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『逃げ上手の若君 第二期』第21話「その男、楠木正成」は、同じ献策で始まり、同じ献策で終わる。冒頭、魅摩を利用して尊氏の首を狙う策を出された北条時行は、「友として接してくれる彼女を裏切りたくない」と退ける。締めでは、楠木正成のもとで耳にした尊氏の予定をもとに、「尊氏を殺す千載一遇の好機」がもう一度差し出される。そのあいだに正成が教えたのは、常識も伝統も美学も「檻」だということだった。




魅摩を使う策は一度退けられ、締めで形を変えて戻ってくる
第21話は、同じ献策で始まって同じ献策で終わります。一度は時行が退けた「尊氏の首を狙う」策が、回の最後にもう一度、今度は断りにくい形で差し出されます。
冒頭の策は「裏切りたくない」の一言で引っ込む
京の案内を終えて、魅摩の父があの佐々木道誉だと確かめ合ったところで、郎党の側から策が出ます。「我が君 もし自分にお命じいただければ」「彼女を利用して」父に近づき、「尊氏の首を狙う手筈を整えますが」。時行は、危ないからやめようと言ったうえで、「友として接してくれる彼女を裏切りたくない」「一期一会の良き友達のまま終わりたいんだ」と続けます。策を出した側も「それでこその我が君ですね」と、あっさり引き下がりました。
「一期一会」という言い方が効いています。長く付き合えないことは最初から分かっていて、それでも終わり方だけは選びたい。敵方の娘との縁を、時行は期限つきのまま大事にしようとしているように見えました。
締めでは「今度の献策」として戻ってくる
回の最後、正成のもとで交わされた尊氏の予定を、時行たちも耳にしていました。そこで同じ呼びかけがもう一度来ます。「我が君 今度の献策は ぜひ採用していただきたい」「奴が通る時間も経路も知れたのです」「尊氏を殺す千載一遇の好機」「天下を目指すなら 逃すべきではありません」。
「今度の」という一語が、冒頭で一度退けられたことを覚えています。冒頭は友を使う策で、締めは偶然聞こえた話を使う策です。どちらも、時行が好意で近づいた相手のすぐそばから出てくるのが、この回の意地の悪いところだと思いました。
答えは、この回の中では出ない
時行がこの献策にどう答えたかは、第21話の中では描かれません。冒頭と違って、今度は友を裏切る話ではありませんし、正成本人を狙うのでもありません。ただ、正成が迎える客の通り道を、正成のもとで聞こえた話から割り出しています。
断る理由が、冒頭よりずっと言いにくくなっているのが見どころです。そのあいだに時行が何を教わったかを見ていくと、この締めがどれだけ効いているかがはっきりします。
泰家の計画には、未来を見る二人がそろって別の答えを出している
西園寺邸に戻った時行たちに明かされるのは、公式サイトのあらすじが「大罪とも言える乱の計画」と書く話です。大工の格好で現れた北条泰家は、乱の手筈が整ったと告げ、「今こそ明かそう 我が計画を」と切り出します。
湯殿の床が開き、帝は刀の上へ
仕掛けは西園寺公宗の別荘の湯殿にあります。「この別荘で 宴を開き 帝をご招待申し上げる。」「縁起のいい新築一番風呂に お入りいただきたいと お勧めし」「ここ更衣室に お入りになったところを」、「床が開き 帝は刀の上に真っ逆さま」。泰家はひとりで湯殿の改造工事をしていたと言います。
公宗の側の理由は出世で、「北条と近かった我が西園寺家を」帝が露骨に冷遇したので、このままでは自分の出世は望めないと言います。泰家の側は、偽の帝を亡き者にしても罪には当たらないとしたうえで、「所詮今は帝の独裁政権」「頭を失えば 京は大混乱だ」「その隙に全国で挙兵し 天下を取り戻す」と先まで描いてみせました。
湯殿の床に刀を仕込むという、絵にするとほとんど冗談のような仕掛けで、話している中身は帝殺しです。仕掛けの滑稽さと罪の重さが、同じ場面に並んでいるのがこの作品らしいと感じました。
雫の「金ピカのお寺」を、公宗は吉兆と聞く
計画を聞いた雫が口にするのが、「この場所に金ピカのお寺が建つ気がします」です。公宗は「それは よいお告げだ 巫女よ!」「そんなものが建てられるほど 我が家が栄えるということだな!」と大喜びし、泰家は「決行は 三日後!」と勢いづきます。
雫は回の冒頭でも「今見える範囲のどこかに 金ピカの寺が立つ気がする」と言い、「立つわけねえだろ そんなもん」と返されていました。放送後には「それが金閣寺でしょ」という突っ込みや、「其処に金ピカの寺を建てちゃうのは足利側なんだよね」という投稿が並んでいます。
雫の予知は、寺が建つことしか言っていません。誰が建てるのかを言わないので、公宗は自分の家の話として聞ける。見ている側だけが、その主語を知っているという仕掛けです。
頼重は「絶対に失敗します」と見ていた
時行はすぐに「絶対にやめさせるべきだ」と言い、「帝殺しは最大の悪手です」「集まる味方も集まらなくなるばかりか」「北条は千年先まで汚名を残す」と理由を並べます。
ところが時行は、そこで「よ… よかった〜。」と胸をなで下ろします。出発前に諏訪頼重から聞いていた話があったからです。「絶対に失敗します」「その未来は見えるのです」「ですが たとえ結果が失敗でも」「京が大混乱に陥ることは間違いなく」「その混乱が大戦の開始に最適なのも確かです」。時行に割り振られた任務は、「計画失敗後 泰家殿を連れて最速で信濃へ逃げ帰ること」「そこからは速さの勝負」でした。
未来を見る二人が、同じ計画にそれぞれ答えを出しています。雫は金ピカのお寺が建つと言い、頼重は失敗すると言う。公宗が吉兆と聞いたものを、頼重は失敗と見て、その失敗を使う段取りまで先に組んでいたわけです。逃げ上手の若君に回ってくる役が、ちゃんと逃げ帰ることになっているのも可笑しいところでした。
逃げ上手と逃げ上手は、逃げ道の下見で出くわす
京を抜け出す道を下見していた時行たちが出会うのが、楠木正成です。出会う場所が戦場でも屋敷でもなく、逃げ道だったというのがこの回のいちばん楽しいところでした。
気に入った道が、同じだった
時行は下見した通りを「昼も夜も人が少なく」、壊れた塀が多くて隠れやすいと褒め、鎌倉でもこういう道が逃げるのに向いていたと振り返ります。一行からは「生き生きしてんなぁ 若」「逃げとなれば本領だもんね」と笑われる。そこへ割り込んでくるのが「なんと この逃げ道がお気に入りか」「お目が高い 拙者もでござる」で、「武士たる者 こういう逃げ道を 常に頭に入れておくべきでござる」とまで言います。
軍神の初登場が、逃げ道の品評会になっています。時行が最初に正成と通じ合うのは、兵法でも理想でもなく、道の好みでした。
へこへこした挙動は、測っているだけ
一行の目には「へこへこして弱そうだが」と映った男を、時行は「あれはただの不審者じゃない」と見抜きます。「頭をへこへこキョロキョロすることによって」「上下左右から立体的に計測している」「私たちの体格 姿勢 歩幅 間合いを」。そして「あれは逃げ上手の構えだ」。正成の側も「この歳で見破るとは」と唸ります。
互いに「本気でやりあったら 逃げ負けるかもしれない」と身構え、横では「すごいくだらねえつばぜり合いをしてる気が」とぼやかれる。達人同士の読み合いが、外から見るとまるで意味が分かりません。この作品の逃げは、本気になるほど傍目には滑稽になるのが魅力だと改めて思いました。
名前を聞かないことが、最初の礼儀
正成は「名乗り合おうか」と言いかけて、すぐ「いや 君はいい」「逃げ道を調べる子供の名前を聞くのは失礼だ」と引っ込め、自分だけ「楠木正成と申す」と名乗ります。そこへ「軍神 楠木正成」「僅かな手勢で鎌倉幕府の大軍を翻弄しては 撃破し続け」というナレーションがかぶさり、「数々の伝説に彩られた大英雄である」と結ばれました。
逃げ道を調べている者は、正体を知られたくない者です。正成はそれを分かったうえで、自分の名前だけを置いていく。時行の素性を守る配慮が、出会いの一言目に入っていると感じました。一行が「正体を知られちゃ一巻の終わりだ」と離れようとするのと、ちょうど逆の向きです。
時行は、自分から危ない話を差し出す
離れかけたところで、時行のほうから瘴奸の名前を出します。正成は字幕で「つるっぱげで濁った目をした」と言うほど瘴奸をよく覚えていて、「替え玉の死体を死んだことにして 逃がしたのだ。」と明かし、「懐かしいな!」と、いまどうしているのかを聞いてきます。返ってくるのが「殺したつもりが生きてました」で、横から「兄様!」と止めが入りました。
正成は「面白いわらべでござるな」と笑ったあとで向き直り、「君は今 身の危険になりかねない情報をさらした」「拙者と同じで生存に最も重きを置く君がでござる」「あえて胸襟を開いて見せてでも この正成に求めるものがあるということ」と読み解きます。
瘴奸を知っているというだけで、素性の手がかりになります。公式あらすじの「正体を知られる危険を承知で懐に飛び込む」は、この一言のことでした。逃げ道で出会った相手に自分が誰と戦ったかを明かすのは、逃げ上手のやることではありません。それでも時行は出しました。
「通じ合うもの」は正成の読みで、しかも外れる
正成の側は、時行が危ない話まで差し出した理由を「通じ合うものを抑えきれない」からだと読みかけて、すぐに首をかしげます。時行の胸の内は「敵味方を超えて この男からは学ぶべきことがある」で、口にするのは「倒したい敵がいます」「その敵たちは軍略や技能 勢力に勝り」「逃げ回るだけでは勝つ自信がありません」。正成は「弱者が強者に勝つ秘訣を知りたいのでござるな」と受け、「よかろう 怪しい少年」「君一人で我が屋敷に来る勇気はあるか」と誘いました。
公式あらすじは「彼と通じ合うものを感じた時行は」と書いています。本編では、その言葉を口にするのは正成のほうで、しかも本人が外している。時行が差し出した理由は、共感よりも学ぶことのほうでした。二人が本当に通じ合うのは、このあと逃げの話をしてからです。
正成が教えたのは勝ち方ではなく、「檻」の見つけ方だった
屋敷での手合わせで、時行は「最も勝てると思う技で勝負するがいい」と言われ、郎党から授かった技で打ち込みます。技を教えたのは「片目が隠れた私の郎党です」と時行が言い、正成は「よい師でござるな」と返しました。
刀で勝とうとした時点で、逃げ下手になる
正成は構えを見ただけで「構えから逃げながらの動脈斬りだと察しがついた」「つまりは低威力の精密斬撃」と読み、「動脈に届くのを防げさえすればいいので」「この固い米のおにぎりでも十分盾になるでござる」と、握り飯で受け止めます。
驚く時行に向けた言葉が「そう思う時点で君は逃げ下手だ」です。「刀で勝つことに囚われている」「刀で勝つことに囚われれば 刀が強い者しか勝てない」「矢で勝つことに囚われれば 優れた弓取りを揃えた側しか勝てない」。
握り飯で刀を止めるのは笑いどころですが、筋は通っています。浅くて正確な斬撃は、深さが要らないぶん薄い盾でも止まる。時行の技が弱いのではなく、技の性質を読まれた時点で安い道具で足りてしまうということです。
常識も伝統も美学も、檻に数えられる
正成の言う弱者の勝ち方は、「囚われの檻から逃げることにござる」。檻に囲われた者は逃げ場を失い、「目の前の選択肢以外見つけられない」。そして檻の中身を並べます。「常識 伝統 美学 成功体験 大兵力」「そういった檻に囲われた者は固く強いが」「檻の隙間を突かれると 逃げ道がなくとことん脆い」。
この並びで引っかかるのは、美学が入っていることです。冒頭で魅摩を使う策を退けた時行の理由は、損得ではありませんでした。正成の言い方をそのまま当てはめれば、「裏切りたくない」も檻の一つに数えられてしまう。締めの献策が重く見えるのは、この教えを聞いたあとだからだと思います。
解くのもまた人の心
正成の例は、どれも手元にあるもので足りる話です。「刀が満足に使えなくとも」「丸太をくり抜き 籠城のための雨水を蓄えることはできる」「矢が使えなくとも 油をまいて はしごを燃やすことはできる」。兵や武器や技術は「わずか一瞬発揮できれば」「百倍の敵にも勝てるのでござる」。
ではどうすればいいのかと問う時行に、正成は「簡単でござる」と返し、それが「心が作り出した幻」なら「ならば解くのもまた人の心でござる」と言います。「弱者は檻に囚われるべからず」「卑怯や臆病と言われようが」、自信を持って逃げろと続きました。
兵力の差を、使う時間の短さで埋める考え方です。弱い側は長く戦えないから、一瞬だけ勝てばいい。逃げ続けてきた時行にとって、逃げたあとに何をするかという話になっているのが大きいと感じました。
締めの一文は「逃げることは生きること」
最後は鳥の話です。鳥がなぜ自由でかっこよく映るのか、「それは この空すべてが 逃げ場だからでござる」。「縛られず 囚われず」「広く高く雄大な逃げ道を 常に行くべし」、そして「逃げることは生きること」「この正成の信念にござる」。
受け取った時行の返事が「その言葉で逃げる自信が 湧きました!」で、理由がすぐに続きます。「戦闘力ウサギ並みとか」、ほかにもひどい呼び名をいろいろ付けられて「傷ついていたので!」。正成は「ものすごい言われようでござるな」とだけ返しました。
軍神の信念を受け取った直後の感想が、悪口で傷ついていたという話になるのがこの作品らしいところです。ただ、時行にとって逃げは笑われる理由でもありました。それを信念と言い切る大人が、日本史上でも傑出した軍才の持ち主として出てくる。時行が「格別」と言うのも無理はありません。
軍神は家では奥方から逃げ、帝に出す軍略の下書きを渡す
屋敷で時行が見る正成は、世に轟く武名から想像する姿とだいぶ違います。一行も、あの楠木正成がこういう人だったのかと意外がっていました。
「楠木流」は奥方にも使われている
着くなり「あなた!」「またまかないのご飯つまみ食いして」と叱られ、奥方からも逃げ回っているのかと聞かれると、「勝手に挙兵して苦労をかけてから頭が上がらんのだ」、「ひとまず逃げて落ち着いた頃に機嫌を取るのが楠木流にござる」と答えます。
逃げてから機嫌を取る、というのは戦で言っていることと同じ形です。正成の中では、兵法と家の暮らしに区別がない。つまみ食いを叱られたすぐあとの手合わせで、盾に使うのが握り飯なのも出来すぎていて笑いました。
帝にだけ見せるはずの記録書を、下書きのまま渡す
帰り際、正成は「一つ良いものをあげよう」と部屋を探し、「帝から執筆を命じられた 記録書にござる」を差し出します。自分がどんな軍略で戦ったか、「そのすべてを記してござる」もので、「それは提出したものの下書きだ」「下書きだし 誰も見ないからいいかなって」「まあ たっぷり時間をかけて 解読するでござるよ」。
ただし条件がつきます。「ただし それは誰にも見せてはならん」「本来は帝のみにお見せするものだし」、逃げを理解しない者が読めば誤用を招く。「逃げを愛する同志を信じて それを託す」。
帝方の武将が、帝にだけ見せるはずの軍略の下書きを、名前も聞いていない少年に渡しています。渡す理由は素性ではなく、逃げを愛するかどうかでした。
正成は、薄々気づいたうえで渡している
時行は「感謝します 正成殿」と頭を下げ、「京に来てから貴重な体験ばかりですが」「今日のひとときは格別でした」と言います。正成は「人生は短い」「存分に逃げを楽しむでござる」と送り出しました。
見送ったあと、正成はひとりでつぶやきます。「あの年で あれほどの宿命を帯びた瞳」「見え隠れする現政権への敵意」「まさかな」。
正成は少年の目に、現政権への敵意まで見ています。見たうえで「まさかな」で止めて、下書きはもう渡してある。信じたのは素性でなく、逃げの分かる相手だということだったのだと思います。
京の帝の評判と、魅摩のそばで嘘をつく係
前半の京観光は、軽い場面の中に、この先の火種になる話がいくつも混ざっていました。
「帝は無駄に能力が高すぎる」
何日も京を巡った一行の実感は「帝の評判は散々ですね」「特に武士たちは不満だらけだ」。そこに「父上が言ってた」として、帝の評が語られます。「帝は無駄に能力が高すぎるって」「だから 凡人や無能の気持ちが分からないし」「全部一人で決めたがる」。帝と民の両方を分かる家臣が一人でもいれば、「帝はまことの英雄になれていただろうって」。
正成の教えと並べると、この評はよく響きます。正成は弱者の側から勝ち方を説き、帝は凡人や無能の気持ちが分からないと言われる。帝方の軍神が、凡人の戦い方の専門家になっているのが面白い組み合わせです。
魅摩は「優しさに逃げる」と言う
女の子たちの話では、魅摩が若ちゃんのどこがいいのかと聞き、「優しいところ」と返されると、田舎娘はすぐ「優しさに逃げる」と切り捨てます。「刺激がない男なんて無価値よ」「若ちゃんにだって 刺激を感じる瞬間があるはずだよ」。
回の主題が逃げなので、「優しさに逃げる」という言い回しが別の意味で響きます。魅摩が値打ちを置くのは刺激で、この回の時行が見せた刺激は、逃げ道の品評と軍神とのつばぜり合いでした。魅摩が見ていないところで、いちばん生き生きしていたわけです。
断りに行く役は、雫が引き受ける
翌日も遊ぶ約束をしていた魅摩には、雫が断りを入れに行きます。理由は「正直者の兄様が話すと」「鋭い魅摩ちゃんには悟られるから」。口実は「兄様 熱出して寝込んじゃって」で、魅摩は「若ちゃんって結局何者なの」と探りを入れ、雫の答えを聞いて「あんたも腹の底が読めないね」と返しました。
冒頭で時行は「友として接してくれる彼女を裏切りたくない」と言いました。その友に嘘をつく役を、雫が代わりに引き受けています。時行が正直者だから、嘘は周りが持つ。この一行の役割分担が、短い場面にきれいに出ていました。
まとめ:虎穴で得たのは、託された下書きと、聞こえてしまった予定
公式あらすじは第21話を「時行は虎穴に入り何を得るか」と結んでいます。本編を見ると、得たものは二つありました。
一つは託され、一つは聞こえてしまった
一つは、正成が「逃げを愛する同志を信じて」渡した軍略の下書きです。もう一つは、正成のもとに届いた尊氏の予定で、あさっての宴席には遅れて戌の刻ほどになり、武者所での用事が済み次第「直接こちらへ向かうとのこと」でした。
下書きには「誰にも見せてはならん」という条件がつき、予定のほうには「天下を目指すなら 逃すべきではありません」という献策がつきます。同じ屋敷から、託されたものと聞こえてしまったものが一緒に出てくるのが、この回の締め方でした。
正成の教えどおりなら、美学も檻です。冒頭の「裏切りたくない」も、檻に数えられかねません。ただ正成自身は、疑いを「まさかな」で止めて、信じるほうを選んでいます。檻から逃げろと教えた人が、信じることは手放していない。時行が受け取ったのは、その両方だと思います。
この先の見どころ(予想)
ここからは予想です。決行の日取りが迫るなかで、尊氏の通り道が分かってしまいました。逃げ上手の若君が「逃すべきではない」好機をどう扱うかが、この先の焦点になりそうです。冒頭と同じ答えを出すのか、正成の教えを別の形で使うのか。どちらを選んでも、その答えの中には正成の下書きが入ってくるはずだと思っています。




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