この記事の作品:
第6話のサブタイトルは「夜会にひそむ罠」。反王政派とのつながりが噂されるパルニラ伯爵家の夜会に、王太子アレクシスの密命で潜入することになったユリウスが、妻であるエルサに同伴を頼むところから始まる。初めての社交界でエルサを支えたのはレベッカとハンネスで、一人になった彼女に泥酔した男が近づいてくるのがこの回の山場だった。そして夜会のあと、ユリウスはセラフィーナを呼び出して、はっきりと言葉で線を引く。




妻である君に同伴してもらいたい
王太子が出した三つの宿題
第6話は王宮から始まる。王太子アレクシスがユリウスに差し出したのは、内通者が手に入れたパルニラ伯爵家の夜会の招待客リストだった。「かねてより反王政派と繋がっていると噂されるパルニラ伯爵家が主催する夜会」、「噂が真実であれば、同じく疑惑のある貴族が多数集まる可能性が高い」。
命じられた仕事は三つある。実際に参加している顔ぶれ、彼らの親密度、そして王太子の側近であるユリウスがそこにいること自体への反応。★三つ目が曲者で、これはユリウス自身を置いて相手の出方を見るという意味になる。調べに行くのではなく、調べられに行く役目も同時に負っているわけだ。
「かしこまりました、王太子殿下」と受けた時点では、まだ妻を連れていくとは一言も言っていない。任務の説明と家庭の場面が地続きにならないところが、この作品らしい導入だと思う。
コスモスの庭に持ち帰られた招待状
場面はロイアス公爵家の庭に移る。エルサは侍女たちと花の細工をしていて、「次はリースを作ってみたいです」と楽しそうにしていた。そこへ会議が早く終わったユリウスが帰ってくる。
何をしていたのかと問われたエルサの答えが良かった。「お庭のコスモスが見事だったので、皆でドライフラワーやモイストポプリを作っておりました」、「花びらでジャムが作れそうなくらい咲いておりますよ」。返ってきたのが「花でジャムが作れるのか」で、★この人はいつも、彼女の口から出てくる暮らしの知識に一拍遅れて驚かされている。
そのうえで切り出されたのが「この夜会に仕事として参加することになったんだが、妻である君に同伴してもらいたい」だった。エルサの返事は「実は私、夜会へ参加したことはないのですが、旦那様のお仕事がうまくいくように、しっかり勉強しておきますね」。
できないと言わずに、勉強すると言う。★この一言があるから、次の場面が丸ごと生きてくる。頼まれごとを断らない性格の話ではなく、頼まれた瞬間から準備の話に切り替える人なのだと分かる返事だった。
母様、ちゃんと教えてくださっていたのですね
教科書の一行が、母の声で聞こえた
エルサは本を開いて夜会について調べ始める。そこにあったのは「上流階級が社交を通して己の地盤を固める」という一行だった。読み上げた瞬間、記憶が重なる。
「エルサ、夜会というのは貴族たちが自分たちの地盤を固めるための社交の場なのよ」。母の声だった。エルサの答えは「母様、ちゃんと教えてくださっていたのですね」。★ここは今回でいちばん静かな見せ場だと思う。没落した家でも、母は娘に貴族の作法を教え続けていたという事実が、本の一行をきっかけに本人へ返ってくる。
続けて彼女は一人で練習を始める。「立ち振る舞いは優雅に、落ち着いて」、「挨拶を求められた時は、初めまして、ロイアス家のエルサです」。誰も見ていない場所で口に出して繰り返しているのが良かった。
実家では暮らしのすべてを自分の手でやってきた人が、社交の場に出るための言葉だけは母から受け取っていた。★彼女が持ってきた財産は、菜園と裁縫と、この挨拶の型だったことになる。夜会編の入口としては、これ以上ない置き方だった。
出発前に途切れた「よく似合っ…」
支度の場面。侍女に「お似合いです、エルサ様」と言われたところへユリウスが来る。「エルサ、準備は」と声をかけて、振り向いた彼女を見て、「エルサ…よく似合っ…」まで言った。
そこで言葉が止まり、続いたのは「そろそろ出発するぞ」だった。★この途切れ方が、この回の仕掛けの片側になっている。褒め言葉を最後まで言えないまま、二人は夜会へ向かう。
会場に着いたエルサの第一声は「これが貴族の社交の場なのですね。夜なのに眩しいです」。心配して具合を尋ねたユリウスに、「旦那様はいつもよりもっと眩しいですね」と返して、今度は彼のほうが「眩しい…」と口ごもる番になる。
言えなかった側と、まっすぐ言ってしまう側。★この非対称が、後半でひっくり返るために置かれている。支度の場面をわざわざ一段落使って見せた理由が、終盤まで待たされてようやく分かる作りだった。
夜なのに眩しいです
「触ったことのない良い生地」で緊張する公爵夫人
会場でまず声をかけてきたのがレベッカだった。「まあエルサ様、そちらのドレス、とってもお似合いですわ」に対して、エルサはこう答える。「旦那様が準備してくださったもので。触ったことのない良い生地で、袖を通すのに緊張してしまいました。転んで破いたらと思うと、ドキドキしています」。
公爵夫人として完璧な受け答えではない。けれど嘘も卑下もない。隣で聞いていたユリウスが思わず反応するのも分かる。
面白いのはこの直後で、エルサは相手のドレスを褒め返す時に「腕の良い方が心を込めて作られたと一目で分かります」と言う。★これは世辞ではなく目利きだ。物心ついた頃から裁縫を自分でやってきた人だから、仕立てが見える。レベッカが「分かっていただけて嬉しいですわ」と喜び、夫が選んだものだと打ち明けるところまでが一続きだった。
節約のために身につけた技術が、社交の場で相手の心をほどく道具になっている。エルサの来歴が弱点ではなく持ち物として使われた、最初の場面だと思う。ユリウスが心の中で「この二人いつの間にこんなに仲良くなっていたんだ」と戸惑うのも無理はない。
弟がそこにいた理由
次に現れたのがハンネスだった。「僕も褒めてよ姉さん」と言われても気づかず、「ハンネス、見違えて気づきませんでした?」と驚くのがエルサらしい。
問題は「なぜここに?」への答えのほうだ。「最近王宮で働いてるから、ヤルモ様とまた会う機会があって、招待を受けたんだ」。★この弟がこの場にいるのは、ヤルモが呼んだからだった。
そしてエルサの反応が「ヤルモ様にお礼を言わないと。ハンネスと仲良くしてくださって、ありがたいです」。善意で受け取っている。第4話の城の庭、第5話の視察に続いて、三度目の接触が今度は弟を経由して差し込まれたことになる。
見ているこちらだけが冷やっとする作りで、うまいと思った。エルサが疑わないことが物語の弱点ではなく、★疑わない人を囲い込む側の手口の巧さとして描かれている。続いてパルニラ伯爵が入場し、最上級の食事と酒と音楽、そして奥のボールルームが供される旨の挨拶で夜会が動き出す。
それが私の役目ですから
連れ出された先が調査対象だった
主催者への挨拶で、ユリウスは妻を紹介する。「妻のエルサです」「初めましてエルサと申します」に対し、返ってきたのは「あなたが…」という含みのある一言だった。
そこへセラフィーナが割り込む。「エルサ様、少しユリウス様をお借りしてもよろしいでしょうか。ご紹介したい知人がおりまして」。★ここでエルサが見せた反応が良かった。彼女は連れ出された先の人物を見て「あれは…調査対象の貴族の」と気づき、「今日の夜会にいらした目的なのですね」と納得して送り出す。
妻を置いて他の令嬢と歩いていく夫を、取られたとも思わず、仕事だと理解して見送っている。しかも紹介役を買って出たセラフィーナの側は、自分が引き合わせた相手がユリウスの標的だとは分かっていない。
同じ行動が、片方には接近の機会に見えて、もう片方には任務の前進に見える。★この場面だけで三人の距離が全部説明されてしまうのがうまい。エルサはそのあと一人で挨拶回りを続け、邪魔にならないようにと自分に言い聞かせていた。
父の前でヤルモが口にした役目
同じ頃、会場の隅では父と息子が話している。「我が家の夜会にまで出向いて何を探っているのやら」という警戒に対し、ヤルモが答える。「彼のことは私にお任せを」。
父の「弱点でも見つけたのか」に、「まあそんなところです」。そして「ご心配なさらずとも、父上の邪魔をするものは私が何とか致します。それが私の役目ですから」と続けた。★ヤルモの動機がはっきり言葉になったのは、ここが初めてだと思う。
野心でも私怨でもなく、父のための役目として動いている。そして「弱点」という単語が、この直後に起きることの予告として置かれている。彼が探り当てた弱点が何を指しているのかは、もう説明するまでもない。
第4話と第5話で、ヤルモはエルサに二度近づいた。その二度が観察だったとすれば、★今回はいよいよその観察を使う回だということになる。同じ人物の同じ笑顔が、回を追うごとに意味を変えていくのが気持ち悪くて良い。
本当のことですし
バルコニーの陰口と、レベッカの一言
飲み物を取りに行ったエルサは「アルコールの入っていないものはどちらでしょうか」と尋ねている。この小さな一行が後で効いてくる。
そのバルコニーで耳に入ってきたのが陰口だった。「奥様よりもセラフィーナ様の方がずっとお似合いね」、「家格の釣り合いでご結婚されたそうですけど、奥様は没落貴族なんですって」、「ロイアス公爵家がかなりの額を援助したって噂よ」。
そこへレベッカが入ってくる。「ごきげんよう。そんなに素敵な話題なのかしら。楽しそうなお声がこちらまで聞こえておりましたわ」。★笑顔のまま逃げ場を塞ぐ言い方で、令嬢たちはボールルームへ行くと言って退散していった。
そして「あのような方々のお言葉は気にするだけ損ですわ」と気遣うレベッカに、エルサはこう返す。「いえ、私は大丈夫ですよ、レベッカ様。本当のことですし」。★否定しない。傷ついていないのではなく、事実として受け止めているから言い返す必要がない。強がりに聞こえないのが、この人の一番怖いところだと思う。
胸の痛みを病気だと思っている人
レベッカはそのあと「私お腹がすきました。軽食持ってきますね」と言って席を立つ。空腹を口実にして、話題ごとその場から連れ出す気遣いだった。残されたエルサの独白が今回の核心になる。
「公爵家の妻としてふさわしい立ち振る舞いをすること。私は旦那様とお約束したことができていないですね」、「何よりセラフィーナ様の方が、よほど旦那様の隣にいらっしゃるとき堂々としています」。★陰口そのものではなく、約束を果たせていない自分のほうを責めている。
そして極めつけが次の一行だった。「この胸の痛み、ドキドキするのが止まらないのはもしかして…脈?」。★自分の体の異変だと思っている。嫉妬という言葉を知らないのではなく、自分がそれを感じる立場だと考えたことがない、という順番だと思う。
前回がユリウスの側の気づきの回だったとすれば、今回はエルサの側が初めて説明のつかない感情を持て余す回になっている。しかもその正体を、本人はまだ体調として処理しようとしている。この作品の恋愛の進み方が、どこまでも遠回りで良い。
彼女は私の妻だ
「僕では止められないので」
一方のユリウスは任務を終えかけていた。「リストに載っていた中で疑惑のある者たちの出席状況や会話口調からの親密度は大体把握した」、「セラフィーナのツテで必要と思われる人物には接触もできた」。★仕事としては完璧に成立している。
問題はその次だった。「以前は仕事だと思えば他人に触れられる程度どうということもなかったんだが、今無性に…彼女と話がしたいな」。任務は片付いたのに、隣にいる相手に触れられているのが耐えられなくなっている。
そこへ現れたのがハンネスだった。「すみませんがこちらは僕が引き受けますので、姉のもとへ行っていただけませんか。僕では止められないので」。★自分にはあの男を止められないと認めたうえで、止められる人を送り出すために自分が残るという判断だった。
しかも残ったハンネスは、セラフィーナの誘いを「僕はまだお酒飲めないんですよ」でかわしている。年齢を盾にして角を立てずに足止めする、実に賢い断り方だった。この弟、第4話の頃から一貫して姉の周りの空気だけは正確に読んでいる。
鉄鉱石と、言い直された一言
一人になったエルサに近づいてきたのが、泥酔した男だった。「どこかの貴族の次女か? 賑やかしに招かれた商家の娘か?」と値踏みし、「一人ではつまらないだろ。私が相手をしよう」と絡んでくる。エルサは「せっかくのお申し出ですが、私は人を待っておりますので」と断った。
それでも男は引かず、「自分の身分など気にしなくてよい」「酒の注ぎ方のマナーを教えてやる」と迫る。そこへ飛んだのが「あなたの方はまず品性から学ぶべきでは」という切り返しで、気色ばんだ男に重なったのが「彼女は私の妻だ」だった。
★ここからのユリウスの反撃が今回の白眉だった。力でも身分でもなく、彼はこう言う。「最近国内の鉄鉱石に純度不正の疑いがあると報告が上がっているが、あなたの領地から産出されるものも近く調査が入る予定です」、「一度挨拶したいと思っていたので話ができてちょうどよかった」。そして「私の前で妻を口説くということは、ロイアス公爵家を敵に回すと宣言したと受け取っていいな」で締める。
宰相補佐官の武器は書類のほうだった、という一撃だ。しかも「一度挨拶したいと思っていた」ということは、★この男は元々調べる予定の相手で、妻に絡んだせいで予定を前倒しにされたことになる。レベッカの「やるじゃない、ユリウス」に完全に同意する。
そして帰り際、「それと、言うのが遅れたが…今夜のドレスは…君によく似合っているな。それを選んでよかった」。★出発前に途切れた「よく似合っ…」が、ここでようやく最後まで言い切られる。助けたことではなく、言えなかった言葉を言い直したことのほうが、この回の到達点として置かれているのが良かった。
「夜会にひそむ罠」まとめと考察
罠は成功し、そして決別が告げられた
忘れてはいけないのが、あの男が偶然そこにいたわけではないことだ。「あちらの女性、一人で寂しそうですね。いかがします?」と耳打ちしていたのはヤルモだった。★公式のあらすじが「ヤルモが仕組んだ策略の一手」と書いていた通りで、サブタイトルの罠はこれを指している。
しかもこの仕掛けは、追い払われた時点で失敗したわけではない。ヤルモがその後に漏らしたのは「人前でユリウスがあんなに怒るなんて」という感想だった。父に約束した「弱点」の答え合わせが、これで済んでしまっている。★男が退場させられたこと自体が、彼にとっては望んだ結果だった。
もう一つの決着がセラフィーナのほうだ。夜会以降連絡がないことに苛立ち、用意させたケーキを「そんな気分じゃない!」と下げさせていた彼女のもとへ、ユリウスから手紙が届く。「アクセサリーを全部持ってきてちょうだい!」と大騒ぎで着飾って向かった先で、告げられたのがこれだった。
「私の本命の恋人はセラフィーナであり、エルサはお飾りの妻であるという噂が流れているようだ」、「だから、大切な私の妻に誤解を与えたくないので、今後は行動に配慮いただきたい」、「あなたには言葉ではっきり告げないと伝わらないと思ったから」。★呼び出しの目的が、それを直接言うことそのものだった。残されたセラフィーナの「こんな惨めな気持ちは生まれて初めてです」で、この回は幕を閉じる。
「夜会にひそむ罠」が指していたもの
改めて並べると、この回に出てきた罠は一つではない。ヤルモが差し向けた男、弟を招いて内側に入り込む手口、そしてバルコニーで交わされていた「没落貴族」「援助の噂」という陰口。★最後のものだけは誰も仕掛けておらず、社交界に元からあるのが厄介だった。
その全部に対して、エルサは戦っていない。陰口には「本当のことですし」と答え、絡んできた男には「人を待っておりますので」と断り、自分の胸の痛みは体調だと思っている。★彼女が守られたというより、彼女の周りに人が集まってきた回だと言ったほうが近い。レベッカが話題を変え、ハンネスが足止めし、ユリウスが調査の予定を前倒しにした。
脚本は森田眞由美さんで、本人の投稿によればこのシリーズは三人体制で書かれているそうだ。支度、会場、挨拶回り、陰口、絡まれ、反撃、そして決別という順番がきれいに一本の線になっていて、初めての夜会という一晩の中に必要なものが全部詰まっていた。
次に効いてくるのは、間違いなくセラフィーナだろう。公式も「彼女の怒りはどこへ向かうのでしょう」と煽っている。★そしてヤルモは弱点の在り処を確認し終えている。守る側の言葉が届いた回であると同時に、狙う側の準備も整ってしまった回だった。母様に教わった挨拶の型で乗り切った初めての夜会が、次はどんな形で試されるのかが気になって仕方ない。
























コメント