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『天は赤い河のほとり』第9話の副題は「手のひらのしるし」。カイルが宣言した無血開城は、言葉どおり数日で成立する。ところが同じ夜のうちに、渡してはいけないものを二つ手放している。イルヤンカの目は黒太子の手に渡り、ユーリは残党に連れ去られた。そして止めたはずの伝令を通したのは、味方の中の誰かだった。計画は完璧なのに、勘定だけが合わない回である。




副題は「手のひらのしるし」、攻略戦は始まる前に半分終わっている
副題は四つの情報源で確認できる
第9話の副題は「手のひらのしるし」。配信サイトの番組情報、公式アカウントの放送告知、関係者の告知、視聴者の投稿と、同じ表記が四か所で揃っている。
第8話の記録どおり、この作品は公式サイト以外からも副題が確認できる。ちなみに第2クールのオープニングとエンディングの主題歌も決まったという告知が、同じタイミングで出ている。
開幕は前回の幕そのまま
冒頭は、太守の館に着いたカイルの挨拶から始まる。しばらくくつろがせていただきますよ、という第8話の幕の一言が、そのまま第9話の第一声になっている。
前回が引きで終わっていたぶん、間が一秒も空かない。滞在の許しをもらう場面から入るので、この回が城攻めではなく訪問から始まることも同時に伝わる。
攻略戦の半分は、始まる前に終わっている
作戦の中身は、ユーリに聞かれてようやく明かされる。マラティア攻略戦の半分はもう終わっている、戦って奪うつもりはない、無血開城する、と。
参謀が言い換える。一滴の血も流さず、戦わずして城を取るということです。手順は三つで、城内の配備を調べ、武器庫に火をかけ、城門を開いて軍を引き込む。時間と兵を最小限に抑えられる、という理由まで付く。
「できるというより、やるんだよ」
そんなことできるのか、というユーリの問いへの答えが良い。できるというより、やるんだよ、である。可能かどうかの話にしないという返し方で、第8話の十ヶ月の宣言と同じ形をしている。
そのうえで条件が付く。もっとも、黒太子抜きでの話だが。だからザナンザにおびき出させて遠ざけた、奴がここを守っていれば無理な話だ、と。前回の幕で明かされた仕込みが、ここで作戦の前提として組み直される。
無能な皇子を演じることが、この作戦の本体だった
無能な皇子の作り方
太守の前でのカイルは徹底している。父上にいきなり遠征しろと言われた、戦争などかったるい、と愚痴をこぼす。手柄の話を振られても、あれは弟の軍だ、弟は二回に一回手柄を譲ってくれると受け流す。
自分の値打ちを下げるために、弟の手柄を持ち出している。今日もこうしている間に私の分も立ててくれるだろう、という言い方まで足しているので、聞いた側は完全に見限る。場を切り上げるのも参謀の仕事で、そろそろ二人にしてほしいと言っている、と引き取り、太守のほうから退室を勧めさせる形にしている。断るのではなく、相手に言わせて場を閉じている。
演技の成果は、数で確認される
部屋に戻ったカイルが最初に見るのは、廊下の警備の数だった。見張りの兵が半数に減った、私の演技もまんざらじゃないだろう、と自分で採点する。
芝居の出来を、感触ではなく減った人数で測っている。ユーリの返しが、本当に演技か、なので、笑いにしながら第8話までの評価と地続きにしている。太守側の見立ても、黒太子が気にかけるような男ではなさそうだ、で固まる。ただし一応知らせておけ、という一言だけが残り、これがのちに効いてくる。
二人きりの時間のほうが、よほど難しい任務になっている
掃除と遊びで時間を潰す
城内では、ユーリが夜をやり過ごすのに苦労している。部屋の掃除はもう二回やった、盤上の遊びは十連勝されて才能がないと言い渡される。
理由は本人が口にしている。黙って二人でいたら絶対に変なムードになってしまう。前の晩は眠ったふりでごまかしたが、いつまでも続けられない、とも言う。
好きだからこそ苦しい、と言い切る
侍女たちに向けた本音の言い方が、この作品らしい。カイル王子のことはとても好きだけれど、同じ部屋で眠るのがこの頃ちょっと苦しい、である。
嫌いだからではなく、好きだから苦しいという順番で説明している。第8話でカイルが自分の側の怖さを白状したのと、ちょうど対になる位置に置かれている。
避けられている側も気づいていて、先に主導権のほうを渡す
無理強いはしない、と先に言ってしまう
カイルの切り出し方も直球だった。嫌なのだろう、無理強いするつもりはない、と先に言ってしまう。
そのうえで、だけど露骨に避けられるのは気に入らない、このくらいの意地悪はしたくなるさ、と続ける。拒まれていることと、避けられていることを分けて数えている。
主導権を渡す、と言ってしまう
そして問いが出る。心を伝えるのに、お前の国ではどうするのか、と。
言葉どおりに読めば、これは自分のやり方を引っ込めるという宣言である。第8話の幕で離さないと言い切った人物が、一話あとには相手の作法を教えてくれと言っている。
手のひらのしるしと、五秒で取り返される主導権
副題は、言葉を使わない告白だった
ユーリが差し出したのは、手のひらに描くしるしだった。何のまじないだ、と聞かれて返すのが、あなたを愛していますというしるし、私の国では誰でも知っている、である。
副題は、この一つの仕草の名前として置かれている。子供っぽいと笑われるかな、という自己申告まで付くので、格好はまったくつかない。
理由のほうが本音になっている
続けて出てくる一行が効く。だけど、王子が私をどう思っているか聞いたことがない、である。
教えたのは自分の国の作法だが、言いたかったのは相手の気持ちを知らないという不満だった。愛の伝え方の話が、そのまま確認していない事実の指摘に変わっている。
譲ると言った直後に譲らない
カイルの答えは短い。私は私の国の方法のほうが好きだ、である。そして自分のやり方で返す。
お前の言う通りにしようと言ってから、実際には五秒で取り返している。唇は拒むことを許さない、これは私のものだ、という言い方まで付くので、譲歩は完全に取り消されている。
中断させるのも、いつもの人
場を割るのは参謀の一言だった。お取り込み中恐れ入りますが、太守殿が晩餐の迎えに来ています、と。
この回の甘い場面は、ことごとく仕事のほうから中断される。晩餐の招きが罠であることは、この時点で二人とも分かっている。
止めたはずの伝令は通り、皮肉を言った側が取り違えていた
晩餐会は、時間稼ぎの罠だった
太守の招きには条件が付いていた。出席できるのは貴族以上の男だけで、側室は招けない、宮廷の決まり事だ、と。
カイル側の読みは正確だった。黒太子が戻るまで殿下を留めておくのに必死と見える。そして、伝令が止められているとも知らないで、と付け足す。
その伝令は、止められていなかった
ところが場面が変わると、伝令を捕らえに行った兵たちが倒れている。誰にやられたのかは分からない。分かるのは、伝令が止められなかったという結果だけである。
皮肉を言った側のほうが、事実を取り違えていた。黒太子はすでに知らせを受け、このヒッタイト軍は囮か、と気づいて全軍を返している。
知らせは、豆の話に化けて届く
外からの一報も、そのままでは中に入らない。使いに立った者は、文官が豆の補給ごときに殿下の印章が要ると言い出した、という口実を作って門番の前に立っている。
本当の用件は、今日の夜半に黒太子が戻るという一報だった。それでも中には入れず、いま不審な動きをして気づいたことがばれれば同じことだ、この人数では守れない、と足踏みが続く。そこでユーリが、私が行く、と言い出す。
妨害しているのは味方で、そこへ名前を持った人物が現れる
ユーリも同じ手を使う
ここでユーリの側も演じる。女人禁制の宴に飛び込むという禁を犯しておきながら、寂しくなって来てしまった側室という体裁にすり替えて退出する。
バカなふりをするという同じ手を、二人が別々の場面で使っている。禁を破った者はこの場で処分してよいのが慣例だと言われた場に踏み込む以上、言い訳の質がそのまま命の値段になる。
カイルは、その意味に気づく
城が落ちる直前、カイルがもう一度この件に触れる。黒太子への伝令が通ったのも兵が何者かに殺されたせいだと言ったな、と確認したうえで、こう言う。
私の邪魔をする者が我が軍の中にいるのか。敵の妨害ではなく、味方の中の裏切りとして数え直している。第8話までの遠征の話が、ここで内側の話に切り替わる。
第8話で名前だけ置かれた神官が、ここで名乗る
直後に侍女が、はぐれた主人を探して声をかけてくる。名前はウルヒ・シャルマ、王妃の命で従軍神官として来ているという。
第8話では、説明もされず話しかけられもせずに画面へ置かれるだけの人物だった。あとで効く人物の置き方だと読めたものが、一話あとで名前つきで回収された。
城は取れたが、二つ持っていかれた
落城そのものは、宣言どおりに進む
決行が早まっても手順は変わらない。武器庫に火を放ち、城門を開き、外の軍を招き入れる。門を開けさせたのは、兵士に声をかけた三姉妹だった。
制圧の報告も次々に入る。西門から侵入、高官は全員確保、東門も間もなく。第8話でカイルが口にした五日という見積もりは、そのまま守られている。
後回しにした一つが、最後に効く
ただし城内を探るときに、一つだけ後回しにしたものがあった。イルヤンカの目である。今探し出すのは無理だ、マラティアを落としてからにしましょう、という判断だった。
順番として正しいその判断が、この回でいちばん高くつく。ユーリが宝物庫へ走るのも、人の心を操るものを誰にも渡せない、という理由からだった。
黒太子は、城を捨てて箱を持ち帰る
東門から入った黒太子は、神官を斬るつもりはない、と言って伝言だけを預ける。マラティアごときはくれてやる、その代償はいずれお前の首で払ってもらう、と。
そのうえで箱を取り上げる。ずいぶん大事なもののようだな、預からせてもらうぞ、である。城を捨て値で手放して、代わりに一つだけ持って引き上げている。
陥落の報告と、行方不明の報告が同時に届く
幕は二つの報告が重なって下りる。マラティアが落ちました、という勝報と、ユーリはまだ見つからないのか、という問いである。
退却する残党は、彼女を戦利品として数えていた。戦わずに城を取るという作戦は成功したのに、終わってみると渡してはいけないものを二つ渡している。第8話の主役はお前だという言葉が、いちばん悪い形で当たった回だった。




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