第19話のサブタイトルは「ローゼンヘイムへ」。魔王軍が兵を三つに割った本当の狙いは、エルフを中央大陸から引き剥がして五大陸同盟を割ることだった。それに対してアレンが出した答えが、溜め込んできたエルフの回復薬を六十万枚まとめて送るという力技である。そして夜、たった五人と召喚獣で三十万の魔王軍へ夜襲をかける。




魔王軍が仕掛けた本当の狙い
千万の兵をどう割ったか
第18話の最後でアレンが言い切った「この状況なら選択肢は一つだ。俺たちでローゼンヘイムを救う」の続きから始まる。まずやるのが、敵が何を考えているかの整理だった。魔王軍は何年もかけて千万体の兵力を準備したが、それでもローゼンヘイム、中央大陸、バウキス帝国を同時に攻め滅ぼすには足りない。
だからまず三百万でローゼンヘイムを攻めて窮地に立たせ、中央大陸からエルフを帰還させる。ローゼンヘイムを滅ぼしたあと、回復役のいなくなった中央大陸を攻め、最後にバウキス帝国へ総力戦を仕掛ける。予備兵力四百万はその遊撃隊。第18話で示された兵力の内訳が、ここで一本の作戦としてつながった。
敵の狙いを言葉にできる主人公というのが、この作品のいちばんの持ち味だと思う。戦力差は絶望的なままなのに、何をどう潰せば相手が困るのかだけは明確になる。盤面の読み方から先に決まっていくので、そのあとの無茶が全部「手」として見えてくる。
同盟に亀裂を入れること
そしてもう一つ、ソフィーが指摘したほうが本命だった。侵攻されたローゼンヘイムは、中央大陸から独断でエルフを引き上げている。これは五大陸同盟の条約違反にあたるのではないか、という話である。
「同盟に亀裂を入れ、大陸間の協力体制を崩す。これも魔王の狙いでしょう」。つまり魔王軍が本当に削りに来ているのは兵の数ではなく、三つの種族が手を組んでいるという状態そのものだった。アレンの結論が「エルフ、人族、ドワーフのどれが欠けても魔王軍には勝てない」。
ここでローゼンヘイムへ向かう理由が、ただの人助けから別のものに変わる。「ローゼンヘイムを救うことがラターシュ王国、ひいては世界を救うことにつながるんだ」。エルフの国を助けに行くのは義理でも同情でもなく、同盟を割らせないための最短手だった、という組み立てになっている。
回復薬六十万枚という力技
一枚で二千五百人以上
とはいえ、ローゼンヘイムを救っても回復役を失った中央大陸が滅びては話にならない。そこでアレンが差し出したのが、一枚で学園の練習場ほどの範囲にいる兵士全員の体力を全回復できるというエルフの回復薬だった。通常の陣形なら二千五百人以上をまとめて回復できる。
問題は枚数である。アレンが出した数字が六十万枚。「完璧な策ではありませんが、中央大陸の前線に送れば相当な助けになるかと」という言い方が控えめすぎる。これまで地道に溜め込んできたものを、ここで一気に前線へ流し込む判断だった。
しかも本人はこれを召喚士の力だとは言わない。「いいえ、それはローゼンヘイムが新しく作ったエルフの回復薬です」。自分の手柄にせず、出どころを別のところに置く。この一言が、次の場面で効いてくる。
お詫びとして供与する、という形
ソフィーがすぐに乗ってきた。「ローゼンヘイムはエルフの部隊を引き上げるお詫びとして、回復薬を中央大陸の前線に供与する。ということですわよねアレン様」。アレンの返しが「さすがソフィー」。回復薬という物資が、この瞬間に外交上の謝罪へ化けた。
整理するとこうなる。ローゼンヘイムを救い、中央大陸を援助し、五大陸同盟も守れる。「成功すれば魔王軍の目論見をすべて断つことができる」。兵力ではまるで足りていないのに、敵の狙いのほうを先に無効化しにいくのがこの回の設計だった。
面白いのは、アレンが最後に付ける一言である。「まあ、そううまくいくとは限らないから、今後も臨機応変に行こう」。策が決まった直後に自分で保険をかけている。仲間の「俺らのリーダー、頭切れすぎないか」に対して「おう、昔からだ」と返す幼馴染の反応も含めて、この空気の軽さがこの作品の速度になっている。
学園を出る日
出兵命令は国王からの嫌がらせ
出発前の分配も細かい。メルルにはエルフの回復薬を一万枚と、魔力の種という魔力回復薬を渡している。理由が「メルルは魔力でゴーレムを操る魔岩将だ。戦場に駆り出される可能性が高いからな」。そのうえで「四月からバウキス帝国に行く予定は変わらないから、速攻で魔王軍をぶっ倒して、廃ゲーマーでS級ダンジョンを攻略だ」と先の約束まで置いていく。
キールの別れも短いのに濃かった。家族はハミルトン家のリフォルに託してある、心配するなと伝えられ、妹から「戦場で結果を出せば貴族に戻れる日も近づく」と言われても、返ってくるのは「私はお兄様が生きてさえいれば」。そのうえで手紙を預けていく。「もしもの時のために」という理由がはっきり口にされる。
そしてアレンが仲間に頭を下げる。「俺たち五人に出兵命令が下されたのは、国王から俺への嫌がらせだと思う。巻き込んでごめん」。ドゴラの「今さらだな。俺はとっくに腹くくってんだぞ」、クレナの「魔王を倒すって前から言ってたじゃん」、セシルの「頑張ろうねリーダー」で終わるのがきれいだった。第16話から積み上がっていた王家との確執が、こうして五人の出兵という形で回収されている。
置いていくもの、託していくもの
中央大陸に残していくのが召喚獣たちである。「では私たちは中央大陸の魔王軍の情報を集め、ぶっ殺せばいいのですね」という物騒な確認に対して、アレンの指示が「難しいとは思うけど、人間たちに見つからないよう援護もしてやってほしい」。情報収集と、姿を見せない援護の二本立てだった。
この作品の召喚獣は名前がとにかく独特で、竜のドラドラをはじめ、ハラミ、フカヒレ、ゲンブと並ぶ。戦場の緊迫した指示の合間にこの名前が飛び交うので、深刻になりすぎないのが助かる。反応でもここを面白がる声が目立っていた。
道中、ソフィーが自国のことを説明する。首都には世界樹と呼ばれる大木があり、美しい自然にあふれた国。エルフ族は他民族に対してやや排他的だが、精霊を愛し、争いを好まない穏やかな種族だという。そして今向かっているネストは、本来は静かな港町なのに、今は北から攻め入ってきた魔王軍の避難先になっている。人族だとばれないよう街中ではフードをかぶるように、という注意まで付く。
ネストの町
回復が全然間に合ってない
到着したネストの町は無事だった。「敵はまだここまで進行してない」と確認したうえで、アレンは「急いで情報を集めて前線のエルフ軍を立て直すんだ」と切り替える。ところが町の中は負傷兵と避難した人であふれていて、回復が全然間に合っていない。
ここでクレナが「助けなきゃ。あの回復薬を使おう」と言い、アレンが「いいけど、今は時間が惜しい。先に状況を確かめたい」と返す。そこで出てくるのが「なあ、二手に別れようぜ」だった。情報を取りに行く側と、目の前の人を助ける側に割る。どちらかを切り捨てないやり方で、話が終わったら召喚獣で知らせる、という段取りまで即決している。
長老会で分かったのが、この回いちばんの悪い知らせである。女王は退避せず、最前線であるティアモの町に留まっている。しかも連絡は取れておらず、「ティアモは明日にも陥落する可能性がございます」。ソフィーの「まだご無事なのですね」に対する答えが「いえ」から始まるのが残酷だった。そこでアレンが言うのが「明日なら間に合うかもしれません」。
腕が生えたのに信じないエルフ
黒髪を見たエルフたちが色めき立つ。精霊王が預言した救世主だ、という反応である。そのうえで「その前に腕の治療をしましょうか」と勧められた相手が「いえ、これはもう済んで」と断りかけ、上役に「言うことを聞きなさい」と一喝される場面があった。
この直後の反応が面白い。回復薬で欠損まで治ったのを見て「欠損を治すとは天の恵みだな」と感心しているのに、そのあと霊薬そのものは「我らの知らない霊薬などあるはずが」と疑う。自分の腕が生えたばかりなのに信じない、という順番になっていて、反応でもここを突っ込む声が多かった。
アレンが提示した数字も相変わらずである。この町の負傷兵は十万人ほど。それに対して「このエルフの霊薬一つで、町の広場程度の範囲にいる負傷者全員の体力と魔力を全回復できます」「これを千個渡しますので、負傷者の回復をお願いします」。「ありえない。エルフの霊薬が千個も」という反応をソフィーが「それはエルフの霊薬です。アレン様の言う通りに」と押し切る。
さらにティアモへは馬車で一か月かかると言われても「それはご心配なく」で流し、自分の代理として言葉を話せる召喚獣と、声を届けられる鳥を置いていく。「精霊なのか」と驚くエルフに「失礼な。私たちは召喚士アレン様の才能で生み出された召喚獣です」と返すのがおかしかった。
そして一番重いのが避難民の女性の言葉である。「我々には武器も食べるものも帰る場所すらないのです。私の夫と子供は、私の目の前で魔獣に喰われました。もう何もないのです。どうして希望が持てましょう」。それに対してソフィーが返したのが「それでも私は、この国を、皆の命を諦めるわけにはいかないのです」。王女が戻ってきて先に立つ、というだけで場の空気が変わっていた。
ティアモの女王
私の身より明日を乗り切ることを考えなさい
召喚獣で飛んだティアモは、三十万の魔王軍に囲まれてはいたが、町の中までは侵入されていなかった。「被害はあるけど陥落はしてない。大丈夫だ」。そしてソフィーが母である女王レノアティールと再会する。アレンの感想が「ソフィーはお母さんにそっくりだね」だった。
女王の第一声は歓迎ではない。「あなたが精霊王様の予言の救世主? たった五人の子供ではないか」。アレンの内心も「みんながみんな精霊王の寝言を信じてるわけじゃなさそうだな」で、ここは冷えたやり取りになる。そのうえで「勇者ヘルミオスと渡り合った一戦は聞いています。どうぞお力をお貸しください」と頭を下げた。
そして側近から、女王とソフィーだけでもネストへ逃げてほしいと進言される。その答えがこの回でいちばん立派だった。「なりません。ここには避難できなかった七十万の民がいます。私の身より、明日を乗り切ることを考えなさい」。五百年を生きるという女王が、自分の命の順番を最後に置いている。ソフィーがなぜあの言い方をするのかも、これで分かってしまう。
これから敵軍に夜襲をかけます
アレンが最初に聞いたのは、やはり数字だった。この街の負傷兵は十四万、戦えるものは六万ほど。そこへ霊薬を千個置いて「これで可能な限り兵力を回復してください」。ここでも「そのような霊薬は見たことが」と止まりかけるので、「言い争う時間はありません。協力して魔王軍を退けましょう」と押し切る。
「戦うというのか。あの膨大な軍勢と」という問いへの答えが「もちろん、私たちはそのために来ました」。そのうえで宣言するのが「これから敵軍に夜襲をかけます」。目的は殲滅ではなく「敵をできるだけ討ち減らして攪乱し、回復の時を稼ぎます」で、あくまで回復が間に合うまでの時間稼ぎとして設計されている。
ソフィーがフォルマールに「あなたはここに残り、回復の作業を指揮しなさい」と命じるのも良かった。護衛としては当然ついていきたいところを、王女のほうが役割で切り分けている。アレンも情報共有のために召喚獣を一体残していて、五人で出るのに後ろの手当てだけはきっちり済ませていた。
残りの霊薬は二千個ほど。「夜襲って私たちだけでやるの」という問いに「暴れてやればいいだけだから」と答えるのが軽い。囲んでいる三十万のうち、狙うのは北の本陣十三万。ドラドラはブレスで広範囲を、ハラミとフカヒレとゲンブは特技と覚醒スキルで味方に補助をかけ、ソフィーが防御の精霊魔法を重ねる。役割分担が全部言葉で示されてから始まるので、戦いが読みやすかった。
第19話「ローゼンヘイムへ」まとめと考察
エルフを食いながら進んできた
戦闘に入る直前、アレンの独白が一段冷える。三百万の魔王軍が攻め入ってから三か月、エルフ族の犠牲者は推定三百万。そのうえで、生き物である魔獣は休息も食事も必要とする、と続けて、「奴らはエルフを食いながら進行してきたってことだ」という結論に着地する。
そこから出るのが「お前らが始めたことだ。死をもって後悔しろ」。この作品の主人公が感情で動くことはほとんどないので、ここだけ温度が違って見えた。数字で敵を測ってきた人間が、その数字の中身に気づいてしまった、という置き方である。
戦闘そのものは痛快だった。セシルのエクストラスキルプチメテオが一撃で一万体近くを削り、「どこがプチなんだ」と突っ込まれる。一日一回しか使えないのが残念、という本人の感想つきだ。クレナには「暴走しないようエクストラ禁止な」と釘が刺されているのもおかしい。
倒された召喚獣はその場で補充され、自爆する敵は言葉どおり自爆させ、北門から三万が加勢に来ると分かれば鳥の召喚獣が全員に伝令を飛ばす。戦術としては派手さより回転の速さで、減った駒をすぐ埋められること自体が強さになっているのが召喚士らしかった。
みんな、まだやれるよな
今回の面白さは、解決の手段がほとんど物量だったところにあると思う。同盟の亀裂には六十万枚、ネストの十万人には千個、ティアモの十四万人にも千個。溜め込んだものを惜しまず配って回るだけで、絶望的だったはずの盤面が次々に立て直っていく。
もちろん、それで全部が片づくわけではない。エルフ族の犠牲者三百万はもう戻らないし、夫と子を目の前で失った人の話は回復薬では解決しない。ティアモが明日を乗り切れるかどうかも、まだ決まっていない。痛快さと重さが同じ回に同居しているのが、この話の手触りだった。
締め方も良かった。夜襲がひと段落して「これで夜襲は終わりか」と聞かれたアレンの答えが、回復作業はまだ時間がかかるから「このまま南側の五万にも夜襲をかける。みんな、まだやれるよな」。仲間の「え」という一拍のあとに「よーし行くぞ」で切れる。疲れているかどうかではなく、回復が間に合うまで殴り続けるという判断で押し通していく。
女王の「私の身より明日を乗り切ることを考えなさい」と、アレンの「まだやれるよな」は、実は同じことを言っている。今日をどう耐えるかしか見ていない者同士が、初対面の警戒を挟んだうえで同じ側に立った回だった。五人で三十万に夜襲をかけて、まだ足りないと言う。ローゼンヘイム編の入り口としては、これ以上ない立ち上がりだったと思う。




















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