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遊女屋で働き始めた紗都子は、同じ店の葵から、進平が以前は紫の情夫だったと聞かされる。それ以来、なぜか心がざわついて仕方がないのに、紗都子本人だけがその理由に気づいていない。恋ではないと言い聞かせる紗都子、物置小屋に閉じ込められた夜の嘘の告白、そしてすべてを知ったうえでの進平の重すぎる求婚。二人がお互いの痛みに触れた第5話「痛み」を、場面ごとに振り返っていく。




葵の夢と、進平の過去
好きな人と一緒になるための結婚
『ホタルの嫁入り』第5話「痛み」は、遊女屋で働く紗都子が、先輩の遊女たちに意地悪をされる場面から始まる。かばってくれたのは同じ店の葵だった。過酷な仕事を続ける葵を尊敬すると伝える紗都子に、葵は「あと少しの年季が明けたら一緒になりたい人がいるの」、「だから頑張れる」と打ち明ける。
紗都子はつい「好きな人と一緒になるって幸せですか」と尋ねてしまう。葵の答えは、迷いのない「すごく幸せだよ」。その言葉を聞いた紗都子は、「私のしたい結婚とはまるで違う」、「純粋に愛する人と一緒になるための結婚」と心の中でつぶやく。家のために決められた相手と結婚するつもりの紗都子にとって、葵の夢はまぶしく、遠いものに見えたのだろう。それでも「応援します 葵さんの夢」と言える素直さが、紗都子のいいところだと思う。
進平は以前、紫の情夫だった
葵はさらに、さっきの3人には気をつけてと忠告する。とくに店で2番目の売れっ子である紫は、進平のことになると何をするか分からないという。そして「進平様は以前紫さんの情夫だったの」。紗都子は平静を装いながらも、つまり他にもそういう関係の人がいるのか、結婚するなら関係を切るのか、それとも「見て見ぬふりをすべきなのかしら」と考え込んでしまう。
そこで我に返り、「なぜ私はあの男の妻の立場で考えて」と自分に驚くのがかわいらしい。紫たちから意地悪をされても上の空で、「いや だから どうだっていいのよ あの男のことは」と言い聞かせる姿は、もう答えが出ているようなものだった。いら立ちの理由に本人だけが気づいていないのが、見ていてもどかしくも楽しい。
一方の進平も、紗都子のことで悩んでいた。手当てをしようと近づいてきた紫に、「紫さんは誰かを愛したことある」と尋ね、「人の気持ちはもともとわからないけど」、「女の子の気持ちは特別難しいよ」とこぼす。紫は体で確かめればいいと進平に迫るが、その場面を紗都子が見てしまう。
ところが、進平の反応は以前とは違っていた。湯呑みを先にすり替えたのは誰かと紫に尋ね、紗都子のことを「結婚する予定の子なんだ」と明かす。新渡戸から怖い目にあっていたと打ち明ける紫にも、進平は「そっか これからは早めに行動してね」とそっけない。紗都子のことしか見えていない進平と、取り残された紫の温度差が鮮やかだった。以前の進平なら、紫の誘いをここまではっきりかわすことはなかったのかもしれない。紫の驚いた表情には、自分の知っている進平がもういないことへの戸惑いがにじんでいた。
恋じゃありません
無になろうとする紗都子
部屋の様子を見てしまった紗都子は、「心を鎮めて無よ、無になるのよ」と自分に言い聞かせる。けれど顔には全部出ていて、葵に何かあったのかと聞かれてしまう。少しいら立っているだけだという紗都子に、葵は「紗都子、進平様に恋してるんじゃない」と言い当てる。
他の人と一緒にいる姿を見て嫌な気持ちになったのなら、それは恋だと葵は言う。指摘された紗都子が固まってしまう表情からは、図星を突かれた動揺がはっきり伝わってきた。自分のことになると途端に鈍くなる紗都子が、なんともいじらしい。
「恋をするってとっても幸せだよ」、「自由に人を好きになる権利はあるはずだもの」。遊女として生きる葵の言葉には重みがある。それでも紗都子は「恋じゃありません」と言い切り、自分には将来が決まっていると打ち明ける。会ったこともない相手との結婚に、「でも恋を知らないまま結婚するなんて悲しいよ」と返す葵。「それが私の幸せですから」と答える紗都子の表情が、どこか苦しそうだった。
使命のために使い切ると決めた時間
紗都子はようやく、自分の感情が不安定な理由に気づく。「私は残された時間も権利も」、「自分の使命のために使い切ると決めたので」。「男の人から初めてまともに好意を寄せてもらって」浮かれていたのだと、自分を責める。気持ちに気づいたその瞬間に、自分で蓋をしてしまう紗都子の生き方が切ない。好きになってはいけないと分かっているからこそ、気づかないふりをしてきたのだろう。その決意の固さが、かえって紗都子の孤独を際立たせていた。
恋を知ることが、紗都子にとっては使命から目をそらすことになってしまう。病を抱え、残された時間を家のために使うと決めた紗都子だからこそ、葵の言う幸せを素直に受け取れない。第5話の副題「痛み」は、まずこの心の痛みを指しているように思えた。
物置小屋に閉じ込められた夜
紗都子の目が好きなんだ
葵に頼まれて薪を取りに行った物置小屋。「一人で外に出たらダメだよ」、「俺も行く」とついてきた進平を避けようとした矢先、扉が外から閉められてしまう。「俺たち、閉じ込められちゃったみたい」。進平なら簡単に開けられるはずなのに、「それよりいい機会だ」、「ちょっと話さない」と座り込む。
進平は、紗都子が目を覚ました日からずっと様子がおかしかったと言う。謝ってほしいのではなく理由が知りたい、「これからずっと一緒にいるんだから俺に悪いところがあるなら直したい」。人の感情を読むのが苦手だと自覚しながら、「紗都子が悲しむことは絶対にしたくない」と言える進平は、不器用だけれどまっすぐだ。以前、受け入れてくれる人なら誰でもよかったのかと紗都子に言われたことを、進平はずっと気にしていたのだろう。殺し屋として生きてきた進平が、人の気持ちを理解しようと必死に言葉を探す姿に、彼の変化を感じた。
そして進平は、紗都子と出会ってからのことを思い返して、一つだけ分かったと告げる。「紗都子の目が好きなんだ」、「澄んでいて光を集めてる」、「すごく綺麗だ」。「ずっと見ていたいし見ていてほしい」。月明かりの差し込む窓辺で語られるこの告白は、作品の中でもとびきり美しい場面だった。それ以外にも理由はたくさんあるはずなのにうまく言えないと謝る進平の、言葉の拙さがかえって本気を物語っている。紗都子が思わず目をそらしたくなる気持ちも、よく分かる。
あなたにはずっと嘘をついていました
「紗都子好きだよ」、「ずっとそばにいて」。その言葉に、紗都子は「ごめんなさい」と返す。家に帰ったら「父の認める相手と結婚するつもりなんです」、「あなたにはずっと嘘をついていました」。さらわれて襲われそうになり、助かるためには進平の力が必要だったのだと、涙ながらにすべてを打ち明ける。
進平の表情が凍りつく。「嘘つきの目だったんだね」。そして「この仕事を知られたからには」、「生かしちゃおけないな」と刀を向ける。けれど進平は斬らなかった。「もうあんたを助ける義理はない」と背を向けながらも、泣き続ける紗都子を放っておけずに足を止める。
なぜ泣いているのかと問われた紗都子の答えは、「この先どう生きればいいのかという不安と、あなたを傷つけてしまった後悔で。」。自分のためだけでなく、進平を傷つけたことにも涙を流している。嘘から始まった関係でも、紗都子の中で進平の存在が確かに大きくなっていたことが伝わってきた。
それでも結婚もする
「俺と結婚するなら、島から出してあげるよ」という進平に、紗都子は「私には使命があります」と答える。「こんな体の私にずっと寄り添って」、「励ましてくれたお父様に恩返しがしたい」。「桐ヶ谷家を守ることが私の夢であり」、「生きる意味なんです」。「もう何年生きられるかわからない」、「でも結婚まで命が持てばいい」。紗都子がここまで自分の本心を言葉にしたのは初めてではないだろうか。
一度は去りかけた進平は、結局戻ってくる。「紗都子といることに意味をちょうだい」。それでも結婚はできないと言う紗都子に、進平は「助けるから」、「でも結婚もする」と答える。「紗都子の結婚相手が見つかる度に」、「そいつを殺す」。「この世の男が俺一人になれば」、「俺と結婚するしかないよね」。
普通の物語なら恐ろしいはずの言葉なのに、進平が言うと、彼なりの精一杯の愛の形に聞こえてしまうのが不思議だ。島から出たら逃げると言う紗都子に、「捕まえるよ」、「足は早い方なんだ」と笑い、「嫌なら死ぬ気で逃げてね」と付け加える。重すぎる愛と、どこか子どものような無邪気さが同居しているのが、進平という人物の魅力なのだと思う。
「紗都子が泣くとすごく不安になるんだ」。嘘を知ってもなお、紗都子の涙に弱い進平。紗都子にとっても、自分の使命も弱さもすべて知ったうえでそばにいると言ってくれる相手は、きっと初めてだったはずだ。
第5話のまとめ考察
痛みを分け合った二人
第5話は、紗都子と進平がお互いの「痛み」に触れた回だった。紗都子は、恋を知ることが使命の妨げになる痛みを抱え、進平は、好きになった相手に嘘をつかれていた痛みを知る。それでも二人は離れず、むしろ以前より深いところでつながったように見える。月明かりの窓辺で手を取り合う姿は、偽りの婚約から始まった関係が、別の何かに変わり始めた合図のようだった。
一方で、物置小屋の扉を閉めたのが誰なのかは分からないまま。紫に進平の居場所を聞かれた葵が、二人が物置小屋にいると伝える場面で物語は締めくくられ、「あの女痛い目見ないと分かんないようだね」という言葉が不穏な余韻を残す。葵の優しさと紫の嫉妬が、これから二人の関係にどう関わってくるのかも気になるところだ。
紗都子の日記に、とうとう進平のことが書かれ始めたのも見逃せない。自分の気持ちを話したら、進平をとても傷つけてしまった。自分のことばかり考えていた。使命のために生きると決めた紗都子の心に、進平という存在が少しずつ入り込んでいく。この先、二人がどんな形で島を出ることになるのか、見守っていきたい。嘘から始まった二人が、今度は本当の気持ちで向き合えるのかどうか。その答えが出る日を楽しみにしている。




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