この記事の作品:
第31話「一寸凪乃師と楠莉バニアファミリー」は、前半が手乗りサイズの凪乃、後半が薬学スパイの襲撃という二本立ての回である。ただし通して見ると、この回の恋太郎は、言葉では一つも通していない。公式あらすじが「誠意をもって真剣な気持ちを伝えようと緊張気味の恋太郎だったが…」で切れているとおり、「だが」の先で起きるのは、伝えることの失敗のほうである。




結論:この回で、恋太郎の言葉は一度も通っていない
二本立ての回なので散らかって見えるが、前半と後半で愛城恋太郎に起きていることは同じである。口で言ったことが、どちらでも通っていない。
公式あらすじが「だが…」で切っている場所が、そのまま折り返し点になっている
公式サイトの第31話のあらすじは、後半をこう書いて終わっている。「15股の男を信用できない楠莉の父に、誠意をもって真剣な気持ちを伝えようと緊張気味の恋太郎だったが…」(※1)。この「だが…」の先で何が起きるかというと、誠意も真剣さも、言葉のままでは一つも受け取ってもらえない。父の追及は「だったらなんで、とっとと他の十四人と別れねえのさ」「楠莉が世界一なら、楠莉だけにしろなのさ」で、恋太郎の答えは「みんな、世界一だからです」。返ってきたのは「なめてんのか」だった。
前半も、尽くしていたつもりが我慢させていた側だった
前半で恋太郎は、お手乗りサイズになった凪乃を一日かけて世話する。ところが薬が切れたあとに凪乃が言うのは「あの姿では、ハグもキスも」「ずっと、ずっと我慢していたから」である。世話をされていた側の話が、触れられないのを我慢していた側の話に反転する。効率の話しかしない人が、効率とまるで関係のないことを我慢していたと明かす場面で、恋太郎はここでも何も言い当てていない。
認められたのは、言葉ではなく薬を庇ったほうだった
後半で父が折れるのは、押し入ってきた薬学スパイを退けたあとである。しかも裁定の仕方が独特で、「認めてやる。てめえが薬を世界一大切に思ってるってことだけはな」と言い、間を置かずに「まだ十五股は認めてねえからな」と付け足す。認めた範囲を、自分で先に限定してから渡している。公式あらすじの「誠意をもって真剣な気持ちを伝えよう」は、最後まで言葉としては成立しないまま、行動のほうで片付いた。
第31話で確定したこと(要点だけ)
前半と後半で毛色がまるで違うので、先に事実だけ並べておく。
- 公式サブタイトルは「一寸凪乃師と楠莉バニアファミリー」(※1)。公式あらすじは「楠莉がうっかり飲ませた「小さくなる薬」のせいで、お手乗りサイズに小さくなってしまった凪乃」から始まる。
- 元に戻す手段はある。ただし「体への負荷が大きすぎるため「打ち消しの薬」を使えず、自然に効果が切れるのを待つしかなく…」(※1)。
- 縮んでも凪乃の基準は下がらない。「授業をサボるなんて時間の無駄」と言い、「ノートの取り方には個人ごとの癖が出る。このページだけ不均等になるのは非効率的」と続ける。
- 優敷は凪乃を踏まないように竹馬で歩く。
- 恋太郎は小さなベッドを作った途端に寝落ちし、薬が切れて元の大きさに戻った凪乃を見て気絶する。凪乃の「なぜ気絶を」は本気の疑問である。
- 凪乃の種明かし=「あの姿では、ハグもキスも」「ずっと、ずっと我慢していたから」。
- 後半の本体は薬学スパイの襲撃。毒薬を盛られ、「解毒薬と引き換えだ。おとなしく研究所へ来い」と迫られる。スパイ自身が「長い回想シーンだったぜ」「まさか五分も待たされるだなんてな」と言う。
- 恋太郎の宣言=「楠莉先輩の薬は大変なことになっちゃうこともあるけど、それでも今まで俺たちに、たくさんのかけがえのない思い出を作らせてくれた」→「そんな俺の大好きな楠莉先輩の薬を悪用されるなんてこと、俺は絶対に嫌です」。
- 父の制圧=「こちとら、打ち消しの薬でも消せねえくらい、散々実験で肉体改造してきてんのさ」。
- 恋太郎の狙い=「机の上の薬が必要なふりをしてこいつに撃たせ」「その弾道の延長線上にある打ち消しの薬の醸造タンクを破壊させて」「そこからこぼれた薬が、倒れていた俺たちのところへ」。理由が「楠莉先輩は気に病まなくて済むかと」。
- 引きは祖母の帰宅。名乗った瞬間にビビーンときて、ナレーションが「果たして恋太郎の新しい彼女はおばあちゃんなのか、いなか?」。
縮んだ凪乃は、基準を一つも下げていない
小さくなる話は、たいてい「できないことが増える」話になる。この回の凪乃は逆で、できることが減っても、要求水準のほうは一ミリも下げない。
「授業をサボるなんて時間の無駄」から一日が始まる
公式あらすじは「体への負荷が大きすぎるため「打ち消しの薬」を使えず、自然に効果が切れるのを待つしかなく…」と書いている(※1)。つまりこの日は一日、小さいまま過ごすしかない。普通なら休む場面だが、凪乃は「授業をサボるなんて時間の無駄」と言って登校する。踏まれるかもしれないし、自分の手ではノートも取れない。それでも行かない理由としては一つも数えていない。
ノートの一ページにまで、いつもの基準が出る
象徴的なのが、そのノートについての注文である。「ノートの取り方には個人ごとの癖が出る。このページだけ不均等になるのは非効率的」。自分では書けない状態なのに、気にしているのは書き手が変わることで生じる見た目の不統一のほうだ。優敷が踏まないように竹馬で歩くのも、周りが凪乃に合わせて動いているのであって、凪乃が合わせているわけではない。体だけが小さくなって、判断の基準は据え置きになっている。
それだけに、最後の一言だけが基準の外から出てくる
だから終盤の告白が効く。薬が切れて元に戻ったあと、凪乃が持ち出すのは効率でも時間でもなく「あの姿では、ハグもキスも」「ずっと、ずっと我慢していたから」である。一日中いちばん困っていたのは、実は接触のほうだった。しかもその横で恋太郎は、小さなベッドを作った途端に寝落ちし、戻った凪乃を見て気絶している。我慢していた側だけが、最後まで起きていたという格好になった。
竹馬をもう一度出したのは、竹馬を立てた回の演出である
この作品は、公式サイトが各話のスタッフをそのまま公開している。並べると、この回の作りに説明がつく重なりが二つ出てくる。
公式サイトのあらすじの下に、担当者が全部書いてある
公式サイトのストーリーページは、各話のあらすじの下にシナリオ・絵コンテ・演出まで担当者が一式そのまま載っている(※1)。第31話はシナリオが鴻野貴光、絵コンテが永居慎平とRoyden B、演出が田辺慎吾である。シリーズ全体の座組はスタッフページのほうにあり、監督は佐藤光、シリーズ構成はあおしまたかし(※2)。つまり各話の担当者を推測で書く必要がない作品ということになる。
演出の田辺慎吾は、3期では第29話とこの回だけである
まず演出のほうを見ると、田辺慎吾が3期で演出に立つのは、第29話「優敷さんの園芸部ツアー」とこの第31話の二本だけだ(※1)。そして第29話の公式あらすじにはこう書いてある。「大きな体で動植物を踏まないよう竹馬に乗って歩き、雑草すら捨てずに大切にする山女の優しさに、恋太郎は心惹かれていく」(※1)。第31話で優敷が竹馬に乗るのは、まさに小さくなった凪乃を踏まないためである。「踏まないための道具」として竹馬を立てた回の演出が、その竹馬をもう一度持ってくる回の演出をしている。設定を思い出したというより、置いた本人が回収しにきた形だ。
絵コンテの永居慎平は、3期では第25話とこの回だけである
もう一つが絵コンテで、永居慎平が3期で名を連ねるのは、第25話「いとこの彼女」とこの第31話の二本だけ(※1)。第25話は3期の一話目で、公式あらすじが「さすがにいとことビビーンなんてことはないだろうと思いながら、知与と目を合わせた瞬間ビビーンときてしまう!」と書いている(※1)。そして第31話の締めは、帰ってきた祖母と目が合ってビビーンときてしまうところである。「身内なのに」で3期を開けた担当者が、「今度は祖母」で閉じる回にも入っている。冒頭で恋太郎がこれまでの親族登場のパターンを警戒していたのは、作り手の並びから見ても正しかったことになる。
やめさせるのではなく、悪用されるのが嫌だと言って庇う
後半は完全に実力行使の回になる。ここで恋太郎が選ぶ言い方が、この回でいちばん珍しい形をしている。
押し入ってくるのは、薬を目当てにした襲撃者である
薬学スパイは毒薬を盛ったうえで「解毒薬と引き換えだ。おとなしく研究所へ来い」と迫ってくる。狙いは楠莉の薬そのもので、普段さんざん騒動を起こしてきた薬が、初めて外から欲しがられる。ちなみにこのスパイは「長い回想シーンだったぜ」「まさか五分も待たされるだなんてな」と言い出すので、緊張と脱力が同じ場面に同居している。
「悪用されるなんてこと、俺は絶対に嫌です」
恋太郎の宣言は、まず薬の弁護から入る。「楠莉先輩の薬は大変なことになっちゃうこともあるけど、それでも今まで俺たちに、たくさんのかけがえのない思い出を作らせてくれた」。そのうえで「そんな俺の大好きな楠莉先輩の薬を悪用されるなんてこと、俺は絶対に嫌です」と続ける。やめさせる方向にはいっさい行かないのがここで、能力を否定せずに人を守るという言い方になっている。この回の前半が、その薬のせいで凪乃が一日を小さいまま過ごす話だったことを考えると、なおさら効く。
狙いの説明が「楠莉先輩は気に病まなくて済むかと」
決着も理屈っぽい。恋太郎の組み立ては「机の上の薬が必要なふりをしてこいつに撃たせ」「その弾道の延長線上にある打ち消しの薬の醸造タンクを破壊させて」「そこからこぼれた薬が、倒れていた俺たちのところへ」というものだ。注目したいのは、なぜその手を選んだかの説明が「楠莉先輩は気に病まなくて済むかと」だったことである。守る理由が、命でも勝利でもなく、自分のせいだと思わせないことになっている。薬で助かる筋書きにしたのも、たぶん同じ理由だ。
父は薬ではなく、薬でも戻せない体で解決する
楠莉の父は、話し合いの相手として出てきて、話し合いでは一度も動かない。この人が動くのは、力のほうだけである。
「打ち消しの薬でも消せねえくらい、散々実験で肉体改造してきてんのさ」
スパイを制圧するときの父の台詞が「こちとら、打ち消しの薬でも消せねえくらい、散々実験で肉体改造してきてんのさ」。薬の家の主が、薬ではなく「薬でも戻せない体」で片をつける。前半で凪乃に打ち消しの薬が使えなかったのは体への負荷が大きすぎるからで(※1)、その負荷を全部引き受けた先にいるのがこの父という並びになっている。同じ薬の話が、前半は使えない理由として、後半は効かない理由として出てくる。
認めた範囲を、自分で先に限定してから渡す
裁定は「認めてやる。てめえが薬を世界一大切に思ってるってことだけはな」で、そのまま「まだ十五股は認めてねえからな」が続く。認めた範囲を自分で線引きしてから渡しているので、和解には見えるが条件は何も変わっていない。言葉で攻めたときは「なめてんのか」で終わり、行動を見せたあとでも認められたのは一点だけ、という筋が最後まで崩れない。
前半と後半は、同じ形を二回やっている
ここまで来ると、二本立てに見えた構成が一本に見えてくる。前半は薬で縮んだ凪乃を一日世話して、最後に我慢していたのは彼女のほうだったと分かる。後半は薬で騒ぎを起こしてきた楠莉を庇って、最後にその薬が外から狙われるほどのもので、家族もそこに体を張っていたと分かる。どちらも迷惑をかけている側に見えていたほうに、先に事情があったという形で、それを言葉で確かめる工程だけが省かれている。
まとめ:彼女が増えない回だから、いる二人が見える
3期はここまで、新しい彼女が次々に加わってきた。この第31話は、その流れがいったん止まる回である。
増える回には、公式が当日にヒロインビジュアルを出している
公式サイトのニュースを並べると分かりやすい。8月2日に優敷山女のヒロインビジュアル、8月9日に茂見紅葉のヒロインビジュアルが公開されていて(※3)、それぞれ第29話・第30話の放送日にあたる。新しい彼女が出た日に、その子の絵が出るという運び方になっている。ところが第31話の放送日に出ているのは、本記事の執筆時点では名前の付かないポスタープレゼントの告知だけである(※3)。
増えない回に回されたのが、凪乃と楠莉だった
そのぶん、この回はすでにいる二人に丸ごと使われている。3期の公式あらすじを第25話から順に読むと、凪乃と楠莉の名前が出てくるのは、この第31話が初めてである(※1)。それまで名前で呼ばれていたのは、その回で新しく加わる側だった。その二人が、片方は我慢していたことを、片方は家族に大切にされていたことを、同じ回で明かす。増やす回ではないから、増やしてきた分の中身を見せられるという配置になっている。ナレーションが最後に「彼女なのか、いなか?」と言うのも、この回では答えを出さないという宣言に読める。
次回の予想
最後に帰ってきた祖母について、この回は何一つ決めていない。そのうえで予想すると、次は「認めてねえ」と言った父のほうがもう一度出てくると見ている。理由は二つで、父の裁定が「薬を大切に思っていること」だけに限定されたまま終わっていることと、祖母が加わるなら同じ家の中でもう一度十五股の話をやり直すことになることだ。言葉で通らなかったものが、今度こそ言葉で通るのかどうかが見どころになる。もっとも、これはあくまで予想である。
出典
※1 TVアニメ公式サイト STORY 第3期(第25話〜第31話のサブタイトル・あらすじ・シナリオ・絵コンテ・演出)/hyakkano.com
※2 TVアニメ公式サイト STAFF&CAST(原作・監督・シリーズ構成ほか)/hyakkano.com
※3 TVアニメ公式サイト NEWS(2026年8月2日 優敷山女/8月9日 茂見紅葉 のヒロインビジュアル公開ほか)/hyakkano.com




関連作品:

















コメント