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『これ描いて死ね』第10話の副題は「この世の90%はカスである〜ママより強くなるには「友達」が必要である」。石龍光は幼いころから、母に「どんなものもその90%はカスである」と教わってきた。母にとってこの一文は、残りの10%でいるために遊ばない理由だった。ところが同じ一文を聞いた赤福幸は、「すげえ安心する言葉」だと受け取る。同じ言葉が、片方には孤独の理由になり、もう片方には友達がいる理由になる。




副題の一文は、この回で二度読まれる
教わってきた一文
第10話の副題は「この世の90%はカスである〜ママより強くなるには「友達」が必要である」。公式のあらすじは、石龍光が幼いころから母親に「どんなものもその90%はカスである」と教わってきたと書く。
回想の母は「昔有名なSF作家が言ってたの」と前置きして、この一文を娘に聞かせる。続けて「ママは残り10%でいなくちゃいけないの」と言い、だから今は遊べない、と話を結ぶ。母にとってこの一文は、遊ばない理由として使われている。
牙が鈍る
石龍が覚えているのは「牙が鈍るからね」という言葉だった。漫研が文化祭に参加すると決まっても、参加するかと聞かれた石龍の返事は「僕はいいかな」。放課後の準備が始まっても、「90%の子といると牙が鈍るから」と距離をとる。
人と一緒にいることそのものが、描く力を落とすものとして扱われている。母の言葉は、石龍の中でそのまま生活の決まりになっている。
同じ一文を、もう一度
この一文は、回の終わりにもう一度、同じ人の口から出てくる。ただし聞き手は石龍ではなく、同級生の赤福幸である。一度目と二度目で、同じ言葉がまるで逆の意味で受け取られる。そこがこの回の芯になっている。
森の「僕」と、村の女の子
僕のママはふわふわ
この回は、森で暮らす「僕」の語りから始まる。「僕のママはふわふわ」「ママは僕を森で拾ったんだって」「服や本はママが持ってきてくれる」。語りに重なるのは、黒い大きな獣と森を描いた、ほかの場面とはまるで違う絵柄の画面である。
語りの「僕」には、ママ譲りの爪がある。「僕の爪はママに似て」「鋭いから」「いつもうっかり傷つける」。ママと同じ爪を持っていることが、そのまま人を傷つける理由になっている。
村の女の子
そこへ「村の女の子が友達になりたいみたい」という語りが入る。「この間傷つけちゃったはずなのに」。傷つけた相手のほうから、また近づいてくる。
「僕」から見た女の子は、「この子は僕の欲しいものを何も持っていない」。ママのような爪を持っていない。だから「一緒にいても」「気持ちは楽」。欲しいものを持っていないことが、そのまま一緒にいられる理由になっている。
いいねが減る
石龍は、自分の新しい漫画を見て「いいねが減ってる」「女の子と友達になるシリーズ」「ぬるかったかな」とつぶやく。友達の話を描くと、数字が落ちる。母の言う「牙が鈍る」が、ここではいいねの数として目に見えている。
森の「僕」の話は、この「女の子と友達になるシリーズ」と同じ流れで進んでいく。漫画の中の話と、石龍と赤福のあいだで起きることが、ほとんど同じ形で並べられている。
「赤福って普通だよね」
90%って感じがする
石龍の漫画を「前から読もう読もうと思ってたんだけど」とほめる赤福に、石龍の返事は「遅いよ」。そのうえで石龍は赤福を「赤福って普通だよね」「90%って感じがする」と評する。
母から教わった物差しを、そのまま同級生に当てている。ところが言われた赤福が引っかかったのは、そこではなかった。
さっちゃんと呼べ
赤福の抗議は「ちょっと待て」「それより前から気になることがある」「なんで俺だけ名字で呼び捨てなの」「さっちゃんと呼べ」。90%扱いされたことより、呼び方のほうが気になっている。
そして「あいつと仲良くなって」「さっちゃんって呼んでもらうってな」と決める。赤福の目標は、才能のある側に入ることではなく、名前で呼ばれることだった。
誘われて、断る
赤福は「ヒカル一緒に行こうぜ」「ヒカルもたまには一緒に飯食おうぜ」と声をかけ続ける。石龍は「一人で行けるし」「嫌だけど」とかわす。
それでも石龍が「誰か生き物が見られるような磯教えてくれない」「漫画で描きたい」と頼むと、磯を案内し、釣りまで教えたのは赤福だった。断られ続けた側が、頼まれたときには真っ先に動いている。
磯と、ウツボと、にぎやかな食卓
爪を持っていない子
磯では赤福が「ウツボ釣るときはよ」「魚の血をまくといいんだ」と手本を見せる。漫画の「僕」が語っていた「この子は僕の欲しいものを何も持っていない」は、この場面にそのまま重なる。
漫画の「僕」を石龍に重ねるなら、石龍が欲しいのは母のような鋭さで、赤福はそれを持っていない。だから一緒にいても疲れない、という理由で、石龍は赤福の隣にいる。
別に世話してない
夕飯は赤福の家だった。赤福の母は「いつも幸がお世話になっています」とあいさつし、石龍は「別に世話してない」。食卓には「さっき釣ったウツボ」と、名物だというべっこう寿司が並び、弟たちの点呼には「それじゃ足して6じゃねえかよ」と突っ込みが入る。
石龍の感想は「嫌いじゃないよ」「普通の人たち」「嫌いじゃない」。90%と呼んだ人たちを、石龍は嫌いではないと言っている。
お友達、と聞かれて
家に帰ると、母に「お友達」と聞かれる。石龍の答えは「そうかな」「向こうはそう言ってた」。母は、牙を鈍らせてはいけないと釘を刺す。
翌日、「昨日は楽しかったな」「また遊びに来いってよ」と言う赤福に、石龍は「行くわけないでしょ」と突き放す。漫画の中でも「女の子をひっかいて」「僕はまた森に帰った」。漫画の中の「僕」と同じことを、石龍は現実でもしてしまう。
手島先生の、地獄のデスロード
舌は抜きません
並行して描かれるのは、漫研顧問の手島零の過去である。新しい担当編集は「はじめまして、エンマミヤです」と名乗り、「舌は抜きません」と先回りする。手島は「心の中でエンマ様って呼ぶ」。
ネームへの指摘は具体的だった。「ネーム週刊用に作られていたので」、「月刊だと待ってる間に忘れちゃいますから」「1話の中でもう少し満足感のある内容を詰めないと」「そこを直せばいけると思います」。そして「連載決まりました」「新年1月売り号でスタートします」。
嬉しかったのもその一瞬
「嬉しかったのもその一瞬」「地獄のデスロードが始まる」。慣れないカラー、仕事場づくり、アシスタント探し。来てくれたのは、へびちか先生のアシスタント時代に同僚だった二人である。
「人に頼み慣れてないので余計時間がかかる」。「1日8ページ作画」「という夢を見た」のくだりまで、手島の過去編は相変わらず笑いと地獄が同居している。
漫画のおかげでつながれた
小学館の謝恩会に呼ばれたと聞いて、手島は「みんなのおかげだよな」と振り返り、編集者やアシスタントの名前を順に挙げていく。「ナナちゃんとポテコちゃんが地獄に付き合ってくれて」。
行き着く言葉は「友達いなかったけど」「漫画のおかげでつながれたんだな」。ところが直後に、別の作家の原稿が落ちたために「連載スタート1カ月早まりました」と告げられ、ストックのないまま2話目に入ることになる。つながりは、喜びと一緒に締め切りも連れてくる。
「ヒカルの漫画読んでれば、悪気ないって」
一人で並べる謝り方
一人になった石龍は、「あんな言い方」「することなかったな」と振り返り、「ごめんね」「きつい言い方して」「僕は今漫画が一番大事だから」「赤福の家族も嫌いじゃないよ」と、言うべき言葉を先に並べてみる。
母の教えどおりなら、突き放したままでいいはずだった。それでも石龍は、謝る言葉を探している。
釣り行こうぜ
そこへ赤福が「俺もサボってきたから釣り行こうぜ」とやって来る。石龍は「さっきネーム切ったから」と言い、ようやく「ごめんね」「きつい言い方して」と口にする。
赤福の返事は「分かるよ」「ヒカルの漫画読んでれば悪気ないって」。石龍は「そっか」「赤福は漫画読むのうまいね」。謝る言葉より先に、漫画のほうが赤福に届いていた。
読むのがうまい人
これまで赤福は、漫研で安海相たちの漫画を批評する役を担ってきた。その読む力が、ここでは作品の出来ではなく、描いた人の気持ちを読むのに使われている。
石龍にとって漫画は、牙を研ぐための場所だった。その漫画が、友達に自分を分かってもらう手紙の役目も果たしている。
「すげえ安心する言葉」
手島先生の家庭訪問
手島は「コミティアで生徒さんを預かるので」「親御さんにご挨拶に」と、石龍の家を訪ねる。「漫研の顧問をさせていただいている」「手島零と申します」。出てきた母は「どこかで会ったかしら」。手島は「本日はこれで失礼いたします」と早々に引き上げる。
かつてアシスタントとして仕えた相手が、生徒の母親として目の前にいる。手島の早すぎる退散は、この回でいちばん笑える場面でもある。
ママの爪は鋭いから
石龍は赤福に「ママの爪は鋭いから」「みんな逃げちゃう」「赤福も早く逃げて」と言う。「ママはふわふわで優しいけど」「普通の子には」。漫画の「僕」の話と同じく、ここでも爪が出てくる。
赤福は逃げない。「ヒカルの母ちゃんがあのへびちか先生だったんすね」と、むしろ自分から話しかけにいく。
残念だけど、あなたは
母は赤福にも同じ一文を聞かせる。「私、好きな言葉があるの」「どんなものもその90%はカスである」「残念だけどあなたはその」。幼い石龍に聞かせたのと同じ言葉で、今度は目の前の子を90%の側に置こうとする。
返ってきたのは「すげえ安心する言葉」だった。「だってよ」「どんなに頑張ってもみんな大して変わらねえってことだろ」「ほとんどの人が俺と一緒ってことじゃねえか」。
だから友達がいる
赤福は続ける。「そっか」「俺は90%の人間だから」「友達がいるんだなあ」。「父ちゃんも母ちゃんも弟たちも」「やすみもフジモンもデッシーもヒカルも」「だからみんな俺のこと大好きなんだなあ」。
母が10%に残るための理由にした一文を、赤福は友達がいる理由として読み直している。そこへ「僕の友達なんだ」という一言が添えられる。
まとめ:安心する言葉
同じ一文、逆の読み方
この回の副題の一文は、二度読まれた。一度目は、母が幼い娘に遊べない理由として。二度目は、赤福が自分に友達がいる理由として。言葉は同じで、読む人によって孤独の理由にも、つながりの理由にもなる。
爪を持たない子
石龍の漫画の「僕」は、ママに似た鋭い爪で、近づく女の子をうっかり傷つけてしまう。現実の石龍も、母の爪を知っているから、赤福に「早く逃げて」と言った。
逃げなかったのは、欲しいものを何も持っていないはずの赤福だった。爪を持たない子だけが、爪から逃げなかった。
赤福師匠
文化祭の準備で、石龍は「背景手伝おうか」と申し出る。最近の付き合いのよさを言われて「ちょっと修行のつもり」。そして「また漫画読んでね」「赤福師匠」。赤福の返事は「だからさっちゃんって呼んで」。
名前で呼ばれたかった赤福は、今度は師匠と呼ばれてしまう。呼び方はまだずれたままだが、90%と呼ばれた人が、師匠と呼ばれるところまで来た。
ママより強くなるには
最後に、森の「僕」の語りが戻ってくる。「僕のママはふわふわで」「綺麗で強くて世界一大好き」「いつかママより強くなりたいな」「女の子がそのヒントをくれたかも」。
副題の後半「ママより強くなるには「友達」が必要である」は、この語りにそのまま重なる。母の物差しでは牙を鈍らせるはずの友達が、母を越えるためのヒントとして描かれている。安心する言葉を見つけたのは、赤福だけではなかったのだと思う。




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