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第7話「暗躍と婚約」で実際に起きているのは、アルノルトの偽装が、外から見え始めることである。母は「あなたはいつも無理をするんだから」と言い、皇帝は「無能を演じているような気がするのだ」と言い、老臣は「裏で暗躍している者がいなければ説明がつかない」と分析し、初対面のリンフィアは「喋った印象は真逆です」と言う。一話のうちに四人が、別々の角度から同じ一点を指している。暗躍ものとしては、これがいちばん危ない回だと思う。




結論:この回は、アルノルトの偽装が外から見え始める回である
暗躍ものの前提は、暗躍している側がバレていないことにある。この作品もそこに乗っていて、第1話からずっと「無能だと思われている人間が裏で全部やっている」という一点で持ってきた。第7話は、その前提が外側から崩され始める回である。帝位争いの盤面が動いた回として語られやすいのだが、実際に一番動いているのはアルノルトを見ている人たちの目のほうだと思う。
一話のうちに、四人が別々の角度から同じ一点を指している
母は別れ際に「体に気をつけなさい。あなたはいつも無理をするんだから」と言う。皇帝は老臣との会話で「そういう点ではアルノルトはわしに似ている」「無能を演じているような気がするのだ」と口にする。その老臣は「レオナルト陣営の急速な拡大は、裏で暗躍している者がいなければ説明がつかない」と分析し、「正道を歩むレオナルト殿下と、影で補佐するアルノルト殿下」と並べて、黒髪黒目の双子にその場で呼び名まで付ける。そして初対面のリンフィアが「世間ではあなたのことを出涸らし皇子と呼びますが、喋った印象は真逆です」と言う。血縁も立場もばらばらな四人が、同じ回のなかで同じ場所を指している。
ただし、四人とも決定的なところまでは踏み込んでいない
面白いのは、誰も的中していないことだ。母が言うのは体の心配までで、何をしているかには触れない。皇帝は「気がするのだ」で止める。老臣は暗躍している者がいると言うだけで、アルノルトが本人だとは言わない。リンフィアに至っては「実はレオナルト皇子だった、ということはありませんか?」と、むしろ外している。包囲は明らかに狭まっているのに、まだ一人も正解に触れていない。この距離感を一話ぶん保ったのがこの回の設計で、バレたわけでもバレていないわけでもない、という位置に着地している。
何が起きたか(要点だけ)
人も場面も多く、政治的な段取りが続く回なので、先に事実を並べておく。
- アルノルトが母のもとへ顔を出す。クリスタも同席し、母は「陛下があなたたちならできると思って任せたんでしょ? なら私もその判断を信じるわ」と言う。
- 帰り道で暗躍の動機が言葉になる。「エリクやゴードン、ザンドラが帝位を取れば、母上やクリスタも無事じゃすまない」。
- 浪費と借金に悩むベルツ伯爵に接触。妻ベティーナがアルノルトを面と向かって侮辱し、それが伯爵の離婚の決心になる。
- 離婚は成立し、ベルツ伯爵は次期公務大臣に任命される。
- 種明かし。この婚姻も浪費も不倫も、すべてザンドラが数年がかりで仕込んだ計画の部品だった。アルノルトは最後の一手だけを横取りする。
- 皇帝と老臣の会話。「策謀の一つもできぬものに皇帝など務まらんからな」から、アルノルトへの見立てまで進む。
- フィーネの護衛をアムスベルグ家に頼む交渉。ところがエルナには全権大使の護衛として同行する命令が出ている。
- 報復の刺客に襲われ、通りすがりの冒険者リンフィアが助勢。人さらいから村を守ってほしいという依頼と、断られた場合の答えまで用意した交渉が始まる。
第7話の脚本は羽良俊馬、絵コンテと演出は金古昌純(※1)。金古昌純は第2話「帝都でデート?」で脚本・絵コンテ・演出を一人で担当している(※1)。第2話はフィーネと帝都を歩く回で、第7話もドレスの試着や家族の談笑といった政治を扱っていない場面が骨格に入っている。作品全体は柳瀬雄之が監督、筆安一幸がシリーズ構成、制作は MAHO FILM(※1)。
母と父が、それぞれ別の言い方で同じことを言っている
母の別れ際の一言と、アルノルトの返し
母のもとへ顔を出す場面は、量としては短い。「レオは先月顔を見せてくれたし、クリスタはちょくちょく来てくれるけど、アルは3ヶ月ぶりね」から始まって、「心配してほしいの? レオも子供ね」と軽く受け流し、帝位争いについても「好きになさい。あなたたちの自由よ」で終わる。ところが別れ際だけが違う。「体に気をつけなさい。あなたはいつも無理をするんだから」に対して、アルノルトは「無理なんて、一度だってしたことはありませんよ」と返す。母のほうは無理をしていると決めたまま送り出しているので、この返しは通っていない。
帰り道で、暗躍の動機が初めて言葉になる
その直後の独白が「エリクやゴードン、ザンドラが帝位を取れば、母上やクリスタも無事じゃすまない」で、続けてセバスに「中立派貴族の弱みを探れ」「帝都にいる間にできることはやっておくぞ」と指示し、「さて、暗躍の時間だ」で切り替わる。ここまでの回で暗躍の理由が正面から説明されたことはなかったので、実質これが動機の初出になる。置かれている場所が重要で、母に会った直後である。帝位を狙う話ではなく、母と妹が生き延びる話として並べられている。
父のほうは、もっと踏み込んでいる
皇帝は大臣の失脚を即決したうえで、老臣の「今回の件は策謀の匂いがします」「帝位争いの一環かと」に対して「それならそれで構わん」「策謀の一つもできぬものに皇帝など務まらんからな」と返す。そのうえで出てくるのが「そういう点ではアルノルトはわしに似ている」である。この老臣自身が元は宿屋の息子で、皇帝が皇子だった時代に策謀を担当していた。つまりこの父子は同じ手を二世代で使っていることになり、皇帝が見抜きかけているのは他人の手口ではなく自分の手口である。締めの「皆わしの子だ」「どうか流れる血の少ない結末を」まで含めて、この会話は敵側の場面ではなくもう一つの主役の場面として置かれている。
題名の「出涸らし」が、この回では道具として働く
侮辱が、そのまま伯爵の決心になる
ベティーナはアルノルトに面と向かって「ああ、出涸らし皇子ね」「弟にいいところを吸い取られた無能で情けない出涸らし皇子」と言い放つ。伯爵は青くなって「今のは家ごと取り潰されてもおかしくない発言だぞ」と止め、アルノルトは「まあ慣れてるから大丈夫だ」で流す。そして伯爵が言うのが「今ので決心がつきました」である。つまりアルノルトはこの場で何も交渉していない。妻に喋らせて、伯爵に自分で決めさせただけだ。作品の題に入っている蔑称が、そのまま一手として機能している。
離婚できなかった理由が、そのまま突破口になっている
伯爵が離婚に踏み切れなかった理由も効いている。「実は結婚を報告した際、陛下がとても喜んでくださって」。皇帝が喜んだ結婚だから壊せない、という詰まり方をしている。ならば皇帝に伝えればいい、というのがアルノルトの答えで、レオナルトに頼んで父へ現状を伝えてもらう形にする。詰まりの原因になっていたものを、そのまま解法に使っている。ザンドラの計画を奪う話の前に、この小さな反転がひとつ置かれている。
蔑称が効かない相手も、同じ回に並んでいる
一方でリンフィアは、ひと通り話した末に「世間ではあなたのことを出涸らし皇子と呼びますが、喋った印象は真逆です」と言う。同じ蔑称が、片方では武器になり、もう片方では通用しない。効かなかったのが、身分も因縁も持たない外部の人間だというのが噛み合っている。評判の外にいる人間には、評判で作った鎧が届かない。
アルノルトは新しい策を立てていない。他人の策の最後の一手だけを奪っている
数年がかりの仕込みは、全部ザンドラのものである
ベティーナの家はザンドラの母方の親戚筋と繋がっている。ザンドラが与えた指示は二つで、ベルツ伯爵と婚約して金を浪費すること、現公務大臣と不倫すること。頃合いを見て離婚を助けて伯爵に恩を売り、不倫を皇帝に告げて大臣を失脚させ、後釜に自分の支持者を据える。そこまでが設計されていた。アルノルトが差し込んだのは一行だけで、「だが、現公務大臣の不倫は俺から父上に伝える」。「数年越しの計画、ご苦労なことだ」「ザンドラの計画をそっくりそのまま奪ってやった」で締める。
都合がよすぎるように見えるのには理由がある
話の運びが早すぎる、うまく行きすぎる、という受け取りは分かる。ただこの回でアルノルト側が用意したものは、ほとんど無い。伯爵の借金も、妻の素行も、大臣の不倫も、全部敵が数年かけて作った。彼がやったのは報告先を替えることと、伯爵に手紙を書かせることだけである。早いのは、下ごしらえの終わった盤面に後から入ったからだ。逆に言えばこの手は、相手が長い仕込みをしている時にしか使えない。
仕掛けた時期にも、ちゃんと理屈がある
なぜ今なのかも説明される。「俺とレオがいない間に、エリク・ゴードン・ザンドラ三つの勢力から同時に攻撃されたら、まず耐えられない」「だから先にザンドラ陣営を攻撃したんだ」「ザンドラが弱れば、ゴードンとエリクの目は俺たちじゃなくザンドラに向く」。全権大使として帝都を離れる前に、留守中の的を減らしておく処理である。そして締めが「まあ、利用するという点では俺たちも変わらないけどな」で、敵の手口を非難しないまま同じ側に立ってみせる。この一言があるので、横取りが痛快なだけの場面にならずに済んでいる。
この回に出てくる婚約は、全部が政治の道具である
三つの婚姻が、三つとも手札として扱われる
整理すると、ベティーナの婚約は工作の一手であり、伯爵が離婚できない理由は皇帝が喜んだからであり、その離婚がまた次の大臣人事の手札になる。三つとも、当人の気持ちが一度も関与していない。帝位争いの話をしているのに、動いている駒が全部「結婚」なのがこの回の特徴で、題名に婚約という語が入っているのはそのためだと思う。
一方で、本人たちの側は何ひとつ決めていない
アムスベルグ家のほうは対照的で、着替え中の部屋へ通されたあとの流れが軽い。エルナの母の「じゃあ責任取ってもらう?」に対して、怒っていたはずのエルナが「いいわよ、私は」と即座に乗る。母は続けてクライネルト公爵家との取り合いや二人まとめての話まで広げるが、アルノルトは「俺はまだ誰とも結婚する気はありません」で通す。レオナルトとの雑談でも「俺は当分自由な身がいい」と言っている。道具として完成している婚約と、まだ何も決まっていない婚約が同じ回に並ぶ。
理屈で動かそうとした場面で、理屈は要らないと言われる
護衛の交渉自体も面白い。アムスベルグ家は政治に関わらないのが暗黙の了解なので、アルノルトはフィーネが皇帝のお気に入りであることを持ち出し、何かあれば陛下の怒りに触れるのだから勇者家が守っても不自然ではない、という筋を作る。エルナの母の反応は「あら、そういう話に持っていくの」で、続けて「一言、俺の顔を立ててくださいって言えば引き受けるわよ」「勇者家を頼ってでも守りたい人なんでしょ」と言う。この回で唯一、策で動かそうとして、策が不要だと返された場面である。
まとめ:初対面のリンフィアだけが、一度の会話で言い当てている
依頼の出し方が、最初から対等になっている
リンフィアは「通りすがりの冒険者です」と名乗り、「見捨てて後悔するよりは、助けて後悔する方がマシです」と言って刺客の前に立つ。そのうえで持ち出すのが村の依頼で、「今、我が村の子供や若い娘が人さらいの標的となっています」。領主にも軍関係者にも話したが誰も動かない、という状況から、アルノルトは「領主や軍関係者も人さらい組織と通じている可能性があるな」と読む。そして「だが、俺が断ったらどうする?」への答えが「あなたに不利になる材料を持って、他の陣営に駆け込みます」「あなたが断ったという話を添えれば、乗ってくるでしょう」である。セバスの評は「侮れないかと」「冷静でよく盤面が見えています」。
もう一つ、この場面には二重の台詞が入っている。リンフィアが帝都まで来たのは、シルバーを通じて国の有力者に話を届けるためだった。それを聞いたアルノルトの返しが「それは奇遇だな」で、シルバーは目の前の本人である。フィーネを安心させるための「もしもの時はシルバーが助けてくれるさ」も同じ形で、実質は「自分で何とかする」と言っているだけだ。
引き受けた理由の説明が、この回でいちばんこの人物らしい
それでもアルノルトが挙げる理由は、脅されたからではない。「俺の弟はお人よしだ」「最大の協力者である公爵の娘もな」「君を見捨てたら二人は怒るだろうし、勝手に君を助けようとするだろう」「なら初めから助けた方がいい」。自分が助けたいからだ、とは一言も言っていない。善意を他人の持ち物として扱い、自分はその管理者として動く。その相手が「助けて後悔する方がマシです」と言い切った人間だというのが効いていて、成立の言い方も「あなたを……あなたの守りたいものを、私が守ります」と、一度言いかけて言い直している。
次回の見どころ(予想)
原作はタンバが書き、夕薙がイラストを担当している角川スニーカー文庫の作品で、2019年9月1日刊行開始、既刊17巻(2026年7月現在)。Web連載は2019年2月3日から2024年2月4日まで行われた(※1)。コミカライズは天海雪乃が描いていて既刊10巻(※1)。ここからは予想になるが、この回で置かれた不利は二つある。一つはエルナに全権大使の護衛として同行する命令が出たことで、本人も「それを狙って兄弟たちがエルナを推挙したんだろう」と読んでいる。妨害が正論の形で来ているので、断る理屈がない。もう一つは人さらいに領主と軍関係者が絡んでいる疑いで、これは帝都の外の話である。全権大使として外へ出る道中と重なる位置に置かれた依頼なので、次の展開はこの二つが同じ線の上に乗るかどうかで決まると思う。
出典
※1 ウィキペディア「最強出涸らし皇子の暗躍帝位争い」(原作の刊行状況・Web連載・コミカライズ/アニメのスタッフ/第7話の脚本・絵コンテ・演出/第2話の担当)/ja.wikipedia.org




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