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第10話の公式サブタイトルは「うみ」。姿を消した千石ユノが逃げていた相手は、みゅーたいぷではなかった。第9話で決まったタイアップの作詞担当が、昔のバンドのメンバーだったのだ。そして彼女を連れ戻したのは正論でも情でもなく、本人がかつて教えた屁理屈のほうだった。「うみ」という二文字が何を指しているのかも、最後に書いておきたい。




第10話「うみ」で起きたこと(要点だけ)
公式サブタイトルは第10話「うみ」(※1)。公式サイトに載っている紹介文は「揺れて、ぶつかって、形が崩れていく。ここで終わりにしたくない。――流されても、ちゃんと見つける。」の三行だけだ。この三行が全部そのまま起きる回なので、まず何があったかを並べておく。
- 前回の終わりに姿を消した千石ユノを、残りのメンバーが捜す
- 手がかりは本人の投稿に写り込んだ魚で、「どこの水族館か特定できれば」から居場所を割り出す
- 見つかったユノは「私もうバンド辞めたし」「帰って」「こういう友達ごっこみたいなのが無理なの」と全部を拒む
- 逃げた理由は夢限大みゅーたいぷではなく、決まったタイアップの作詞担当が「昔やってたバンドのメンバー」だったこと
- 回想。かつてのバンドは秘密基地で曲を作り、「行きますか世界」まで言い合える仲だった
- そのバンドは一年で解散。「みんな自分の夢ができたから辞めたい」と、いつもどおりの笑顔で告げられた
- ユノの総括は「本気で目標にしてたのは私だけだった」「所詮他人だし」「誰かに期待なんてしてた私が子供だったんだ」
- 峰月律が「ユノちゃんが辞めたのは、みゅーたいぷ2.0でーす」と、バージョン番号で退団そのものを無効化する
- 火を囲みながら、リフとアルペジオを持ち寄って一曲を組み上げていく
- 「日記みたいな、今までのいろんな言葉」を書きためたノートが歌詞のもとになる
サブタイトルは全十話ひらがなで、「うみ」が最短
この作品の各話タイトルは、第1話「みゅーたいぷ」から第10話「うみ」まで全部ひらがなで書かれている(※1)。そして「うみ」は十本のなかでいちばん短い二文字だ。前回が「かいさん」で、その次が二文字。字数だけ見ても、いったん全部ほどけたあとの回だと分かる。
ユノが逃げた理由は、みゅーたいぷではなかった
居場所は、投稿に写った魚から割れる
捜索は「収穫なしです」から始まり、投稿された写真を突き合わせて「どこの水族館か特定できれば」というところまで行く。第9話で見つかったサブアカウントが、そのまま捜索の手がかりになっている。本人が隠れるために使っていた場所が、居場所を教える側に回ったわけだ。
見つかったユノの拒み方は、かなりきつい。「関係ないでしょ。私もうバンド辞めたし」「帰って」から、「気使って迎えに来たんでしょ。いい人ぶらなくていいよ、そういうの」、そして「こういう友達ごっこみたいなのが無理なの」。落としどころとして「バンドはやらない。楽曲提供はちゃんとやるから。それで勘弁してよ」まで自分で用意している。仕事の部分だけは残す、という切り分けだ。
そもそも、迎えに行ったのはメンバーのほうだという点が大きい。第9話でマネージャーが出した方針は「二、三日したら戻ってくるでしょ」「今は変に刺激するよりも、落ち着いて待ってあげる方がいいんじゃないかな」「こちらも焦らずステイ」だった。大人が「待つ」と決めた相手のところへ、当人たちが押しかけている。「気使って迎えに来たんでしょ」という決めつけが外れているのは、そこだ。
引き金は、第9話で決まったタイアップだった
そのあとで理由が明かされる。きっかけはみゅーたいぷの人間関係ではなく、「タイアップ来たでしょ。あれの作詞、昔やってたバンドのメンバーなんだ」。
第9話で決まった初のタイアップは、炎上で増えたフォロワー数を「話題性二重丸」と評価されて取れた仕事だった。ようやく前に進んだ証拠のような一件が、そのまま過去を連れてきたことになる。前回のユノの家出は気まぐれでも体調でもなく、この一点だけが原因だったと十話目で説明が付く。
「私たちの夢」は、主語が嘘だった
秘密基地で、世界まで行くと言い合っていた
回想のバンドは、学校に隠れて秘密基地に集まっていた。「先生にバレたらどうすんの?」「その時はその時」で押し通し、曲ができてバンド名が決まって、次はライブ、グッズはTシャツにしよう、といって「Tシャツ特価」「千枚もいらん」と笑い合う。「もうちょい見直してからって言ってなかった?」と止められても「無理。この一秒が惜しい。私たちの曲、早く世界に届けたい」。
会話の中に「高校生になっても」という言葉が出てくるので、この場面の彼女たちはまだ中学生だ。「私、音楽で食べていきたい」に対して返ってくるのが「YUNOならできるよ」「YUNOの曲ほんとすごいもんね」で、それを本人が「そうじゃなくて。私たち、みんなで。私たち最高のバンドでしょ」と言い直す。「行きますか世界」「私も行く」「私も」と全員が乗る。
一年で解散、そして「本気で目標にしてたのは私だけだった」
独白は「こいつらと生きていくんだ。音楽で。来年も、またその次も。高校生になっても、大人になっても、ずっと」「私たちの音楽を生きていくんだ」で終わる。その直後に来るのが「結局バンドは一年で解散した」。理由は「みんな自分の夢ができたから辞めたい」で、しかも「いつもみたいに笑ってたよ」という一言が添えられる。
「引き止めなかったんですか」と問われて返るのが「学生バンドにはよくあることでしょ」。「でも、みんなで世界に行こうって大事な夢だったんじゃ」に対しては、「本気で目標にしてたのは、私だけだったんだよ」。そして「所詮他人だし」「誰かに期待なんてしてた私が子供だったんだ」。
回想でこの人がいちばん力を込めて言い直したのは「私たち、みんなで」の部分だった。壊れたのは夢ではなく、「私たち」という主語のほうだ。だから今のこの人は、みゅーたいぷに対しても「楽曲提供はちゃんとやる」という一人称の仕事だけを差し出す。第9話でマネージャーが言った「千石さん、昔からそういうとこあるのよ」の中身が、ここでようやく開けられた。
公式の紹介文にある「流されても、ちゃんと見つける」も、この回想を通すと読み方が変わる。流されたのは、バンドを辞めていった側ではなく、「私たち」という言葉を信じたまま置いていかれた側のほうだ。そのうえで「ちゃんと見つける」が誰の行動なのかは、この回のあいだ、ずっとメンバー側に置かれている。
辞めたのは「みゅーたいぷ2.0」だという屁理屈
退団を否定せずに、無効にする
説得の決め手は、正論でも情でもなかった。ユノが「あ、あたしはやめたんだって」と念を押したところに「ちがいまーす。ユノちゃんが辞めたのは、みゅーたいぷ2.0でーす。今は……」が返る。辞めたこと自体は一切否定せず、辞めた対象のほうを過去のバージョンに繰り下げるという理屈だ。
すかさず「無敵か、こいつ」と言われ、さらに「曲の改良中という意味では、三・三くらいですね」と数字が細かくなる。「好き放題だな」で場が崩れる。第9話でビオラに「空っぽになっちゃったんです」と告白していた人物が、十話目では言葉遊びだけで人を引き戻している。
しかもその手口は、ユノ本人から教わっている
この場面のいちばん効く一言は、そのあとに置かれている。「ユノさんが教えてくれたんですよ」。
第6話の時点で、律とユノは「ダメな時にお肉を分けた」縁でつながっていた。その関係が、ここで助けられた側が助ける側に入れ替わる形で回収される。しかも使っているのは、ユノが律に教えた理屈だ。「誰かに期待なんてしてた私が子供だったんだ」と言った人に対して、あなたが撒いたものがちゃんと戻ってきていますよ、という形の反論になっている。説教も励ましも一言も無い。
火を囲んで、一曲が組み上がるまで
持ち寄ったリフとアルペジオが、その場でつながる
後半はほとんど曲作りに使われる。「どうですか、続けて」から始まって、「え、リフ?」「アルペジオだったら峰月さんで」「エンドに行ったら変ですか?」「入れてみる? 面白いんじゃない?」「ブラッシュアップの余地あり」と、誰かの思いつきを誰かが拾って足していく形で進む。「トラックごと消してますよ」という事故まで含めて、作業として地味なところをそのまま見せている。
この場面は屋外で、火のそばで行われている。マシュマロが出てきて、「本当に危ないからやめな」「やめときな」と止められる程度には自由だ。第9話が事務所とスタジオとカフェの、全部屋根のある場所で人が壊れていく回だったことを思うと、この回は最初から最後まで、居場所が屋外に出ている。
歌詞は、書きためた言葉から出てくる
できあがった旋律に「ララ、ララララ、ラララ」と仮の歌が乗り、「ライブで歌いたいな」「そうだね」で場面が終わる。そのそばで書きものをしている手元について訊かれて返るのが、「うーん、日記みたいな。今までのいろんな言葉、残してるんだ」。
第2話が「たった一言が炎上につながる時代」の話で、そこから第9話まで、この作品はずっと言葉が人を削る側にばかり使われてきた。録音され、切り取られ、名前を出さないまま誘導に使われてきた言葉が、ここで初めて、貯めておいて歌にするためのものとして出てくる。同じ「言葉を残す」でも、向きが逆になっている。
まとめ|「うみ」は水族館のことでもある
十話目にして、四人目の脚本家が入った
公式サイトのあらすじページには各話のスタッフも載っている(※1)。並べてみると、第1話から第9話までの脚本は後藤みどりさん(四本)、和場明子さん(三本)、灰渕ヨツジさん(二本)の三人だけだった。第10話の脚本、小川ひとみさんはシリーズ初登板で、四人目の書き手が入るのが十本目というのは、かなり遅い。
絵コンテのほうも面白い。監督の梅津朋美さんが自分でコンテを切ったのは第1話・第2話・第5話・第10話の四本だけだ。第1話は始まり、第2話は炎上、第5話「たすけて」はビオラが本格的に出てきて歯車がズレ始めた回。監督が前に出る回は、この作品の折り目に当たっている。
さらに前回、第9話「かいさん」は絵コンテが三人がかりで、これはシリーズ最多だった。バラバラになる回をコンテ三人で描き、そのすぐ次で監督ひとりに戻している。演出とCGディレクターは第9話も第10話も同じ宮田拓実さんなので、手を替えたのはコンテの本数だけということになる。
ついでに書いておくと、副監督の森田紘吏さんは第1話と第4話で演出とCGディレクターを務めたあと、第7話と第9話ではコンテのほうに回っている。十本のあいだで役割が動く人が何人もいて、コンテと演出を固定の担当者で回している作品ではない。そのなかで、監督が自分でコンテを持つ回だけがきれいに折り目に並んでいるのは、やはり意図的だろうと思う。
水族館で見つけて、その場で一曲を生む回
最後にサブタイトルの話をしておきたい。「うみ」が指しているものは、まず紹介文の「揺れて、ぶつかって、形が崩れていく」「流されても」という言い回しだろう。ただ本編を見たあとだと、もっと即物的な意味も乗ってくる。行方の分からなくなった人を、実際に水族館で見つけた回だからだ。
そのうえで、この回でいちばん時間を使ったのは曲作りだった。ひらがなの「うみ」は、海であると同時に、生むことでもある。公式がそう説明しているわけではないので、これは読み方でしかない。それでも、「かいさん」の次が「うみ」で、中身が「捜して、見つけて、一曲を作る」だと知ってしまうと、二文字に両方の意味を置いたと考えるほうが自然に思える。
解決した問題はほとんどない。都子とビオラの件は動いていないし、ユノが「所詮他人だし」と言った理由が消えたわけでもない。それでも、「私たち」という主語を壊された人のところに、その人が教えた理屈を持って人が迎えに行った。第10話がやったのはそれだけで、たぶんそれで足りている。
出典
※1 TVアニメ「バンドリ! ゆめ∞みた」公式サイト STORY(第10話「うみ」あらすじ・各話スタッフ)anime.bang-dream.com
※2 同 公式サイト STAFF&CAST(脚本陣・監督ほか)anime.bang-dream.com




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