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『手札が多めのビクトリア』第9話の副題は「この先何があっても」。約束の夏祭りは、亡き人を懐かしむために人が集まる日だった。二度死んだことにされた女が、そこで自分の家族を悼んで泣く。そして最後に、いつも言う側だったありがとうを、ノンナの口から並べて返される。副題はそのまま最後の独白の一節で、題名を回収して終わる。全9話の最終話である。




副題は「この先何があっても」、そして全9話の最終話
副題は公式のデータから確認できる
第9話の副題は「この先何があっても」。公式サイトのSTORYが読み込んでいるデータには第9話まで入っていて、そこに同じ表記がある。第8話の時点では第8話までしか無かったので、ここで最後まで埋まったことになる。
回の数がそのまま作品の全体像になった。放送前に出ていた総集編スペシャルの告知に続いて、放送当日には新作スペシャルエピソードと第2期の制作決定も公式から出ている。
冒頭は、赴任の挨拶から
開幕は、公爵領の管理を任されることになった元王子とジェフリーのやり取りである。もう殿下ではない、いい加減真面目に国のために働くつもりだ、という自己申告から入る。
そこで領地の説明として出るのが、行事といえばカディスの夏祭りくらいだが、という一言だった。この回で最も重要な舞台が、雑談の中でついでのように置かれる。
同じ祭りを、向こう岸から聞く
場面が変わると、ビクトリアは海を隔てた漁師町の食堂で働いている。来週のカディスの夏祭りが終わったらすぐに寒くなる、という世間話から祭りの名前が出る。
国が違うのにと戸惑う彼女に、雇い主は答える。その日だけ船が出るので、検問所を通らずに気楽に向こうへ行ける、と。身を隠している側にとって、いちばん通りたい道が一年に一日だけ開く。
自由になったのに、孤独で苦しい
約束を覚えているだろうか
ノンナにせがまれて行くと決めたあと、独白が始まる。団長さんはあの日のたわいのない約束を覚えているだろうか、という問いである。
すぐに自分で打ち消す。今さら会えたところで元の生活には戻れないのに、と。期待と否定を同じ段落の中で往復させるのが、この作品の独白の癖である。
いちばん危ない一行
続く独白が、この回でいちばん危ない。特務隊を抜けて自由になったのに、とても孤独で苦しい、と認めてしまう。
そのうえで、聞き分けのない子供のように寂しい寂しいと訴えるもう一人の自分がいる、と書く。そして、もし特務隊に戻ったらこんな気持ちは消えるだろうか、とまで考える。
それでも一つだけ動かない
結論は短い。あの場所に近づけてはいけない、それだけは分かっている、である。
第8話で組織の可能性がわずかでもあるならノンナを近づけてはいけないと決めた判断が、そのまま自分自身にも向いている。戻りたいという気持ちと、戻ってはいけないという判断が、切り離されたまま並んでいる。
祭りは、亡き人を懐かしむための日だった
警備側の説明で正体が分かる
会場を見回るジェフリーたちのやり取りで、この祭りの性格が明かされる。思った以上ににぎわっているな、という感想に対して返るのが、家族や恋人や友人など、亡き人を懐かしむ方々が毎年たくさん訪れるのだと。
屋台が並ぶにぎやかな夏祭りの正体が、死者を思い出すための日だった。船が流れるのを橋の上から見る、という案内まで付く。
二度死んだことにされた女が、そこにいる
この設定が効くのは、主人公の立場のせいである。第8話で、一度目は組織を抜けるために自分で用意した死、二度目は守るために国が用意した死、と二回も死んだことにされている。
死んだことになっている人間が、死んだ人を悼む祭りに紛れている。人が多いから見つかりようもない、という安心の仕方まで、そのまま隠れることに直結している。
母が泣くのを、娘が見る
そして橋の上で、父と妹の名を呼ぶ。会いたいよ、ずっと頑張ってきたけど、と続いたところで涙が止まらなくなる。
気づいたノンナの反応が良い。なんで、大丈夫、と聞いたあとに、お母さんだって泣いていいよ、と言う。第8話でお母さんと呼ぶ許可を取った子が、今度は泣く許可を出している。
見つからない理由で、自分を慰めてどうする
独白が自分を叱る
祭りに着く前の独白に、短い自己批判がある。そんなに人がいれば見つかりようもない、と考えた直後に、見つからない理由で自分を慰めてどうする、と自分で切り返す。
隠れるための条件と、会いたい気持ちが、同じ一つの事実から出てきている。人出が多いことは、この回では安全でもあり障害でもある。
探していた側は、何年でも来るつもりだった
再会したあとのジェフリーの言い方が、この回でいちばん静かに効く。何年でもこの祭りに来るつもりでいたんだが、と前置きしてから、最初の年に見つけられた、と言う。
約束を覚えているかどうかを気にしていた側に対して、覚えていたどころか年単位の計画になっていたと返している。第8話でヨラナ夫人が家をそのままにしていたのと、同じ待ち方である。
伝えることが、たくさんある
再会の場面はあっさりしている。謝ってほしいんじゃない、それより君には伝えなければならないことがたくさんあるんだ、と話が実務へ移る。
中身は、城での話し合いの結果として死んだことになったという報告だった。だからもう君は逃げなくていい、これからは落ち着いて暮らせる、と続く。第8話で本人のいない場所で言われた独白が、ここでようやく本人に届く。
本当の名前を、初めて名乗る
名乗ったことが一度もない名前
その返事として出てくるのが、この回の山場である。八歳で養成所に入ったとき名前を捨てさせられ、工作員としての名を与えられた。それから一度も名乗ったことがない、と前置きが入る。
そして名乗る。父と母がつけてくれた、私の大切な名前です、という言い方で締める。第8話で家族を失った経緯を語った回の直後に、その家族がくれたものだけが残っていたことになる。
呼び方が変わる
この場面の直前に、呼びかけがすでに変わっている。それまで団長さんと呼んでいたのを、途中から縮めた呼び方に切り替えている。
肩書きで呼ぶのをやめる側と、捨てた名前を名乗る側が、同じ会話の中で入れ替わる。第3話から続いた距離の取り方が、二つの呼び方の変更だけで解ける。
手札の意味が変わる
この作品の題名にある手札は、これまで変装や偽造や格闘術といった技能の数を指してきた。名前も、その手札の一枚として使い捨てられてきたものである。
ところがここでは、捨てさせられた名前のほうが本物として戻ってくる。使える札を増やす話だったものが、捨てさせられた一枚を取り戻す話に変わっている。
ジェフリーの側にも、話していないことがあった
兄と二人だけの秘密
名乗り返す形で、ジェフリーも打ち明ける。俺と兄の二人だけの秘密だ、育った環境が少し特殊なんだ、という切り出しである。
中身は重い。父は別の家族と暮らしていて、愛人に子供ができたあたりから兄弟を殴るようになり、母は早い段階で心が壊れた。兄は一時期、母と幼い弟をかばって一心に殴られ続けた。
のめり込んだ先が、今の職業になっている
説明の続きが効く。辛い現実から目を背けるため、兄は勉学に、自分は剣の道にのめり込んだ、という一行である。
第二騎士団長という肩書きの出どころが、憧れでも才能でもなく逃避だったことになる。第3話で語られた頼られる存在になれなかったという古傷も、この土台の上に乗っている。
決着をつけたのは兄だった
回想の決着は静かで容赦がない。当主の座を譲るか、それともこの場で殺されるか、と選ばせる場面が来る。しかも医者まで手配済みだったと明かされる。
そして父が出て行ったあと、兄は早くこうすればよかった、勇気のない私を許してくれ、と泣いていたという。第8話で自分の部署を雑用係みたいなものだと言った人物の、いちばん古い仕事がこれだった。
三人が家族になるまでの手続き
家庭という名前の地獄
聞き終えたビクトリアの返しが、この回でいちばん強い。自分は八年間だけだったけれど家庭の温かさを知っている、だけどあなたにはそれさえもなかった、と言う。
独白では、二人が暮らしていたのは家庭という名前の地獄だと言い切る。そのうえで、命に変えても守る、幸せな家庭を作りましょう、と続ける。返ってくるのが、それは普通、俺の言うセリフだ、俺にも格好をつけさせてくれ、である。
安全の確保は、また別ルートから来る
段取りを進めるのは、やはり第三騎士団だった。この領地で目撃されては困る、ほとぼりが冷めるまで完全に姿を消すべきだ、という判断が上司から降りてくる。
用意されたのは、大陸の先にある国への渡航である。薬の輸出の手配という仕事まで付いていて、三人分の費用は国が持つ。逃亡ではなく赴任という形に整えてある。
必要とされている、と告げられる
なぜ他国の工作員だった自分を助けるのか、という問いには答えが返らない。答えると自分は職を失う、と断ったうえで、こう言う。
あなたは自身が思っている以上に、誰かに必要とされているのですよ。第8話で使い勝手のいい道具でしかなかったと総括した人物に対する返事として、これ以上のものはない。
ありがとうを言われる番が来る
条件は、娘になってくれるかどうか
出発の話をノンナに伝える場面に、ひとつだけ条件が付く。俺の娘になってくれるかい、という問いである。
答えは、いいよ、の一言だった。そのうえで、俺たちは今日から家族だ、と宣言される。第1話では赤の他人だった三人が、手続きの話の途中で家族になる。
本当は、あのとき分かっていた
幕の直前、ノンナが打ち明ける。ずっと前に広場で一人でいたとき、本当は捨てられたことを知っていた、と。
そのうえで、あのときお母さんは夕方になるまで一緒にいてくれた、まだありがとうを言っていなかった、と続ける。聞き分けが良いと言われ続けてきた子が、聞き分けていた理由のほうを最後に明かしている。
並べて返される
続くのが、この回のいちばんいいところである。あの頃は言葉をあまり知らなかったから、と前置きして、感謝が一つずつ並べられる。逃げている最中に助けてくれたこと、羊の肉を焼いてくれたこと、青いリボンを買ってくれたこと。
最後が、お母さんになってくれてありがとう、である。第8話でお母さんはいつもありがとうって言うね、と指摘した子が、ためた分をまとめて返している。
副題が、題名に着地する
締めの独白は、欠けていたものを埋めながら生きていく、という言い方から始まる。家族を大切にすること、縁のあった人と長く付き合うこと、人の役に立つこと。
そして副題がそのまま出てくる。この先何があっても私はこの家族を守り抜く覚悟だ、と。最後の一行は、大丈夫、なぜなら私の手札は多めなのだから。副題で始めて題名で終わるという畳み方で、全9話がきれいに閉じている。




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