この記事の作品:
第78話のサブタイトルは「これからの話」。目を覚ましたスバルが最初にしたのは、自分から記憶喪失を打ち明けることだった。そのうえで、自分の記憶もレムも取り戻して全員で帰ると宣言し、ラムの協力を取りつける。向かった先は、二度も背中を押された螺旋階段だった。




目を覚まして、まず泣いた
「実家に帰ってきたようなかわいさだ!」
第78話の第一声は「戻ってきたぜ」だった。エミリアの「スバル、大丈夫? 起きれる? ちゃんと話せる?」に続いて、ベアトリスが「心配してたのは、エミリアだけじゃないのよ」と顔を出す。ここでスバルが名前を三回呼んだあと、「お前、本当に落ち着く顔してるな」「実家に帰ってきたようなかわいさだ!」と言い出すので、「それ、まさか褒めてるつもりじゃないと思いたいのよ」と返される。
ふざけているように見えて、途中で彼は泣き出してしまう。前回、目の前で仲間を次々に失う道を通ってきた直後なので、元気に口をきいている二人がそこにいること自体が信じられない。ベアトリスの「大丈夫、ベティはここにいるのよ」「泣かないで、深呼吸して」と、エミリアの「ちゃんとベアトリスも、私も、一緒にいるから」が続く。軽口から涙まで三十秒もかからないのに、その落差がまったく不自然に見えないのがこの作品の強さだった。
隠さずに、自分から打ち明ける
落ち着いたスバルが切り出したのは、「実は、初日で記憶を落っことしたらしい」という自己申告だった。「みんなには迷惑かけるかもなんだが、そこのところ了承してほしいんだ」。前半クールでこの人が何をしても失敗し続けた原因が一人で抱え込むことだったので、この一手だけで空気が変わる。
もっとも、全員がすんなり受け入れたわけではない。エミリアが「一番不安なのはスバルなんだから」と場を支えようとする横で、ラムは「とても、そうは見えません」「というより、これは何の茶番なの? バルス」と切って捨てる。「達者な口だこと」まで言われたところに、ベアトリスの「スバルに、こんな悪趣味な嘘をつく理由がないのよ」「お前も、それは分かるはずかしら」が入る。疑う人と信じる人が最初から分かれているので、打ち明けた瞬間から話が動き出してくれる。
生きているメィリィに、動揺する
「まるで死んだ人でも見たみたいな顔して」
その輪にメィリィが「お兄さんってば、すごーく困ったさんよね」と加わった瞬間、スバルが声を詰まらせる。彼女はそれを見て、「なに、その反応。まるで死んだ人でも見たみたいな顔して。失礼じゃない?」と笑うのだが、前回スバルが見てきたものを思うと、これほど刺さる冗談もない。
会話も油断がならない。「私の名前は覚えてくれてるのね」から始まって、「ていうか、何を忘れちゃったの?」と踏み込み、説明を聞いたうえで「それって、例えば昨日のこととかもなの?」と刺してくる。スバルの返事は「そうだ。昨日のこと、か。それは、それはそうだな」と歯切れが悪い。本人は世間話のつもりで聞いていないし、こちらもそれを知っている。軽い口調のまま探り合いになっているので、この短いやり取りが一番怖かった。
原因は塔にある、という見立て
シャウラが「お師様、お待たせ!」「もう、あーしのこと何回忘れたら気が済むんすか」と飛び込んでくる一方で、エキドナは「この塔に、今のナツキ君のような状態を引き起こす罠がある。そう考えたほうが良さそうだね」と冷静に線を引く。
スバルの補足が「怪しいのは、倒れてる俺をエミリアちゃんたちが見つけてくれた書庫だ」「もともと、曰く付きみたいな場所だしな」。そのうえで「頭の整理も必要だと思うから、一旦休憩入れようぜ」と場を解く。記憶を失った当人が、自分の症例を材料として扱っている。取り乱してもいいはずの立場で、真っ先に段取りを組み始めるのが今回のスバルだった。
ラムに、レムを忘れたと言う
「バルスがレムを忘れた。そんな馬鹿な話!」
休憩の口実は水汲みで、誘い方が「ちょうど、俺を水場に誘いたそうな顔をしてただろ?」。二人きりになるとラムが「それで、さっきの茶番はどういうつもりだったの?」と切り出し、スバルは「嘘でもペテンでも作戦でもない。記憶がないんだ」と返す。
問題は、その先に何を言わなければならないかだった。「レムのことも、俺は」と口にした時点でラムが遮る。「やめなさい、バルス。それ以上」から「バルスがレムを忘れた。そんな馬鹿な話!」「取り戻すも何も、忘れたんでしょう。バルスは、レムを!」へ。名前を食われたレムを覚えていた最後の一人が忘れてしまったという意味なので、ラムにとっては妹が二度目に消えたに等しい。怒鳴っているのに悲鳴に聞こえるのがつらかった。
「一切合切やり遂げて、全員で帰る」
それでもスバルは引かない。「それでも取り戻す。レムのことも、記憶のことも全部!一切合切やり遂げて、全員で帰る」。続けて「そのぐらいの報酬、あって当然なんだ」と言うのだから、取り戻すことを義務ではなく取り分として数えている。
そのうえで頭を下げる。「そのために力を貸してくれ! 全員の力がいるんだ」「レムを忘れた俺を、お前が許せないのも分かる。だけど、約束する」「必ずやり遂げる。もし俺が諦めたら、煮るなり焼くなり好きにしろ」「それが、自分の都合で頭の中身を落っことしてきて、お前を泣かせた俺の罪滅ぼしだ」。ラムの返しが「泣いてないわよ、ふざけないで」で、この人は最後まで認めない。記憶がないぶん遠慮も抜け落ちていて、いつもより言葉がまっすぐなのが効いていた。
悪口の、いちばん最後に置かれたもの
「なんで塔に連れてきたんだ?」
約束などあてにならない、という話から流れが変わる。ラムに「バルスが約束なんて笑わせないで」と言われたスバルが、自分でも「やっぱりナツキ・スバルなんて、ろくな奴じゃねえな」と匙を投げ、「なんで塔に連れてきたんだ?」と聞いてしまうのである。
ラムの答えが容赦ない。「出しゃばりだったのよ」「それに、口先だけはペラペラと回る男だったの」「あと、雑用を任せるのに向いてた」。追い打ちで「足が短くて、物覚えが悪くて、偏食家で、諦めが悪かったわ」まで並べられ、スバルは「ですよね」としか言えない。ところがその直後に、同じ調子のまま一つだけ付け足される。「それと、レムを大事にしてくれてた」。悪口を先に全部並べておいて最後にこれを置く順番が、この人らしくて参った。
「冷たい雪に埋もれた花のように」
そのあとラムは、同じ形の問いを二度する。「バルス、本当にレムを忘れたのね」に「ああ」。「バルス、本当にレムを思い出すのね」に「ああ、思い出す。レムだけじゃなく、他の全部も」。確認したのは記憶の有無ではなく、意思のほうだった。「いいわ。この場は見逃してあげる。立ちなさい、バルス」で協力が成立する。
極めつけが、スバルの「ナツキ・スバルは、確かにここにいたんだよな」への返答である。「バカね。今は、ほんのひととき見えなくなっているだけよ。冷たい雪に埋もれた花のように。雪解けの季節が訪れれば姿を見せる。ただ、それだけの話なのよ」。散々こきおろした相手に、失われたのではなく隠れているだけだと言ってのける。しかも雪の下の花にたとえるのが、妹を待ち続けている人の口から出てくるとなおさら重い。今回いちばん美しい台詞だった。
螺旋階段で、一緒に落ちる
「俺の代わりに落っこちるなよ」
次にスバルが向かったのが螺旋階段だった。背中を押されて落ちた場所へ、「あれは、遠くないうちに必ず起こる」「絶対に、それは防がなくちゃならねえ」と分かったうえで自分から立つ。そして押された瞬間、落ちながら相手の腕をつかんで「俺の代わりに落っこちるなよ」と言うのである。
受け止めたのはエミリアだった。あとで「まさか、一緒に飛び降りるなんて、心臓が飛び出すかと思ったんだから」と言われ、さらに「スバルに、メィリィが危なくなったら助けてほしいって、そう言われて」と明かされる。つまり彼は、自分を殺そうとする相手が落ちないように先回りして受け皿を用意してから階段へ行っている。犯人を突き止めるための段取りではなく、犯人を助けるための段取りだったことになる。
「殺人は、癖になるから」
落ちた先で始まるのが「さあ、話をしようぜ。俺を殺した責任、取ってもらうからな」。とぼけるメィリィに対してスバルが出した結論は、「俺は、お前を殺すつもりも傷つけるつもりもない。これまでと同じ付き合い方をしていくつもりだ」だった。「幸い、お前の犯行は未然に防がれたから、当事者の俺たちが内緒にしとけば、何も起きなかったことにできる」。
そのうえで彼は動機のほうを引き受ける。「突発的な犯行だ。衝動的なもんだよ」「物事を解決するための選択肢に、他の方法がないだけなんだ。それはお前のせいじゃない」。そして「殺人は、癖になるから」。前回、この言葉は彼女を絞め殺した相手の口から出たものだった。同じ一言が、今度は彼女を止めるために使われている。「言わないでよ! あなたに! 私の何がわかるっていうの!?」に返したのが「わかるよ!」「俺よりお前のことをわかってる奴は、この世に二人といないかもしれないぜ」で、これは死者の書で彼女の人生を追体験した人間にしか言えない台詞だった。
エルザ・グランヒルテという名前
名前をくれた人
スバルが名指ししたのは「エルザ・グランヒルテ」で、「それが、お前が俺を殺そうとした理由だろ?」。そこから挟まる回想が、この回の中身をひっくり返す。ぼろを着た子どもに向かってエルザが言うのだ。「ねえ、メィリィ。それがあなたの名前みたいよ。そのボロに縫い付けてあって、他の人のものかもしれないけど」「呼び名がないと不便だから。あなたはメィリィ、私はそう呼ぶことにするわね」。
回想は「とんでもない女だったと思う」「憎たらしい女だったと思う」「おぞましい女だったと思う」と三度言い直されながら進む。その合間に並ぶのが、「やり方はエルザを参考にした」「しゃべり方はエルザを参考にした」「服のセンスはエルザを参考にした」、そして「その全部をエルザには内緒にした」。自分を組み立てた材料が全部あの人だった、という告白である。だから結論が「暴かれるぐらいなら、踏み荒らされるぐらいなら、エルザ・グランヒルテを殺されるぐらいなら」自分のほうが終わったほうがましだった、になる。殺意の理由が憎しみではなく、思い出を守ることだったと分かる作りが見事だった。
「俺たちとお前の約束にしよう」
踏み込んだことについて、スバルは謝りはする。ただし内容が「人の家に上がるときは靴を脱ぐのに、他人の心にはズカズカと上がり込むのが、ナツキ家の家風なんだ」。なぜ助けるのかと聞かれた答えも独特で、「お前がいなくなったら、ほとんど何も覚えてない俺の世界が、また一個寂しくなる」。善意ではなく自分の都合として差し出すので、かえって信用できる。
「お兄さんの口先だけなら、何とでも言えるもの」と突き放されて出したのが、今回の核だった。「だったら、俺との約束じゃなくて、俺たちとお前の約束にしよう」。すかさずエミリアが「私もちゃんと聞いてたから、約束の承認よ」と受け、「この砂の塔は、あなたが大きな何かを決めるには狭すぎる場所だもの」「ここから出て、もっと広い場所で答えを探して」と続ける。そして「エルザのこと、忘れたくないわ」に対して、「ああ、いいよ。好きな人のことを忘れる必要なんかない」「好きな人でも、やり方だけは真似しないでほしいかな」。一人で抱えて潰れた人が、抱えないやり方を覚えて戻ってきている。
「これからの話」まとめと考察
お咎めの意味を、誰も教えていなかった
帰還後、シャウラが素直な疑問をぶつける。「でも、お師様、本当にいいんすか? お師様を死なせようとしたことっすよ」「本当にお咎めなしで大丈夫っすか?」。答えが「お咎めなら、メィリィは先に受けたんだ」だった。「でも、その、何でお咎めを受けるのかってところを、誰もちゃんと教えてあげてなかったから、こんな感じなんだよ」。
そのうえで「それをこれから教える。当然、お前にも手伝ってもらうぞ」と巻き込み、「この塔にいる全員が教科書だぜ。お手本にならないようなこと、あんまりすんなよ」。同じ話をユリウスにも振っていて、「この先そうなるかは、俺たちの背中を見て育つメィリィ次第。カッコ悪い背中は見せられないぜ」「この塔に男親は、俺とお前の分しかねえんだ」に、「ならば、鋭意努力せざるを得まいね」と返される。罰を与えるかどうかではなく、教える側が足りていなかったという整理の仕方で、しかもそれを塔の全員の仕事にしてしまう。ラムに協力を頼んだ時と同じ手つきだった。
記憶を、後回しにする
最後にスバルが出した提案が「俺の記憶のことは、一旦置いとかないか」だった。理由は投げやりではない。「この塔の仕掛けが無関係って思ってる奴はいないだろ?」「要は、この塔と俺のなくした記憶には、関連性があるってことだ」。エキドナが「塔を攻略するための条件を満たしていけば、自ずとナツキくんの記憶がなくなった原因、あるいはその鍵が手に入る。そういうことかい?」とまとめ、「そうそう、そういうこと!」。
ただ、そこで話が終わらないのが今回だった。エミリアが「たまには、私にもスバルのことを一番心配するのぐらい、許してね」と口を挟み、ベアトリスが「言いたいことはエミリアが言ったかしら? ちゃんと反省するのよ」と重ねる。自分を後回しにする決断まで、ちゃんと叱られる。抱え込まないというのは、頼るだけでなく心配される側に回ることでもある、という念押しになっていた。
そして具体案が「まずは試験を突破しなくちゃならねえ」「レイドの弱点だとか、苦手なもんを見つけるのが一番手っ取り早いだろ?」「書庫にレイドの本がないか、みんなで探しに行かないか?」。レイドはとうに寿命で死んでいるので、書庫の本から本人を読める。自分を苦しめてきた場所を、そのまま攻略の道具に切り替えてしまった。記憶を取り戻す話ではなく、記憶がないまま前に進む段取りの話。サブタイトルが「これからの話」なのは、この回に過去を取り戻す場面が一つも無いからだと思う。失ったものを数え直すのをやめて、誰と何を約束するかだけで一話を組み立てている。前半クールがひたすら奪われる話だったぶん、何も取り戻していないのにこれだけ前に進んだ感じがするのは、ちょっと不思議な読後感だった。






















コメント