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『ブチ切れ令嬢』第9話の副題は「帝国ギルド評議会」。新素材の登場で値崩れした旧素材が倒産と失業を生んでいる帝国に、エリーがその旧素材を大量に使う香水を持ち込む。しかも安く作れると自分から認めたうえで、価格の下限を誓約書で縛る。一方の祖国では、ロゼリアが王太子の法案を大量の失業者が出るという理由で却下する。同じ問題を、敵同士が逆から扱っている回だった。




余った素材が、そのまま商品になる
鑑賞用として流れていた花の、本来の用途
発端はルーカスからの推薦状だった。「特別認可商人になれれば国から多くの優遇を受けられる」、ただし「認可を受けるには評議会の審査が必要だ」。実力を示す品を用意する必要が出たところへ、サージャス地方の商館員から荷やら花やらが届く。エリーの反応が「あら、見覚えのある花ね」だった。
部下の説明は「主に鑑賞用として取引されているようです」。それに対して「私の記憶では違った気が」と引っかかり、神器を開く。グリモア・ルシフェルには「私が過去に手にした書物や見聞きした情報が記録されている」ので、そこから「この花はエルフの一族の間でエルミアと呼ばれ、主に香水に加工していたようね」という記述が出てくる。花そのものではなく、失われていた用途のほうを掘り起こしている。
押さえるのは、花ではなく栽培する側
文献には製法まで残っていない。「この文献は古い時代の旅行記だから、製法まではわからないわね」と言いつつ、「サーチ」で今度は花そのものを調べ、「加工法や触媒に使う素材で、出来上がる香水の性質が大きく変わるみたい」まで突き止める。一つの花から何種類もの香水ができる理由がここで埋まる。
そのうえで最初に飛ぶ指示が「研究用の花の確保と、栽培者に融資して独占契約を結ぶよう指示をお願いね」だった。花を買い付けるのではなく、育てている側に金を出して縛る。商品が形になる前に供給の根元を押さえていて、こういうところの手つきが速い。
香水を選んだ理由を、部下に当てさせる
見習いの側から疑問が出る。「香水は確かに利益にはなりますが、帝国経済への貢献というほどの効果は得られるのでしょうか」。言ってから「出すぎた意見でしたよね」と縮こまるのに対し、エリーの返しが「いいえ、その疑問はもっともだわ」。そこから逆に質問を返して、答えを本人たちに出させる。
出てきた答えが「新素材の発見による失業者の増加ですか?」。安価な新素材によって旧素材の価値が暴落し、旧素材を扱う商会が倒産して失業者が増えている。「そこにこの花よ」「余り気味な旧素材を多く採用し、多種多様な香水を作ることで、衰退しつつあった産業を活性化させ、雇用も増やせるわ」。誰も使わなくなった在庫が、そのまま商品の原料になる。
独り勝ちできる価格を、自分から縛る
迎えに来た委員の目的を、その場で見抜く
会場では評議会委員が自ら出迎える。「私はエリー会長と面識がありますからね」「あなたをエスコートする役目を勝ち取ることができたのですよ」。愛想のいい言葉に対して、エリーの内心が「評議会委員のあなたがそんな暇なわけはないでしょう」「私を直接観察することが目的ね」。
以前の初対面でエリーの名を言い当て、出自を知っていると警戒された相手でもある。今回も先手を打って接触してきた形で、審査は部屋に入る前から始まっている。エリーのほうもそれを分かったうえで、雑談の中に「地方拠点の警備や管理には、しっかりと教育を施した人材が欠かせない」と自分の学びを混ぜていく。
「かなり安価で生産できます」と自分から言う
提示された香水の効能は「他種の香りに加え、加工次第では魔物除けや、日差しから肌を守る効果も付加できます」。そこに「加工の際、旧素材を大量に使用するため、衰退気味の素材産業の盛り返しも期待できます」が加わり、「ほう、それは帝国にとって大きな利益となるな」と反応が返る。
続いて自分の商会の利益をどう考えているのかと問われる。ここで返るのが「正直に申し上げると、素材をうまく選べばかなり安価で生産できます」。すかさず「となると、安価で高品質な商品が大量に市場に流れ、あんたの商会の独り勝ちだな」と指摘が入る。自分に不利な事実を、指摘される前に自分で出している。
誓約書で作るのは、価格の上限ではなく下限
答えが用意されていた。「ですが、そのようなやり方は帝国全体の利益という点では好ましくないでしょう」「そこで我々の香水には最高級品として、一定以上の価格を維持する制限を設けます」「こちらはその誓約書です」。安く売れるのに、安く売らないと自分から書面で縛る。
理由が「これならば既存の商品とも競合しないでしょう」。市場を焼かない代わりに、最高級品という位置を確保する。独り勝ちできる立場から自分で降りてみせたことで、評議会側の懸念が一つ消える。「トレートル商会の実力は、この香水を見るに十分だろう」という評価は、品質だけに対するものではない。
賛成3、反対2、棄権2 で通る
反対の理由は、商品ではなく素性
決を取る段になると票が割れる。賛成側の言い分は「トレートル商会の化粧品の質は従来のものをはるかに上回る」「このまま規模を拡大してもらうのがいいでしょう」で、商品の話に終始している。ところが反対側が持ち出すのは商品ではなかった。王国とのつながりを理由に「信用できないな」と切り込む。
エリーの内心が「やはり私の素性は筒抜けか」。もう一人の反対も「現在の状況から考えるとスパイの類ではなさそうですが」「懐に入れるのは時期尚早だと感じますね」と、疑うところまではいかないが時期尚早だという慎重論だった。香水そのものには誰も文句を言っていない。
棄権が二つ出て、七票が埋まる
残る二人は降りる。「私はパスです」「この手の決め事には関わらないでいいって約束でしたからね」、そして「わしも降りるぞい」「面倒事はお前らで決めろい」。判断を放棄する側がはっきり二人いるのが、この評議会の空気をよく表している。
結果が「賛成3、反対2、棄権2」で合計七。帝国商業ギルド評議会は七人の大商人で構成されるという設定が、票数でそのまま裏付けられた形になる。全員一致で歓迎されたわけではなく、過半にわずかに届く数で押し通したことが数字で残る。
祖国での扱いが、そのまま信用の根拠になる
票が割れたところでエリーに発言が振られる。答えが「私はもはや王国に見切りをつけております」「今はもう未来ある帝国で、一人の商人として生きていくつもりです」。決意表明であって、疑いを晴らす証拠ではない。
決め手を出したのはグランドマスターだった。「彼女の功績と帝国への貢献は、その資格を得るのに十分なものだと判断する」に続けて、「現在の王国での彼女の扱いを鑑みるに、心配するには及ばぬだろう」。祖国に捨てられたという事実が、裏切らない理由として採用されている。捨てられたことが資産になる、という筋がここでも通っている。
娘を切り捨てた父だから、この対応はできない
効いているはずの工作が、効いていない
帝国での認可と並行して、王国の属国に対する離反工作が進んでいた。中身は二段構えで、「王国はサージャスのように属国を使い捨てにするという噂を流し」たうえで、「王国周辺で小麦や鉄を買い占め、戦争の準備を偽装し、属国の危機感を煽りました」。噂と実物の両方を使っている。
ところが報告が「反王国どころか、王国との関係が改善され始めているようです」。指示どおりに進めたのに逆の結果が出た、という報告で、エリーの反応も「それはおかしいわね」だった。ここからの詰め方がこの回でいちばん切れている。
父の人となりから、父ではないと逆算する
エリーはまず担当者を確かめる。「外交関係は父、レイストン宰相の仕事」。そのうえで「だけど奴は国のためなら娘すら切り捨てる冷酷な男」「そんな男が、不安を抱く属国に対して適切な対応ができるとは考えにくい」と続けて、父の犯行ではないと結論する。
自分が切り捨てられた経験そのものを、推理の材料に使っている。恨みの対象を、人物評という形で情報に変えているわけだ。そこから出てくるのが「おそらくロゼリアが噛んでいるわ」で、「今の王国でこんな対応ができるのは彼女くらいよ」と名前まで特定する。
貴族が無理なら、民衆に切り替える
対応も早い。「ロゼリアがいるとなると、政治の方から手を回すのは難しそうね」「方針を変えるわ」「貴族ではなく属国の民衆を対象にプロパガンダを流しましょう」。相手の強い場所を避けて、届く場所を選び直している。
目標も下げてある。「離反とはいかなくとも、民衆に反ハルドリア感情を植え付けるくらいはできると思うわ」。失敗した工作を捨てるのではなく、対象と目標を組み替えて使い続ける。締めの「さあロゼリア、私の報復を止められるかしら」は、公式のあらすじにもそのまま引かれている一行だ。
「合わない」という報告が、手柄になる
言いにくいことを言った側が、褒められる
商会での場面。新色の確認中に、ミーシャの様子がおかしい。理由が「あの、少し匂いがきつくて」。エリーには「ほんのり香るくらい」でも、獣人族には強すぎる。本人はすぐ「申し訳ありません!」と謝る。
返ってきたのが「謝る必要はないわ、むしろお手柄よ」。理由が「おかげでこの商品は獣人族には合わないということが分かったわ」で、そのまま「これからも商品の感想は忖度せず、素直に言いなさい」と方針にしてしまう。不都合な情報を出した人が損をしない、と行動で示している。
売れていないという事実が、市場の発見になる
続けて販売履歴を確認すると「やはり獣人族にはほとんど売れていませんね」。ここでの一言が「これはチャンスよ」だった。売れていない事実を、失敗ではなく空白として読んでいる。
根拠も具体的だ。「帝国貴族内の獣人族の比率は2割程度」と示され、見習いのほうが「まだ2割のお客さんが残っているっていうことですよね?」と先に言い当てる。手持ちの数字の意味を反転させる作業を、その場で部下に体験させている。教え方としてもうまい。
少数の購入者から、条件を割り出す
詰め方も地道だった。「ごく少数ですが、獣人族が購入されたものがありますね」「購入の決め手は何かしら」と、例外のほうに手がかりを探す。研究用の品を全部持ってこさせて、実際に嗅ぎ分けさせ、「使えるのは3つだけね」まで絞る。
分かったのが「香りの強さというより、匂いとの相性の問題」ということ。そこから「獣人族がストレスを感じない匂いがあるかもしれないわね」と仮説が立ち、「なるべく種族がばらけるように、人族以外で研究チームを編成して」という指示になる。合わないと言った当事者の側を、開発の側に置く。
売れていない市場が、そのまま報復の道になる
化粧品の開発が、切り崩しの足掛かりになる
目的はここで接続する。「王国の属国には、獣人族主体の国が複数存在している」ので、「獣人族用の化粧品は、それらの国を切り崩す足掛かりになるかもしれないわ」。商品開発と報復が別々に走っているのではなく、同じ一本の線に乗っている。
だから「王国への復讐のためにも、商会自体をより大きく成長させるべきね」という結論になる。復讐のために商売を犠牲にするのでも、商売のために復讐を薄めるのでもない。両方が同じ方向を向くように組んであるので、この人はどちらを優先するかで迷わない。
護身の話から、魔法とスキルの違いへ
二人への教育は護身に移る。「商売の規模が大きくなれば、商売敵と穏やかではない方法で交渉する可能性だってあるわ」「そんな時、たとえ護衛を連れていようとも、最後に自分を守れるのは自分だけ」。物騒だが、この作品の世界では現実的な話だ。
ミーシャが「魔法の指導は受けたのですが、どうしてもうまくできなくて」と打ち明けると、「獣人の多くは、魔法が苦手なのが普通よ」「だけど、魔力を扱えないわけではないわ」と受ける。実演として披露されるのがミラージュステップで、「光を曲げて虚像を見せることができます」。魔法は魔法式を使い適性が要るが、スキルは魔力を直接操作するので獣人でも扱える、という整理が入る。
土属性でも、無属性がある
ミーシャの属性は土だった。ミラージュステップには光属性が要るので使えない。それに対して「土属性にも強力なスキルはありますし、誰でも使える無属性スキルもあります」と道が示され、例として「斬撃を強化するスラッシュ」「脚力を上げるフィートブースト」「殺気を強化するサプレス」が挙がる。
そこに「特にサプレスは尋問に使えるからおすすめよ」が付く。化粧品を扱う商会の新人教育に、尋問の話が普通に混ざる。落ちは「じゃあ早速訓練…の前に、商会の周りを20周!」「その後、素振り100回よ!」で、理由が「何をするにもまずは体力!」。緊張感のある話が、最後は走り込みに着地する。
同じ「失業者」を、二人が逆から見ている
却下される法案
王国側の場面が短いのに濃い。王太子が持ち込んだ法案は「労働者の最低賃金を30%引き上げ」で、ロゼリアの一言が「却下」だった。「金が入るとなれば平民どもは喜ぶに決まっている」という反論に対して、返すのが「ではその上がった30%分はどこから出ますの?」。
「もちろん雇い主だろ」という答えを受けて、「雇い主は最低限の人員以外は解雇するでしょう」「その先に待つのは大量の失業者と破綻した民の生活ですわ」と結論まで引く。そのうえで「これのどこが民の喜ぶ法案なんですの?」。手軽に民から評価されたいだけだと見抜いたうえで、「どうしようもない法案を出して仕事を増やさないでちょうだい」と切り捨てる。
敵同士が、同じ問題を逆から扱っている
ここで前半とつながる。エリーは新素材が生んだ失業者を、旧素材の香水で吸収しようとしている。ロゼリアは法案が生むはずの失業者を、法案ごと潰して防いでいる。同じ回で、敵同士が同じ問題を別の方向から扱っている。
そして王国側の話は、そろって「捨てる」話でできている。父は「国のためなら娘すら切り捨てる」男で、広まっている噂は「王国がサージャスを見捨てた」「罪をサージャスにかぶせた」で、法案の帰結は「最低限の人員以外は解雇」。対するエリーは、余った旧素材も、合わないという報告も、売れていない市場も、失敗した工作も、一つも捨てていない。捨てられた側が拾う側に回っているのが、この回の背骨だと思う。
名前を言う側と、言えない側
二人の描き方も対になっている。エリーは「おそらくロゼリアが噛んでいるわ」と名指ししたのに対し、ロゼリアのほうは「こんなことができるのは…」で言葉が切れる。噂の内容も把握していて、「先日の紛争については情報規制を敷いていたはずなのですが」と漏れの経路まで気にしている。それでも相手を名前で呼ぶところまでは届かない。
評価だけは正確だった。「内容とタイミングは完璧」と、敵の仕事を褒めている。締めがエリー側の「さすがロゼリアね」「もう対応してきたわ」「だけど甘い」で、最後の一言が「報復も仕事も、どちらもせわしないわね」。副題は「帝国ギルド評議会」だが、この回の本題は評議会の外で始まった二人の読み合いのほうだった。





















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