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第18話は第十八章「ダームエルの申し出」。星結びの儀式に合わせてフェルディナンドの還俗が発表され、正式にローゼマインの後見人となる。その通達が終わった直後、ブリギッテの前に元婚約者のハスハイトが現れて再びの婚約を申し込む。そこへ下級貴族のダームエルが割って入り、一年後までに魔力を上げて正式に求婚したいと申し出た。




領主会議明けに持ち帰られた二つの厄介事
あの魔術具の手紙の差出人が判明する
ヴィルフリートとボニファティウスとともに城の留守を預かっていたローゼマインのもとへ、領主会議を終えた領主夫妻が帰ってくる。魔力供給をきちんと務めたことをねぎらわれる和やかな空気は、ジルヴェスターの「そなたのせいだ」で一瞬で終わる。
叔父上、つまり前神殿長が亡くなったことを姉上に知らせただろう、という話だった。ローゼマインには心当たりがない。というより、ジルヴェスターに姉がいることすら知らなかった。相手はアーレンスバッハに嫁いだ一番上の姉で、「新しい神殿長が知らせてくれた」と本人が言っているという。
ここで思い当たるのが、返事を書いたあの手紙である。「あの魔術具の手紙」と口にした瞬間の「それだ」で、第16話から放置されていた差出人不明のラブレターが、ここで正体を現した。前神殿長を頼っていた相手が上位領地に嫁いだ領主の姉だったとなると、あの返信の重さがまるで変わってくる。
しかも姉上は叔父上に可愛がられていて、嫁いでからも交流があった。訃報を知らされなかったのがひどいと領主会議の間じゅうなじられたそうで、夏の終わりには墓参りに来るという。「知らせてくれたそなたにも礼を言いたい」と聞いて「わざわざお礼を言いに来てくださるのですね。律儀な方」と受け取るローゼマインに、ジルヴェスターの「全くわかってないな」が刺さる。心をえぐるような嫌味を言われるぞ、と釘を刺されて、ようやく「律儀ではなく、恨みがましくて面倒な人なのですね」に着地するのが可笑しかった。
「フェルディナンドが神殿にいる理由を知っているか」
もう一つの知らせが還俗だった。今年の星結びを機にフェルディナンドを貴族に戻したい、という提案である。ローゼマインの反応が実務的で、「神殿を潰すおつもりですか」「笑い事ではありませんよ」と食い下がる。神殿の運営は今フェルディナンドが中心で、後進も育ちきっていない。何よりいなくなったら自分の負担がとんでもないことになる、絶対倒れる、と。
それを「それは確かに大問題だな」と受けたうえで、ジルヴェスターが問い返す。「しかし、フェルディナンドが神殿にいる理由を知っているか」。ローゼマインの答えは「父様のお母様の嫌がらせから逃れるために神殿へ入ったみたいですけれど、詳しくは」という程度だった。
語られた中身は想像よりずっと重い。もともと厳しい人ではあったが、先代が亡くなる少し前から、ヴェローニカの悪意はフェルディナンドが命の危険を感じるほどになっていた。先代の死を望み領主の座を狙っていると主張し続けられ、二人を離すために神殿へ入るよう言ったのがジルヴェスター自身だという。父が亡くなっても母は変わらず、フェルディナンドをこのままにしておきたくない、と続く。
つまり還俗の提案は、政治的な計算である前に、兄が弟を神殿へ追いやったことへの後悔から出ている。ローゼマインの内心が「被害妄想にも程があるよ」で終わっているのが救いだが、言われた側からすれば十年以上引きずってきた話である。
還俗を決めるのは、いったい誰なのか
「彼らの名誉のためにも還俗は有益だ」
神殿へ戻ったローゼマインは、律儀に本人へ確認しに行く。「父様の後悔は分かりました。ですが神官長の健康を考えれば、環境を変えない方が良いと思うのです」「還俗するのが嫌なら、私、父様に進言いたします」と、ここまで言い切る。
返ってきたのは「いや、その必要はない」だった。一度還俗させ、君と同じく領主命令として神殿へ送り出すのだろうから、神官長としての立場が変わらないなら君にとって損はない、という説明である。そのうえで挙げられた本命の理由が、「私についていることで、エックハルトやユストクスはつまらぬ悪意にさらされている。彼らの名誉のためにも還俗は有益だ」だった。
自分の身の上を語る場面で、出てくるのが側近の名誉である。神殿にいる神官長に仕えるというだけで、あの二人がどれだけ言われてきたのか。それを何年も勘定に入れたまま黙っていた人だと分かる一言だった。
「するべき」ではなく「したい」が聞きたかった
ローゼマインはそこで引き下がらない。「神官長」と呼び直して、「周囲の損得ではなくて、神官長自身がどう思っているのか尋ねているのですけれど」と踏み込む。返答は「私の意思」という聞き返しから始まり、「どうせ執務の手伝いで城へ駆り出されることは変わらぬ。ならば利点の多い方を選択するべきだ」で終わる。
そこに重なる内心が「本当は、するべきじゃなくて、したいって言葉が欲しいんだけど」である。損得でしか自分の進退を語らない相手に、あなた自身はどうしたいのかと聞き続けているわけで、この一言が今回のローゼマインの立ち位置を全部説明している。
結局「分かりました。それが神官長の意見なら」で引き取り、還俗は星結びの儀式で貴族が集まっているときに発表されること、その後は正式に後見人になることが伝えられる。それを聞いた本人の返しが「君の後見人か。還俗は早まったかもしれぬな」で、「どういう意味ですか」「そのままの意味だが」で終わるのがひどくて笑った。
星結びの儀式と、三度目のお披露目
魔力が釣り合う相手がいない、という詰み方
儀式に向けた場面で出てくるのが、この世界の結婚の条件である。結婚もできるのだから相手探しをしなくていいのか、と水を向けられた答えが「無駄だ。ここには魔力の釣り合う女性がいない」だった。一人もいないのかと重ねられても変わらない。
家格でも財産でもなく魔力の強さが最優先という前提は、第16話でブリギッテが「魔力の差が大きいので対象外ですけれど」と言っていたのと同じ理屈である。下級貴族には下級貴族の壁があり、高すぎる側にも同じ壁があるというのが今回はっきりした。魔力が高すぎるというのも困りもの、という感想がそのまま出てくる。
ちなみにローゼマインはこの場面で「そういえば、なんでマントの色違うんだろう」という方向に気を取られている。重い話の横で毎回こういう視線が入るので、この作品の会議シーンは飽きが来ない。
「息はぴったりだな」
そこから話が妙な方向へ転がる。ならばフェルディナンドがローゼマインを娶ればよい、成長すれば魔力も釣り合うだろう、という提案が飛び出すのである。言い出したのが誰なのかは画面の外で、反応でも誰の発言か迷っている人がいた。
返しが「この問題児の面倒を一生見ろと、どういう嫌がらせだ」で、ローゼマインも「おっしゃる通りですよ。こんなお小言をずっと聞かされるなんて、嫌がらせ以外の何者でもありません」と乗る。それを見た周囲の一言が「息はぴったりだな」だった。当人たちが揃って否定しているのに、否定の仕方が揃っているという構図が上手い。
そのあと貴族院にいる間が一番相手の豊富な時期だから真剣に探しなさい、と言われて、「大きな図書館を持つ相手を探す努力ならばいたします」と返すのがこの人である。そこへ「勝手に領地の一大事を決めるな」と横やりが入り、「何を言う。私は正式にローゼマインの後見人になるのだぞ」と返る。後見人は親同然ですものね、と喜ばれているあたりで、還俗は早まったかもしれぬな、の伏線が早くも効いてきている。
ブリギッテの衣装、三度目
儀式の場では、ブリギッテの新しい衣装が改めてお披露目される。周囲から素敵という声が次々に上がり、ローゼマインが「うふふ、私の護衛騎士は美しいでしょう」と得意げになる。
反応で指摘されている通り、この衣装のお披露目は今回で三度目である。第16話で仕立てられ、第17話のお茶会で流行として披露され、そして今回、未婚の貴族が相手を探す本番の場に出てきた。三度繰り返したぶん、この衣装が誰の視線を集めるためのものだったかが最後にきちんと効く作りになっている。
儀式そのものは「ただいまより星結びの儀式を始める。新郎新婦はこれへ」で淡々と進み、役目を終えたローゼマインの内心が「お仕事完了。ここからは大人の時間だ」で締まる。退場際に「へたれてる場合じゃないよ、ダームエル」と念を送っているのが、このあとへの助走になっていた。
ダームエルの申し出
婚約を破棄したのは、ブリギッテの側だった
翌日のお茶会で、エルヴィーラが昨夜の顛末を語る形で描かれる。胸が締め付けられるようだと言いながら「それはもう素敵でしたよ」と続けるので、聞かされる側は最後まで振り回される。
事の起こりはフェルディナンドの還俗の通達が終わった直後で、ハスハイトが「時の女神によって紡がれた私とブリギッテ様の糸が交わったようです」と現れる。ここでようやく婚約を破棄したのはブリギッテの側であり、理由はハスハイトが彼女の兄であるギーベ・イルクナーの座を手にしようとしたからだと明かされた。
それを踏まえたうえでの口説き文句がすさまじい。どのような仕打ちを受けようと愛している、と言った直後に、「命の神エーヴィリーベ以外に、痩せ衰えた土の女神ゲドゥルリーヒを得たいと思う者はいないのだ」と続けるのである。神話をなぞった雅な言い回しの中身は、お前を欲しがるのは俺しかいない、でしかない。傷ついたあなたの名誉を回復させることもできる、という締めまで含めて、謝罪が一言もないのが徹底している。
「身分をわきまえて引き下がった結果、私は罰を受けました」
そこへダームエルが出ていく。ハスハイトの制止は「ブリギッテは中級貴族だ。下級貴族のそなたの出る幕ではない」「少しは身分をわきまえよ」という、この世界では正論にあたるものだった。
返した言葉が今回いちばん重い。「身分をわきまえて引き下がった結果、私は罰を受けました」「騎士は守るべき者がいるときに、身分を理由に引き下がってはならない。故に私が引くことはできません」である。過去に一度、身分を理由に引き下がって取り返しのつかないことになった人間が、同じ理屈で二度目を止められている。
そのうえでの申し出が「ブリギッテには私の光の女神であってほしいと願っています」で、下級貴族である自分を心もとなく思われることも承知している、と自分から言う。だから一年後までに釣り合うよう魔力を上げて正式に求婚したい、それまでどなたの求婚も受けずに待っていてほしい、と続けた。期限を切り、条件を自分に課し、待つ側には拘束しか求めない。下級貴族が中級貴族に申し込むときに出せる誠意の形として、これ以上のものは無い。
「他にもいらっしゃったようです」
ハスハイトの「気は済んだか。ならば一刻も早くこの場から」を遮ったのはブリギッテだった。返した言葉が「痩せ衰えたゲドゥルリーヒを求めてくださる方が、他にもいらっしゃったようです」である。相手が持ち出した比喩をそのまま借りて突き返している。
そして「ダームエルの申し出をとても嬉しく思いました。一年後を心待ちにしています」で受ける。エルヴィーラの評が「まるで騎士物語が演じられているようでした」で、この言い方が後で効いてくる。
というのも、ブリギッテ本人は後で「私の名誉を守ってくださっただけですのにね」と漏らすからである。あれだけ言葉を尽くしたのに、告白としては届いていない。それでも「でも十分嬉しかったです」と続くので、完全な空振りでもないという、ちょうど困る位置に着地している。ローゼマインの内心も「一年後か。魔力の成長、間に合うといいんだけど」で止まっていた。
悪女が二人と、虚構という盾
イルクナーが印刷業の一手になる
ギーベ・イルクナーとの面会では、衣装の礼としてイルクナーへの招待が出る。ローゼマインが即答しかけたところで「気を引き締めるようにと言われたのではなかったのか」と釘が刺され、招待の裏には領主の養女が後ろ盾についていることをハスハイトに見せつける意図があると説明されたうえで、それを踏まえて返事をしなさいと言われる。
そのうえでローゼマインが持ち出したのが植物紙だった。印刷するためには紙が必要で、印刷業を広めるには植物紙の工房を作らなくてはならない。それをイルクナーに任せられるのか、という問いに「ええ」と答えることで、義理で受けた招待がそのまま産業計画に変わる。専属としてプランタン商会を呼ぶところまで、その場で決まってしまった。
エルヴィーラの側からも一手が出る。印刷業を広げたいのなら、兄であるギーベ・ハルデンツェルに手伝ってもらいましょう、という提案である。ブリギッテの縁で一つ、母の縁でもう一つ。恋の話をしていたはずの回で、印刷業の版図が二つ増えている。
「どう見てもフェルディナンド」
販売会では、フェルディナンドが演奏会で弾いた楽譜が売り出される。ところが客が求めているのはそちらではなく、「演奏会で販売された絵姿はございませんの」と真っ先に聞かれてしまう。答えは「ありません」で、理由は本人に禁止されたから。
そこで差し出されるのが騎士物語の差し絵集である。添えられる文言が「この騎士物語は虚構の作り話であり、登場する団体人物などはすべて架空のものです。似て見えても別人なのです」で、言い切った直後に「では魔石を姫に捧げる騎士の物語を一冊」と売れていく。
さらに念入りだったのが、絵の販売について食い下がられたときのやりとりである。「無理なものは無理なのです」と断る流れの中で「ローゼマインには無理なのですよね」「そうです。困ったことに私は禁止されているのです」と確認し合う。禁止されているのはローゼマインであって、他の誰かではない。抜け道の場所を二人で指差し確認しているだけの会話だった。
締めは「フェルディナンド様、素敵」「優雅」と沸く声を背に、「お母様、どう見てもフェルディナンド」「違います」で終わる。虚構ですと宣言しながら似姿を流通させる手際が、反応で現実の出版業に例えられていたのも納得だった。
「ダームエルの申し出」まとめと考察
一年という期限が、この回の全部を動かしている
今回は情報量が多く、還俗も後見人就任も上位領地との火種も一度に出てくるのだが、軸は最初から最後まで一年後という期限だった。ダームエルが自分で切った期限であり、ブリギッテが待つと答えた期限であり、ローゼマインが「間に合うといいんだけど」と案じた期限でもある。
面白いのは、この回の登場人物がほぼ全員自分の意思を直接言わずに済ませようとしていることである。フェルディナンドは還俗を側近の名誉という損得で語り、ブリギッテは受けた申し出を名誉を守るための行動だと読み替え、エルヴィーラたちは欲しい絵を虚構という建前でくぐらせる。言いたいことをそのまま言った人間は、この回ではダームエルただ一人だった。
だからこそ、その一人だけが本気だと思われていないという結末が効いてくる。建前の応酬に慣れた場所では、まっすぐな言葉のほうが芝居に見える。ブリギッテの受け取り方は鈍いのではなく、あの場の作法として自然だったということなのだろうと思う。
考察として気になるのは、夏の終わりに来るというアーレンスバッハの姉上である。上位領地から来る、恨みがましくて面倒な人で、しかも今回ヴェローニカ派が権力を失うことが確定した直後にやってくる。寄る辺を失った貴族があらゆる方向からすり寄ってくる、というエルヴィーラの忠告と合わせると、次に来るのは恋の話ではなく政治の話になりそうである。




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