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『落第賢者の学院無双』第11話の副題は「断鎖 -False Dawn-」。鎖は本当に断たれたのに、並記された英語のほうは偽りの夜明けと書いてある。特殊奴隷紋の強制解呪は成功し、そこから本当の戦いが始まる。相手は契約を司る神セイリュウだが、その神を強くしたのは人間の側だった。そして物を知らぬとは罪よと説教した神が、最後まで相手の名を知らなかった。四百年前に自分たちが張った守りの上で、四百年後の弟子と組んで戦う回だ。




副題の「断鎖」は、鎖が切れたことを喜ばせない
第11話の副題は「断鎖 -False Dawn-」。公式サイトのあらすじは、四皇が防御魔法陣を施した地下の魔法訓練場で「解呪は成功したかに見えた」と書いている。実際、鎖は切れている。切れたうえで、そこから本編の残り四分の三が始まる。
英語の副題が、日本語の副題を取り消しにきている
日本語の「断鎖」は達成の言葉だ。ところが並記された英語は False Dawn、つまり偽りの夜明けになっている。同じ副題の中で、片方が成果を告げ、もう片方がそれを取り消している。この作品の副題は毎回この二枚重ねで作られてきたが、両者がここまで正面から食い違う回は初めてだ。
前の回の副題も、見えているものを疑わせる言葉だった
第10話は「欺瞞 -Veiled Truth-」で、覆われた真実という意味だった。そこに偽りの夜明けが続く。見えているものが本当ではない、という方向の言葉が二話つづけて置かれている。ただし第10話は隠す側の話で、隠しきれずに全部ばれる回だった。今回は逆に、終わったと見せかけて終わっていない。
脚本を書いた人の担当回が、三回とも彼女の側を向いている
公式サイトの各話ページによると、この回の脚本は小豆あずき。同じ人が担当したのは第5話「再会 -Through Her Eyes-」と第9話「奪還 -Let Me Pay-」で、全12話のうちこの三本だけだ。彼女の目を通して、私に償わせて、偽りの夜明けと、三つとも英語がアナスタシアの側から書かれている。脚本の割り当てと副題の視点が、偶然とは思えない形でそろっている。
この神を強くしたのは、人間の側だった
解呪の前に、エフタルが神とは何かを説明する場面がある。これがこの回でいちばん重い情報で、しかも戦闘が始まる前に済ませてある。相手の正体ではなく、相手の成り立ちを先に置く構成になっている。
神は、恐れられているだけの存在だった
説明は「神ってのは人々の羨望や恐れを糧とする霊的存在の総称だ」から始まる。その昔、東方の国に長く人々に恐れられた神々がいた、と続く。この時点の神は、恐れられているだけで、何の権限も持っていない。糧が羨望と恐れだというのは、裏返せば見られていなければ育たないということでもある。
役割を持ちかけたのは、大魔道士だった
「とある大魔道士がその神々にある役割を提案した」。その役割が「人々の間で交わされる契約の守護獣となること」で、それが契約という仕組みの始まりだという。神の側が名乗り出たのではなく、人間の側が仕事を持ちかけている。守護獣という言い方も、上に立つ存在に向ける言葉ではない。
罰として恐れられ、その力を増大させていった
続きが効いている。これを機に神々は契約違反者への大いなる罰として恐れられ、その力を増大させていった、もはや国を挙げてですら抵抗できないほどに、と説明は締められる。仕事を渡したことで、渡した側の手に負えなくなっている。アナスタシアを縛る紋の後ろにいるのは、人間が便利に使うために強くしてしまったものだ。
だから解呪は、破壊ではなく干渉と呼ばれる
現れた神の第一声は、我らが契約に強制干渉した不届き者は、という言い方だった。壊されたとも奪われたとも言っていない。神の側から見れば、これは制度の運用に横から手を入れられた事件でしかない。役所のような物言いが、成り立ちの説明を聞いた直後だと妙に納得できてしまう。
戦う場所も、神の鱗も、同じ理屈でできている
解呪の場所として選ばれるのは、屋敷の地下深くにある施設だ。ここが単なる舞台装置で終わらないのは、この場所を作った人間と、いま使っている人間が同じだからだ。
四百年前に自分たちが張った守りを、今の自分が使う
エフタルの説明では、ここは四皇が全員でレベル10の永年術式防御魔法陣を施した地下の魔法訓練場で、どんな魔法も霊的存在も外へ出さない。だから強制解呪にはうってつけだという。四皇の一人だった本人が、四百年越しに自分たちの仕事の上で戦うことになる。あの四皇が、というアナスタシアの驚きだけが、その事実を外側から言い当てている。
神の鱗にも、同じ術式が刻まれている
三属性の連撃を撃ち込んでも傷ひとつつかない。エフタルはその理由を、鱗の一枚一枚に、ここの壁と同じ対魔法防御の術式が刻まれているからだと読む。自分たちが守りに使った理屈が、そのまま相手の鎧になっている。閉じ込めるために張った壁と、閉じ込めた相手の体表が、同じ技術でできているという絵になる。
逃がさないための部屋は、逃げられない部屋でもある
外へ出さないという性質は、神を閉じ込めるために選ばれたものだ。ただ同じ性質は、こちら側にも等しくかかっている。この地下室は、勝つまで誰も外に出られない部屋として設計されている。準備が万全だという説明が、そのまま退路がないという説明にもなっている。
この回にだけ、モンスターの作画監督が立っている
公式サイトの各話ページを第1話から並べると、モンスター作監という欄が立つのは第11話だけだ。ほかの回には一度も出てこない。神を一体描くために、専任の作画監督が置かれている。第10話にだけ絵コンテ監修とサブキャラクターデザインの欄が立っていたのと同じで、この作品は必要になった回にだけ欄を増やす。
「物を知らぬとは罪よ」と説教した側が、相手を知らなかった
現れた神は、名乗る前からよく喋る。しかも喋る内容がほとんど、お前は知らない、という一点に集中している。この回の反転は、その一点にきれいに刺さる。
説教は三段構えになっている
その態度と胆力は褒めてやろう、たとえそれが無知に起因するものだとしてもだ、と始まる。契約術式が広く知れ渡って久しい、それを知っているなら逆らおうとはしないであろう、と続く。締めが「物を知らぬとは罪よ」だ。知識の量で上下を決める価値観を、三つの言い方で繰り返している。
最後まで、名前を尋ねていない
神は相手を人間としか呼ばない。人間ごときに何ができるのか見てやろう、と言い、この時代にこれほどの魔法が使える人間がいたとは少々驚いたぞ、とも言う。驚いてもなお、相手が誰なのかという問いには一度も行き着かない。知らないことは罪だと説いた側が、目の前の相手について何ひとつ調べていない。
答えは名乗りだった
雷を吸い上げられて何が起きたのか分からなくなった神に、エフタルは「契約破りのエフタルって言ったらわかるか」と返す。神の側が知っている名前だったことは、そのうろたえ方で分かる。しかもこの異名は、契約を破ったのが一度や二度ではないと告げている。四百年前に同じことをした男が、四百年後に同じことをしに来た。
四百年ぶりという言い方が、後から効いてくる
神は魔法を無効にしたあと、四百年ぶりの相手にしては多少は楽しめそうだな、と余裕を見せる。その四百年という数字が、そのまま相手の空白期間と一致してしまう。言った当人はただの年月のつもりだったはずで、後から聞くと自分で答えを口にしていたことになる。
魔法が効かないと分かってから、この回は面白くなる
無双ものの主人公が、真正面から撃った魔法をまるごと無効にされる。第9話でも解呪そのものに失敗しているので、この作品はここ数話で立て続けに、主人公の手が届かない場面を作っていることになる。
「何だってできる」を二度言う
一度目は魔法を撃つ前だ。人間ごときに何ができるのか、と言われて「何だってできるさ」と返す。二度目は魔法が通じないと分かったあとで、そんなもので何ができるというのだ、に「何だってできるって言っただろ」と返す。手段を失ったあとに、同じ答えをもう一度言い直している。
手が尽きた直後に出てくるのが「人間の技」だ
どうするつもりだ、と問われた答えは、簡単なことだ、人間の技を見せてやる、だった。神の力に対して持ち出されるのが、魔法ではなく人間という種の側の言葉になっている。神が「人間ごとき」と繰り返してきた語を、そのまま看板として使い返す形になる。
速さの正体は、ダンスだと説明される
体さばきと足さばきの違いだ、最小の動きで最短の距離を最速に動くからだ、要はダンスと同じよ、という教えが回想で挟まる。神の身体強化に人間が追いつく理屈が、魔力の量ではなく動き方で説明されている。言った当人が、笑うんじゃねえ、と釘を刺すあたりも可笑しい。
神は、追いつかれた理由を自分で言い当ててしまう
なぜ我についてこられる、なぜ人間ごときが我と同等な動きができる、これではまるで、と神は言葉を切る。そして、貴様も同じことをしたとでも言うのか、と自分から答えに触れる。説明を求める側が、先に正解に近いところまで来てしまっている。返答は、まあそんなところだ、半分反則的な方法を使ったけどな、だった。
四百年ぶんの修練は、勝つためではなく預かるために使われた
神に追いつけている理由を、エフタルは自分で解説する。そこで出てくるのが、二人の達人から教わった技術に魔術を乗せた身体能力強化と、その弱点を消すための仕掛けだ。
身体能力強化には、避けられない遅れがある
身体能力強化は魔力を肉体の一部へ集中させて瞬間的に強めるもので、全身に魔力を流す神の側のやり方に対しては、魔力の制御に意識を使う分だけ遅れが出る。だから互角には渡り合えない。ここまでは、人間の側が神に勝てない理由の説明になっている。
その遅れを、他人に肩代わりさせる
だが、その魔力制御を他の者に任せられるとすればどうだ、と話が折り返す。他者に任せるだと、と神が聞き返し、自分には優秀な弟子がいる、と返される。不利の理由をそのまま裏返して、弟子の置き場所に変えている。冒頭の独白で、マーリンが高レベル魔法を使えればと考えていたことが、ここで別の形で解決する。
頼みごとの中身は、命を預けることだった
回想の依頼はこうだ。地下室で自分の精神障壁をすべて取り除いて解放する、魔力の制御を全部任せれば身体の運用と気の調整に集中できる。マーリンは、精神障壁を取り除いて他人に解放するなど命を晒すも同然だ、判断を一つ誤れば取り返しがつかない、と返す。それへの答えが、だからだよ、だった。
四百年の答え合わせがここで起きる
マーリンは、幼い頃から背中を見て、強くなりたいとだけ思って修練を積んできた、亡くなってからも続けた、と言う。そのうえで、これまでの修練がこの日のためにあったのだと証明してみせます、と受ける。四百年の修練が報われたのは、勝つ場面ではなく、任される場面のほうだった。高レベルの魔法が失われた時代で、彼女が積み上げたものが制御という形で必要とされている。
自由の説明が、抽象論ではなく予定表でされている
解呪の直前、緊張しているアナスタシアにエフタルが声をかける場面がある。ここで語られる自由の中身が、立派な言葉ではなく、その日の予定の形をしている。
好きなものを食べに行こう、から始まる
強制解呪が済んだら好きなものを食べに行こう、お気に入りの服を着て読みたい本を読んで、それから行きたいところにも行こう、と並べられる。自由という語より先に、その中身が予定として四つ出てくる。そのうえで、それが自由になるっていうことだよ、好きな時に好きなことをしていい、と締められる。
第4話の言葉の続きになっている
嫌なことは嫌と言っていい、と教えたのが第4話だった。あれは断る側の自由で、今回は選ぶ側の自由になっている。断る自由から選ぶ自由へ、同じ相手への説明が数話がかりで進んでいる。覚悟は決めたつもりだったんですけど、といざとなって言えるようになったことも、その延長にある。
信じ方が、条件つきで語られる
アナスタシアの内心は、もし本気で神に、契約獣に勝てるとしたら、この世でご主人様しかいない、だった。勝つと信じているのではなく、勝てる者がいるとすればこの人だ、という言い方になっている。無条件の信頼ではないぶん、この直後に本当に神が出てくる展開の重さが増す。
神が最後に選んだのが、よりによって雷だった
決着のきっかけは、神の側の一手だ。しかもその一手が、この作品でいちばん選んではいけない属性だった。
レベル9を、神のほうが撃つ
針を刺した程度で勝ったつもりか、練り上げた雷により消え去れ、と神はレベル9の魔法を放つ。人間の側がとうに失った領域を、契約を担保している側は当たり前のように使ってくる。第10話で明かされた、この時代の魔法の衰えという話が、ここで比較対象として効いてくる。
相手の属性を選び間違えている
返ってくるのは、よりによって俺様に雷だと、笑わせるな、という言葉だ。そして、雷神皇と呼ばれる男の本物の雷を見せてやる、と続く。神の攻撃が、そのまま相手の代名詞の上に乗ってしまっている。雷気が全部吸い上げられた、という悲鳴で結果が説明される。
第1話の副題に戻ってくる
第1話の副題は「雷神皇 -PROLOGUE-」だった。十話ぶん伏せられていた二つ名が、神を相手にした場面で持ち出される。公式サイトの各話ページは十二話ぶんまでで、その先は用意されていない。全12話の終盤に来て、始まりの副題がようやく回収されたことになる。































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