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第6話のサブタイトルは「シン・シンコイワ」。新小岩商店街の水神祭で、その年の福男に選ばれたのが二足歩行でしゃべる柴犬、緋狼のリーダーしっぽまりもだった。ところが本人だけが浮かない顔で、そのまま逃げ出してしまう。しかも今回のアラキは、まりもを捕まえる側ではなく逃亡に手を貸す側に回る。戦いの無い、まるごと一本お祭りの回である。




福男に選ばれたのは、しゃべる柴犬だった
一年に一度の水神祭
第6話は、朝の何気ないやり取りから始まる。新小岩の祭りが今日だという話題に、ステラが「私パス。オルガと約束ある」と答える。この短い会話が最後にきちんと回収されるので、覚えておくと得をする回だ。そして舞台は商店街へ移る。
この街の夏の目玉が水神祭で、そのまた目玉が福男を決める行事である。水神様のお告げは絶対で、今年選ばれたのがしっぽまりもだった。二足歩行でしゃべる柴犬で、緋狼のリーダーでもある看板犬である。周りの反応は「マジか」「ついに来たね、この時が」「もう最高」と大盛り上がりだ。
この作品はここまで、能力を使った夜のゲームを軸に進んできた。そこへ急に、くじ引きと神事と商店街の噂話でできた一日が差し込まれる。しかも今回は戦いが一度も起きない。第4話でポリスホッパーが敗れた相手が緋狼で、そのときは新小岩のマンションをホームグラウンドとして防衛する強敵として出てきた。同じ面々が、今度は店の心配と祭りの準備で右往左往している。
盛り上がる理由もはっきりしている。福男を立派に勤め上げた者の店には一年間福が舞い込みまくり、商売繁盛するのだという。「実はガキの頃からの憧れなんだよね」という台詞があるくらいで、「店やってるところはみんなそうだろ」とまで言われる名誉だ。だから屋形ふらわ〜のテンロウとシラユキは完全に有頂天になる。
もっとも喜び方はかなり所帯じみていて、同じチームなのだからおこぼれの福くらいはもらえるはずだ、という話に流れていく。花や虫が寄りつかなくなるとか、庭に野生のレモングラスとパクチーが生えまくるとか、店が潤ったらお小遣いが上がるとか、期待の中身がやたら具体的なのが可笑しかった。花屋の人たちが考える福が、ちゃんと花屋の福になっている。
「花摘んでくる」と言って消えた
ところが当のまりもだけが浮かない顔をしている。「浮ついた気持ちのまま祭りに参加するなよ」「中途半端な福男姿なんか見せられねえぞ」と釘を刺され、「そっか。そうだよね」と答えたあと、「花摘んでくる」と言って席を外す。犬が花を摘みに行くと言うので周りが「花?」と聞き返すと、返ってきた説明が身も蓋もない。この一往復だけで、この回の空気が決まる。
残された二人は「交代できるなら交代したい」とぼやくが、お告げは絶対なので今年はリーダー以外に福男はできない。そのうちに「まだ戻ってないよ」「もしや体調不良?」と心配が始まり、結論が出る。「リーダーのやつ、逃げやがった」。
ここで一気に事態が深刻になるのが面白い。誰かが「もしリーダーが本当に福男をやらなかったら、おこぼれの福どころか逆をもらうのでは」と言い出し、駅前の洋食屋が潰れたのはあそこの長男が福男を辞退したからだ、という噂話まで出てくるのだ。「安くてうまいが売りの店だったのに」という補足が、いかにも商店街の言い伝えらしい。
つまり福男の失踪は、屋形ふらわ〜の未来がかかった一大事ということになる。こうして緋狼の面々は、店の命運を懸けてリーダー捜索に乗り出す。ちなみに今回のアイキャッチは、原案の品川一による描き下ろしで青風敦、津波倉蓮宝、三角屋綺羅々の三人だった。緋狼を丸ごと出しにきている回だと分かる。
逃げた理由は、水だった
しっぽが、しおしお
逃げるまりもに追いついたのがアラキだった。まりものほうも驚いて「そうか。それが今のお前の力なんだな」と言う。第2話以降ずっと積み上げてきた先読みの力が、戦いではなく犬を追いかけるために使われている。
「だが、なぜ俺を追ってきた」と問われたアラキの答えが良かった。「俺の目はごまかせないよ。今日のまりものしっぽ、明らかにしおしお」。そのうえで「絶対何かあったでしょ」「俺、まりもの力になりたい」と押す。推しの様子がおかしいことに、能力ではなく観察で気づいている。
ちなみにアラキがまりもを推していることは、第4話ですでに描かれていた。大玉を転がすレースで敗れた日に、彼はしゃべる看板犬に見とれて写真を撮りまくっていたのだ。そのときは負けた側の間の抜けた画として置かれていたのだが、今回はその推しぶりがそのまま話を動かす動力になっている。第4話の負けが、こんな形で回収されるとは思わなかった。
一方、商店街に残った緋狼のおびき出し作戦がひどい。「かわいいかわいいまりもちゃーん」と大声で褒めちぎり、嬉しくなってよだれを垂らしながら出てくるのではないか、という読みなのだ。結果は「出てくる気配ねえな」。本気で心配しているのか遊んでいるのか分からない距離感が、このチームらしくてよかった。
そのうちアラキから、まりもがいた場所と、もう移動したあとだという情報が入る。「あいつ、マジで福男やらない気か」「それがわかんないんだよ」と話しているうちに、誰かが福男の準備の中身を思い出す。そこで理由に手が届く。
滝のような量の水を浴びなければならない
福男の務めには、祭りの前に神社の境内の水で身を清める工程がある。しかも足だけ濡らせば済む話ではない。水神とこの土地をつなぐ使者として、滝のような量の水を浴びて全身ずぶ濡れにならなければいけないのだ。そしてまりもは水が大嫌いで、銭湯に入るのも嫌だという。
犬にとって全身ずぶ濡れがどれだけ嫌かは、飼ったことがなくても想像がつく。「まりもの気持ちはわかる。誰にだって苦手なものはある」と言いながら、「でも今日だけなら我慢できるでしょ」と続くあたりの温度も現実的だ。誰も彼女を責めていないのに、事情が事情なので誰も引き下がれない。
そして今回いちばん効いているのが、ここでアラキが取る立場である。彼はまりもを説得して連れ戻す側ではなく、自分の能力を使って逃亡に手を貸す側に回る。推しが嫌がっていることを無理にやらせない、という一点で動いているわけだ。第4話でチームに無茶な指示を出して空回りした人が、今回は他人の気持ちを最優先にして力を使っている。
しかも本人はけっこう真面目に消耗していて、「さすがに疲れたな」「うわ、ダストもめちゃくちゃ減ってる、どうしよう」とこぼす。そのあと通りかかった相手に「ごめん、ダストもらっていい?」「訳あって、まりも逃げなきゃで」と頼み込む。説明になっていない説明で通してもらえるのが、この街の緩さでもある。
逃げながら、街をひと回りする
詫びに行き、礼を言い、冠の話を聞く
逃走中のまりもがやっていることが、この回の芯だと思う。せっかく撒いたのに「ちょっとあっちにも寄っていいか?」と言い出して向かった先で、頭を下げるのだ。「青風敦が俺のせいで配達中のジュースを割ってしまった。すまない」。返ってきたのは「あらー、それはそれは。ご丁寧にありがとうございます。このためにわざわざ」だった。
次に会うのが冠を作っている職人で、「今、福男用の冠作ってますよ。まりもさんを歴代一かっこいい福男にしちゃいますね」と声をかけられる。逃げている本人が、自分のための冠を作っている人に「そうか、サンクス」と礼を言う。気まずいはずの場面なのに、まりもは一度も逃げ隠れしない。
この寄り道が効いてくるのは、逃げている理由が後ろめたいものだからだ。水が怖くて務めから逃げている最中に、自分のチームメイトがやらかした失礼をわざわざ詫びに行く。しかも相手は、まりもが福男に選ばれたことを知っている店の人である。行けば説得されるかもしれないのに、それでも行く。
そこへ曳波櫂が「先生!」と駆け寄ってくるのも良かった。「あの曲、弾けるようになりました。聞いてください」と言われて「今はちょっと」とかわすのだが、この短いやり取りだけで、まりもがギターを教えている側の人だと分かる。花屋の看板犬で、チームのリーダーで、楽器の先生でもある。
反応でも、この回でまりものギターが見られたことがいちばん盛り上がっていた。水が苦手という弱点も、楽器が得意という特技も、祭りから逃げ回るという一本の流れの中でまとめて出てくる。戦いの回では絶対に出てこない情報ばかりなので、この構成そのものがキャラクターの紹介になっていた。
ネギ抜きと、代役の犬
街の人たちの反応も一つ残らず優しい。「まりもちゃん、飴いる?」と声がかかり、「ソーセージやるぞ、食べられるやつ」と差し出される。食べられるやつ、という但し書きが付いているのが妙にリアルで笑ってしまった。
極めつけが津波倉蓮宝の家に寄ったときで、新作の試食を勧められた流れで一言添えられる。「あ、まりもちゃんのはネギ抜きね」。犬にネギが毒だということを、この街の人はちゃんと知っている。まりもの返事が「最高だな」で、そのまま「これ、蓮宝にも食べさせたほうがいいぞ」と勧めてから去っていく。
捜索側のギャグも冴えていた。見つからないまま焦れた誰かが「ねえ、もうこの子でよくない?」と別の犬を連れてくるのだ。当然「いや、バレるよ、犬だもん」と却下されるのだが、そこに「リーダーも犬だけど」という身も蓋もない指摘が入る。それでも結論は「やっぱ福男はまりもじゃないと」だった。
花屋なのにテンロウは虫が苦手らしい、という雑談まで挟まる。祭りの準備で街が浮き足立っている一日を、追いかけっこの合間にひたすら見せていく構成なので、サブタイトルが街の名前そのものになっているのも納得がいく。
「シン・シンコイワ」まとめと考察
福男がもらう福は、己のための福じゃない
隠れ場所にたどり着いたまりもが、ようやく自分の口で話す。「水神祭りはな、新小岩にとって一年に一度の大事な祭りなんだ。商店街が、街のみんなが一丸となって行う行事だ。俺たちも子供の頃から毎年楽しみにしている」。そのうえで「福男に選ばれたときは嬉しかったし、福男の役割を果たして祭りを成功させたい気持ちもある」と続き、最後に「だが、水だけは」で止まる。嫌なのは務めではなく水だけだった、というのがここではっきりする。
それを聞いたアラキの感想が「まりもはこの街が好きなんだね」で、まりものほうから「アラキは外に出て行きたいって言ってたな」と話が返る。「変かな」と聞かれて「いや、いいと思うぞ」と即答され、逆に「まりもは外、興味ないの?」と聞くと「あんまり興味はないな、俺は」と返ってくる。この街の外に出ることだけを考えてきた少年と、この街の中で完結している犬が、並んで座っている画になっている。
この対比が、そのままアラキの話にもなっているのがいい。第5話で彼が外へ行きたい理由として挙げたのは「やり直せるかもしれないから」で、外の世界は景色でも自由でもなく、今の自分から降りるための出口だった。その相手に向かって、まりもは外に興味がないと言い切る。否定でも説教でもなく、そういう生き方の人がすぐ隣にいる、という形で置かれているだけなのが上品だった。
そして決め手の台詞が置かれる。「福男がもらう福は己のための福じゃない。周りの人を幸せにするための福なんだ」。続けて「俺が恩返しできるチャンスか」とつぶやいて、まりもは戻る決心をする。逃げている間ずっと詫びと礼に回っていた人が、最後に自分で恩返しという言葉を出すので、ここまでの寄り道が全部この一言の根拠になっていた。「サンクス、アラキ、お前たち。手間取らせたな」と言って、祭りが始まる。
そして締めが、冒頭の会話の答え合わせになっている。祭りを断ってオルガと過ごしていたステラが、遠くの景色を「綺麗だなあ」と眺めながら「あのね、オルガ。私、最近変な夢見るんだ」と切り出すのだ。第5話のラストでステラが見た不穏な光景を思い出すと、これは軽い話ではない。戦いが一度も起きない一本まるごとのお祭り回に見せておいて、最後の三行だけで空気を変えてくる。外に出たい兄と、この街が好きな犬を並べたあとで、妹のほうに何かが起きかけているという置き方がうまかった。




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