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『ぐらんぶる』第9話の副題は「受難」。就活を始めた先輩の姿を見た伊織がサークルの代替わりを考え、自分も相談したくて集まりに加わるところから始まる。ところが野島の夢と山本の恋と御手洗の命の危機を順にさばいているうちに会そのものが終わり、伊織の相談だけが一度も口に出されない。そのうえで解決したはずの悩みとはまったく別の場所から、受難のほうが三人全員に届くという組み立てになっている。




相談したいと言い出した側が、最後まで相談できない
先輩の就活が、後輩に代替わりを考えさせる
冒頭で先輩が持ち出すのは「人生の目的ってなんだと思う」という問いだった。理由は「夜にOB訪問と飲み会があってな」「将来の目標とか、自己分析とかも用意しておこうかと」。就活のための準備であって、哲学の話ではない。それを聞いた側が「私もそろそろ準備始めようかな」と応じ、伊織のほうは「先輩たちもみんな就活か」「そろそろ引退イベントどうするか考えないと」とサークルの代替わりに考えを移す。
面白いのは、この問いが最後まで誰にも答えられないまま流れていくことだ。先輩は答えを聞きたくて振ったわけではなく、自分の準備の話をしているだけで、後輩たちも真に受けていない。ところが伊織だけが、この一言でこの回の悩みを抱え込むことになる。
「奇遇だな」で始まった集まりが、相談する側を四人に増やす
伊織のモノローグは「誰かに相談したいが」で始まる。そこへ「ちょっと相談事があるんだが集まれないか」という連絡が入り、「この際こいつらに聞いてみてもいいか」と考えたうえで返すのが「奇遇だな」「実は俺もなんだ」。さらに別の一人が「悪い、俺の話も聞いてもいいかも」と乗り、集まる前から相談したい人間が四人になっている。
公式のあらすじも「就活を意識し始めた先輩たちの姿に、代替わりを考え始める伊織。同じように相談事がある男どもで集まることになった」と書いている。つまり伊織に相談事があることは作品側の前提であって、こちらの深読みではない。ところがこの回の伊織は、最後まで自分の用件を一度も口に出さない。
部屋を貸した側にだけ、別の狙いがあった
会場は御手洗の部屋で、入るなり「これが御手洗の部屋か」「初めて入るな」「いつもは家に入れるの嫌がるくせに、今日はいいのか」という会話が置かれる。返事は「まあこういう時くらいはね」。この時点では気前のよさに見えるが、後半でまったく違う意味に変わる。
相談会という枠は、四人が同じ立場で持ち寄ったように見えて、実は一人だけ準備の量が違っていた。伊織の代替わりの話が最後まで出てこないのは、場が荒れたからというより、はじめから会の目的がすり替えられていたからだ。
深刻さの順番を読み違えるところから始まる
「最も深刻な話以外は軽視される」という予測
乾杯のあと、伊織は場をこう見立てる。「このバカどもの相談か」「どうせろくなもんじゃないとは思うが」「どいつもこいつも表情だけは一丁前に深刻そうだ」。そこから導かれる懸念が「相談が複数ある場合、最も深刻な話以外は軽視されることが多い」だった。自分の話が埋もれることを先に警戒している。
この読みは半分当たって半分外れる。実際には全部の相談が軽視されるからだ。深刻さの順位を争う前に、四件のうち三件が順番に打ち切られ、残る一件は口に出されもしない。順位を心配していた人が、そもそも土俵に上がれない。
「所詮こいつらの悩みだ」という前提が崩れる速さ
続く独白が「とはいえ、所詮こいつらの悩みだ」。深刻なはずがない、という前提で聞き始める。ところが一件目が「学校を辞めてYouTuberになりたい」で、三件目が「殺されそうなんだ」なので、軽くはないが真剣に受け取るには無理がある、という中間の重さで揃っているのがこの回の作りだ。
相談としては軽いのに、放置すると実害が出る。だから聞き流すこともできないし、時間をかけて向き合う価値もない。伊織が三件を短時間でさばこうとするのは怠慢ではなく、この中間の重さに対する妥当な処理だった。
三本立てという構成そのものが仕掛けになっている
この回は相談が三件並び、そのあとに顛末が三件並ぶという二層構造になっている。前半で伊織が助言した順番と、後半で受難が訪れる順番はきれいには一致しない。助言の中身と受難の中身がつながっていないので、相談会は結果に対してほとんど無力だったことになる。
相談の場で交わされた言葉と、そのあと実際に起きたことの落差がそのまま笑いになる。副題の「受難」は誰か一人を指しているのではなく、この構造全体につけられた名前だと読むほうが収まりがいい。
「顔がいいだろ」に条件が三つ付く
中身が決まっていない夢の相談
一件目は野島で、内容は「学校を辞めてYouTuberになりたいんだ」。理由が「このまま普通の人生でいいのかって思ってさ」「ほら、俺って顔がいいだろ」。同意が返ってこないので「顔がいいだろ」「答えるまで何度でも聞くぞ」と繰り返す。ようやく返る答えが「角度によっては」「時代によっては」「目つぶしされた後なら」で、当人が「なぜ条件をつける」と抗議する。
決定的なのはそのあとだ。「で、何を配信したいんだ」と聞かれて「それが決まってないからこその相談だ」「とにかくチヤホヤされたいんだ」と返す。やりたいことが無いのではなく、やりたいことは「見られること」そのものだと本人が言い切っている。
何をやるかに答えず、どこでやるかだけを整える
伊織の返しは正論だった。「やりたいことがあるならやればいい」「でも学校を辞める必要はないだろう」。そして「夢を叶えたいなら夢を追い続けられる環境を作る」「学校を辞めたら親の支援もなくなるだろう」「辞めなければ何の不安もなく夢に何度でも挑戦できるんだ」と続ける。
注目したいのは、この助言が配信の中身に一言も触れていないことだ。中身が決まっていない相談に対して、環境の話だけで納得させている。相手の問いに答えていないのに相手が納得してしまうという意味では、この回でいちばん手際のいいやりとりだった。
「これで野島はオーケー」という処理の速さ
野島が「分かった」と言った直後の伊織のモノローグが「よし、これで野島はオーケー」「次は」。相談を解決したという感触ではなく、処理を一件終えたという感触で数えている。相談会ではなく順番待ちの窓口として見ているのが、この一行でよく分かる。
そして皮肉なことに、この回で唯一きちんと納得までたどり着いた相談が野島の件で、後半でいちばんひどい目に遭うのも野島だった。助言が正しかったかどうかと、その後の受難とはまったく関係がない。
画面の向こうの恋に、身内が割り込んでくる
「本気の恋だと自覚した」が四回繰り返される
二件目は山本。公式のあらすじは「VTuberにガチ恋する山本」と書いている。本人が差し出すのは「相手はこの子だよ」という一言と、そのあとに続く「これが本気の恋だと自覚したんだよ」。この宣言だけが四回も繰り返され、相手がどんな人かという説明はほとんど無い。
伊織は一応「友人として応援はするが」と受ける。ここまでは相談として成立していた。ところが助言に入った瞬間から、話は相談者の手を離れていく。
「知り合う可能性を」という助言が最後まで言えない
伊織が言いかけるのは「いいか山本、お互い顔も知らないんじゃ恋も始まらないだろう」「まずは知り合う可能性を」。方向としてはまっとうで、山本の恋を否定していない。ところがこの助言は最後まで言い終わらない。横から別の話が差し込まれ、話題が本人の恋からその場の身内の事情へ移ってしまう。
以前に耕平が披露した声色の話が蒸し返され、名指しされた側が「それだけはできない」「俺には俺の悩みがあるんだ」と拒む。悩みの中身を聞かれて返るのが「たった今出来たての悩みだが」。相談を聞く側にいたはずの人間が、相談の途中で自分の悩みを作っている。
「この話はここまでだ」で二件目が終わる
収束は早い。伊織が「この話はここまでだ」と打ち切り、山本が抗議すると「もともと仲間ですらなかったぞ」と返される。野島のときのように納得させる工程が無く、途中で切っただけだ。それでも伊織のモノローグは「よし、これで一通り問題解決」と続く。
一件目は答えていない問いに答えて納得させ、二件目は答えないまま打ち切る。どちらも「解決」として数えられている。相談を数で処理する人の内訳がここに出ていて、あとで自分の番が来なかったことへの伏線にもなっている。
助けを求めてきた相手を、その場でミュートにする
三件目だけ、被害が相談中に発生する
三件目が御手洗で、切り出しが「俺の悩みはお前らより深刻でさ」。中身は幼馴染に浮気がばれて命が危ないという話で、公式のあらすじは「ヤンデレ彼女に顎骨を砕かれかけ咄嗟にプロポーズしてしまう御手洗」と要約している。本人の弁明は「俺は連絡先交換しかしてない」で、周囲の返事が「十分だ」。
ここで場の空気が変わる。前の二件は将来の話だったが、この件は現在進行形で、しかも相談している最中に相手が部屋へ向かっている。深刻さの順番を心配していた伊織の予測は、この時点で意味を失う。
部屋を貸した理由が、ここで明かされる
御手洗が付け足すのが「お前らにそそのかされてやったと言ってあるんだぞ」。責任の一部を、その場にいる全員に割り振ってある。そして「もうすぐあいつがここに来るんだ」。冒頭で不自然だった「今日はいいのか」への答えがここで出る。「道理でお前が部屋を提供したわけだ」「はなから俺たちをはめる気だったんだろ」。
相談会は、相談する場ではなく人質を集める場だった。伊織が自分の相談を切り出せなかった最大の理由は、順番が回ってこなかったからでも場が荒れたからでもなく、そもそもこの会が相談のために開かれていなかったからだ。
「助けてくれ仲間だろ」の直後に届く一行
逃げ出したあと、御手洗からの着信が鳴り続ける。「マジで取り返しのつかないことになってんだ」「助けてくれ仲間だろ」。それに対する返答が「着信音うるさいな」「こいつの連絡はミュートにしようぜ」「だな」。相談を打ち切るのではなく、相談が届かないようにしている。
一件目は答えをずらして解決とし、二件目は途中で打ち切り、三件目は受信そのものを止めた。相談への対応が回を追うごとに雑になっていて、四件目にあたる伊織の相談が出てこないのは、この流れの当然の帰結でもある。
誰も見ていないところで、いちばん取り返しがつかなくなる
エアコンが壊れたところに、凍らない酒がある
後半の一件目は山本。事故の条件が丁寧に積まれている。まず「まさかエアコンがぶっ壊れるとは」「耐えられねえ」で暑さから逃げ場が無く、「アイスはもう食っちまったし」で手持ちも尽きている。そこで冷凍庫から出てくるのが、仲間が「この酒置いてくわ」「冷凍庫で保存しといてくれ」と預けていった度数の高い酒だった。
本人の反応が「冷凍庫で凍ってないって、どんだけ強い酒なんだよ」。危険であることは分かっている。そのうえで「俺がこの酒をどんだけ飲んだら」と考え始めるので、避けようと思えば避けられた事故になっている。
説明できない事故だけが残る
電話口でのやりとりが秀逸だ。「あの酒がなくなっちまった」「一人で飲んじまったのか」「いや違う」「ならこぼしたのか」「そうでもない」「じゃあ何があったんだよ」「それだけは言えない」。飲んでもいないしこぼしてもいないのに無くなった、という状態が先に提示される。
視聴者は答えを知っているが、電話の向こうは知らない。この情報の差が笑いになる作りで、しかも本人が「俺はもうおしまいだ」「よりによって消毒液よりやばいものに」と嘆くところまでが密室で完結している。相談会では言えたことが、一人になった途端に言えなくなっている。
バカな状況に、正確な解説が乗る
この回の白眉が直後のナレーションだ。「アルコールは胃の中ではゆっくりと吸収されるが、小腸などの粘膜では、その速度は飛躍的に速くなり、血中アルコール濃度も爆発的に高まる」「要は粘膜摂取は異常なまでに酔いやすいのである」。ふざけた状況に、教科書のような説明が真顔で乗る。
駆けつけた側の反応も冷静だ。「いくら俺らでも俺はやらんぞ」「やらんよな」に対して、当人が「お前らだってあの状況になれば絶対やる」と言い張り、一人だけ「やる」と同意してしまう。全員がバカだという前提を、こういう一行で更新してくるのがこの作品の強みだ。
守ろうとした高潔なイメージは、最初から誰も持っていない
本人がいない場所で、評価はすでに確定している
後半の二件目は野島。席を立つときの言い方が「お花摘みに行ってくる」で、残された側の反応が「あいつ時々気持ち悪いよな」「月に28日くらいな」「2月は毎日か」。冗談の形だが、内容は明確な評価だ。本人が守ろうとしているものが、本人のいない場所ですでに否定されている。
一方の野島の独白は「あの連中といると、俺の高潔さが損なわれるぜ」。同じ場面を、当人と周囲がまったく違う言葉で語っている。この落差が、そのあとの受難の効き目を決める。
助けを呼べない理由が、助けを呼ぶ理由より重い
トイレの洗浄機能が止まらなくなる。本人の混乱が「なぜ起動はしたのに停止はできない」「なぜこっちの意思に反して動き続ける」で、そこから「これじゃあ俺はまるで、ロボットアニメの主人公みたいじゃないか」と芝居がかっていく。ところが解決を邪魔するのが「助けを求めたいが」「俺の高潔なイメージが」という一点だった。
助けを呼べば数秒で終わる。それでも呼ばないのは、見られたくないからだ。前半で「チヤホヤされたい」と言った野島と、後半で「見られたくない」と粘る野島は、どちらも他人の目を基準にして動いている。
電源を抜いて解決した直後に、まったく違う想像をされる
打開策は理詰めだった。「これは電動か」「つまり電気がなければ止まる」「そしてこの本体は電池式じゃないから、あれを抜けば全てが解決する」。実際その通りに止まる。ところが物音を聞いた仲間が駆けつけて出す結論が、「あいつ、シャワートイレで洗髪してたぜ」という見当違いの推測と、それに輪をかけた邪推だった。
締めの一言が「さすが野島、イメージ通りの変態だぜ」。守るために助けを呼ばなかったイメージが、はじめから誰の中にも存在していなかったことが確定する。冒頭に置かれた「相変わらずのバカばっかりで」「そう簡単に人は変わりませんよね」が、そのまま結論として回収されている。




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