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第31話のサブタイトルは「一寸凪乃師と楠莉バニアファミリー」。前半は手乗りサイズになった凪乃だが、後半は薬学スパイが押し入ってくる実力行使の回である。公式あらすじにある「誠意をもって真剣な想いを伝える」は、実際には言葉ではなく、体を張った一手で決着がつく。しかも認めてもらえたのは十五股ではなく、楠莉の薬を世界一大切に思っているという一点だけだった。




公式サブタイトルは「一寸凪乃師と楠莉バニアファミリー」。手乗りサイズの才女
小さくなっても、効率だけは手放さない
開幕は昼食の席で、楠莉の薬を口にした凪乃がお手乗りサイズまで縮んでしまう。周囲の反応がまず面白い。優敷は踏んでしまわないように竹馬に乗って回避し、知与は「食べ残しはいけない」と別の心配をしている。
当の凪乃は動じない。昼休みの終わりに「授業をサボるなんて時間の無駄」と言い切り、ノートを代わりに取ろうかという申し出も「ノートの取り方には個人ごとの癖が出る。このページだけ不均等になるのは非効率的」と断る。体の大きさが変わっても、判断の基準がまったく揺れていない。
小さくなった側が慌てず、周りだけが右往左往する。この配置ができるのは、普段から効率で全部を裁いている凪乃だからで、設定と人物がきれいに噛み合った回だと思う。
強風の中の救出と、うちに泊まらないかという申し出
移動は愛城恋太郎が抱えて運ぶ。「その状態じゃ階段や人とすれ違うのも危険だし」「高くて怖いかもしれないけど、俺に運ばせてくれないかな」という言い方で、高いところが怖いかもしれないという前置きが先に来るのがこの人らしい。
帰り道で風が強くなる。凪乃は「私のことなら大丈夫」と言いながら実際には飛ばされていて、恋太郎は「絶対に守る」と言ったそばから、遠ざかっていく相手を追いかけて走ることになる。助言が「そのまま走り続けてください」だったのが、手乗りサイズ側の視点として妙に説得力があった。
そのうえで出るのが「その姿で帰ったらご両親に心配をかけてしまいますね」「もしよかったら、うちで俺にサポートさせてくれないかな」という提案である。凪乃の返事が「今の私は想定以上に何もできない。そうさせてくれるならありがたい」で、できないことを自己申告してから受け取るのが、この人の礼儀なのだと思う。
元に戻った瞬間に、恋太郎が気絶する
ベッドを作った途端に寝落ちする男
泊まりの夜、恋太郎は凪乃のために小さなベッドをこしらえる。そして作った途端に寝てしまう。凪乃の見立てが「無理もない。愛城恋太郎は今日、私のことにつきっきりで」で、ここまで一日ぶんの世話をしていたことが、本人不在のまま説明される。
問題はそのあとで、薬の効き目が切れて元の大きさに戻る。小さいまま着ていた服はそのままなので、当然どうにもならない。起きた恋太郎の第一声が「ごめん、起こした」で、次が「それより、その、今、服が」だった。
結論として恋太郎は気絶する。凪乃の「なぜ気絶を」が本気の疑問なのがおかしい。押し倒すでも目をそらすでもなく、意識を手放すことで場を収めるのが、この主人公の一貫した処理の仕方である。
「あの姿では、ハグもキスも、ずっと我慢していたから」
この場面でいちばん効くのは、凪乃の側の一言だ。「あの姿では、ハグもキスも」「ずっと、ずっと我慢していたから」。小さくなっている間、彼女がなにを不便だと思っていたのかが、ここで初めて言葉になる。
効率の話しかしてこなかった人が、効率とまったく関係のないことを我慢していたと明かす。しかも本人は不満として言っていない。元に戻れたので、これでできる、という順番で言っている。
泊まりに来た理由も、運ばれた理由も、全部世話をしてもらう側の話だった。それが最後の数十秒でずっと触れられないことを我慢していた側の話に反転する。前半のドタバタが、まるごとこの一言の前振りになっていた。
数時間前。呼び出された先は薬の家だった
母も父も、八歳の姿をしている
ここから回想で、恋太郎が楠莉の家に呼ばれた経緯に戻る。用件は「恋太郎ファミリーの話をしたら、父ちゃんが恋太郎に会いたいって言ってた」で、恋太郎の身構え方が「これまでの親族登場のパターン」だった。母親や親戚がそのまま彼女になった前例があるので、今回もそうなるのではと本人が警戒している。
出てきた母は見た目が幼い。種明かしが「楠莉の不老不死の薬の失敗作で、楠莉と同じ八歳になってるのだ」で、父まで同じ姿である。語尾も三者三様で、母が「なのよ」、父が「なのさ」、楠莉が「なのだ」。この三人まとめての呼び名が、副題の楠莉バニアファミリーだった。
家の中も家業も徹底している。リビングに打ち消しの薬の巨大な製造装置があり、「うちはそこら中に危険な薬が転がってるから必要なのよ」「そこの、飲むと体が爆発するやつとか気をつけるのだ」。食卓に置いてある時点でおかしい。
「なんで、とっとと他の十四人と別れねえのさ」
父の追及はまっすぐである。「てめえが十五股の愛城恋太郎か」「よくノコノコ顔を見せられたもんなのさ」から始まり、「そんな楠莉のこと、ちゃんと世界一大切だと思ってんのさ」と詰める。恋太郎の「はい」を受けての一撃が「だったらなんで、とっとと他の十四人と別れねえのさ」「楠莉が世界一なら、楠莉だけにしろなのさ」だった。
この作品でいちばん答えにくい質問である。返ってきたのが「みんな、世界一だからです」。父の反応は「なめてんのか」で、当然まったく通じていない。正論としては破綻しているのに、本人の中では一度も矛盾していない。
ここで押し問答が続けば、公式あらすじの言う「誠意をもって真剣な想いを伝える」回になっていたはずだ。ところがこの直後、話し合いは物理的に中断される。
押し入ってきた薬学スパイ
「長い回想シーンだったぜ」
異変に気づいたのは楠莉で、「この匂い、お茶に何か薬が入ってるのだ」。そこへ現れた男が「ご名答。さすが天才薬学少女だな」と褒めながら上がり込む。当たり前の顔で「お邪魔してます」と挨拶し、父に「いや、家族じゃねえのだ」と一蹴されるのが導入である。
名乗りが「お前を海外のとある研究所に連れ帰ることが任務の、差し詰め薬学スパイってことだ」。要求は「お前たちのカップには強力な毒薬を盛らせてもらった」「解毒薬と引き換えだ。おとなしく研究所へ来い」。楠莉は即座に「分かったのだ。どこでも行くから早く解毒薬を」と折れている。
ちなみにこの男、待たされている間に「長い回想シーンだったぜ」「まさか五分も待たされるだなんてな」と文句を言う。侵入者が構成の尺に突っ込むという、この作品らしい壊し方が緊迫した場面のど真ん中に入る。
「俺の大好きな楠莉先輩の薬を、悪用されるなんて」
止めに入った恋太郎に、銃口が向く。「お前が盾になろうが、急所でない足なら撃ったって構わないんだぞ」に対して「そんなことはさせない。アホでもなんでも、絶対に先輩を傷つけさせはしません」。楠莉の側は「きっとあいつんとこの研究所で薬開発するのも楽しいのだ。だから」と、自分から行こうとしている。
これを止める理屈が今回の芯だった。「楠莉先輩の薬は大変なことになっちゃうこともあるけど、それでも今まで俺たちに、たくさんのかけがえのない思い出を作らせてくれた」「楽しくて幸せで優しくて大切なものなんです」→「そんな俺の大好きな楠莉先輩の薬を悪用されるなんてこと、俺は絶対に嫌です」。
楠莉の薬はこの作品でずっと騒動の元凶で、今回も凪乃を縮めた張本人である。それをやめさせるのではなく、悪用されるのが嫌だと言って庇っている。能力を否定せずに人を守る言い方として、これ以上のものは思いつかない。
力技と、その裏で走っていた計算
「打ち消しの薬でも消せねえくらい肉体改造してきてんのさ」
事態を動かすのは父である。「もういい。だったら体で分からせてやる」という宣言のとおり、相手の攻撃を丸ごと無効化して力ずくで制圧する。心配する恋太郎への答えが「こんなもん効くわけねえのさ」「こちとら、打ち消しの薬でも消せねえくらい、散々実験で肉体改造してきてんのさ」。
薬の家の父が、薬ではなく薬でも戻せない体で解決している。しかも理由が研究のやりすぎというのが、この一家の筋の通し方らしい。侵入者は空の彼方まで飛んでいき、母の報告が「あの人、お星さまになったのよ」だった。
前半が薬で縮む話だったので、後半で薬が一切効かない相手が出てくる並びになっている。同じ回の中で、薬の万能さと無力さを続けて見せているのが構成として面白い。
恋太郎の狙いは、楠莉が自分を責めないことだった
毒はどう処理されたのか。種明かしが、恋太郎の側の仕込みである。「机の上の薬が必要なふりをして、こいつに撃たせ」「その弾道の延長線上にある、打ち消しの薬の醸造タンクを破壊させて」「そこからこぼれた薬が、倒れていた俺たちのところへ」。
理屈は「毒薬も薬。一か八か、打ち消しの薬でどうにかならないかと」。盾になっていたのも、机に近づけと言っていたのも、全部この一手のためだった。撃たれる覚悟の場面が、実は撃たせるための誘導だったことになる。
そして狙いの説明がいい。「それさえうまくいけば、あのスパイの解毒薬は必要なくなって、楠莉先輩は気に病まなくて済むかと」。守る理由が命でも勝利でもなく、自分のせいだと思わせないことに置かれている。
「一寸凪乃師と楠莉バニアファミリー」まとめと考察
認められた一点と、認められていない一点
決着後、父が言う。「認めてやる。てめえが薬を世界一大切に思ってるってことだけはな」。そして即座に「まだ十五股は認めてねえからな」と釘を刺す。認めた範囲を自分で限定してから渡しているのが、この父親の律儀なところだ。
母の礼が「ありがとうなのよ。薬も私たちも助けてくれて」で、恋太郎の返しが「当然のことですよ。恋人を助けるなんて」。そこに母が「ええ、そのこともだけど」と含みを残す。受けて楠莉の一言が「大好きな恋太郎のこと、お母さんにも父ちゃんにも好きって思ってもらえて、楠莉、なんだかすっごく嬉しいのだ」だった。
この回の勝敗は、実は父ではなく楠莉の側にある。認めてもらえたかどうかより、家族に好かれたことを喜んでいる。十五股が認められていないという宿題は、そのまま次に残った。
考察。薬の家の話が、そのまま前半の答えになっている
前半と後半は別の話に見えて、置いているものが同じである。前半は、薬で縮んだ凪乃を恋太郎が丸一日世話して、最後に我慢していたのは彼女の方だったと分かる。後半は、薬で騒動を起こしてきた楠莉を恋太郎が庇って、最後に庇われた本人が家族に好かれたことを喜ぶ。
どちらも迷惑をかけた側が、実は先に何かを抱えていたという形になっている。公式あらすじの「誠意をもって真剣な想いを伝える」は、言葉で説得する場面としては最後まで成立しない。かわりに行動が先に済んでいて、言葉は結果の確認に回っている。
そして引きが、帰宅したおばあちゃんである。恋太郎が名乗った瞬間に例の反応が出てしまい、ナレーションが「果たして恋太郎の新しい彼女はおばあちゃんなのか、いなか?」で締める。母、親戚と来て次が祖母なので、親族登場のパターンを警戒していた冒頭の身構えが正しかったことになる。父の宿題が残っている状態でこれは、さすがに気の毒だと思う。




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