この記事の作品:
第7話「土曜の10時、びわ湖テラスで」は、ララが人と会う約束をする回である。ただしこの作品には、目的と体の反応が正反対を向いているという仕掛けがある。家族に光を取り戻すには本当の愛を見つけるしかない。ところが冒頭で魔女が言うとおり、人魚に戻ってしまうのは「お前の心が大きく動いたからだろう」。進むほど、消えるほうへ近づく。だから「ありがとう」と言えたこの夜は、いちばん前に出た夜であると同時に、いちばん危ない夜でもある。




結論:目的と体の反応が、正反対の方向を向いている
この回は、ララが人と会う約束をして、相手の部屋まで行って、一度逃げて、最後にお礼を言う、という流れでできている。恋の話としては前へ進んだ回である。ところがこの作品の作りだと、前へ進むことと消えることが同じ動きになる。そこを踏まえないと、いい話で終わった回に見えてしまう。
冒頭の一行が、この回全体の説明になっている
前話の終わりで人魚に戻ってしまった理由について、魔女はこう言う。「お前の心が大きく動いたからだろう」「二百年前もそうだったはずだ」「お前が王子と愛を結ぼうとした時も」。さらに「そいつが本当の愛を見つける相手だという可能性もある」と付け加える。一方で目的のほうは変わらない。家族に光を取り戻すには、人間との間に本当の愛を見つけるしかない。目的を達するために必要な行動が、そのまま体を人でなくしていく。この二つが同じ場面で並べて置かれているのがこの回の冒頭である。
だから、いちばん前に出た夜がいちばん危ない
ララはこの回で、生まれて初めて自分から連絡先を受け取り、待ち合わせに応じ、相手の部屋に上がり、そして最後に「ありがとう」と言う。どれも彼女にとっては大きく心が動いた瞬間である。つまり進んだぶんだけ、冒頭の条件を踏んでいる。終盤で足元に泡を思わせるものが残るのは、不穏な演出を足したというより、冒頭で説明された法則がそのまま働いた結果と読める。ララ本人がそれに気づいている様子はまだない。
何が起きたか(要点だけ)
人物が一気に増える回なので、先に事実を並べておく。
- 冒頭、魔女が人魚に戻った理由を説明する。心が大きく動くと戻る/二百年前もそうだった。
- ルカが大津家まで訪ねてくる。「俺、ルカ」「そうや、連絡先を教えて」。ララは端末を持っていないので、茉里が父の古い端末を貸す。
- びわ湖テラスへ。リフトで登り、カレーパンを二つ。ルカは転んでも「パンは無事や」。
- ルカの部屋。「ここに連れてきたんは、ララが初めてなんや」「友達も来たことない、秘密の場所やから」。弟のレオが乱入する。
- ルカが色を試そうと道具を手に取ったところで、ララが逃げ出す。「ごめんなさい、もう私に関わらないで」。
- 二百年前の回想。愛から生まれるはずの光が、刃へと形を変えていたことが明かされる。
- リサ側の動き。「魔女はもう、私たちの存在に気づいている」「間に合わなくなる前に」。
- 茉里が花火大会に誘い、そのうえで歩道橋にいるルカのことを伝える。
- 歩道橋。ルカ「俺は、ララが、ララやから、一緒にいたい」→ララ「ありがとう」。引きは花火大会。
本作は原作を持たないオリジナル作品で、制作はキネマシトラス、監督は小出卓史、シリーズ構成は川原杏奈、キャラクターデザインは谷紫織(※1)。上のエンドカードもその谷紫織によるもので、第7話の脚本はいぬいまい、絵コンテと演出は河浪栄作(※1)。主題歌が作品名と同じ「さよならララ」だという点も含めて、比較できる原作が無いぶん、担当者の並びが数少ない手がかりになる。
題名は、劇中に出てきた一行がそのまま使われている
「土曜の10時、びわ湖テラスで」は、ルカが送ってきた文面である
これは考察でも解釈でもなく、劇中でルカが送ってきた待ち合わせの一行「今週土曜日の10時、びわ湖テラスで」がそのまま題になっている。ここまでの題を並べると違いがはっきりする。第1話「人魚姫ララ」、第2話「滋賀を走る」、第3話「目、そらしたら負け」、第4話「姫と王子」、第5話「ケーキのためなら死ねます!」、第6話「わたしを照らす光」(※1)。呼び名、行為、心構え、状態と並んできて、第7話だけが日時と場所、つまり人と会う約束の形をしている。
二百年探す側だった人が、探されて呼び出される側になった
ララはずっと王子を探す側だった。この回で起きているのはその反転で、相手のほうから家まで来て、連絡先を渡し、日時と場所を指定してくる。しかも彼女は端末を持っていないので、茉里が父の古いものを貸し、「ここを押して喋ったら入力されるから」と使い方を教える。第5話で文字を書くのが初めてだった人が、音声入力でメッセージを返している。題名が相手の文面であることと、この道具立ては噛み合っている。約束の言葉は、最後まで彼女の側から出ていない。
びわ湖テラスの会話は、最後までかみ合わない
リフトで登りながらのやり取りも、うまくいっている風には作られていない。ララの「あなた何者なの」に対してルカは「高校一年」と答え、「学校以外は」と重ねられると「いろいろかな」で流す。ララのモノローグも「こういうのをデートって言うらしい」「私にはよくわからなかったけど」で、手応えのある会話をしたとは一言も言っていない。それでも「なぜかその日を境に、ルカから連絡が来るようになった」と続く。関係を進めているのは会話の中身ではなく、回数のほうである。
「見つける」という動詞が、この二人には共通している
ルカの信条は、目に見えるものの話をしていない
部屋でルカが言うのがこの回の核だと思う。「俺は、美しいもんが好きで、でもそれは目に見えるもんだけじゃない」「本当に美しいもんは、心で見つけて、感じて、そして、絵に描いて、残したくなる」。続けて「あの日、初めて見たときから、ララのことを描きたくなった」「ララの美しさを、もっともっと、見つけたいと思うようになった」。人魚だと知ったうえで近づいている相手が、見た目の話ではないと最初に断ってから褒めているという順番になっている。
もう一つ、この場面には一度だけ不協和音が挿まる。ルカの「美しいものが好き」をララが心の中で反芻した瞬間、まったく別の声が重なって「その醜くおぞましい姿で」と言う。誰の声なのかも、いつのものなのかも説明されない。ただ、美しいと言われた直後に、その反対の言葉が本人の中で自動的に立ち上がることだけが示される。ルカが見つけようとしている相手は、もう、褒め言葉をそのまま受け取れる状態にない。
同じ動詞を、第6話でリサがララに使っている
見つける、という言葉には前がある。第6話でリサが妹について「あの子、何だって見つけちゃうんだから」「きっとあの光で、どんな暗がりからだって世界を見つけるのね」と言っていた。ルカが自分の信条として使う動詞と、姉がララの性質として挙げた動詞が同じである。見つける人どうしが出会っているという配置になっていて、顔が王子に似ていることよりも、この一致のほうが強い結び方に見える。
弟が、王子を「近所の高校生」まで引き下ろす
そこへ弟のレオが平気で入ってくる。ララに向かって「お兄ちゃんにはもったいないわ」「顔は僕に似てかっこいいけど」「見て、絵も下手くそやし」「ララちゃん、遠慮せんと下手くそって言うてな」「お兄んのためやで」。秘密の部屋だと言った直後にこれをやられるので、場が一段軽くなる。二百年前の王子と同じ顔をした相手が、弟にからかわれる高校生まで落ちてくる。ララが相手を王子の代わりとして見なくなるための処理が、台詞の説明ではなく人物の追加でやられている。
二百年前は、語られてきた通りではないかもしれない
光が刃に変わっていた、という新事実
ルカが色を試そうと道具を手に取った瞬間、ララが逃げ出す。そこから入る回想がこの回いちばんの新事実である。「選ばれしプリンセスが、本当の愛を感じた時だけ、その胸の奥から、みなぎる光が生まれる」という前提が置かれ、続けてララが「忘れていた。私の胸の中の光が、刃へと形を変えた」「愛から生まれるはずの、私の光が」と言う。締めが「あれは私の心そのもの」「今度は、誰かを傷つけてしまうかもしれない」。
避けている理由が、思い出したくないからではなくなる
ここまで二百年前は、想いを伝えられないまま終わった失恋として置かれてきた。ところがこの回の回想は、そこに刃を出す。何が起きたのかは相変わらず説明されないが、語られてきた通りではない可能性だけは確実に足された。そうなるとララがルカを避ける理由も変わる。辛い記憶が蘇るから離れるのではなく、同じことをもう一度やってしまうのが怖いから離れると読める。冒頭の魔女の「心が大きく動いたからだろう」とも直結していて、心が動く、光が生まれる、その光が刃になった、という一本の線になる。
それでもルカは、扉を閉めない理由を用意している
逃げるララにルカが返すのが「ララ、また来てな」「完成させたいから」である。見せたかった一枚はララの絵で、「まだ、完成してへんだけ」「試したい色が」と言っていた。つまり拒絶されても、絵が途中だという事実だけは残る。感情で引き止めるのではなく、次に会う口実を物として置いていく形になっていて、この人物が押しの強さだけで動いているわけではないことが分かる。
ララを歩道橋へ戻すのは、恋の話をしない茉里である
誘い方が、直接誘っていない
花火大会の誘い方が見事だった。茉里はまず「花火大会、見たことないやろ?」と事実を確認し、「毎年ここで、家族と見てんねん」と自分の話をし、「友達とか、仲いい人と見る人もいるけど」と選択肢だけ置いて、最後に「誰か行きたい人、いる?」と全体に向ける。手が挙がってから「じゃあ、今年はララも一緒やな」でまとめる。相手に断る余地を残したまま、断らせない形をつくっている。
背中の押し方は、ずっと同じ物差しでできている
歩道橋の件も、茉里は感情の話をしない。「あの人、なんかずっと歩道橋におったで」と事実を置き、ララの「もう会っちゃダメなの」に対して返すのが「このままでええ?」「相手の気持ちも聞かんと、一方的に離れるん」。これは第3話の題「目、そらしたら負け」と同じ物差しである。第3話では母に「大事なときに目そらす子や」と言われる側だった人物が、同じ基準を他人の恋に対して使っている。ゴンちゃんへの「ゴンちゃんもやろ」「ずっと言うてた王子に出会えたんかと思ったけどな」も、茶化しながら本題を外さない同じ調子で並んでいる。
歩道橋で、立場がもう一度入れ替わる
ララは終わらせるつもりで会いに行く。「そんなに私を絵に描きたかった」「私が人魚だから」「私に近づくことは、人間同士が近づくことと違う」「会いたくないの!」。ルカの答えは「今はちゃう」から始まり、「ララは、俺が人間やから嫌なん?」と一度返したうえで、「俺は、ララが、ララやから、一緒にいたい」と言う。人魚であることを条件から外す言い方になっている。二百年前は声を失って伝えられなかった側が、今回は言ってもらう側に回っている。ララの返事は「ありがとう」の一言だけである。
まとめ:「ありがとう」と言えた夜が、いちばん危ない夜になる
この回で一つも解決していないこと
確認しておくと、この回でララの問題は何も片付いていない。家族の光は戻っていないし、二百年前に何が起きたのかも分からないままだ。分かったのは光が刃になったことがあるという一点で、これは解決ではなく条件の追加である。リサ側も「魔女はもう、私たちの存在に気づいている」「間に合わなくなる前に」と急ぎ始めていて、期限のようなものだけが増えている。
進んだことが、そのまま危険の量になっている
そのうえで冒頭の法則に戻る。心が大きく動くと人魚に戻る。この回のララは、初めての待ち合わせも、初めて入る他人の部屋も、逃げ出すほどの記憶も、そして「ありがとう」も全部やっている。物語として前進した量が、そのまま消えるほうへ寄った量になる。終盤に足元へ残るものが泡を思わせる形で置かれるのは、作品がその計算を隠していないということだと思う。ただし台詞での説明は一切ないので、断定はできない。
次回の見どころ(予想)
引きは花火大会である。ここからは予想になるが、この回で積まれた材料は三つある。ルカの絵がまだ完成していないこと、リサ側が期限を口にしたこと、そして体のほうが先に進んでいることだ。人が多く集まる場所で、大きく心が動く行事という条件は、冒頭の法則にとって最も条件が揃った場になる。第4話の題が「姫と王子」で、その回の脚本も第7話と同じいぬいまいだった(※1)。姫と王子という枠組みを書いた人が、その枠組みから相手を降ろす回も書いていることになるので、花火の回で何が確認されるのかは、そこそこ読める気がする。
出典
※1 ウィキペディア「さよならララ」(オリジナル作品であること/制作・監督・シリーズ構成・キャラクターデザイン/第1話〜第7話のサブタイトルと脚本・絵コンテ・演出)/ja.wikipedia.org




関連作品:















コメント