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第6話のサブタイトルは「スーパーの裏に残る匂い」。健康診断で要検査と告げられた佐々木が、田山との一服を最後にするつもりで裏へ向かう回だ。そして後半、8年前の回想が始まる。そこにいたのは、笑わない学生バイトの山田さんと、彼女を怒鳴る客に「うるさいです」と言った男だった。佐々木が憧れているあの笑顔が、どこから来たのかが明かされる回でもある。




健康診断の季節がやってきた
鈴木の断酒断煙には期限がついている
第6話は、鈴木の「とうとうやってきたか。この季節が」から始まる。健康診断である。去年の結果を見せ合って「なんだよ、Cが一つもねえじゃねえかよ」と佐々木にぼやく鈴木のほうは、尿酸値と中性脂肪で引っかかっていた。営業職の付き合いを思えば無理もない。
ところが今年の鈴木は違うと言う。去年の健康診断からずっと、妻のケイコにヘルシー弁当を作ってもらっていたのだ。披露された弁当の中身が明らかに少なくて、佐々木の感想が「それ、量」になるのだが、鈴木は「愛だな。愛だよ」で押し切る。そのうえで「だから俺もその愛に応えて、健康診断まで断酒断煙すんだ」と宣言する。佐々木の「え? 酒はともかく、煙草も?」に「おうよ。ケイコちゃんと手を取り合って、長生きしなきゃなんねえからよ」。立派な話なのだが、期限がしっかり健康診断までで区切られている。
この作品はいつも、煙草をやめる話とやめない話を同時に転がす。鈴木の禁煙が数字のためのものだと分かる導入があるから、このあと佐々木に突きつけられる話の重さが際立つ。最初の数分が全部ギャグなのに、ちゃんと前振りとして働いていた。
クーポンと、なぜか知っている田山
レジに立っていたのはもちろん山田さんである。会計のあとに「このノンアルビール、新発売でクーポンが出てるんです。よかったら」と勧められ、佐々木は「今度、健康診断があるもんで、しばらくノンアルでいこうと思ってたので、助かります」と答える。本人としては、たまたま話が合っただけのやり取りだ。
その日の裏で、田山の第一声が「健康診断近いのに、吸いに来てやんの」だった。佐々木が「え? な、なんでそんなこと知ってるの?」と聞き返し、田山が「あ」と固まったところで、佐々木のほうが勝手に答えを出す。「あ、山田さんから聞いたんだ」。田山はすかさず「あ、そうそう。山田さんから聞いたの」と乗っかり、とどめに「にぶす木」と呼ぶ。口を滑らせても、この人が自分で言い訳を作ってくれる。
何度も繰り返されているやり取りなのに、毎回ちゃんと笑ってしまう。しかも今回は、この癖のおかげで最後まで正体がバレないという構造そのものが主題になっていく。鈍いことが、二人の関係を成立させている条件になっているのだ。
もし医者にやめろと言われたら
節制の中身は「汁は一口だけ」
スーパーの店員も健康診断があるのかと聞かれて、田山は「人間、体が資本ですから。ビシッとやんなきゃ働けなくなるでしょ」と胸を張る。佐々木は「立派だなあ。かっこいいよ、田山さん」と素直に感心するのだが、その節制の中身が映像で示されると、汁物を一口だけにする程度でしかない。言っていることと実物の落差が、この人らしくてよかった。
対する佐々木は「ビールだってやめきれずに、悪あがきしてるよ」と情けない。しかも食べ物の量が多いのは「毎年医者に言われてるんだ、もう少し太れって」からで、「俺、肉が付きにくい体みたいで」と言う。それを聞いた田山が無言で腹をつつき、「ほんとだ。スカスカだねえ」「うちのお惣菜美味しいから、たんと食べて太りなねえ」と急に世話焼きになる。太れないという悩みを、店員として解決しにいくのが可笑しい。
節制の話をしているのに、二人ともまったく本気で節制していない。この作品の空気はいつもこのくらいの温度で、だからこそ次の一言が刺さることになる。
その問いは、田山自身にも返ってくる
佐々木の「一番体に悪いのやめてないんだから、何しても悪あがきかもなあ」に、田山が「でも、もし医者にタバコやめろって言われたら、佐々木さんやめんの?」と聞く。答えは「やめるのは、ちょっと」だった。理由も情けなくていい。上司の暴言に耐えられる気がしない、というのだ。田山も「だよねえ。私も難しいかも」と同意し、佐々木が「そうなったら終わりだよ、もう」と言う。
そこで田山が「大丈夫。はい」と何かを手渡し、「これで佐々木さんの体は最強になった」と言ってのける。根拠は何もないが、佐々木には効く。「節制だのなんだの、余計なこと気にしすぎたな。なんか、正気に戻れた気がする。田山さんのおかげだ」。
ただ、この場面には裏がある。自分で振った問いを、田山は自分にも当てているのだ。医者にやめろと言われたらどうするか。彼女の中で出た答えは「やめるよな。そりゃ」だった。佐々木を励ましながら、その人が来なくなる未来をもう計算し始めている。軽口の応酬に見えた会話が、あとから読み直すと全部この一言に向かっている。
要検査、そして要治療
鈴木はA判定だった
結果が返ってくる。鈴木は「尿酸値も中性脂肪も基準値以下のA判定だぜい!」と大喜びだ。ヘルシー弁当と断酒断煙が効いたことになる。もっとも直後に「あれ? なんで去年より体重増えてんだ?」と首をかしげ、その疑問を放り出して「まあ、いいや! ケイコちゃんに報告報告!」で終わらせる。そして「後でお前も結果教えるよ! タバコ吸ってきまーす!」。健康診断まで、という期限は宣言どおりきっちり守られた。
一方の佐々木は要検査、そのうえ要治療だった。しかも部位は肺である。裏へ来た佐々木の様子がおかしいので田山が理由を尋ねると、返ってきたのは「いや、クソなのは俺の体というか」で、続けて「田山さん、その、タバコって本当に体に悪いんだね」。笑えない冗談として言うしかない言い方が、かえってつらかった。
鈴木の結果をたっぷり見せてから佐々木の結果に移るので、落差がそのまま効いてくる。しかも鈴木は宣言どおりやめて数値を戻し、直後に吸いに行く。同じ煙草でも、やめられる人とやめられない人がいるという当たり前が、並べて置かれているだけで残酷だった。
店長が出した提案
店内では、店長の後藤がその話を聞きつけていた。「佐々木くんが健康診断で要検査なうえに要治療、肺で。心中お察しだな」と振ると、山田は「だからタバコはやめるって」と答え、そのあとに本音をこぼす。「あの人が裏に来る理由、なくなるでしょ」。煙草をやめるということは、二人が会う口実が消えるということだ。
ここで後藤が出す提案が、この回でいちばん踏み込んだ台詞になっている。まず「佐々木くんは、人に思わぬ一面があったとして、それを受け入れられない人間か?」と確認し、山田が「そんな人じゃないっすよ」と即答したところで、こう続けるのだ。「だったら『2番レジにいつもいるのはあたしです』。これで理由はいらないんじゃないか?」。正体を明かしてしまえ、という話である。「まあ、彼の憧れの山田さんは消えるだろうが、それはお前の素を受け入れるからこそだろ」とまで言われる。
それでも山田は答えない。「って、山田、聞いとんのかお前は」「すみません」で場面が切れる。この店長は第3話の時点で二人の関係に気づいていて、ずっと面白がってきた人でもある。その人が面白がるのをやめて、正面から選択肢を差し出したことのほうが重い。
最後になるかもしれない一服
火をつけない煙草
その日、田山のほうから「この後、何か用事ある?」「じゃあ、来て」と誘う。裏に着いた佐々木は煙草をくわえるが、火はつけない。「吸って大丈夫だよ、田山さん。最後に、くわえて、人の煙で吸った気になりたいから」。田山の「そんなので、本当にタバコやめれんの?」に、佐々木は「俺も不安だよ。できると思う?」と返し、「あたしに聞かないでよ」と突き放される。
この作品でずっと積み上げてきたのが、火のついた煙草を挟んで交わす会話だった。その火が片方だけ消えている画が、それだけで別れの場面になっている。灰皿の前に並んで立っているのに、もう同じことをしていない。
そして佐々木が切り出すのが、感謝の言葉だ。「田山さん、あの時、声をかけてくれてありがとう」。第1話でここへ誘われた日のことである。「こうやってお話できる機会も、もうないと思うけれど、もし店で俺が目に入ったら」と続けようとして、田山が「言わないで」とさえぎる。
言いかけた言葉と、一本の電話
さえぎったうえで、田山が言おうとする。「佐々木さん、私、本当は」。後藤に勧められたことを、彼女はこの場で自分から選ぼうとしていた。ところがそこで佐々木の携帯が鳴る。田山は「出て」と促し、佐々木は電話に出る。健康診断の件で、明日検査に行くつもりだと答えかけた彼の表情が途中で変わる。
「誤診でした」。「年の割には、きれいな臓器をしているそうです」。肺の要治療は病院側の間違いだった。「よかったね」「ごめん、ごめん、田山さん」「ああ、お騒がせしました」と二人でひとしきり騒いだあと、佐々木が言うのが「俺、まだ、田山さんと吸ってていいんだな」である。許可を求めるような言い方をするのが、この人らしい。
そのあと佐々木は「そういや田山さん、何か言いかけてたよね。遮っちゃって、ごめん。もう一回言ってくれる?」と聞き直す。田山の答えは「今はまだいい」「このまま二人でね」だった。危機が去った以上、正体を明かす必要もなくなってしまったわけだ。そのうえで「でも私、人騒がせは許さないから」と怒ってみせる。打ち明けそこねた言葉を、そのまま怒りの形にして渡している。
スマイルゼロ山田と呼ばれていた頃
今年もスマイル賞の候補
後半はまるごと回想になる。入口は現在のスーパーで、ベテランの大野さんが「今日も偉いわね、山田ちゃん。私も見習わないとね」と声をかけるところからだ。そこへ後藤が「顔写真とインタビュー頼まれてくれるか?」と持ちかけ、山田が「こないだやったばっかなのに」と渋る。理由は「お前、今年もスマイル賞候補なんだから」。
会社が表彰するほどの笑顔だという事実が、ここでさらっと出てくる。佐々木が癒されている接客は、社内でも指折りの評価を受けているものだったわけだ。そしてインタビュー用の笑顔をその場で作ってみせた山田を見て、後藤が言う。「器用なもんだ。バイト時代のスマイルゼロ山田が懐かしいよ」。
笑顔が評価される人が、かつては笑顔がゼロだと呼ばれていた。この一言が回想への扉になっている。しかも語り手は、当時からこの店を見ている店長である。8年ぶんの変化を証言できる人物が、ちゃんと同じ場所に立っているのが効いていた。
同じ客に粘着されていた学生バイト
8年前、この場所は別の店名だった。学生バイトの山田さんは笑顔の練習で「下手!」と一刀両断され、「目が笑っとらん」「口が引きつっとる」「声が低すぎる」と並べられて「それじゃ、全部ダメダメみたいじゃないですか」と言い返す。返ってきたのは「よう気づいたな」だった。
それでもチーフの評価は「お前は仕事はよくできるんだがな」である。本人が「できてないですよ。肝心の接客態度でクレーム来るんだから」と食い下がると、はっきりこう告げられる。「お前のクレームに関しては、同じ客に粘着されてるだけだ。お前を出しに、店にイチャモンつけたいだけ」。そのうえで「その問題も、お前の接客もなんとかする。考えすぎず頑張れ」。山田さんの心の声は「チーフは優しい。私、こんなに迷惑かけてるのに」だった。
そしてその客がレジに来る。ポイントカードにもレジ袋にも卵の順番にも難癖をつけ、「上司にどういう教育されてるんだ!」「毎度毎度だるそうにレジ打って!」と声を張り上げ、謝ればそれさえ「またそれだ! 謝るときくらい必死になれないのか!」と潰す。極めつけが「だから学生の接客は嫌なんだよ! 隣のコンビニバイトも最悪だって! お前はそれ以下だ!」。見ていられない長さで続くのが、この場面の狙いなのだと思う。
「スーパーの裏に残る匂い」まとめと考察
「うるさいです」と言った男
列の後ろから声がかかる。「あの、すみません。うるさいです」。「うるさいとはなんだ!」と食ってかかられても引かない。「途中から関係ない話で怒ってるようにも感じましたし」と冷静に返し、「あなた、毎回この子のこと怒鳴りつけてません? やめませんか、そういうのは。レジなら他にも空いてるのに。どうしてわざわざ? 俺が後ろの時ばかり」と畳みかける。毎回見ていたから言えることばかりで、通りすがりの正義感ではない。
礼を言いに来た山田さんが「全部私が接客下手なせいです」と自分を責めると、男はそれも否定する。「別にあれは助けようとか大した気持ちじゃないんだよ。今日は会社で死ぬほど嫌なことがあって、なんというかイライラしていて、そしたら君がまた怒鳴られていた。いつも助かってるレジまで否定しやがってって。勝手にムカついてやっただけなんだ」。「助かってる?」と聞き返す彼女に「助かるよ。早くて丁寧だから」と答える。
そして「こんな不愛想で適当なバイトに」という自己評価に、「適当なの? いつもあんなに一生懸命なのに」と返す。泣き出した彼女の「泣いてない。これは目から汁が出てるだけです」から、「一生懸命とか、なんでわかるんですか」「なんとかしたいのに。仕事好きなのに」まで一気に出てしまう。受けた男の答えが「この仕事好きなんだね。なら大丈夫。必要なことは全部、君の気持ちに必ず追いつく」だった。うまくやれと言うのではなく、間に合うと言っている。この一言で笑顔がゼロだった人が変わったのだと思うと、8年という時間の長さが効いてくる。
顔も思い出せないや
インタビューが終わり、山田さんが後藤に尋ねる。「ここが別の店名だった時、私の粘着クレーマーにキレてくれた男の人、覚えてます?」。後藤の答えは「私が何年何件の揉め事を見てきたと思っとるんだ。無理無理、覚えてない」。山田さんも「私も、顔も思い出せないや」と言う。そのうえで続く独白が、この回の締めになる。買い物帰りにいつも入口で吸って帰る、ボサボサの髪にクタクタのシャツ、目の下のくまがひどい男の人。入口の灰皿がクレームで撤去されてから、見なくなった。今頃、どこかで吸ってるのかな。
第1話で表の灰皿が撤去された話が出ていたことを思い出すと、答えは全部そろっている。佐々木が癒されている山田さんの笑顔は、8年前に佐々木自身が作ったものだった。そして裏の喫煙所へ誘ったあの日、田山は表の灰皿を失った喫煙者に、吸える場所を返していたことになる。どちらも相手が誰なのか分かっていないまま、貸し借りが一往復している。
サブタイトルの「スーパーの裏に残る匂い」が二重にも三重にもなっているのがうまい。煙草の匂いそのものと、その人の匂い、そして顔は思い出せなくても消えずに残っている記憶のこと。ちなみに山田と田山は公式サイトでも別々の人物として紹介されていて、田山の説明は「どうやら山田さんと仲がいいらしい」で通されている。演じているのは星希成奏で、佐々木は元気商事に勤める会社員という設定だ。誤診と分かって元の日常に戻ったように見えて、打ち明けられなかった言葉だけがそのまま残っている。残ったのは匂いだけではなかった、という回だった。




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