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第8話の公式サブタイトルは「王の彷徨(ワンダリング)」。前半は千七百万ゴルドの金勘定、後半は単騎の防衛戦という落差の大きい回だ。注目したいのは二点。二百万の分配で揉めて追い出された少女が、今回その八倍を二本持ち帰ること。そして「時間を稼いで逃げ切る」というルーチェへの説明が、独白ではっきり嘘だと明かされることだ。




第8話「王の彷徨(ワンダリング)」で起きたこと(要点だけ)
公式サブタイトルは第8話「王の彷徨(ワンダリング)」(※1)。前半が金勘定、後半が単騎の防衛戦という、同じ回とは思えないくらい温度差のある構成なので、まず起きたことだけ並べておく。
- 成金ラーナのドロップ率は五割。狙いは経験値ではなく高額アイテムのほう
- 出たのは攻撃力プラス12・市場価値千七百万ゴルドの武器。ルーチェは桁を読み違えて「ゼロが一つ足りない」と直される
- 日が暮れる前にもう一体狩り、二本目も出る
- ルーチェは余ったスキルポイントの振り先を相談するため、自分のステータスをそのまま見せる
- 赤ちゃんの鳴き声のような音が聞こえ、ダンジョンマスターが奥地から出て歩き回る<ワンダリング>だと分かる
- 正しい対処は「声とは逆方向に逃げつつ出口を目指す」こと。エルマもいったんはそう説明する
- ところが逃げ切れない状態の冒険者二人を見つけ、エルマは自分が魔物を引きつける側に回る
- ルーチェには「時間を稼いで逃げ切るくらい、俺単体ならできる」と説明するが、独白でそれが嘘だと明かされる
- 相手はマスターのエンブリオとレベル40のブリキナイト三体。エルマはレベル27で覚えたシールドバッシュで場を組み立てる
- しかし魔物がシールドバッシュの動きを学習しはじめ、攻略難度が跳ね上がる
- エルマの剣は届かず、倒れかけたところへ戻ってきたルーチェに救われる
前半と後半で、賭けているものが入れ替わる
この回の前半は、どこまでいってもお金の話だ。ドロップ率、市場価値、桁、運用方針、スキルポイントの振り先。ところが後半は、その積み上げを全部置いて見ず知らずの冒険者二人のために立ち止まる話になる。同じ二十分のなかで、数字で計算できるものと、計算しなかったものが並べて置かれている。
二百万で揉めて追い出された少女が、千七百万を二本持って帰る
追放の理由が、ここで金額つきで確認される
前半でいちばん効いているのは、ルーチェのこの一言だ。「二百万のアイテムの分配で揉めたのがきっかけでしたのに」。彼女が前のパーティーを追い出された理由が、ここで初めて金額つきで言い直される。
第5話の路地裏を思い出したい。あのとき揉めていたのは市場価値二百万ゴルドの剣の取り分で、少女に投げ渡されたのは十万ゴルドだった。その少女が、第8話では一本千七百万ゴルドの武器を二本持って帰ってくる。追い出された原因の八倍以上の値札が付いたものを、二つ。
金額より、扱い方のほうが変わっている
しかも重要なのは金額そのものではない。エルマの反応が「パーティーとしてやっていくにあたって、この額をどう運用するか真剣に考える必要があるな」だという点だ。分配で揉めるのではなく、運用を一緒に考える対象として扱っている。同じ「二人以上でアイテムを持ったときの話」が、第5話とは正反対の形で処理されている。
ルーチェのほうは桁がまだ体に入っていない。「三百万が十個?」と換算し直したり、「これだと命を狙われます! エルマさん、一緒に逃げましょう!」「村でひっそりと二人で暮らすんです!」と極端な結論に走ったりする。十万ゴルドを投げ渡されていた人が、急に千七百万を二本持たされたときの反応としては、たぶんこれが正しい。
目標の五千五百万ゴルドは、この二本でもう届きかけている
「レイドクエスト六十周分」と言われた金額
この作品の当面の目的は第5話で提示されている。重騎士の本当の性能を引き出すスキルブック「燻り狂う牙」(※1)を手に入れることだ。値段は店頭五千万ゴルド、取り置き料が五百万で、合計五千五百万ゴルド。当時の見積もりは「レイドクエスト約六十周分」だった。
そこへ第8話の収支を置いてみる。千七百万が二本で三千四百万ゴルド。ダンジョン一回、成金ラーナ二体で、目標額の六割を超えた。六十周分と言われていたものが、実質数日で片が付きかけている。エルマが第7話から成金ラーナ狩りに切り替えたのは、経験値ではなくこの一点のためだったと、八本目にしてはっきり分かる形になった。
だからこそ、ここで足を止める意味が出る
目標金額に手が届きかけているという事実は、後半の判断の重みにそのまま効いてくる。いま死ねば、六割まで積んだものが全部消える。それでも引き受ける、という順番で後半が来る。前半をまるまる金勘定に使ったのは、たぶんこの落差を作るためだ。
ステータスは、人に見せるものじゃない
この世界では、スキル構成がプライバシーになっている
細かいが、この作品の世界の作り方がよく出ている場面がある。ルーチェが「私、一気にレベル上がったんで、またポイントが余っちゃってて。どこに振るべきですかね?」と相談したとき、エルマの返事が「あ、あまりそれは人に見せるものじゃないんだが」なのだ。
ゲームを下敷きにした世界なので、ステータスやスキルツリーは誰でも開ける表のように見える。ところがこの世界の住人にとって、それは他人に見せない類のものらしい。第5話でスキルブックの売買が禁止されていて、ギルドが買い取って貴族や教会に流している、という設定があった。スキル構成が値段のつく情報である以上、見せないのが当たり前という感覚は筋が通っている。
それでも見せるルーチェの側
ルーチェは「今さらですよ! 大丈夫です!」と押し切る。理由が「エルマさんには、ここまでレベルを上げていただいたご恩があるので」で、そのあとに「もし利用され尽くして捨てられたら」という冗談まで自分から足す。返しは「そこまで行ったら、恨まれない方がしんどそうだが」。
軽い掛け合いだが、差し出せるものを全部差し出しにいく側と、受け取りすぎないようにしている側という構図がはっきり出ている。この直後にエルマが単独で残る選択をするので、並びとしてもきれいだ。
ダンジョンマスターの合図は、赤ちゃんの鳴き声
先に聞き取ったのはルーチェのほう
後半の入口はごく静かだ。「赤ちゃんの鳴き声が聞こえませんでした?」というルーチェの一言から始まる。エルマが「ワンダリングか!」と反応する前に、先に気づいているのは彼女のほうだ。
解説はそのあとに来る。「ダンジョンマスターはダンジョンの心臓であり、通常は奥地に引きこもって動かない。だが例外的に奥地から出てきて内部を歩き回ることがある。ワンダリングである」。対処法も同時に示される。「適切に対応すれば巻き込まれることはない。声とは逆方向に逃げつつ出口を目指す。マスターも外までは追ってこない」。
いったんは、逃げるという結論が出ている
大事なのは、エルマがここで一度「簡単な話だ。このまま出口へ向かい、街で今回の報酬を受け取る。それでこの話は終わるはず」まで言い切っていることだ。この回のエルマは、迷わずに人助けへ飛び込んだわけではない。正解を口に出して、ルーチェを安心させて、そのうえで方針を変えている。「終わるはず」という言い方に、すでに保険がかかっている。
「ゲームではない」と口に出した瞬間に、攻略が止まる
タイトルの前提を、本人が八本目で外す
方針が変わる引き金は、逃げ切れない状態の冒険者二人だった。そこで出る独白が短い。「ゲームではない」「あんな状態で逃げ切れるわけがない」「ここで俺たちが逃げれば、間違いなくこの二人は命を落とす」。
この作品は『ゲーム知識で無双する』という題名を掲げている。エルマの強さは、前世でやり込んだ知識で最短の正解を選べることに由来していた。その本人が、八本目で「ゲームではない」と言って、知識どおりの正解を捨てる。しかも捨てる理由が、ゲームなら数に入らない名前も知らない冒険者二人だ。
引き受ける言い方が、クラスの説明になっている
そのうえで出てくるのが「ルーチェ! 二人を外まで案内してやってくれ。魔物は俺が引きつける」、そして「敵を引きつけるのが、重騎士の役目だ」。
公式サイトの紹介文は、重騎士というクラスを「守り特化で敵の攻撃を引き付けて味方を守るクラス」「”不遇”を超えた”欠陥”クラスといわれていた」と書いている(※1)。その説明文どおりのことを、初めて自分の口で名乗ったのがこの場面だ。第1話から「重騎士こそ最強」と言い続けてきた人が、強いからではなく、役目だからという理由で前に出ている。
「時間を稼いで逃げ切る」は、ルーチェへの嘘だった
追い返し方が、わざと冷たい
ルーチェは残ろうとする。「ちょっと時間を稼いだら、すぐ後を追いかけます」と食い下がる相手に、エルマが返すのが「はっきり言わないと分からないか。足手まといに気を使って戦えるほど、やわな相手じゃない。邪魔になる」。この回でいちばんきつい言い方を、いちばん守りたい相手に向けている。
そして独白でひっくり返る。「レベル40が三体。これだけなら、二人組とルーチェに残ってもらって殲滅を試みたかもしれない」「敵を引いて逃げる、とはルーチェに説明したが、それは嘘だ」。理由は身も蓋もない。「重騎士である俺は速度がない」「魔法攻撃を持つここのマスター相手に逃げ回るのは」。無理だ、と自分で分かっている。
勝ち筋は最初から一本しかなかった
エンブリオという名のマスターについて、エルマの見立ては冷静だ。「ステータス自体は、レベル50の中では低い」「問題は、ダメージを与えられないことだ」「その肉塊は恐ろしく防御力が高く、唯一ダメージが通る目玉には、遠距離攻撃以外では通す術がない」。そのうえで「弱点があるなら、単独低レベルでも撃破可能だ」と結論する。
組み立ても具体的だ。レベル27で覚えたばかりのシールドバッシュ(盾で敵を押して弾き飛ばす。敵の位置を分散できる)で取り巻きをさばき、「ブリキナイトの影で、奴のシルフカッターの射線を切る」。魔法を撃つ瞬間だけ目玉が出るので、そこへ土属性の魔石を投げる。逃げるつもりが無い代わりに、倒す算段だけは最初から立っていた。
まとめ|スキルを覚える魔物と、戻ってきた相棒
「決まった動きしかしない奴」ではなかった
計画が崩れる理由が、この回のいちばん面白いところだ。「ただの魔物が、こちらのスキルに対応することなどできなかった」「明らかにシールドバッシュの動きを覚えている」「となると、エンブリオの攻略難度は跳ね上がる」。
前半で「ゲームではない」と言ったのは人助けの文脈だったが、後半では敵の側からも同じことが証明される。ゲームの魔物は同じ手に何度でも引っかかるが、この世界の魔物は覚える。ゲーム知識で無双する主人公にとって、これは相性の悪さでは済まない話だ。覚えられるということは、前世の知識の賞味期限が戦闘中にも切れうるということになる。
最後に効いたのは、計算していなかったほう
結末はあっさりしている。「油断はなかった。最善の戦いだった」「俺の剣はダンジョンのマスター、エンブリオに届かなかった」。そして「救ってくれたのはルーチェだ。危険を顧みず戻ってきてくれた」。
この回で数字にできたものは、全部前半にある。ドロップ率五割、千七百万が二本、レベル40が三体、目玉以外は通らない防御力。そのどれもが最後の場面を助けなかった。助けたのは、ステータスを見せた側が「邪魔になる」と言われたあとに戻ってきたことだけだ。
締めが「なら俺は……俺たちは二人でエンブリオを倒す。このダンジョンを攻略する」で、主語が「俺」から「俺たち」に直される。第6話でスカウトしたときは「レベル23、ソロの重騎士。一応E級冒険者だ」と名乗っていた人だ。パーティーの話をずっと運用と分配の言葉でしてきたこの二人が、八本目でようやく、勘定に入らない理由で組み直された。
出典
※1 アニメ「追放された転生重騎士はゲーム知識で無双する」公式サイト(あらすじ/ストーリー Chapter 8「王の彷徨(ワンダリング)」ほか)sh-anime.shochiku.co.jp




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