この記事の作品:
第7話のサブタイトルは「トイレの花子さん」。今回の相手は一体ではなく、数年に一度おこなわれる一斉除霊「花子狩り」で狩られる側の全員である。噂の数だけ姿も出現方法も違う花子さんがいて、東京だけですでに九校が落とされた。追い詰められた花子さんたちは山奥の廃校に集まり、霊能者カムイを名指しで狙いにいく。




花子狩りは、霊能者にとって書き入れ時である
呼び出しの手順を、そのまま実行しにいく
第7話は「ねえ、旧校舎の噂知ってる。トイレでね」という子供の声から始まる。続けて説明が入る。トイレの花子さんは小学校のトイレに出没する怪異で、特定の個室をノックしてその名を呼ぶと現れるとされ、人を追いかけてどこかへ連れ去ってしまうという噂もある、というものだった。
ここで面白いのは、その手順を怪談としてではなく作業手順として扱っているところである。「女子トイレなんですが、誰ですか」と声をかけられた側の返しが「さて、ノックは3回だったな」で、呼び出し方の確認しかしていない。出るか出ないかを確かめに来たのではなく、出させに来ているという入り方だった。
学校側とのやりとりも淡々としている。神隠しにあった児童も一緒に戻ってくるという段取りが共有され、「なのでやっと折り返しです」という進捗報告まで出てくる。怪異退治というより、期日の決まった業務の中間報告である。この温度差が第1話からずっと変わらないのが、この作品のいいところだと思う。
「噂の数だけ、姿形も異なる花子さんがいる」
シヅカの「花子さんって、こんなにたくさんの小学校に出没しているんですね」という感想に対して、今回の枠組みが説明される。花子狩りとは、数年に一度、全国の小学校を対象に行われる一斉除霊活動であり、霊能者にとっては書き入れ時である、という身も蓋もない説明だった。
お市の解説が続く。「連中は子供たちの噂が具現化した怪異やからな」と前置きしたうえで、「こういう噂を媒介にする怪異は何が一番厄介か分かるか、小娘」と振る。シヅカの答えは「噂がなくならない限り何度でも現れる」で、これは正解ではあるのだが、返ってきたのは「それだけじゃない」だった。
そこで出てくるのが「噂の数だけ出現パターンも姿形も異なるトイレの花子さんがいるということだ」という一言である。同じ名前で呼ばれているのに中身が全部違う。つまり一体倒しても他の学校には何の影響もなく、学校の数だけ別々に攻略しなければならない。一斉除霊という言葉の物量が、この説明でようやく実感できる形になっていた。
ちなみに劇中で実際にどう祓われたのかについては、反応欄でも絵面が問題という方向にしか話が進んでいない。第6話の締めが新しい怪異を一つ増やして終わったことを思うと、今回もやり方そのものは相変わらずということなのだろう。
東京の被害は甚大で、すでに九校
山奥の廃校に、狩られる側が集まる
狩られている側の場面に切り替わる。山奥の廃校に集まっているのは全国の花子さんたちで、報告に立った一体は「東京都、下砂川小学校の花子さんです」と名乗り、全国の花子さんたちの頂点にあたる面々へ助力を願い出る。理由は「今年の花子狩りによる東京の被害は甚大で、すでに九校の同胞たちが敵の手に」というものだった。
ここのやりとりが妙に世知辛くて笑ってしまった。報告が長引きそうになると「おい、ひょっとして長くなるか。その、私たちは無能ですアピールは」と横から刺され、「そう絡むな、犬鳴きの」と止められる。さらに上の側から「歴史の浅い同胞たちには荷が勝ちすぎたということだろう」と総括されてしまう。
怪異の側にきっちり格差と序列があり、新しく生まれた者ほど弱く、古い者ほど強いという設計になっている。第6話で峠の霊が「他の峠の霊たちより注目されたかった」と言っていた通り、この作品の怪異はいつも横並びを気にしている。
「あいつもわしらと同じ古き者」
打開策として名前が挙がるのが、東京に残っているもう一体だった。「でも東京にはまだあの子がいるでしょ」という声に、「あいつもわしらと同じ古き者。人間ごときに遅れはとらんて」と返る。そして「来たみたいだよ」「来たか」に続けて、東京最古にして最強という紹介が入る。
見た目と肩書きが噛み合っていないのは、この作品ではもはや通常運転である。反応では、廃校に花子さんが揃っている絵面がスナックのようだという声や、海外の人が見たら勘違いしそうという声が出ていた。言われてみると確かに、卓を囲んで身内の愚痴を言い合っている構図でしかない。
シヅカの友人がビラ配りに参加していたことに触れる声もあり、花子狩りが世間的にはちゃんとした行事として回っていることが分かる。狩る側にも狩られる側にも生活があるという描き方で、どちらか一方を悪者にしないところがこの作品らしい。
おもちゃに式神をつかせて操作していた
「見つかったか。意外と早かったな」
集会の途中で異変が見つかる。「おもちゃに式神をつかせて操作していたのね」という指摘が出て、「こんなふざけた真似をする奴はどこのどいつだ」と場が沸く。続いて「おい、あれを見ろ」と示されたのは、明日の花子狩りの順番だった。
つまり集会の場に、あらかじめ仕掛けが置かれていたことになる。見つかった側の返事が「見つかったか。意外と早かったな」で、焦りも言い訳もない。狩られる側が集まる場所まで読み切ったうえで、先に道具を置いていたわけである。
式神をつければ遠隔でも成立するらしいという話は反応でも触れられていて、確かにそれが通るなら、現地に行く必要すらない場面がかなり出てくる。便利すぎる道具ではあるのだが、この作品の場合は便利になるほど画面がひどくなるという法則があるので、素直に喜べないところがある。
標的が「霊能者カムイ」に定まる
仕掛けの主が割れると、場の空気が一気に変わる。「霊能者カムイ」「噂は聞いている。超凄腕の悪霊払いだそうだ」と名前が共有され、「上等だ」「舐めたことしやがって、絶対殺す」と一体が飛び出そうとする。
それを「落ち着け、犬鳴きの」「悔しいのは皆も同じだ」と止める側もいる。止めた理由が「だが相手は、あの花子が負けるほどの霊能者だぞ」「怒りに任せてはお主も二の舞だぞ」で、感情論ではなく戦力差の話になっているのが妙に理性的だった。
それでも結論は変わらない。「しかし、このまま同胞がやられていくのを見過ごすわけにもいかん」「どんな手を使っても必ず始末する」で、公式のあらすじが言う起死回生の策が動き出す。追い詰められた側が団結して反撃に出るという、構図だけ見れば完全に主役側の展開である。
事務所のトイレが、そのまま入口にされる
「私は全国花子さん連合、第四の刺客」
その策の中身が身も蓋もなかった。あの夜以来、事務所のトイレが花子さんたちの侵入するゲートとして利用されている、という説明が入る。呼び出しの手順を逆に使って、向こうから出てくるようになったわけである。
名乗りが「私は全国花子さん連合、第四の刺客」で、番号がついている時点で後ろに何体も控えていることが分かってしまう。「今日こそは息の根を」と意気込んで出てくるのだが、順番待ちの列ができている刺客というのは、それだけでもう勝てそうにない。
正面から攻めてこず、自分たちの出現条件を通路として転用するというのは、噂から生まれた存在としてはかなり理にかなった手ではある。ただし相手が悪かった。
「どんまいやで、小娘」
結果は反応が端的にまとめている。押しかけてきた花子さんたちはまとめて返り討ちにされ、そのせいでとばっちりを受けたのはシヅカのほうだった。狩られる側が策を練り、団結し、順番まで決めて突っ込んできた末に、いちばん割を食ったのが助手というのがひどい。
締めがお市の「どんまいやで、小娘」である。かける言葉が見つからないという顔で、それでも一言だけ置いていく。第3話であれだけ悲哀を背負っていた付喪神が、今ではすっかり隣で見物する側に回っているのも味わい深い。
当のカムイのほうは、たぶん全然違うことを考えている。そこを描かないまま切り上げるのが今回の引きで、次にどこへ持っていくつもりなのかが分からないまま終わった。
「トイレの花子さん」まとめと考察
六校分の花子さんに、それぞれ声がついている
公式が出している第7話のキャスト表を見ると、今回の物量がよく分かる。犬鳴小学校の花子さんに桃山いおん、山神小学校の花子さんに定田依夢、飛形山小学校の花子さんに花宮すずね、下砂川小学校の花子さんにさいとうよしえ、居ヶ坂小学校の花子さんに有宮あかり、栗生小学校の花子さんに呉羽藍依と、六校分が別々に立てられている。
名前が学校ごとに割り振られているというのが、劇中の「噂の数だけ姿形も異なる花子さんがいる」という説明とそのまま噛み合っている。設定を口で説明するだけでなく、配役の数でも見せているわけである。劇中で名前が聞き取れるのは犬鳴の一体くらいなので、どの声がどの学校なのかは公式の表を見て初めて分かる作りになっていた。
狩る側と狩られる側が、同じ理屈で動いている
今回を通して面白かったのは、両陣営がまったく同じ理屈で動いていることだった。人間側は花子狩りという年中行事として日程を組み、順番を決めて処理していく。花子さん側も連合を作り、序列を持ち、刺客に番号を振って順番に送り出す。どちらも組織で、どちらも段取りで動いている。
そのうえで勝敗を決めたのが、段取りの外側にある一点だった。集会場所を読んで先に道具を置いていた側と、自分たちの出現条件をそのまま通路にしてしまった側では、準備の質がまるで違う。噂から生まれた存在は噂の外に出られない、という第6話の理屈が、今回は攻め手そのものを縛る形で効いていた。
考察として気になるのは、東京最古にして最強と紹介された一体が今回どこまで動いたのかが最後まではっきりしないことである。番号のついた刺客が順番に潰されていく流れの中で、わざわざ登場を待たれた存在が同じ扱いで終わるとは考えにくい。噂がなくならない限り何度でも現れる、というお市の説明が今回の前提である以上、この件はまだ畳まれていないと見ておきたい。




関連作品:















コメント