この記事の作品:
壬氏からまたしても面倒事を持ち込まれ、しばらく薬屋を留守にすることになった猫猫。そんなとき、お目付けの左膳がヨモギとトリカブトをあっさり見分けてみせる。数日後、薬屋にやって来たのは毛毛を連れたやぶ医者と、変装した壬氏と馬閃という意外な顔ぶれだった。左膳の才能、やぶ医者の里帰り、そして村の土地と税の問題まで、第54話をじっくり振り返る。




左膳の思わぬ才能
面倒事を抱えた猫猫
『薬屋のひとりごと 第3期【第1クール】』第54話は、花街の薬屋を任せられる人を見つける前半と、やぶ医者の里帰りに同行する後半の二本立てだった。前半では左膳の思わぬ才能が明らかになり、後半では変装した壬氏と馬閃を連れた旅が始まる。物語の舞台が花街の外へと広がっていく、節目のような一話だった。
冒頭、猫猫は届いた文を前に頭を抱えている。「毎度毎度壬氏様はなんで面倒事ばかり持ち込むんだ」、「断ろうにも断れないし」。しばらく薬屋を留守にしなければならないのに、店を任せられる相手がいない。お決まりのぼやきから始まるのが、いかにも猫猫らしい。
ヨモギとトリカブト
そこへ趙迂たちが、お目付けの左膳と一緒に若草を籠いっぱいに摘んで帰ってくる。草餅を作るつもりだったようだが、猫猫は籠の中身を見るなり取り上げる。「これよもぎじゃないの」と不満げな声に返ってきたのは、「似てるが違うこれで草餅作ったら死ぬぞ」。混ざっていたのはトリカブトだった。「じゃあ草餅は」、「諦めろ」というやりとりには笑ったが、一歩間違えれば大事になっていたところだ。
子どもに言ってもわからないならと、猫猫は大人の左膳に見分け方を教えようとする。ところが、2つを並べて見せると、左膳はあっさり「そんなのヨモギとトリカブトだろ」。さらにトリカブトの根を乾燥させれば生薬になると口にし、猫猫を驚かせる。「なぜトリカブトの根を乾燥させた生薬の名を知っている」。並べられても見分けられる気がしない2つを即答できる左膳に、こちらまで目を丸くした。
砦のじいさんに習った知識
猫猫は次々と生薬を見せて左膳を試す。咳止めや下痢止めになる葉、胃腸に効く黄連と、左膳は効能まで答えていく。「ザッと分かるのはここにある半分くらいか」。そして「お前字は読めるのか」と聞けば、「ああ砦のじいさんに習った」。左膳の薬草の知識は、かつていた砦で身につけたものだった。
「これはいい誤算だ」、「急ごしらえだがなんとかなるかも」。猫猫はその場で左膳に薬屋の仕事を覚えさせることを決める。「いっそ薬屋になった方が合ってるんじゃないか」という言葉には、男衆の仕事があまり得意ではない左膳を見てきた猫猫なりの観察もにじんでいた。
死ぬやつは死ぬ
戸惑う左膳は「俺はただの農民なんだぞ」、「食い詰めて仕方なしにあの砦に行った」と尻込みする。けれど猫猫の返事はいつもどおり容赦がない。「薬飲もうが飲むまいが死ぬやつは死ぬ」、「下手な見立てするなら他に回しちまえ」、「お前よりろくに薬作らない医者なんて結構いるぞ」。そして最後に「やぶ医者とか」。このひと言で後半への流れが自然につながるのがうまい。
突き放すような言い方だが、できないことはできないと言えばいいという助言は、左膳の肩の荷を下ろす優しさでもあった。「なんか話が早くないか」、「早くしないと間に合わないんだよ」。急いでいる理由が壬氏の面倒事だとわかっているだけに、猫猫の焦りもおかしい。
思ったとおり、「左膳の飲み込みは早かった」。簡単な調合はすぐに覚え、図説もたどたどしいながら読める。一方で、猫猫が後継者にと考えている趙迂は「悪ガキは全く興味を示さない」。出自に関係なく、学ぶ意欲と素地のある人が薬師になっていく。左膳の新しい居場所が見つかったようで、なんだかうれしくなった。
やぶ医者の里帰り
毛毛を連れたやぶ医者
数日後、薬屋に現れたのは、なんと後宮の医官であるやぶ医者だった。「とうとう解雇されたか」、「人はいいが給料泥棒もいいところだったもんな」と、相変わらずのひどい言われようだが、本人は「休みをいただいたんだよ」、「久しぶりに里帰りの許可が下りたんだ」と上機嫌だ。
ただ、その里帰りには妙な条件がついていた。「なんでも道中を共にしたい人がいるらしいんだ」。連れてきた猫の毛毛は、実家で飼ってもらうことにしたという。お店のご飯を勝手に食べる毛毛に、趙迂たちが大騒ぎする場面もにぎやかだった。猫の名前がマオマオと聞いて反応するあたりも、ちょっとしたお遊びになっていて楽しい。
変装した壬氏と馬閃
やがて現れたのは馬閃と、顔に痣を描いて変装した壬氏だった。「わざわざ変装するほどの事情ね」。主人は馬閃で、壬氏はその従者という設定だ。「まるで馬閃様の従者だ」、「やぶ医者なんて全く気づいてない」、「馬閃様はさすがに気まずそうだけど」。主従が入れ替わった2人のぎこちなさが、見ていておかしくてたまらない。
馬車の中で、猫猫は壬氏の忙しさに思いを巡らせる。「忙しいだろうに大変だな」、「これじゃまるで」、「自分の後継者を育て」と考えかけて、「やめやめ」と打ち消す。「不穏なことは考えまい」。自分も左膳に後を託してきたばかりの猫猫が、壬氏の立場に同じものを重ねかけてしまう。軽い場面の中に、ふっと影が差すような瞬間だった。
やぶ医者の故郷が抱える問題
若い嫁さんと勘違い
馬車に揺られること二日、都の南西にある村がやぶ医者の故郷だった。稲と麦を一年に二種作るという話に、「豊かな土地なんですね」と感心する声も上がる。「水稲なら同じ土地で作っても土が痩せないからね」。紙作りも盛んなこの村が、今回の舞台になる。猫を前にたじろぐ馬閃に向けられた「苦手なものが多い男だな」という心の声も、相変わらず手厳しい。
出迎えたやぶ医者の妹は、猫猫を見て「こんな若い嫁さんを連れてきたかと驚いちゃったよ」。猫猫とやぶ医者は即座に否定するが、いちばん動揺していたのは従者のふりをしている壬氏だった。「せっかく変装は完璧なのに変なところでボロが出なければいいけど」という猫猫の心配がそのまま当たりそうで、思わず笑ってしまう。
食卓では、猫猫が魚を丸ごと箸で持ち上げて「冷めると悪いのでいただきますね」。そこへ帰ってきたやぶ医者の甥は、いきなり「もう何年も帰ってきてない宦官だろ」と冷たい言葉を投げる。やぶ医者は「こんなこと私は慣れているよ」と笑うが、その穏やかさがかえって切ない。やぶ医者がかつて誰かの代わりに後宮へ入ったらしいことも、さらりと語られていた。
家族の間では、やぶ医者は「天子様のお子を取り上げたほどの名医」ということになっているらしい。「取り上げたのは親父だが」、「さては家族に誇張して伝えたか」。それでも「さすがに黙っといてやるけど」と見逃してあげるあたりに、猫猫なりの優しさが見える。故郷で少しでも誇らしくありたいやぶ医者の気持ちを思うと、なんとも憎めない場面だった。甥の冷たい態度と、家族の誇らしげな期待。その間で笑っているやぶ医者の姿に、長く故郷を離れてきた人の複雑さがにじんでいた。
土地の権利と税の話
家族がやぶ医者を呼んだのは、村の土地の権利をめぐる相談のためだった。「話というのはこの村の土地の権利についてなんだ」。先代の地主と交わした「村の土地と森を20年で渡すという書面」に従って支払いを続けてきたが、代替わりした新しい地主はよそ者を嫌い、早く払えと迫ってくる。「5年です一度になんてさすがに無理ですよ」。紙作りで宮廷御用達になったことも、新しい地主には面白くないらしい。以前は紙の質が落ちたときに何度も催促に来たといい、水を汚すから米が採れないなどと難癖をつけられることもあったという。村の人たちが長く積み重ねてきた暮らしが、地主の代替わりひとつで揺らいでしまう怖さが伝わってきた。
さらに、「穀物の税が今年になって急に上げられたからだよ」。一方で紙作りの税は下がっている。猫猫は「紙の税を下げたのは識字率を上げるためだろう」、「逆に穀物の税を上げたのは蝗害対策か」と、その狙いを読み解く。「税をあげても困窮するほどじゃない」が、「当人たちにはたまったもんじゃないよな」。国全体の施策と、その土地に暮らす人々の実感とのずれを、猫猫が冷静に見つめているのが印象的だった。
家族の頼みは、穀物の税を下げるよう口添えしてほしいというものだったが、やぶ医者は「私はただの宦官に過ぎないから」と答えるしかない。せめて翌日の話し合いに同席することになり、「第三者が同席することで役立つこともあると思う」と申し出る声も上がる。そして夜、甥は誰かに向かって「必ず俺が何とかする」と告げていた。村の問題が、ただの借金話では終わらない気配を残しての幕引きだった。
第54話のまとめ考察
薬の知識に出自は関係ない
第54話の前半でいちばん心に残ったのは、左膳が薬師への一歩を踏み出したことだ。ただの農民だと尻込みする左膳に、猫猫はできないことはできないと言えばいいと背中を押した。猫猫自身、花街で育ち、薬と毒の知識だけで道を切り開いてきた人物だ。だからこそ、出自や肩書きではなく、知識と姿勢で人を見る。その姿勢が、左膳という思わぬ後継者を見つけ出したのだと思う。
一方で、自分の後継者を育てるという考えを、壬氏の立場に重ねかけて打ち消した場面も見逃せない。猫猫が留守を任せる準備をしたのと同じように、壬氏もまた多くを背負っている。軽口の多い回だったからこそ、その一瞬の影が際立っていた。左膳に知識を託すことは、猫猫にとって自分がいなくなったあとの備えでもある。壬氏とともに動く以上、留守にすることが多くなると自覚しているからこそ、急いで準備を整えたのだろう。そう思うと、ぶっきらぼうな教え方の裏にある覚悟も見えてくる。
変装の旅と村の行方
後半は、変装した壬氏と馬閃、やぶ医者、そして毛毛という珍しい組み合わせの旅が楽しかった。嫁と勘違いされて誰よりも動揺する壬氏の姿は、変装していても隠しきれない本心がのぞいていて微笑ましい。その一方で、村が抱える土地と税の問題は、壬氏が政の表に立つようになったことと無関係ではなさそうだ。国の施策が一つの村の暮らしにどう響いているのか。猫猫たちがこの村で何を見るのか、旅の行方をじっくり見届けたい。




関連作品:



































コメント