この記事の作品:
『BLACK TORCH』第10話の副題は「ヤバスギルスキル」。手に余る力の話だが、この回はその力の扱い方を三通り並べて置いている。喰って自分のものにする天鬼、妖気を分け合って夫婦になった二百年前の一組、そして「これは俺のじゃねえ」と言い張る弐郎。そして伊吹が弐郎に教える一行が「支配しようとするな。だが支配されるな」で、天鬼の信条が「どちらが上でどちらが下か証明してみせよう」だった。




森に入った男が、まずやったのは自己紹介だった
公式の副題は「ヤバスギルスキル」(出典: 公式サイト STORY #10)。手に余る力、という意味に取れば主役は弐郎の中の妖気だが、この回にはもう一人、手に余る技を持った男が出てくる。副題が誰の話なのかは、最後まで二通りに読める。
公式あらすじは「物ノ怪、伊吹の縄張りである『無明の森』に入った弐郎。道中、不思議な白蛇と知り合い、羅睺への思いを語り、心を通わす。だが弐郎の前に、新たなる物ノ怪が姿を現した。巨大な鎌で襲い来る物ノ怪。一方、天鬼は各地に散っている同志の物ノ怪たちを集めていた。」(出典: 同)。伊吹の名を先に出しておきながら、白蛇と同一だとは書いていない。
動物と話せる力が、この回はあいさつに使われる
結界を抜けた弐郎の第一声が「とりあえず結界は抜けたっぽいけど、こっからどうすっか」で、そのあとに「要は力を物にしろってことだよな」と目的を確認する。ところが動物たちの「人間が入ってきた」「結界はどうした」というざわめきが聞こえた瞬間、やることが変わる。
弐郎はその場で名乗る。「俺は我妻弐郎っつーもんだ」「わけあってしばらくここで過ごす」「だから急で悪いけどよろしくな」、そして「文句ある奴はいつでも来い、以上」。第1話から持っている「動物と話せる」という能力が、この回で初めて戦闘でも情報収集でもなく、あいさつのために使われる。
続くのが野営の支度で、「寝床はここにすっか」「水はオッケー」「焚き木もよし」と進む。修行に来たというより引っ越してきた人の段取りに近い。だから最初に現れた白蛇にも「暴れんなって。別に取って食ったりしねえよ」と言い、そのくせ直後に「そういやヘビって鶏肉みたいな味らしいな」と混ぜっ返す。
修行に来た人間が「こんな力、俺一人じゃ抱えられねえ」と言う
白蛇との会話で、弐郎の目的がはっきりする。おとなしく匿われていろと諭されて出るのが「なんかそれが嫌なんだよな」で、理由が「誰も羅睺のこと考えてねえんだよな」。隠密局も天鬼も力の話しかしていない、という不満である。そのうえで「こんな力、俺は別にいらねーけどな」と足す。
白蛇が「羅睺はもう殺されてるかもしれないだろ」「連中にとっちゃ無価値なわけだし」と現実を突きつけても、返ってくるのは「生きてるさ」の一言だ。「なんで分かるんだよ」に対する答えが「勘」。それだけで話を進めてしまう。
そして目的の宣言が来る。会ってこの力も突っ返して、「そんで思いっきり文句言うんだ」、文句の中身が「こんな力、俺一人じゃ抱えられねえよバカ野郎、ってな」。力を我が物にするための修行に来た人間が、その力を返しに行くために強くなろうとしている。副題を弐郎の側から読むと、ここに落ちる。
命が懸かった場面で、訂正したのは所有権のほうだった
この回でいちばん短くて、いちばん効く台詞は戦闘の最中に出てくる。しかもそれは、強がりでも決め台詞でもない。ただの事実確認である。
「これは俺のじゃねえ。あいつのもんだ」
巨大な鎌を持った物ノ怪が現れたときの受け答えが効いてくる。相手は「見せてみろ、お前の持つ本当の力を」「それを使わなければ、お前は次の一撃で死ぬ」と迫る。弐郎の返しは「使えりゃとっくに使ってるわ」で、そのあとに付け足す一言が本題だ。
「これは俺のじゃねえ」「あいつのもんだ」。俺はただ借りているだけだ、と続ける。命が懸かった場面で、所有権の話を訂正している。第5話で「人のこと物扱いしようって、何様だてめえは」と怒鳴った人間が、今度は自分が持っているものについて同じ線を引き直した形になる。
「支配しようとするな。だが支配されるな」
死にかけた弐郎に、白蛇が問いをぶつける。「お前は今までどうしてきたんだ」。そして「羅睺を従えていたのか。羅睺に従っていたのか」「お前にとって羅睺とは何だ。強大な武器か。忌むべき怪物か。人間の敵か」。弐郎の答えは「違う。そんなんじゃねえ」で止まる。答えられないのではなく、どの選択肢にも当てはまらない。
種明かしはそのあとだ。「こいつは羅睺という本体を失った妖気の塊だ」「今はお前の心身に強い影響を受けている」「お前が拒絶すればこいつも拒絶するし、無理やり操ろうとすればこいつもお前を操ろうとする」。つまり暴走の原因は力の側ではなく、扱う側の構えのほうにある。
結論が一行で来る。「支配しようとするな。だが支配されるな。どちらが上でも下でもだめだ」。弐郎が「むちゃくちゃな」と言うと、返ってくるのが「最後までその無茶を通してみせろ」。無茶を無茶のまま押し通せ、という指導になっている。
人間と物ノ怪が力を分け合った前例が、二百年前からこの森にいた
教えの根拠は、抽象論ではなく実例のほうにあった。しかもその実例は、同じ森のなかで暮らしている。
膝枕をしていた相手と、その伴侶
目が覚めた弐郎に膝枕をしていたのが、あの白蛇の本体である伊吹だった。そして薬草を持って現れるのが、伊吹の伴侶である男だ。「今は私の旦那だが、こう見えて元は人間だ」と紹介され、しかも当時の肩書きが御庭番衆、つまり隠密局の源流にあたる。
敵として討伐に来た側が、二百年後に同じ屋根の下で薬草を持ってくる側になっている。しかもその立場は、いま弐郎が身を置いている組織の元をたどった先にある。
なれそめと、助けた理由
なれそめが変わっている。討伐に来た男が「殺すならさっさと殺せ」と言い、続けて「さもなくば」と条件を出す。中身が、一生を捧げてでも挑み続けていつか必ず倒す、という宣言だ。伊吹は「どうだ、すごい鬱陶しいだろ」と語るが、当時の返しは笑いだった。求婚みたいだ、と言われて男が言い直すのが「僕だって男だ。一度言ったことを曲げたりしない」「だから僕は君に一生を捧げる。覚悟しろよ」である。
落着が「結局、私が根負けしたってわけだな」。そして男のほうは妖気を分けてもらい、半物ノ怪として伴侶になった。締めの言葉が「友情や愛情に種族なんて関係ないのさ」「それは君なら、なんとなく分かるんじゃないかな」。人間と物ノ怪が一つの体で釣り合っている実例が、二百年前からこの森に住んでいた。
だから伊吹は詳しかったし、助けもした。理由を聞かれて出るのが「まあ結果的にお前は生き延びたし、その責任くらいはと思ってな」で、もう一つが「それに天鬼を放っておくわけにもいかんだろう」。指導方針も現実的で、伴侶のほうは数十年かけて少しずつ慣らしていったが「お前にそんな時間はないだろ」、だから実戦を繰り返して死ぬ気で感覚を掴め、になる。
「共に行こう同志たち」の直後に、集まった全員を喰う
森の外では、力の扱い方についてまったく別の答えが出されている。しかもそちらは、言葉と行動が同じ場面で食い違う。
孤独に手足と角が生えたような男
伊吹が語る天鬼の来歴が容赦ない。「昔からあいつは物ノ怪の中でも浮いた存在だった」「誰にも胸の内を見せない」、そして「孤独に手足と角が生えたような男」。能力は共食いで、「他の物ノ怪を喰らうことで相手の力を吸収する」「文字通りの弱肉強食」と説明される。
ところが「ある程度の力を得ると奴は喰らうのをやめ、同志として利用し始めた」。二百年以上前の勧誘の場面もそのまま出てくる。伊吹の断り方が「私はお前と組む気は一切ない」「私はお前みたいな愛のない男が大嫌いなんだよ」「同志の前にまずは友達でも作って出直してきな」。
引き下がった理由が計算なのがいい。「やり合えばおそらく7割方私が勝つだろう」「だがそれは3割の確率で負けるということ」「私にはまだやるべきことがある」。そして本音が「どちらが上でどちらが下か、私がこの手で証明してみせよう」。同じ回で伊吹が弐郎に言った「どちらが上でも下でもだめだ」と、正面からぶつかる言葉になっている。
呼びかけた相手の名前を、この男は言えない
現在の演説も筋は通っている。「250年前、一度目は失敗に終わった」「すべては私の甘さが原因だった」「人間を侮り物ノ怪を過信した」、だから「足りない力は誰かに補ってもらうのではなく、自らの手で高めるもの」。ところが「さあ、共に行こう同志たち」と呼びかけた直後に、集まった全員を喰いはじめる。共に行こうの「共に」が、隣に並ぶことではなく体内に入れることだった。
惨状を見て出てくるのが桐原真司で、第一声が「あんたを信じて集まった連中を一網打尽とは」。ここで天鬼のほうは名前を出せない。「お前は確か」と言いかけたところを、本人に「桐原だ」と名乗り直される。同志を全国から呼び集めた男が、来た相手の名前を思い出せない。
そのうえで喰いながら言うのが「物ノ怪は妖気が塵となる前に心臓を食わねばならない」、そして「ここにある大事な命を私は一つも無駄にはしない」である。大事な命だと言い、一つも無駄にしないと言い、名前は覚えていない。この回の天鬼を一場面で説明してしまう並びになっている。
この会話で一つ、前の回の宿題も片づく。桐原が「俺のことは食わないのか?」と聞き、「ふん、今さら人間一匹」と返される。さらに憑依状態を見せると「憑依状態の物ノ怪を食っても力は得られない」。そこで桐原が「だからわざわざ羅睺を殺生石やあの少年から引き剥がしたってわけか」と言い、天鬼が「そういうことだ」と認める。羅睺を弐郎から引き剥がした理由が、ここで一行だけ明かされた。
離れた三か所で、全員が同じ人物評を口にしている
この回の弐郎はほぼ一人で森にいる。それなのに、別々の場所にいる人たちが、揃って同じ性格の話をしている。
羅睺が動く理由も、やはり「借り」だった
天鬼の妖気で作られた空間が揺らぎ、羅睺と咬牙のいる側にも影響が出る。羅睺はすぐ「てめえらも喰われちまうぞ」と逃げろと言い、天鬼が現れてからは真正面に立つ。理由を問われて出るのが「こいつには借りがあるんでな」で、天鬼は「命を救われた恩に報いるか」と読み替える。
交渉の中身も落ち着いている。「てめえの目的はあくまで弐郎の中に残してきた俺の力だろう」「だったら俺にはまだ使い道があるんじゃねえか」。餌としての自分の価値を売り込んでいる。天鬼が「その根拠は何だ」と突くと、返るのが「別に根拠なんざねえよ。ただ、あいつがそういう奴だからだ」。
森の弐郎が「生きてるさ」「勘」で押し切ったのと、まったく同じ手つきである。離れた場所で、二人とも根拠のない確信だけで相手を計算に入れている。天鬼のほうも「これで、あとは向こうのターンを待つだけになったわけだ」と、その確信ごと盤面に組み込んでいる。
隠密局は空振りし、家では祖父が眠らずにいる
隠密局側は空振りに終わる。門は見つかったが「すでに入り口は閉じられてる」で、「奇襲は空振りか」「さすがにそこまで甘くはなかった」と締まる。そのうえで漏れるのが「後手後手だな。天鬼からすればこうなることも予想済みか」。
そして家では祖父の我妻寿正が眠らずにいる。「なぜこんなことになったんじゃろうな」から始まり、「いつも何か厄介事に巻き込まれてばかり」「馬鹿正直に正面から受け止めて、ボロボロになっても最後まで逃げようとせん」と続く。孫の悪口の形をしているが、中身は今この瞬間に森でやっていることの説明になっている。
最後は「なんであの子だけがこんな目に遭わねばならんのじゃ」「教えてくれ、司場」で言葉が切れる。答えは出ない。ただ、祖父も羅睺も、そして森の伊吹まで、全員が同じことを言っている。逃げない、押し通す、根拠なく信じる。その性格が、味方の希望にも敵の作戦の前提にもなっている。




関連作品:
























コメント