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『かけ恋』第10話の副題は「ずっと、そばに」。前回の終わりで拒まれたはずの「頑張ろう」を、今回は冬月のほうが自分の目標として引き取っている。大学のことは覚えていないと言い張る人が、空野の相槌の癖だけはずっと数えていた。会えない一週間に向かった花火工場では、花火の作り方の説明がそのまま人の説明になる。そして電話の向こうの母が、前回と同じ言葉を返してくる。




副題は、最後の電話で渡される一言だ
公式のあらすじは、この回の山場が病室ではないことを先に書いている。
答えのある場所まで書いてある
紹介文の締めは「何もしてあげられないことへの歯がゆさと不安に悶々と過ごすなかで、背中を押される言葉を聞くのだった」だ。病状の話でも、企画の話でもない。この回で動くのは冬月の体ではなく、空野の立ち位置のほうだと予告されている。
副題そのものは、台詞の言い換えになっている
実際に電話で言われるのは「そばにいてあげなさい」「それだけでいいから」である。副題の「ずっと、そばに」は、その言葉を短くした形だ。指示の形をした一文が、そのまま回のタイトルになっている。
前回、同じ依頼をした人がいる
前回、冬月の母は空野に「あの子のそばにいてあげてほしいの」「辛いかもしれないけど、笑ってそばにいてあげてほしいの」と頼んでいた。頼まれごとだったものが、今回は自分の母の口から許可として返ってくる。
拒まれたはずの目標を、冬月のほうが引き取る
前回の終わりは「なんで」「なんでそんなこと言うんですか」という拒絶だった。今回はその続きから始まる。
できないことを、先に一つ置く
空野の言い分は「そうやって泣くより、目標があったほうがいいじゃん」から始まり、「闘病の辛さは緩和できないけどさ」と続く。そのあとに「見舞いは来るよ」「話は聞くよ」「励ますことはできるよ」と三つ並ぶ。できることを数える前に、できないことを一つ先に認めている。
独白は自分に向いている
そのあとに置かれるのが「冬月が見えないと分かっていても、僕は笑おう」という一行だ。前回、冬月の母が頼んだのは笑ってそばにいることだった。見えない相手に向けた表情を、頼まれたとおりに作ろうとしている。
引き取ったのは、言われた側だった
返ってくるのは「大丈夫ですかね」「私、頑張れますかね」で、続くのが「私も、私も花火を描いていいんですよね」である。拒絶で終わった話が、こちらから参加を申し出る形で再開している。
見えない人が「絶対に見ないでください」と念を押す
絵を描かせてほしいという申し出には、条件がついてくる。
承諾には約束がつく
「約束してください」と前置きしたうえで出るのが、描いたら紙を折るので中身を見ないでほしい、という条件だ。完成した絵を最初に隠すのは、それを見られない本人のほうだ。
色は自分で指定する
頼むのは「色鉛筆ありますか」「ピンク色の」である。使う色を自分で決めている。見えないことと、選ばないことは別だという場面になっている。
確認は、言葉でしかできない
描いている間のやり取りは「後ろ向いていてください」「ちゃんと後ろ向いています?」「向いてる」「手伝いはいる?」「このくらい一人で描けます」と続き、最後が「もういいですよ」「絶対に、見ないでくださいね」だ。相手が本当に後ろを向いているかを確かめる方法が、聞くことしかない。だから何度も聞く。
5分もいられなかった、と自分で書く
三人そろっての見舞いは、この回では長く続かない。
答えが情報になっていない
「調子は?」に返ってくるのは「少し」だけで、空野の独白は「どっちの少しだろう」「少し楽、それとも少し苦しい」と続く。気を使って短くした答えが、聞いた側をいちばん不安にしている。
場をもたせるのは鳴海だ
沈黙を埋めるのはバイト先の武勇伝で、客の喧嘩を仲裁したら「大学卒業したら、うちの会社来い」と言われた、という話だ。早瀬が「酔っ払いに好かれやすいだけでしょ」と落とし、冬月は「すごいですね」と応じる。この回で唯一、誰も病気の話をしていない数十秒になっている。
独白が容赦ない
帰り道に置かれるのは「調子の悪い冬月を目の当たりにして、僕らは5分も病室にいられなかった」「辛そうな冬月を見ていられなかった」という二行だ。見ていられなかった、と書けるところがこの主人公の強さでもある。
病室を出た直後がいちばん平熱だ
そのあとの三人は、落としたアイスで騒ぎ、「なんでみんな同じアイスやねん」「最初に選んだのなるみだろ」とやり合い、ラーメン屋と実家の話で盛り上がる。いちばん重い場所から出た直後に、いちばんいつも通りの会話が置かれている。
見舞いを一人にする、と決める
帰り道の相談で、体制が変わる。
提案は「やめような」から入る
鳴海が言うのは「冬月のとこ、大勢で押しかけるの、もうやめような」で、空野の受けは「二人がそういうのもわかる」だ。気まずさを隠さずに、そのまま方針にしている。
交代制の申し出を断る
早瀬の「じゃあ、私たちで交代で行く?」に対して、返事は「僕が行くよ」「一人で?」「うん」と続く。念を押されても「うん。むしろ、一人で行かせて」だ。一人で行くことを、譲歩ではなく希望として言っている。
期待値は自分で下げている
花火で記憶が戻るかと聞かれた答えは「それは、やってみないとわからないな」で、続くのが「もともと一縷の望みしかない賭けなんだ」「冬月と子供たちに花火を見せられたら十分だよ」である。前回は記憶の蓋を外すための企画だったものが、見せられれば十分な企画に変わっている。
支えは一人ずつ減っていく
同じ場で鳴海が告げるのは「夏休み入ったら航海実習やん」「8月終わりまで寮に帰ってこんけど」で、練習船で日本一周するのだという。一人で行くと決めた直後に、そもそも一人になることが確定している。
記憶が無いはずの人が、癖のほうを覚えている
体調のいい日の病室は、この回でいちばん明るい場面だ。
数字も表情もいい方に出ている
「今日は楽です」「副作用もあまりありません」から始まり、「薬が効いているみたいで、少し小さくなっているそうなんです」と続く。空野の受けは「確かにいつもより顔色がいいかも」だ。見えない相手に顔色の話をするのが、この二人の距離になっている。
黙ると、いなくなったことになる
少し黙っただけで「空野さん?」「どこか行っちゃったのかと思いました」と声がかかる。「ここにいるよ」と答えると、返ってくるのは「黙っていると、いたずらされそうで怖いです」で、人物評は「しつこい人。諦めの悪い人」だった。悪口の形をとりながら、来続けていることを認めている。
花の名前は、冬月のほうが知っている
飾られている花の話になると、いい匂いがすると言った空野に対して、冬月のほうが「ハマユウって言うんです」と名前を答える。そして「お母さんが挿してくれたんですかね」「私の好きな花です」と続く。部屋のなかで唯一、彼女のほうが多くを知っているものが置かれている。
相槌の癖を、数えられている
そのあと冬月が「出た」と言う。何かと聞くと「口癖なのかなって」「そうですよ。しょっちゅう言ってましたから」だ。空野が思わず返すのも同じ相槌で、「本当だ」と続く。大学のことは覚えていないと言い張る人が、この人の相槌の癖だけは数えている。
それでも泣いている
会話の途中で出るのは「すみません。ティッシュありますか?」という一言で、独白は「やっぱり、どれだけ強がっていても、怖いよな」だ。いちばん体調のいい日に泣いているのが、この回のいちばん静かな怖さになっている。
廊下を一周することが、目標になっている
翌日、病室は空になっている。
探し方が慌てている
「冬月、冬月、どこ行った?」と探し回った先で見つけたのは、一人で歩いている本人だった。返事は「空野さんですか?」で、空野の返しは「空野さんですかじゃないよ」「一人でどこ行くの?」だ。見えない人が一人で歩いている、という事実だけで場面が緊張する。
理由は運動の話として語られる
冬月の説明は「ずっと寝たきりだったので、筋肉が落ちちゃって」「たまには歩かないと病気に負けちゃいます」である。病気と戦うという言い方が、比喩ではなく筋肉の話になっている。
日付を出したのは、今度は本人だ
止められた冬月が返すのは「だって花火の日、自分で歩けなかったら嫌じゃないですか」「私、その日までは頑張るって決めたんです」「応援してくださいよ」だ。前回、同じ日付を目標として差し出されたときの返事は「なんでそんなこと言うんですか」だった。断られた提案が、本人の口から本人の目標として出てくるまでに一話しかかかっていない。
手の借り方が具体的になる
帰りは手を貸すと言われた冬月の答えは「じゃあ、左腕を貸してもらえますか?」だった。どちらの腕かまで指定している。助けを受けるほうにも、やり方の作法がある。そのまま廊下を一周してベッドに戻る。
その翌日に、会えなくなる
続く独白は短い。「その翌日から、冬月の容体が悪化したらしく、それから一週間、冬月に会うことができなかった」。自分の足で一周できた翌日に、面会謝絶になっている。
何もできない一週間に、花火工場へ行く
会えない期間の独白が、この主人公らしくて良い。
心配より先に、暇が来る
並ぶのは「鳴海は、どこの海にいるんだろう」「帰省したいわけじゃないし、遊びに行く友達もいない」「そもそも金もない」「冬月の容体が気になるな」「でも、面会謝絶だし」で、締めが「やることなさすぎて、暇すぎ」である。いちばん重い一週間を、暇という言葉で書いてしまうところに正直さがある。
動き出す一言が短い
そこから出るのが「早瀬はどうしてる?」「僕もついてっていい?」だ。見舞いは一人で行かせてほしいと言った人が、ここでは自分からついていく側に回っている。一人になると決めた人が、一人でいられなくなって動いている。
見学の内容は、地味で具体的だ
案内されるのは「日差しの下に花火玉を並べて、天日干しにするんですよ」という工程で、「これも職人たちが一つ一つ作ってます」「火薬が詰まってますよ」と続く。打ち上がる前の花火は、天日に干されている丸い荷物でしかない。
そこに先輩がいる
「なんでここに」と驚く空野に返るのは「奇遇だね。今、アルバイト中」で、続けて「そうだ、ちょうど男手が欲しかったとこなんだよね」と荷物運びに引き込まれる。前回、栞を返してくれた人が、今回も何も知らないまま次の場面を作っている。
花火の作り方の説明が、そのまま人の説明になる
この回でいちばん長い説明は、玉張りという工程の話だ。
手順が丁寧に語られる
「花火作りの最後の工程だよ」から始まり、「火薬を詰めた半円状の玉を二つ重ねて、一つの玉にして」「糊をつけたクラフト紙を貼っていくんだ」「何枚も何枚も、規則正しく」と続く。さらに「貼り合わせて、板でゴロゴロ転がして、張り目の空気を抜いて、天日干しをして、乾いたらまたクラフト紙を貼って、それを何度も繰り返す」だ。作業のほとんどが、貼って乾かして待つことでできている。
重ねた紙は、閉じ込めるためではない
目的の説明が良い。「そうやって、破裂するときの内圧を均一化して、綺麗な丸に破裂させるんだよ」「何枚も何枚も重ねて、破裂するときのエネルギーにするんだ」。押さえつけるために重ねた層が、そのまま割れる力のほうに変わる。
そこから、いきなり人の話になる
続くのは「だから、みんな打ち上げ花火が好きなんだと思うんだよね」「誰でも胸の内に押さえているものってあるでしょ」「花火ってそれが、ボンッと弾けるからいいんじゃないの?」、そして「きっと、みんな自分と重ねて、見上げているんだよ」だ。前回、この人は事情を何も知らないまま「辛い時は花火だよ」とだけ言っていた。あのときの一言の中身が、一話あとに工程の説明として出てきている。
作れるのは、いちばん小さいものだけ
「君たちも作る?」と誘われて「花火玉を作っていいんですか?」と聞くと、答えは「それはさすがに難しいけど、線香花火くらいなら作れるよ」だった。空野の受けは「線香花火もいいね」で、先輩の返しが「打ち上げ花火はもっといいけどね」である。いちばん小さい花火を作りながら、いちばん大きい花火の話をしている。締めは「いつか、冬月ともやりたいな」だ。
工場の描写そのものへの反応も上がっている。
二人の母が、別々の場所で同じ答えを渡す
締めの電話は、用件のない電話として始まる。
かけた理由が、そのまま答えになっている
切り出しは「久々に声でも聞こうかなって思って」で、近況は「ぼちぼち」しか出てこない。学祭の話も筋肉痛の話も、内容としては何もない。用のない電話をかけている時点で、この人が何を必要としていたかは出てしまっている。
本題は、名前を出さずに聞かれる
途中で「あのさ、聞きづらいこと聞いていい?」と前置きが入り、質問は「もし、おじさんが病気で入院したらどうする?」だった。返事は「そりゃ、毎日顔を出すかしら」で、「病状が思わしくなくても?」と重ねると「死ぬまで手を繋いであげるわ」と返ってくる。冬月の名前を一度も出さないまま、冬月のことだけを聞いている。
強さの話を、否定される
「強いね」に返るのは「子育てしたら誰だって強くなるのよ」で、「簡単には強くなれないか」には「弱くていいじゃない」と続く。そのうえで「あなたは優しい子に育ちました」と言われ、「やめてよ」と遮られる。褒められるのがいちばん苦手な人に、いちばん効く順番で言葉が置かれている。
副題が、ここで出る
決め手は「誰かのそばにいるだけなら、強い弱いなんて関係ないのよ」「そばにいてあげなさい」「それだけでいいから」だ。前回、冬月の母が頼んだのは、笑ってそばにいてほしいということだった。事情を何も知らない実の母が、まったく同じ結論を返してきている。頼まれごとだったものが、ここで許可に変わる。
最後は、いちばん俗な一言で閉じる
電話の締めは「いくらか振り込んでおくから」で、空野の独白は「お金がないことを切り出せなかったわけじゃないんだけどな」である。この回でいちばん重い話をした直後に、いちばん生活じみた一言が置かれる。そのバランスが、この作品の手つきだ。




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