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第29話のサブタイトルは「二人の過去」。三年前のロンドンで、まふる所長が二人に名探偵プリキュアという名前を与える場面から始まる。探偵テストに落ちたのはくれあのほうで、落ちた理由は真相に気づけなかったからではない。きらめきという言葉も、いつも持っている香水も、すべてこの三年前の場面で誰かから手渡されたものだった。そして放送の締めくくりでは、新しいエンディングに白いキュアアルカナが、次回予告にエクリプス・シャドウが出てくる。




公式サブタイトルは「二人の過去」。舞台を用意したのはデッチ・アゲイン
「いいや、ここからが本番さ」
回の入口は、盗んだ物を持ち帰ろうとするゴウエモンである。「早くウソノワール様に持ち帰ろうぜ」に対して、デッチ・アゲインは「いいや、ここからが本番さ」と返す。盗みは前座で、本題は別にあるという意味だった。
次に出てくるのが「帆羽くれあ、今回の主演は君だ」で、そのままゴウエモンにからくり迷路を出させる。ゴウエモンは「ああ?」と気の抜けた声を出してから「ったく」と付き合っていて、この二人が対等ではないことが分かる。公式のあらすじも、デッチ・アゲインがゴウエモンにからくり迷路を発動させ、そこに自分の能力を加えたと書いている。つまり他人の能力の上に自分の能力を重ねている。前回、彼の力は空間移動だと本人が説明していたが、それだけではないことがここで示された。
演出という言葉を使う相手が、舞台装置まで他人から借りてくるのは面白い。主演を勝手に指名され、脚本も勝手に決められる側からすれば、これほど気味の悪い相手もいないと思う。
何も触れられない世界で、三年前のロンドンが動き出す
連れ込まれた先でデッチ・アゲインが説明する。「ここは記憶の世界。君たちは何も触れることはできないよ」「からくり迷路の力を借りて、くれあの過去を再現しているのさ」。そして「君の力はとても興味深いからね」と続けた。目的は攻撃ではなく、くれあという人間の中身を見に来たことになる。
再現されるのは三年前のロンドン、キュアット探偵事務所である。「おっと、主演のお出ましだ」の直後に森亜るるかが名乗り、「よろしく」とだけ言う。これが二人の最初の一言だった。直後にくれあが「素敵な香り」と口にする。花ではなく香りに気づくという、この回でいちばん大事な一点が、最初の数秒で置かれている。
記憶の世界という枠組みが、この回をきれいに支えていると思った。当人たちは何も知らないまま三年前をやり直し、見ている側だけが答えを先に知っている。手を出せないという制約が、そのまま「過去は変えられない」という話になっている。
まふる所長が話した、マコトジュエルの成り立ち
王冠紛失事件を解いた名探偵が、事務所の所長だった
事務所の主として出てくるのがまふる所長である。「イギリス中を揺るがした王冠紛失事件を見事解決」と紹介され、「世間的に有名なあなたがキュアット探偵事務所の所長」と驚かれて、「みんなには秘密だよ」と返す。表の顔と裏の顔を持っている人だった。
働き方も明かされる。「ここのスタッフは私と妖精だけでね。協力しながらうまくやってるのさ」。そこへ妖精がくれあに寄っていき、「普段私以外には心を開かないのに、珍しいね」と言われる。人間と妖精の話がこのあと長々と続くので、この一言はその前振りとして置かれている。
前回、デッチ・アゲインはロンドンの事務所に手強い女性がいて、落とすのは時間の問題だと話していた。その事務所の名前と所長が、今回そろって出てきたことになる。あの台詞がこの人を指していたのだとすると、三年前の場面を見せてきた理由も少し変わってくる。
人間が妖精を信じなくなった日から
庭の百合を見たくれあが「素敵な百合」と言い、まふる所長がトップオブリリーだと教える。「妖精と人の絆によって生まれた百合」「百合の王様。いや、女王様ってところかな」。香水の原料としてこれまで何度も出てきた花に、ようやく出どころがついた。
続けてマコトジュエルの成り立ちが語られる。「昔々、人間と妖精は仲良しでね。まさに最高のパートナー同士だったのさ。ところがどっこい、時が進むにつれて、人間はいつしか妖精たちを信じなくなっちまった」。そして「妖精たちを信じていたマコトの心は人間から離れて、寄り集まってできたのが、マコトジュエル」と続く。信じる力については「相当なものでね。嘘を真実にすることだってできる」と言い切った。
これは大きい。ウソノワールが嘘を本当にできる理由が、宝石そのものの性質だったことになる。だから怪盗団ファントムが狙い、だから守る側は「あらゆる時間と空間をワープさせて守っている」。二〇二七年から来た子が一九九九年にいる理由も、時空の妖精が味方についている理由も、この一行の下にきれいに収まってしまう。
「なってみないかい、名探偵プリキュアに」
まふる所長は二人にこう呼びかける。「人々を助ける、みんなの憧れ、希望」「誰も頼る者がいない子たち、困っている人、助けを必要とする人」「みんなの笑顔を取り戻すのさ」。そのうえで「なってみないかい、名探偵プリキュアに」と言った。
返事は短い。くれあが「私、みんなを笑顔にします」、るるかが「私も」。この二言で、番組の題名そのものが誰の言葉なのかが決まった。名探偵プリキュアという肩書きは、戦うために用意されたものではなく、笑顔を取り戻すために用意されたものだった。
呼びかけた本人が今どこにいるのかは、この回では一言も触れられない。三年前にこれだけの役割を渡した人が、現在のロンドンでどうなっているのか。名前を出したまま行方を伏せるという置き方なので、間違いなくもう一度出てくると思う。
探偵テストで決まった、探偵と助手
消えた壺の答えと、言えなかった答え
事務所に入るための探偵テストが始まる。題材は屋敷から壺が消えた事件で、証言は「事件が発覚した時、屋敷にいたのは私たちだけです」「事件の前後に屋敷を出入りした者は誰もいません」。はめ込みの窓は開かず、煙突は大きな壺を運べる太さではない。外部犯の線が両方とも潰される。
答えが出る。「割れてしまったからここに隠した。慌てて隠したから、暖炉の灰で手が汚れてしまったのね」。壺は運び出されたのではなく、割れて暖炉のそばに隠されていた。犯人は、公式のあらすじの言い方を借りれば、壺を割ってしまった幼い女の子である。すぐに突き止めたるるかが合格し、くれあは不合格になった。
問題はその理由である。くれあは「力不足です」とうつむくが、まふる所長はこう言う。「あんたは真相に気づいていた」。そのうえで、割ってしまった子のことを思って言えなかったのだ、と続けた。つまり分からなかったのではなく、言わなかった。前回までに本人が口にしていた、探偵ではなかったという告白の中身が、ここでようやく形になる。落ちた理由が能力ではなく優しさだったという結論を、二十九話ぶんかけて明かしにきたことになる。
抜けないリングと、「きらめき」という言葉
落ち込む二人に、まふる所長がとっておきを見せる。ブローチにはめ込まれたリングで、「未だかつてどの名探偵にも抜けなかったこのリング」「もし抜くことができれば、まことの名探偵として認められたことになる」という代物である。くれあは「でも、テストに落ちた私には」と引く。
返ってきたのが、この回の柱になる一言だった。「真実を明らかにするのが探偵。依頼人に寄り添うのもまた探偵さ」。そのうえで「くれあと、そしてるるかならいつか、このリングを抜くことができるだろうよ」と続ける。不合格を取り消しはしないまま、落ちた理由のほうを探偵の条件として数え直している。
そして根拠を聞かれた所長が言う。「きらめきさ。私のきらめきがそう言ってる」「あんたも自分のきらめきを信じてやんな」。くれあがいつも口にする、自分の中のきらめきに従うという言い方は、ここから来ていた。事件のたびに本人が繰り返してきた台詞に、三年前の出どころがついたことになる。言葉の相続という点で、今回はかなり容赦のない回だと思う。
助手を選んだくれあと、香水を贈ったるるか
「るるかからいろいろ学んで、いつか名探偵になってみせるわ」
合格したるるかが推理を披露する。「私の推理だと、怪盗団ファントムが探しているまことの地はこの町にある」。ロンドンから遠く離れたこの町に二人が来ている理由が、この一行で片づいた。
そのあとの確認が効く。「本当にるるかの助手でいいの?」に対して、くれあは「うん」と答え、「るるかからいろいろ学んで、いつか名探偵になってみせるわ」と続けた。さらに「私ね、もっと情報を集めるために、パティスリーのお手伝いもすることにしたの」と言う。表向きの理由はあくまで情報収集である。
不合格になった側が、合格した側の下について残ることを自分で選んでいる。しかも道を諦めたわけではなく、いつか名探偵になると宣言している。一歩引くという性格が、そのまま生き方の選択になっているのが良かった。
「弱みは強みにもなる」と言って渡された香水
るるかがくれあに香水を渡す。「妖精と人間の友情の証。トップオブリリーから作ってもらった香水」「妖精が心を許すあなたにぴったり」。物語の起点にあったあの香りは、師匠からでも自分で買ったものでもなく、るるかからの贈り物だった。
理由も添えられる。「あの時、あなたは美しい花の見た目ではなく、目に見えない香りの方に気づいた。私とは物の捉え方が違う」。そして「いつも一歩引く。それがあなたの弱み」「弱みは強みにもなる。一歩引いてみれば答えが見えることもある」と続け、「忘れないで、あなたのきらめきを」「あなたは強い」で締めた。エクレールになったあとの本人が口にした、大丈夫、私は強いから、という一言の出どころもここである。
直後、るるかは「とうとうこの時が来た」「プリキュアになって私が止める」と言い、マシュタンたちを託して一人で行ってしまう。前回までにくれあが振り返っていた、自分はプリキュアになれずるるかが一人で向かったという話が、そのまま映像になった形である。弱みは強みになると言った本人が、その相手を置いて出ていくところまでが一続きなのが苦しい。
からくり迷路のほころびと、デッチ・アゲインが謝った相手
触れられないはずの蝶が、ポチタンの頭に止まった
脱出の手がかりは、デッチ・アゲイン自身が最初に置いた前提だった。「記憶の世界では何も触れないって言ってた。なのにあの蝶、ポチタンの頭の上に止まった」。触れられないはずの世界で、一匹の蝶だけがポチタンに触れてきた。
そこから「あの蝶が、からくり迷路から出る鍵なんだって」という結論に届く。デッチ・アゲインの反応は「アメイジング」「よく気づいたね」だった。種明かしをした本人が、その説明の穴で破られている。
嘘の中に真実を混ぜるのがこの人の手口だと前回説明されていたが、今回は逆に、真実の説明の中に自分の綻びを混ぜてしまった。演出家が舞台の裏方をしくじった格好で、倒し方としてはかなり気持ちがいい。
「もしかして、知られたくないことでもあったかい」
迷路が破られたあと、キュアアルカナ・シャドウがデッチ・アゲインに向き直る。「俺たち仲間じゃないか。なあ、アルカナ・シャドウ」と言われても引かず、「何のつもり」と詰める。
返ってきたのが「君が答えを聞きたがるなんてね」「ああ、もしかして、知られたくないことでもあったかい」である。味方のはずの相手に、過去を勝手に見せられた側が怒っている。最後には「君を不快にしてしまったことは謝るよ。どうか許してくれ、アルカナ・シャドウ」と頭まで下げていた。
この場面で、忘れないであなたのきらめきを、という同じ言葉がもう一度置かれる。三年前にるるかがくれあへ渡した言葉が、現在の戦いの中に返ってくる形になっていて、過去編の回として一番きれいな回収だった。倒すと宣言している相手の言葉で戦っているのだから、あの宣言もそう単純ではないはずである。
新しいエンディングに現れた、白いキュアアルカナ
黒から白へ、公式も同じ日に出してきた
本編が終わったあと、新しいエンディングでキュアアルカナ・シャドウの白い姿が出た。公式も同じ日に、これまでの黒を基調としたデザインから白を基調としたデザインへ変わり、変身前のペンダントにも変化があると発表している。名前はキュアアルカナで、シャドウが取れる。
公式の書き方で大事なのは、第29話の時点ではまだ三人と敵対していて怪盗団ファントムに所属している、とわざわざ断っている点である。どうやってそこへ行き着くのかは、これから描くと宣言したことになる。
過去編の直後にこれを出してくるのが上手い。三年前の彼女は、笑顔を取り戻すと言って手を挙げた側だった。その姿を見せてから白い姿を出されると、戻るという言葉の意味がまるで変わってくる。
本編の記憶が飛ぶくらいの衝撃だった
反応を見ると、本編の感想より先に白い姿の話が並んでいる。放送のいちばん最後に、いちばん強い札を置いた形である。
エンディングという場所を選んだのも効いている。番組の情報として告知されるのではなく、毎週流れる映像がいつのまにか差し替わっているという出し方なので、見ていた人だけが先に気づくことになる。
正直に言うと、私も本編の整理より先にこの話をしたくなった。三年前の探偵テストの話をしていたはずなのに、最後の一分でぜんぶ持っていかれた感じがある。
次回予告に出てきた「エクリプス・シャドウ」
白の直後に、もう一段深い闇が来る
さらに次回予告である。第30話のサブタイトルが「エクリプス・シャドウ」で、予告にはキュアアルカナ・シャドウとも白いキュアアルカナとも違う姿が映る。
白い姿を見せた直後に、逆方向へ振り切った姿を出してくる。同じ日のうちに、光の側と闇の側が一つずつ増えたことになる。
順番が意地悪で良い。先に着地点らしきものを見せておいて、実際の次回はそこから遠ざかる。来週の一話ぶんだけ、視聴者は着地を知っているのに落ちていく場面を見ることになる。
一日で二つ、るるかの姿が増えた
受け止め方はおおむね同じで、一日で新形態が二つ解禁されるのは多すぎるという話に落ち着いている。敵側のプリキュアという立場だけでも珍しいのに、闇の側の姿を二つ持つことになる。
エンディングで先に見せたぶん、本編では後退しているように見えるという指摘も出ていた。物語としては、遠ざかってから戻るほうが距離が出るので、これは狙ってやっていると思う。
三年前に笑顔を取り戻すと言った子が、いま闇の側で二つ目の姿をもらう。今回の過去編を見たあとだと、この落差そのものが次回の見どころになってしまった。
「二人の過去」まとめと考察
最後の一言は「るるか、アイスが好きだから」
締めくくりは現在の事務所である。「そういえば、なんでパティスリーでお手伝いしようって決めたの」「情報を集められそうなところは他にもあるのにね」と聞かれたくれあが、少し置いてから答える。「るるか、アイスが好きだから」。
三年前の本人は、情報を集めるためだと説明していた。同じ問いに現在の本人が出した答えが、これである。表向きの理由は最初から表向きでしかなかったことが、二十行以上離れた場所で静かに裏返る。倒すと宣言された相手のために、いまも甘い物を作り続けているという事実だけが残る。
長い説明を一切つけないのが良かった。回の最後に置かれた台詞としては、これ以上短くできない。
二人の過去は、二人の現在の説明書だった
この回でくれあの持ち物の出どころがほぼ全部わかった。きらめきという言葉はまふる所長から、香水と、弱みは強みになるという考え方はるるかから、名探偵プリキュアという役割は所長の呼びかけから来ている。今の彼女は、三年前にもらったもので出来ている。
そしてデッチ・アゲインが最後に置いた一言が「帆羽くれあ、トップオブリリーの力を扱いし特別な存在か」だった。彼はこの一行を確かめるために、わざわざ他人の能力まで借りて記憶の世界を作ったことになる。知りたかったのはくれあの側で、知られたくなかったのはるるかの側という、ねじれた構図になっている。
タイトルの「二人の過去」は、思い出話という意味ではなかった。探偵と助手がなぜその位置にいるのか、倒すと言った側がなぜ言葉だけ残していったのか、その説明書として置かれている。エンディングの白い姿と次回の名前まで含めて、過去を見せられた人物が一番動くのは次回からだと思う。来週がとにかく楽しみである。




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