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第6話のサブタイトルは「天王寺美麗のご提案」。中間試験の結果を受けて、美麗のほうから伊月に放課後の勉強を申し出る回だった。その対価として伊月が頼んだのがマナーの指導で、話は天王寺家への訪問と、雷雨による宿泊まで転がっていく。一方で雛子は、朝の起こし役を断るほど伊月を避けている。




朝、よだれを見られたくない
「見ないで」「出て行って」
第6話は、友成伊月がいつも通り起こしにいく朝から始まる。「雛子、朝だぞ」「学園行きたくない」「毎朝同じこと言うな」まではいつも通りだった。ところがよだれを拭こうとしたところで様子が変わる。「自分で拭くから」「見ないで」、そして着替えの段になると「出て行って」「早く出て行って」。
★今まで平気だったことが、急に恥ずかしくなっている。見ている側には理由が分かるのに、★当人にも伊月にも分かっていないという形で始まるのがうまい。
★とくに良かったのが、この変化を「嫌われた」ではなく「恥ずかしくなった」として描いていることだ。生活能力が無いことも寝ぼけることも隠さなかった子が、★よだれ一つを隠すようになる。距離が縮まったからこそ出てくる距離のほうを、ちゃんと書いている。
「明日から起こされたくない」
追い打ちが静音からの伝言だった。「お嬢様が、明日から伊月さんに起こされたくないと」。伊月は本気で青くなって「俺、雛子に嫌われるようなことをしたでしょうか?」と聞くのだが、鶴見静音の答えは「いえ、そうではないようですね」「私も様子を見てみます」。★★この人にはもう見えている。
伊月の整理は「社交パーティーの夜から雛子の様子が少し変だった」。前回のあの夜、頭を撫でられて赤くなって目を逸らしたところから、確かに地続きである。
★原因を突き止めようとする方向がずれているのがこの主人公らしい。自分の落ち度を探しにいってしまうので、答えには永久にたどり着かない。★仕事として引き受けたことを仕事として全うしようとするほど、いちばん見なければいけないものから遠ざかるという作りだった。
中間試験と、美麗のご提案
一位と二位、そして圏外
場面は貴皇学院へ。中間試験の結果が貼り出されている。上位五十名までの掲示で、一位は此花雛子、二位が天王寺美麗。クラスメイトたちが順当だと騒ぐ横で、美麗の反応がこれである。「一位にあの憎たらしい名前がある限り、喜ぶことはできませんわ」。
ところが続けて「ですが、今回は有意義な結果となりました」と言う。理由が「前回と比べて此花雛子との差が縮んでいますの」「ようやく勝機が見えてきましたわ」。★負けたことより差が縮んだことを見ている。
そして伊月の順位を聞いて態度が急変する。「俺は載っていませんよ。多分、平均か少し下くらいだと思います」→「この私から指導を受けたにもかかわらず、平均以下?」「初めから諦めていてどうするのです?」「どれだけ真面目でも、目標が低ければ成長できませんわよ」。★怒り方が全部まっとうなのがこの人の良さである。
「教えることは、私自身のためにもなるようです」
そこで出てくるのがサブタイトルのご提案だった。「これからしばらく、放課後を私と一緒に過ごしませんか?」「私があなたに勉強を教えますわ」。★★理由が本人の口から出てくるのが良い。「先日の勉強会、実をいうと人に教えるのはあれが初めてでしたの」「それで気づいたのですが、教えることは私自身のためにもなるようです」、そして「その結果、此花雛子に迫ることができました」。
伊月が「でも、教える相手は俺でいいんですか」と聞くと、返ってくるのが「私の身近に、あなたほど成績の低い方はいませんし」。★褒めと侮辱を同じ息で言えるのがこの人である。
そのうえで踏み込む。「ズバリ聞きます。あなた、この学院で劣等感を覚えていますわね」。伊月の内心が「はじめはあまりにも住む世界が違って、劣等感なんてものじゃなかった」「でも最近、ふとした時に思い知らされる。俺には足りないものばかりだって」。★★「確固たる自信さえつけば、あなたはもっと堂々とした佇まいになるはずですわ」。★点数の話をしているようで、ずっと佇まいの話をしているのがこの提案の中身だった。
対価としてのマナー講座
「そういうわけにはいきません」
いちばん美麗らしいのはこの後だ。「とはいえ、これは私のためですから、何か代わりに友成さんのお手伝いができればいいのですが」。伊月が「勉強を教えてもらうだけでありがたいですよ」と遠慮すると、「そういうわけにはいきません」「何か困っていることや苦手なことはありませんか」と食い下がる。
そこで伊月が頼んだのがマナーの指導、それもテーブルマナーを重点的にだった。★理由は言えない。前回、この人に素性を疑われた根拠がまさにテーブルマナーだったからで、★弱点を突いた本人に、その弱点の補修を頼んでいることになる。
静音の評が「天王寺お嬢様は律儀な方ですね」。そのうえで許可が出るのだが、理由が興味深い。此花華巌からの伝言として「伊月さんにはこれからもお嬢様を支えつつ、此花家のコネクションを積極的に広げていってもらいたい」。★伊月の受け止めが「少しは信用してもらえるようになったのだろうか」で、★前回の一件がちゃんと効いている。
「私が私のために定めたルールですわ」
レッスンは目標設定から始まる。美麗の目標は「次の実力試験で此花雛子に勝利すること」、そして伊月には「その試験にて上位五十人に入っていただきます」。★一ヶ月後である。
ここで伊月が聞くのが「どうして此花さんにそこまで対抗意識があるんですか」だった。答えが「私と此花雛子の間に、何の因縁もありませんわ」「単に私が天王寺家の娘である以上、誰にも遅れを取るわけにはいきませんの」。「家訓みたいなものでしょうか」と聞き返すと、★★「いいえ。私が私のために定めたルールですわ」。
さらに「その生き方を苦しいと思ったことはありませんか」に対して「全くありませんわ」「天王寺家の娘として天王寺家に貢献する。それが私の使命であり、私の望む幸せですわ」と即答する。★★★ここが今回いちばん大事な台詞で、最後まで見るとこの一言が伏線だったと分かる。
お風呂でアイスと、水着
「本当は嫌だけど、私のためなら許す」
放課後を美麗に使うと聞いた雛子は当然のように機嫌を損ねる。伊月の手がお風呂でアイスだった。「うま」「お風呂でアイスって最高」「これで許してくれるか」。
★返事が良い。「私のためなんでしょ」「本当は嫌だけど、私のためなら許す」。それに対して伊月が「雛子のためでもあるけど、お世話係をちゃんと務めたいからだ。だから俺のためでもあるんだ」と言い直すのが誠実だった。
そのうえで「雛子が嫌なら断ってもいいぞ」と逃げ道まで用意すると、返ってくるのが「伊月の邪魔にはなりたくない」。伊月が「正直ちょっと安心した。最近、雛子に避けられてたから」と漏らすと、「別に距離を置きたいわけじゃない」「じゃあ、なんでだ」「…なぜだろう」。★★当人にも分かっていないことが、ここではっきり言葉になる。
「無神経」
その流れで入浴の場面になるのだが、この日の雛子は水着を着ている。「なんでその水着にしたんだ」「別に」「いつも暑がるのに平気か」「いいから髪洗って」。★理由を説明しないところに全部出ている。
そして事故が起きる。髪を洗うために伊月が「ちょっとだけ肩紐ずらすぞ」と言い、無事に洗い終えて「はい、これでよし」。そこで固まった雛子の一言が「無神経」だった。
★★この回の伊月は、★やることは全部正しくて、意味だけを取り違え続ける。水着の理由も、避けられている理由も、「お世話係として何か落ち度があったか」の枠組みで考えるので絶対に当たらない。独白の「雛子の考えが全く読めなくなった」が、そのまま今回の主人公の位置だった。
天王寺家へ
「華やかに堂々と」
レッスンから一週間後、カフェが定休日だったために会場が天王寺家になる。伊月の第一印象が「ずいぶん派手というか、華やかというか」で、美麗の答えが「華やかに堂々と。それが天王寺家の方針ですわ」。★「この庭園も、門の外から見ても美しく感じるよう計算されてますの」まで言う。見られることを前提に設計された家である。
そこへ父親が帰ってくる。初対面の挨拶もそこそこに、「時に友成君、娘とはどういう関係かね」「何か怪しい関係だったりしないかね」と探りを入れてくるので、美麗が「私たちは、そんな不純な関係ではありませんわ」と切って捨てる。父の返しが「美麗がそう言うなら、その通りだろうな」で、★信用の仕方が潔い。
そのうえで「せっかくだ、私も同席しよう」と言い出すので、伊月の内心が「嘘だろ」「まさか、国を代表する企業の社長と食事するなんて」。★テーブルマナーの練習相手がいきなり最終試験になるという、気の毒だが理にかなった展開だった。
「いざという時に自分を支えてくれるのは、過去の自分の行いだ」
食事を終えての父の評が「うん、なんだ、しっかりしているではないか」「少なくとも私は、君のマナーに気になることはなかったぞ」。すかさず美麗が「お父様、少々判定が甘いのではなくて」「スープの飲み方がまだぎこちないですわ」と割り込むのがおかしい。★身内には点が甘く、指導者としての自分には甘くない。
伊月が「どうしたら緊張しないようにできるのでしょうか」と聞いたときの答えが良かった。「何事も初めから緊張しない人間などいないさ」「私とて若い頃は苦労したものだ」「長い時間をかけていろんな成果を積み上げてきたからこそ、今がある」。そして「いざという時に自分を支えてくれるのは、過去の自分の行いだ」「失敗しても構わない。信念を持って行動するといい」、締めが「うん、いい目だ」。
★娘があの生き方をしている理由が、この父を見ると分かる。威圧もしないし値踏みもせず、★積み上げた時間だけが支えになると言い切る。そこへ雨が降り出して、「友成君、今日は家に泊まっていきなさい」。静音の許可も「明日は休みですから問題ありません」「ただし、お嬢様がものすごく拗ねることは想像に難くありません」とセットだった。
大浴場で「はい、天王寺ですが」
男湯にいた人
当家自慢の大浴場へ向かった伊月は、そこで人影に出くわす。思わず「天王寺さん?」と呼びかけると、返ってきたのが「はい、天王寺ですが」。★嘘は一つも言っていない。
正体は美麗の母だった。「あらま、こんなところで会うなんて」「面白い初対面になりましたね」とまったく動じないうえに、伊月が「ここ、男風呂だと思うんですが」と指摘しても「あら、本当」で終わる。★のんびりしすぎである。
後から来た美麗に「ごめんね、私、また間違っちゃったみたい」と言うので、★初犯ではないことまで判明する。水着なのは「さっきまでプールで泳いでたから」「さすがに裸だと恥ずかしいでしょ」。そして美麗の「もう少し慎みを持ってください」に対する返しが「それよりミレイ、あなたこそ慎みを持った方がよくてよ」。★娘のほうが同じ場所にいることを、しっかり指摘し返している。
縦ロールをほどいた天王寺さん
夜、美麗がハーブティーを持って部屋を訪ねてくる。髪をほどいた姿で、伊月が「その髪型がいつもと違うので」と言うと「もしかして、この私に見とれていますの」と得意げになり、直後にお茶をこぼして「あちっ」。★崩れ方まで丁寧である。
そこからの話が良かった。「あなたには感謝しています」「お茶会や勉強会など、あなたと出会ってから私の学生生活は一層充実しました」、そして「あなたは見かけによらず根性があるようなので、一緒にいると私のやる気も上がりますの」。★★教える側が、教わる側から受け取っているものを自分で数えている。
極めつけが「次の実力試験で上位一桁の点数を取ることができれば、卒業後は私の右腕としてスカウトしますわ」。伊月が「でも、天王寺さんと一緒に仕事をするのは楽しそうですね」と返すと、「そ、そうでしょうか」から「そうでしょ、そうでしょ」「そうなれば」「でも、その前に」「なんでもありませんわ」と一人で完結してしまう。★言いかけて飲み込んだ「その前に」が、この後すぐ回収される。
「天王寺美麗のご提案」まとめと考察
スローガンは「打倒、此花」
帰り際、美麗がスローガンを決めると言い出す。「古来より合戦の際は、士気を高めるための掛け声がありました」という前振りから、出てきた案が「エイエイオー」。★★★真顔である。
肝心のスローガンが「打倒、此花」で、伊月が口ごもると「もっとはっきりと」と二度もやり直させる。そして開き直った伊月が「此花雛子!」と叫んでしまい、心の中で「ごめん、雛子」。
★その直後に、父から婚約者の話が出る。「そろそろお前の婚約者を決めるべきかもしれない」「天王寺家の力を求めて多くの者が近づこうとするだろう」「中には悪意を持って近づく者もいるはずだ」「無論、美麗が良ければの話だが」。★★美麗の答えが「それは天王寺家のためになりますか」「私が婚約することで、天王寺家に貢献することはできるでしょうか」、そして「でしたら、もちろんお受けいたしますわ」だった。
「私、変」
★★★この即答が刺さるのは、直前まで見ていたものがあるからだ。「天王寺家に貢献する。それが私の使命であり、私の望む幸せ」と言い切った人が、その日のうちに「一緒に仕事をするのは楽しそう」で赤くなり、言いかけて飲み込んだ。★幸せの定義を自分で決めた人ほど、後から出てきたものを置き場所に困る。
そして雛子の側も、この回でついに言葉にする。相手は静音だった。「私、変」「伊月がまたお世話係になって嬉しいのに、伊月にお世話されてるって思うと、たまに嫌な気持ちになる」「伊月が私の言うことを聞いてくれるのは、仕事だから」。★★仕事であることが不満なのだと、自分で言い当てている。
静音の返しが「伊月さんがお嬢様のそばにいるのは、仕事のためだけではありません」「もう少しだけ待っていただければ、それが分かると思います」。そして一人になってからの独白が「いけませんね。母親のような気持ちになるのは、まだ早いです」。★★★この回で二人の令嬢がそれぞれ抱えたものを、静音だけが両方見ているという構図で終わるのが良かった。サブタイトルは美麗の提案を指しているが、★提案を出した側が、いちばん動かされている回でもあった。




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