いたのは、その直後の枝里子の行動だ。怯えていたはずなのに、「私のママ看護師だから」と女性に薬を差し出そうとする。返ってきたのは「インフルエンザは嘘」という種明かしと、「怖いのによく頑張ったね」という優しい言葉だった。
その言葉を聞いた途端、枝里子の涙が止まらなくなる。「いつもすぐウジウジして失敗ばかり」、「私残念な子だもんね」。張り詰めていた気持ちが一気にあふれ出し、それでも「残念な子じゃないもん」と自分を否定しきれない叫びに、胸が締めつけられた。
「なんでこんなに優しくしてくれるの」と問う枝里子に、女性は「さっき私の心配してくれたでしょ」、「薬までくれようとして」、「そのお返し」、「先に優しかったのは君」と答える。優しさは、先に差し出した側に返ってくる。残念な子だと思い込んでいた枝里子が、実は誰かを思いやれる子だったことを、この女性はちゃんと見ていた。
女性の正体にも気づいた枝里子は、思わず「夕焼けラジオのカオルさんだ」と声を上げる。毎日耳にしていたあのラジオの声の主だったのだ。変な本を読んでいた理由も、「予習にね、いつも番組に来るゲストの本を読んでてね」と明かされる。電車以外でも会ったことがあるような気がしていたのは、声を知っていたからだった。
第18話のまとめ考察
関谷の正体
ここで物語はホテルの側へと切り替わる。女性の名は関谷。ホテルの客であり、殺し屋だった。ホテル側から告げられたのは「たった今ターゲットの死亡を確認いたしました」。ターゲットは、殺し屋を名乗っていた男。その実態は「自称殺し屋のシリアルキラー」、いや「子供だけ狙うクズです」。死に顔は「まるで眠っているかのようです」と報告され、「明日から警察は大忙しでしょう」と締めくくられる。
夜道で男に詰め寄ったあの場面で、すでに仕事は終わっていたのだろう。効き目の遅い毒を使う関谷のやり方は、標的が死んだことの確認までに時間がかかる。ホテルが担うのは、その確認という最後のひと手間。毒殺した相手が確実に死んでいることを見届けるという意味でのアフター・フォローが、今回の副題に込められていたのだと腑に落ちた。
「子供を狙う凶悪犯がターゲットの仕事だけ引き受けるのには」、「何か理由があるのかな」という問いに、答えは示されない。ただ、駅で見ず知らずの子どもを助け、夜道で涙目の枝里子を放っておけなかった姿を見れば、関谷が子どもに向ける眼差しが本物であることは疑いようがない。「ほんとにインフルだったらどうしよう」、「明日の生放送に響いちゃうかな」とラジオの心配をするとぼけた一面も含めて、忘れがたいゲストだった。
もう残念な子じゃない
季節は移り、塾へ一人で向かう枝里子の姿が描かれる。心配する母親に、枝里子は「私いつも優しいママが好き」、「だから私も真似したいの」と伝える。関谷から受け取った優しさのバトンを、今度は自分が誰かへ渡そうとしているのだ。
「まだいろんなことに自信がないけど」、「でも決めたの」。そして最後に響く「私はもう残念な子じゃない」。冒頭で自分を残念な子だと語っていた言葉が、同じ響きのまま希望を帯びて返ってくる構成が見事だった。
殺し屋の物語でありながら、第18話の中心にあったのは、一人の女の子が自分を少しだけ好きになるまでの物語だ。表の顔はラジオのパーソナリティ、裏の顔は子どもを狙う悪だけを始末する殺し屋。関谷という人物の二つの顔が、枝里子の成長と重なり合うことで、温かくもほろ苦い一話に仕上がっていた。
今回、ホテルのコンシェルジュたちはほとんど表に出てこない。それでも、客の仕事を最後まで支えるというホテルの役割は、物語の結末でしっかりと示されていた。殺し屋たちの依頼の裏側には、こうして救われる誰かの日常がある。枝里子は自分を助けてくれた人の本当の顔を知らないまま、明日もラジオに耳を傾けるのだろう。その何も知らない幸せこそが、関谷とホテルが守ったものなのだと感じた。
自分の遅さに落ち込み、うまくいかない日々に心をすり減らしていた枝里子が、最後には母親の優しさを真似したいと言えるようになる。その変化は小さく見えても、本人にとっては大きな一歩だ。誰かに優しくされた経験が、次の誰かへの優しさになる。そんな当たり前で尊い連なりを、殺し屋専用のホテルを舞台にした作品で見せられたことに、この作品の懐の深さを改めて感じた。




関連作品:
















コメント